講師:元国立感染症研究所室長 元米国疾病対策センター(CDC)客員研究員 ウイルス学者 理学博士
加藤 茂孝 様
Web視聴開始日:2020年10月22日(木) 参加視聴者:63名
T. 講師紹介<講師略歴>
・1942年生まれ。三重県出身。東京大学理学部卒。同大学院修了。理学博士。
・国立感染症研究所 (1969-2002年) 室長、米国CDC(疾病対策センター)客員研究員(2002-2005年)、理化学研究所新興・再興感染症研究ネットワーク推進センター (2005-2015年) チームリーダー。WHO非常勤諮問委員、放送大学および東京大学医学部非常勤講師、日本生物物理学会運営委員、日本ワクチン学会理事などを歴任。元、ICD(感染症コントロールドクター)。現在、保健科学研究所学術顧問。日本ペンクラブ会員、日本医史学会評議員。
・専門はウイルス学、特に、風疹ウイルスと麻疹・風疹ワクチンの研究。
・胎児風疹感染のウイルス遺伝子診断法を開発して400例余りを検査し、非感染胎児の出生に繋げた。
・著書「人類と感染症との闘い」(丸善、2013年)。「続・人類と感染症との闘い」(丸善、2018年)。
・麻疹・風疹の日本からの排除、先天性風疹症候群(CRS)の根絶が終生の願い。
・感染症研究と社会との橋渡しに力を注いでいる。「科学・芸術・社会」懇談会世話人。
U.講義内容
◇コロナウイルスについての説明に始まり、「COVID-19の現状」、「根絶の可能性」、「どのように社会が変わるか?」について、ご講演頂きました。最後には、我々の心構えにまでお話し頂き、その後の活発な「質疑応答」に続きました。
◇コロナの状況は日々変わりますので、講師はセミナー直前まで資料の数字等をご修正頂き、更に当日のご講演でも誤解のないように、丁寧にご説明頂きました(講演時間:1時間55分)。
◇ご用意して下さった全52枚の一つ一つの情報がどれも「今の私たちには貴重なもの」で、整理してしまうには惜しく、長くなってしまいましたが、敢えて箇条書きに致しました。
<コロナについて>
*人間の一生とは、コロナウイルスの一生とは? コロナの名前は、王冠から。
*コロナウイルスは、4つの族に分類され、現在38種類が登録、SARS/MERS/COVID-19は、コウモリ由来のベータコロナウイルス属に属する。
*COVID-19は、コウモリ>センザンコウ?>ヒトの感染。世界初の同時感染が発生しており、現在致死率は2.9%(全感染者の累計で)にまで下がってきている。中国での発生時の対応が的確であればと悔やまれている。しかし、中国の科学者が早く発表してくれたお蔭で、情報は世界に伝わり、世界での対応が可能となった。
*「日本の現状」では、若者(致死率が非常に低い)は感染を広げない注意を、高齢者(致死率が高い)は感染しない注意が肝要。

<1、COVID-19の現状>
*世界では(世界、米国、日本ともに)、感染者数は増えているが、死者数はそれほど増えていない。累積の致死率は下がっている。現在の日本の累積致死率は、1.8%で、ここ1〜2か月の患者では、1%を切っていると思われる。
*(1)中南米、南アジア等は拡大傾向であり、グローバル化の世界ではまだまだ終了とは言えない、(2)日本は、第2波の最中、(3)しかし、世界で医療崩壊は減っている。
*日本は、経済振興に偏り過ぎで、感染の再拡大に。しかし、PCR検査の増加、早期診断、医療情報の増加、により死者数は減少。
*全体としては、当初恐れていたよりは「重症化して死に至るのは少ない疾患」と認識されつつある。
*良く備えていた国の例として、韓国・台湾・独・プエルトリコ・フィンランドがあげられる。
*私見ながらと前置きされてはいるが、「日本は意外に健闘している」との認識。要因として日本の生活様式/国民皆保険/新型インフルでの経験から小規模ながらの対策準備/医療崩壊をギリギリで喰い止めた/ファクターX? ファクターXとしては、研究中であり来年ぐらいには解明されるだろうが、アジア人の遺伝的特徴、BCGワクチチン説、等。
*一方で、日本でのボトルネックだったのは保健所であり、今後の課題。
*今後の予想としては、(1)流行が終息する(ひとまず落ち着くも、ゼロになるわけではない)のは年内までかかるか?(2)3年(〜5年)は縮小しながら流行か? (3)季節性の風邪コロナウイルスに変わるのでは? こんな感じに傾きつつある。
*7種類あるヒト・コロナウイルスの歴史は、(1)〜(4)の風邪(1965〜2005)、(5)SARS(2002)、(6)MERS(2012)、(7)COVID−19(2019)であるが、COVID−19は、(4)の後ろの(5)風邪に変わるかもしれないと予測される。
*ワクチンには3種類、効果の強い順に弱毒性/不活化/成分があり、加えて特殊なものとして交差ワクチンがある。
*新型コロナのワクチンは各種試作中であり、日本政府は3種類の成分ワクチンを予約・支援しているが、実用化にまでは至っていない。過去のワクチン開発の教訓により、慌てて新ワクチンに飛びつくのは考えものと言える。
*ウイルスのスパイクが付くところがリセプターであり、スパイクに抗体がくっつき、細胞に入れなくすることを狙う。
*新型コロナウイルスがもたらす「3つの感染症」には、生物的感染症/心理的感染症/社会的感染症があげられるが、特に「世界同時の不安感の出現」が問題であり、「オープンな情報で、早く伝える」事が重要である。
*今回の対策で学んだ事は、4点。
(1)感染症はリスクマネッジメント、常に備えることが必要。恒常的な組織の提案が必要。日本にはその組織が無い。
(2)不安を減らすリーダーシップ、明確な方針提示が必要。情報、及び情報発信場所(1か所にして)の信頼性が大事。
(3)政治が科学の上に立ってはいけない。最終的には政治家の判断だが、科学者を利用するだけの姿勢はNG.
(4)現場経験者をリーダーに。台湾の例のように、政治と科学の両方を兼ね備えている人材が必要。文科省による学校の一斉休校も、準備が出来ていればもう少しうまくいけたはず。トランプ大統領の発言、行動が米国の惨状を招いた。
<2、根絶の可能性> 〜根絶の成功例は、天然痘〜
*天然痘は、人類を一番多く殺したウイルス。1145年BCから、その存在が記録されている。
*日本では、平安時代以来、天然痘による災異改元が12回繰り返された。
*世界では、1979年に天然痘根絶宣言。根絶の3条件は、患者の同定が容易/保菌者が人のみ/良いワクチン。
*根絶に成功した感染症は、天然痘(1980年)、牛疫Rinderpest(牛)(2011年)、野生型ポリオ2型(2015年)、同3型(2019年)。<同1型も残り2国であり、早晩根絶か>
<3、どのように社会が変わるか?>〜感染症が脅威の時代(死亡原因の第1位)〜
*家畜化が始まった15,000年前から1950年まで、感染症が死因の第一位。
*日本の主要死因の交代は、抗生物質の発見等により、1950年以降感染症から成人病、生活習慣病へ。
*とは言っても、新興感染症は数年おきに絶えない。(エボラ出血熱、AIDS,SARS,MERS,COVID−19等)

*なぜ感染症が絶えないのかは、2点。(1)ヒトの感染症は、少なくとも75%が動物(コウモリ>猿>ネズミ)から。今後は、コウモリからの感染が多くなるのでは?人獣共通感染症で研究を進める。(2)人・モノ・金・情報の移動の大量・迅速化。それが世界同時不安を生み出す。
*21世紀の新興感染症は、世界で数年に1回出現と拡大。日本では、10年に1回程度(新型インフル、COVID−19)。
*武漢/石正麗氏:・・・・・人類の行為が原因で新型伝染病が相次いで発生したと見ています。(AFPBB,2020/8/28)
*感染症の出現の原因は、「人間の活動が背景にある」。(例:院内感染、血液製剤、動物市場等)。
*ヨーロッパにおける疫病の流行は、人間の活動が原因であり、例えば、ハンセン病は十字軍の移動、ペストは蒙古軍の襲来、梅毒は大航海時代以降で蔓延、天然痘はシルクロード経由で、結核は産業革命による都市への人口流入等。
*「ペスト」は、中世から近世に世界の歴史を変えた。理由は、(1)人口の激減――>産業革命、(2)ローマ教会の権威失墜――>宗教革命、(3)文化の開放――>ルネサンス、各国の国語の使用、(4)科学の発達。
*「ペスト」は、犯人捜しで、ユダヤ人(ペストの死者が少なかった事、金持ちが多かった事により妬まれていた)の迫害を引き起こし、欧州域内外でのユダヤ人の大々的な移動と虐殺が起きた。
*対ペストの「検疫」は、ベネチア関係の地中海の交易で、1377年に初めて、乗組員を40日間上陸させなかった(島で隔離)ことに始まる。
*アイザック・ニュートンの3大発明(万有引力/光の分光/微分積分法)は、ロンドンの「ペスト」の大流行時、ケンブリッジ大学が休校となり、田舎に帰ったニュートン22−23歳の時に、完成されたもの。
*「ペスト」と「COVID−19」の比較では、
(1)権威失墜:今回、WHOとCDCに疑問視か? また一部の非科学的指導者も、
(2)科学の発展:今回、IT,On−line生活が推進、及び感染症対策は国際協力が必要に、
(3)労働構造の変化:今回、貧富の2極化、ITなどの屋内労働者と屋外労働者の2極化、
(4)個人の確立:ペストでは、個人主義の発生・確立がなされたが、今回、国益優先、及び国際協調の衰退、
(5)世界経済:ペストでは人口減が起きたが、今回、3年程度の不況か、米中の2極中心か?及び サプライチェーンの自国化へ(一部の量でも部品を含め全てを自国で生産可への動き)、
(6)人口問題:ペストでは人口減が起きたが、今回は日本では「移民の拡大」が起こるかもしれない??
(7)感情:ペストではルネサンスへの方向付けになったが、今回は感情の世界化・一体化が人類で初めて起きた、
(8)変化のスピード:ペストでは1世紀単位であったが、今回は1−2年単位に。
*他にも、日本では、(1)押印の廃止の加速、(2)都市集中から、地方分散への可能性(しかしどうなるかは不明)、(3)感染症対策の重要性の再認識、常に備える事へ。(4)対面の重要性の再認識、On−line社会とどう調和させていくかは、今後の課題。
*「感染症は潜在化していた格差・問題点を顕在化させる」。新たな問題が生じたわけではない。
*即ち、人類への問いかけとして、(1)動物の生息地へのヒトの侵入、(2)気候変動による生物(ヒトも含む)の生息条件の低下。
<まとめ>
*寺田寅彦の随筆より「・・・・、正当に怖がることはなかなか難しい」――>コロナが終われば平和が戻るのではなくなった――>常に備える(リスク管理)
*マーク・トウェイン「歴史は同じようには繰り返さないが、韻を踏む」<講師の著書「続・人類と感染症の歴史〜新たな恐怖に備える〜」より>
◎私たちの心構えとして、1、常に備える(リスク管理)、2、歴史は同じようには繰り返さないが、韻を踏む。
V.主な質疑応答
Q1.新たな6人の内閣官房参与のうち、感染症対策として、川崎市健康安全研究所長の岡部信彦氏が任命されましたか、ご存知の方でしょうか?
→30年来の長い付き合いです。風土ウイルス、感染研でも一緒でした。又、WHOなど国際関係でも重なる部分が多いです。専門性があり、穏やかな人であり、期待して良いと思います。
Q2.米国のCDC(疾病対策センター)のような組織は、日本には出来ないのでしょうが?
→3年間のCDCでの経験から、日本にも同じような「本質的な、恒常的な組織が必要」と提案をしましたが、残念ながら、今のところは出来ていません。
Q3.そんなCDCが今回はあまり動けなかったと聞いていますが?
→CDCは、当初の技術的な失敗(初歩的なミスによるPCRキットの不良品)があり、NY市の第1波の最初の1月間に対応できなかった。CDCは、予算を減らされたり、トランプ大統領が全く相手にしない状態に陥っている。
Q4.第一波の後の第二波について、日・米の場合、見通せなかったのでしょうか?
→数理疫学者は第二波を予測していました。米国の場合、第一波が下がり始めて、早々に経済に舵を切り替え、日本の場合は、第一波がある程度落ち着いてから、経済に舵を切り替えた。
→数理疫学者の予測通り、どの国も第一波は抑えられたが、例えば欧州のように第二波に襲われているところもある。各国のそれぞれの政策によって、一気に緩めるか、そろそろと緩めるかは、異なる。徐々に山は小さくなるが、いくつの山がこれからあるかは、それぞれの国の政策次第となろう。
→今のところ、医療崩壊は何とか防いだし、第二波でどこも医療崩壊を起こしていないし、今後も起きないのでは。
Q5.感染症の流行が、社会が大きく変わるトリガーになる可能性があることが良く分かりましたが、ある程度の濃度のウイルスに対して、感染しない場合があると理解してよろしいでしょうか?
→感染するかしないかはそのウイルス毎に異なります。例えば麻疹は1人から12-15人位感染させます。この数値を再生率と言います。新型コロナの場合、2前後と考えられるので、1人の感染者から2人が感染するくらいです。これが社会的な政策で1以下になれば感染が終息します。
ウイルスの感染可能濃度もウイルス毎に異なっています。下痢を起こすノロウイルスなどは低い濃度でも感染を起こす厄介なウイルスです。コロナウイルスの場合にはまだ算出されていないと思います。//
講演資料:コロナの後に何が来るのか〜世界史の転換へ〜
文責:三嶋 明