2020年11月26日

EVFセミナー報告:最近の極端気象と地球温暖化を考える

演題:「最近の極端気象と地球温暖化を考える」
 講師:東京大学大気海洋研究所気候システム研究系教授 木本 昌秀様
 Web視聴開始日:2020年11月26日(木)
 参加視聴者:47名

1.講師紹介
・1980年 京都大学理学部卒業、気象庁に入庁
・1985年 UCLA留学(〜1987年)
・1989年 Ph.D.(Atmospheric Sciences)
・1994年 東京大学気候システム研究センター助教授
・2001年 同教授
・2010年 大気海洋研究所副所長(〜2019年)
・専門は気象学、気候力学。コンピュータシミュレーションを駆使して異常気象、気候変動のメカニズム解明、予測に取り組む。
U.講演内容
<頻発する極端気象>
1.2018年には「平成30年7月豪雨」で死者・行方不明者合わせて281名、それに続く猛暑(公式記録で最高気温41.1℃) で熱中症死者1400名超。秋には大型の台風21号、台風24号が到来。「平成30年7月豪雨」・台風21号・台風24号の災害による保険金支払額は合わせて1兆5695億円で、東日本大震災による保険金支払額1兆2167億円を上回っている。
2.2019年には台風15号の関東上陸により千葉県で鉄塔2基倒壊・電柱1996本損壊、93万戸が停電し完全復旧に30日以上かかった。また台風19号による豪雨で信濃川や多摩川など71河川140箇所が決壊し、死者・行方不明者も合わせて108名となった。
  
<異常気象?極端気象?>
1.気象庁では「その地点、季節として出現頻度数が小さく平常的には現れない現象または状態。統計的には30年に1回以下の出現率の現象」を「異常気象」と定義し使用しているが、異常と正常の違いに関心がいき過ぎ、次も又発生しますから逃げてくださいよ、といったメッセージが伝わりにくいので、私は「極端気象」という言葉を使うようにしている。
2.例えば、東京の1965年から2018年までの7月の平均気温は、暑い年もあれば寒い年もありヒストグラムは正規分布に近い形をとっており、分布の30分の1以下の高い平均気温であれば猛暑と呼んでおり、30分の1以下の低い気温であれば冷夏と呼んでいる。つまり統計的には極端に暑い年や寒い年が何年かに一度の確率で現れるということで、それが正常な姿ともいえる。
3.寺田寅彦先生は「災害は忘れた頃にやって来る」とおっしゃられたが、災害は忘れた頃ではあるが必ずやって来るものであり備えが必要。加えて長期間に亘る地球温暖化の影響が重なって、極端気象がより発生しやすい状況にあり、今までの経験だけでは判断が難しい状況にある。

<地球は温暖化している>
1.1850年から2020年にかけての地球全体の平均気温の推移をみると、トレンドとしては0.73℃/100年の上昇と推計される。
2.これに大気中のCO2濃度の推移と人間活動によるCO2排出量の推移を重ね合わせると同じく上昇トレンドにあり、CO2は地表を温める温室効果があることから、少なくともグラフを見る限り平均気温の上昇と人間活動によるCO2排出量、大気中のCO2濃度の上昇には関連があることが推測される。

<19世紀末〜現在の気候変化>
1.年平均気温長期変化傾向(1891-2019年)では、地域差なく地球全体で上昇傾向にあることが伺える。
2.世界の年降水量偏差では、1891年から2019年通算の年間平均降水量からの差が年毎にプラスマイナスゼロの線を上下して推移しており、また観測された陸域の年降水量の変化(1901-2010年)は世界全体で増加した地域もあれば減少した地域もあり、長期増加傾向は気温のようにはっきりとは現れていない。降水量は時間的・空間的に局地性が強い性格の気候変数であるため、時間空間的に平均した統計では有意な長期変化傾向は検知されていない。

<世界の自然災害の推移>
1.自然災害は、極端気象が人の住む地域で発生し、その極端気象の影響で実際に損害を与えた場合に認知されるものであり、また対策を講じれば災害も防げるため、気候イベントと災害イベントは必ずしも一致しないが、ミュンヘン再保険会社が公表している災害イベント発生件数では、損害の比較的小さいものも含めてカウントしたときには増加傾向にあり(1980-2018年)、自然災害は増えているとの見方もできる。

<世界平均地上気温の将来予測>
1.コンピュータシミュレーションによって地表気温の推計を行うと、観測データと同様の上昇トレンドが計算されるが、人為起源の強制力を除き自然起源強制力のみで計算した場合には上昇トレンドはみられず、人間の活動が気温上昇に影響を与えていることが伺える。IPCCの報告書では、他の証拠とも合わせて「気候システムに対する人間の影響は明白である。」との強い表現でレポートされている。
2.将来の気候をシミュレーションすると、何も対策を講じなかった場合は今世紀の終わり頃に世界平均地上気温は産業革命以前に比べ4℃以上上昇すると推計されている。現在の地上平均気温は産業革命以前から比べるとおよそ1℃上昇しておりその4倍の水準。平均気温1℃の上昇でも前述したとおり猛暑になれば災害級の被害が発生している。世界平均では年間4℃の上昇であるが、地域的・季節的には気温上昇10℃を超える猛暑になってもおかしくない気候。一方対策を講じた場合には、パリ協定の目標である2℃以内の上昇に留めることも可能とのシナリオが推計されている。

<温暖化を止める緩和策>
1.過去数百年に亘る人間活動によりCO2排出量は累積しており、またCO2は大気中に長く留まる性質の物質で濃度も上昇しているため、地上気温の上昇をただちに抑えることは残念ながら困難。2℃目標に限らず、気温上昇を止めるためには、ゼロエミッション(人間活動によるCO2排出量ゼロ)、すなわち低炭素ではなく脱炭素を可能な限り早期に達成しなければならないことがわかっている。
2.CCSといった排出されたCO2を地中に埋める技術を用いれば、少しぐらいのCO2排出は許容されるのではないかとの見解もあるが、この対策を実行するためには大変なコストがかかる相当大掛かりな事業になるものと想定され、これに多くを頼るわけにはいかない。
3.我が国の電源別発受電内訳(2018年)では水力や太陽光といった自然エネルギーは18%しかなく、東日本大震災があったため原子力に大きく頼るわけにはいかず、島国であり他国からの電力供給も受けられないため、残り82%の電源をゼロエミッションにシフトしていくには相当の困難が予想されるが、地球温暖化を止めるためにはゼロエミッション達成は必須の条件である。

<温暖化に伴い、極端気候の増加が予測されている>
1.日本の年平均気温は長期増加傾向にあるが、年間降水量については長期増加の兆候がまだ検知されておらず、これは世界平均の傾向と同様。
2.しかし、例えば猛暑日の日数や日降水量200ml以上の日数の長期変化傾向をみると確実に増加しており、とくに降水については極端気象の変化を見たほうが長期の変動が探知しやすい。
3.気温上昇が進めば大気中の水蒸気量は増えるが、地球全体で平均すると気温1℃の上昇で増加する降水量は2〜3%である。しかし降水の場合は、上昇気流が発生した場所では雨が降り下降気流が発生した場所は乾燥するといった局地性が強いため、より雨の降り易い場所、季節に焦点をあて変化をみた方が長期の影響を統計的に探知し易い。
4.台風は、日本に上陸するのは年に2、3回で接近も10回もあれば多い方。大災害を引き起こすようなケースの発生頻度が少ないため、将来予測は、たくさんの事例を集め高解像度で定量的にシミュレーションしなければならない。

<極端気象イベントに対する温暖化寄与の評価>
1.地球温暖化の影響は、数十年かけてデータをみて長期傾向を取り出し初めてその影響がわかる。一つ々の極端気象イベントが地球温暖化のせいで起こるわけではないが、極端気象イベントやそれらに伴う災害に地球温暖化の影響が全く寄与していないわけではない。一つ々の極端気象イベントに地球温暖化の影響がどれくらいあったのかということを評価できれば、一般の理解も得られやすく、ひいては対策の推進に寄与できる。
2.地球が温暖化すれば毎年猛暑になるわけではないが、猛暑となる確率が増し、その程度も増加する。例えば日本における2013年の猛暑のケースで温暖化の影響がなかった場合と温暖化の影響があった場合の双方をシミュレーションすると、2013年に実際に観測された以上の猛暑となるリスクが1.3%から8.9%に増加するとの計算結果が得られた。
3.また「平成30年7月豪雨」の降雨量データを基にシミュレーションすると、温暖化の影響がなかった場合の降雨量は6〜7%少なくなるとの計算結果が得られた。地上気温が1℃上がれば大気中の水蒸気量は7%程度増すが、降雨量のシミュレーション結果はこの水蒸気量の増加量に相当し、まさに温暖化の影響が降雨量の嵩上げ効果に寄与しているといえ、近年発生した極端気象イベントに温暖化の影響が確実に寄与し、リスクが増し嵩上げしているといえる。

<直近予測〜リードタイムの確保>
1.温暖化が極端気象イベントにもたらす影響を踏まえ、様々な対策とリスクに対する備えが必要になってくるが、実際に生命を守るということになると極端気象イベント発生の直前に、可能な限り早く正確に予報を出すことが肝要。
2.気象庁の予報精度の質も増し、例えば台風については以前は3日前にしか予報できなかったが最近は5日前から進路予報・強度予報を出せるようになった。さらに気象状況を探知する様々な測器も開発・実用化され予報精度向上に努めており、技術のある方々には新たな観測技術の研究・開発に努められ、さらなる予報精度向上に寄与していただきたいと願っている。
3.天気予報は観測データをコンピューターに入力、数値天気予報モデルで計算し予報結果を出しているが、例えば遠方にある台風強度の画像解析による推定や降水予測に基づく避難のタイミングのガイダンス、あるいは予測を踏まえたビジネスへの応用等、様々な場面でAIの活用も期待される。気象庁では、気象情報のビジネスへの活用を目的とした「気象ビジネス推進コンソーシアム(現在会員数803)」を企画し立ち上げており、参考情報として紹介。

<まとめ>
(1)地球温暖化が進行中
(2)温暖化抑止にはゼロエミッションが必要!
(3)温暖化に伴い極端気象が増加する
−気温はますます高く
−豪雨は激しく、台風も強化
(4)温暖化の適応本格化
  −リスクマネジメント〜(気象)情報を上手に利用して
(5)防災対策はますます肝要に
  −これまでの経験に頼らない
  −最後は自分で判断
  −より良い予測は命を救う

V.質疑応答
Q1.ゼロエミッションが実現しても、既に地球の絶妙なバランスは崩れており元に戻らないと思うがどう考えるか。
→ゼロエミッションは人間活動によるCO2累積排出量を一定のレベルに留め、その下での(気温が上がった)環境で我慢しましょうとの政策。CO2累積排出量を削減する技術はまだなく、自然活動による削減に頼らざるを得ないため、足下では自然環境の改善・回復事業しか対策はないので、CO2累積排出量を削減するためにはかなり長期の期間を要する。もしかしたら将来、例えば人工光合成などの新技術が開発されるかもしれないが、我々の世代は我慢しなければならないと考えている。

Q2.東京近辺は、縄文海浸といって7000年前は海の底であったといわれている。地表の氷が溶けたことにより海水面が上昇したことが原因と思われるが、その当時にも温暖化の影響があったのか。
→もっと時代を遡れば地球は氷期・間氷期を繰り返し経験してきている。地球の自転軸と公転軌道の微妙なズレにより太陽に対する傾きが変わるため大きな気候変動が起きると考えられており、こうした環境変化によりCO2濃度も変わるが、気温変化の主たる要因ではない。氷期・間氷期は10万年間で10℃の気温変化であったが、足下の温暖化は人間活動の影響で気温上昇の変化スピードが速く、環境や生態系に大きなダメージを与えることを踏まえてその及ぼす影響を考えていかなければならない。

Q3.気象予報は気象庁に加え民間の予報会社の情報もあるが、退避行動を起こす場合、気象庁の発表をみて動いた方がよいか。
→今のところ災害に結びつく短期の気象予報は、世界でも国内でも気象庁が断トツ。基本的な気象の予測は気象庁の予報に基づくべきだが、どの地区でいつ避難するか等、ユーザーへのきめ細かな情報の提供等に民間の活躍の余地は大いにある。気象庁の予算は限られており、防災に結びつく気象予報に重点化しているので、例えば長期予報や周辺情報は、民間との役割分担を推進している。

Q4.太陽光発電と一体となったバラマキ型センサーなどの測器は気象庁がやっているのか
→ほぼ民間でやっている。AI技術により精度の劣る民間の観測データも活用できるようになったため、これらの民間の測器による観測データも受け入れている。気象庁は不特定多数に向けての予報をやっており、太陽光発電のセンサーのように特定の発電会社や需要者向けの観測は行っていない。

Q5.世界中の電源の中で石炭火力は4割あり、日本の技術をアメリカや中国で用いれば10億トン単位でCO2排出を削減できるとの意見もあり、石炭火力も活動すべきと思うがいかがか。
  
→ゼロエミッションを実現するための技術はとてつもなく難しい。今ある効率的な技術は有用だが、新たな技術の開発、イノベーションを真剣に考えるべきだ。政府にはこれらの技術革新や技術者の教育を後押しする政策を立案・実施して欲しいし、ベテランの技術者も後輩の指導・育成に注力して欲しい。日本人は、これまで技術と頭脳で世界と伍してきた。日本人のポテンシャルを活かせばゼロエミッションに向けた技術開発、イノベーションも達成可能と期待している。

Q6.最近の台風の進路予想をみるとフランスやイギリスの気象観測会社の予報も発表しているが、なぜ他国が日本の気象予報をしているのか。また各国の予報を比較するとどこの精度が高いのか。
→台風によってどの国の予報が一番よいかはコロコロ変わるものです。気象予報は大事な情報なので、各国とも政府機関が独自のモデルを持ち実施しており、全地球の観測データを用いて予報している。したがって他国の気象予報も可能なわけであるが、モデルで全地球のデータを用いてシミュレーションしているのは大気に国境がないため、全地球のデータを入力しないと自国の予報もできないことが理由。気象庁の予報精度は世界でも2、3番手のトップレベルで、トップクラスはほぼ一線で並んでいる。共通のモデルで世界一本化すればよいのではとの意見もあるが、各国のどのモデルにも各々優劣があり、観測精度を向上させていくためには、他国のモデルの進んでいるところを取り入れていくなど、お互いに切磋琢磨し精度を向上させていく方向がよいと考える。

Q7.「溶接、食品、物流などに使われる液化天然ガスやドライアイスなどを扱う日本の産業用ガス業界は恒常的にCO2不足に悩まされている。CO2は@溶接した金属の化学変化を防ぐガスとして使用、Aビールや炭酸飲料の製造、B農作物の光合成促進、C腹腔鏡手術医療用など幅広く使用されているが、昨今の通信販売増加により物流需要も伸びている。日本国内の年間需要は天然ガス約77万トン、ドライアイス約35万トンあり、全て韓国から輸入されている」と新聞報道されています。日本でCO2の回収・再利用を図るカーボンリサイクルの技術が確立されれば温室効果ガスの削減に大きく寄与し、産業用ガスの安定供給にも役立つと考えるがいかがか。
→対策技術は私の専門ではありませんが、例えば日本では発電量の8割近くを化石燃料に依存している現状ですので、CO2排出の削減のみでカーボンニュートラルを実現するのは大変困難だと思います。ですので、CO2を有効利用できるカーボンリサイクルの技術を推進することは大変重要だと思います。技術的なことに加え、コストや、量的にどの程度期待できるのかなど課題は多いと思いますが、有望な分野であることは間違いありません。

文責:伊藤 博通
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