講師:キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、内閣官房参与(外交) 宮家 邦彦 様
Web視聴開始日:2020年12月25日(金)
参加視聴者:54名
T. 講師紹介<講師略歴>
・78年3月 東京大学法学部卒
・78年4月 外務省入省
・86年5月 外務大臣秘書官
・96年7月 中東第二課長
・98年1月 中東第一課長
・98年8月 日米安全保障条約課長
・00年9月 在中国大使館公使
・04年1月 在大使館公使
・04年7月 中東アフリカ局参事官
U.講演内容1.「地政学リスク」とは何か
地政学という言葉自体が乱用されている。
EVF関係者が疑うべきエコノミスト
・「地政学リスク」を多用する人 ・「陰謀論」を語る人 ・「運命論」を弄ぶ人 ・「結果論」しか言わない人
インテリジェンスを知らないエコノミストの説明
記者やエコノミストは自ら説明できない国際情勢のことを地政学的リスクと呼ぶ傾向にある。彼らは経済的合理性では説明しきれない複雑な国際情勢に出くわすと、苦し紛れに地政学的リスクを多用する。本当に意味が分かっているのか。
「経済合理性」と「地政学的合理性」は異なる。
マネーは「経済合理性」で動く、パワーは「経済合理性」では動かない、エコノミストの最大の弱点はパワーの問題を「経済合理性」で説明しようとするから説明できなくなることだ。
地政学とは国家の地理的位置関係が国際政治に与える影響を研究する学問などと定義されている。
2.コロナで変わること、変わらないこと
コロナは疫病で「破壊者」だから何も生み出さず、どの国に対しても容赦なく、見境なく破壊するだけである。しかし破壊することで、すでにあった流れを加速し、多くの場合、劇症化するし、従って、技術革新や経済、政治、軍事面の「トレンド」はコロナで加速する。
・短期の経済的影響
ワクチンが出来たら多少変わるかもしれないが、今回のパンデミックは当分続き、希望的観測は捨てざるを得ない。
・短期の政治、軍事的影響
現職政治家はパンデミックにやられ、トランプや安倍元首相も退場した。
中国は1930年代の日本と同じような政治的過ちを犯す恐れがある。30年代の東南アジアと今の東南アジアと比較すると、共通点がある。強烈な新興国が台頭し、現状変更志向があり、米を過小評価し、米国の西太平洋における海洋覇権に挑戦する。米国はこれをどう見ているか。中国の台頭を恐れ始めている。30年代と似ている部分と似ていない部分がある。このコロナによって国際情勢はどの部分が加速化され、劇症化されるか。
・中長期的な大局観
現時点での国際政治のメジャーリーグは、米国と中国、ロシアである。日本やヨーロッパ、インド、イラン、トルコなどはマイナーリーグである。
ロシアの人口は日本よりも少し多く、GDPは韓国より少し上くらいで、それほどの国ではないが、なぜメジャーかというと、それはプーチンという天才的な政治家がいるからである。
米国の敵といえば、今まではソ連が最大の敵であったが、今の状況下では中国である。
自由主義的国際秩序の危機について、ブッシュ政権は2001年の時点でこれからは中国の問題だとわかっていた。その時起きたのが9.11のテロで中国の問題を先送りした。湾岸戦争から30年間近く中東で戦争してきた。このツケが今起こっている。もし中国への懸念を深めているとき、いま中東のどこかでどえらいテロが起きたら、米国の対中強硬姿勢がぶっ飛ぶということを、常にワイルドカードとして考えておく必要がある。
3.アメリカの大統領選挙について
・今年の選挙を見るときに、どうしても必要になるのが2012年と2016年の選挙に
なる。
2016年のクリントンが負けてトランプが勝った選挙を2012年オバマが勝った選挙と比較するとアメリカの西側は全く結果が同じで、全50州のうち44州は変わっていない。6つの州がどこかというとアイオワ、ウェストン、ミシガン、ペンシルベニア、フロリダ、オハイオである。なぜこんなことが起きたか。1996年から2012年にかけて、製造業の衰退により、5大湖周辺の工業地帯にいる低学歴でブルーカラーの白人男性らの怒りが高まった。1970年代は圧倒的に白人多数社会だったが、2050年になると白人がマイノリティになる。一人当たりの平均収入はアジア系が一番多く、次に白人でヒスパニック、アフリカ系となる。白人には富裕層もいるわけだから、超貧乏な白人も沢山いることになる。白人男性の自分達は忘れ去られたという絶望感、この恐怖がトランプ現象を生んだ。醜く、不健全で、無責任な白人ナショナリズム、ポピュリズム、排外主義、差別主義といった人間の暗黒面「ダークサイト」と呼ぶべき運動の結果がトランプを生んだのである。
・米大統領選:2020年11月18日現在
今回の選挙はコロナが起きて大統領の信任投票になってしまった。トランプはコロナについては、何もしていない。この状況下で600万票ほどの差がついたが、激戦州では僅差で負けてしまった。
バイデンが勝ったのではなく、現職のトランプが自滅した。トランプはこの選挙で前回より、数百万の票と少数派からの票を伸ばしている。ということは、トランプ現象、「ダークサイト」は抑えられていなく、米国内の極端な分断は増している。
・バイデン政権外交安保チーム
バイデン政権は常識的な正統派の政治エリートを採用したオバマ第三次政権である。不確実性は低くなったが、よくなる保証はない。オバマ政権時代この人たちで一度失敗している。
民主党はリベラリストも残っているが、枢要ポストは中道層のエリートの実務家で占められるだろう。バイデンは米国の分断に加えて、サンダースを取り巻く急進左派による民主党分断にも取り組まなければならない。
4.漢族中国の地政学的脆弱性
中国の将来を考える際の基本として中国人、特に漢族中国人の国家観、歴史観、民族観などを述べる。彼ら漢族が、自らの過去、現在、未来をどのような発想で捉えているのか、理解する必要がある。中国がいかなる歴史を歩んできたか、外部からの挑戦・脅威をいかに認識してきたかなど、彼らの国家観を知る必要がある。
漢族中国史の視点からみると、漢族にとって紀元前2世紀から南北朝の5世紀頃まで、外的脅威は北方民族だった蛮族が次々と侵入を繰り返したことである。こうした北方からの脅威に対応するため建設されたのが万里の長城である。そのあと大帝国の唐になる。しかし唐時代の8世紀後半に、中原と中央アジアを結ぶ回廊は北方のウイグルと南方のチベットに鋏み打ちされ、長く脅かされていた。これがまさに中国漢族の地政学的脆弱性であり今も続いている。
11世紀後半の宋の時代になると、周りが強くなり、漢族中国は小さくなる。
宋はやがて女真族の「金」に北半分を支配され、13世紀にはモンゴル族の「元」が中国全域を支配した。14世紀に漢族王朝の明が復活するも、西方はウイグルとチベットが勢力を拡大しており、元に比べれば支配領域は小さかった。
17世紀には満州族が「後金」を経て「清」を建国して、ウイグルとチベットを含む中国全域を支配した。やがてロシアが南下してウラジオストックを取り、日本も満州を占領した。
中国の漢族の領土は、周りの蛮族との力関係で決まり、周りが弱くなれば大きくなり、周りが強くなれば小さくなる。
いまの中国の北の蛮族はロシアである。帝政ロシアの70年代頃は仲が悪かったが、いまは中国の敵ではない。
ウイグルとチベットを掌中に収めたので、インドとの小競り合いがあるが、ヒマラヤ山脈が横たわるので、インドは脅威ではない。中国の南方での蛮族はベトナムである。ベトナムとは抗争を歴史的に繰り返してきたが、1979年のベトナムが勝利した中越戦争以来、陸地では戦いを交えていない。インドとの高山地帯を除けば陸の国境地帯で中国では軍事的脅威はない。
いま中国には、陸からの脅威がないのに、中国はなぜ膨大な軍事費を使い、たくさんの空母とミサイルを保有しようとしているのか、それは、海からの脅威に備えているからである。
今の中国で最も豊かで脆弱な地域は太平洋側の沿岸で、その海の輸送ルートを邪魔しているのは日米同盟だと中国は見ている。日米に対抗し、西太平洋上の覇権を争うことになる。
5.中国の経済政治発展モデル
経済が発展すれば、市民社会ができ中国を変え、民主化が促進されるだろうと考え、我々は希望を持って、中国に20年間投資した。ところが、結果は、経済は繁栄したが、独裁は継続したままであった。日本の場合は早くから気づいていたが、米国ではそれに気づいたのはオバマ政権の第2期目で、その頃から米国の対中政策は徐々に変化し始めた。トランプ政権はそれを引継いだだけである。バイデン政権が第3期オバマ政権だとすれば、第2期オバマ政権の対中政策とは基本的には変わらない。
6.中国の接近阻止/領域拒否
中国が軍事戦略のパワーを展開するための目標ラインとしての第一列島線の内側と小笠原からグアムへ向けての第二列島線の内側の西太平洋をすべて支配しようとしている。そして、自国の海域だと主張する。中国は太平洋を2分割し、米国は、台湾、朝鮮、日本から出ていってハワイに帰ってくれと言っている。
公海における航行の自由を中国は事実上否定し、西太平洋の力による現状変更を画している。
7.米中覇権争いの行方
・米国国防総省内での訓練の「米中戦争」のゲームで中国に勝てなくなった。
米国:高価、代替不能、有人、巨大、移動困難な、数量の少ない、プラットフォームに依存してきた。
その30年間に中国はどうしたか?
中国:廉価、無人、小型、精密誘導、使い捨て、移動に敏捷な、無数の兵器群で、米軍の接近阻止という米国の弱点を衝いた戦略を編み出した。
中国の勝ちである。
これが続くと第二列島線にも進出を許してしまって、米国も日本も海洋国家が成り立たな
くなり、海洋権益を守れなくなる。
中国の沿岸に何百、何千と配備されている命中率の高い弾道ミサイルを、例えは空母に200発同時に打ち込めば必ず空母は沈む。
いま時、必ず沈められる空母などいらないのだ。
我々も、中国の戦略に対抗できうる、廉価、無人、小型、精密誘導、使い捨て、移動に敏捷な、無数の兵器群を持ち、中国への抑止力とする「戦い方改革」をしなければならない。
これから10年間そのような方向で動かなければならないが、全然そのようになっていない。
・大国間戦争の意味:いずれも戦略的譲歩はしない。
中国は「力の真空」をずっと探していて、米国の関心が薄れたら「戦わずして勝つ」としている。
中国のような大国の場合、勝たしてくれない。戦えばこちら側にもダメージがでて、全ての目的を達成できなくなる。そこで優先順位を付けなければならなくなる。では、尖閣諸島はどうするか、これに優先順位を付けるのは難しい利益がある。米国が中東、特にイラク、アフガニスタン、シリアから撤退するのはある程度仕方がない。
中国はバイデンが親中派になるとは思っていない。
中国はあと10年以内に「中所得国の罠」に嵌る筈である。中国だけが経済理論から外れるわけがない。
この危機感を習近平がどれほど思っているかわからないが。
8.米海上戦力のローテーション 20100606−20110406
海上米軍の位置を示した地図がある。
地図は毎週更新される。2010.6.6から2011.4.6までの9カ月間について地図を重ねて動かしてみる。米国海軍は空母を11隻保有(その内4隻が実稼働)していて、ヘリ空母を含む20隻ほどが世 界中をローテーションで回っている。
2011.3.11の東日本大震災の時、米軍は友達作戦で日本の周辺に2隻の空母とヘリ空母1隻を配置し、東北の同胞を支援してくれたが、その時、ほかの2隻はインド洋に配備されていた。
もし、朝鮮半島で何らかの危機があって、同時期に中東や南シナ海で危機が起こった場合、米軍は中東に2隻を派遣するであろう。その結果、南シナ海と東シナ海は空になる。そのようなケースが危惧される。
V. 質疑応答
Q1. 日本は中国に対してどう対応していけばよいか?
例えば、日中外相会談後の共同記者発表の場で飛び出した、王毅外相の発言について
正体不明の漁船が頻繁に尖閣諸島に侵入しているため、中国公船が必要な反応をしていると説明したが、茂木外相は反論しなかった。一言あっても良かったと考えるが?
A1. 一言あっても良かったと思うが、言っても言わなくても力関係が決まつたり、変わる
わけでない。
尖閣は我が国が実効支配しているのに、中国が手を出してきている。日本固有の領土と
して有効に支配してきたのであり、話し合いで解決する領土問題は存在しないとしている。あえて答える必要もなかったのだろう。
Q2.中国の軍備が強すぎ、日本近海の海上防衛の維持に力を入れる効果がどの辺にあるの
か?
A2.攻撃は最大の防御である。防御は最大の攻撃にはならない。しかも防御は受け身だか
ら、やたら金がかかる。日本では攻撃能力は駄目だという呪縛にかかってしまっている
ので、ミサイル防衛ならいいだろうということで、これに金をかけている。だが、ミサイル技術は日進月歩で既存のミサイル防衛システムが不十分になる可能性は常にある。また、イージスをうまく使えば、まだまだ使える。
イージス艦を今6隻保有しているが、米国の空母11隻保有のうち実稼働が4隻と同じ
ように、イージス艦10隻持っていても良くて3隻の実稼働になる。ということで、山
口と秋田でイージス艦の負担を軽減するため、地上でミサイルを打ち落とせるように、
地上配備型迎撃システム「イージスアショア」を配備しようとしていた。しかし、北朝
鮮はすでに、現行イージスシステムの能力を超えるミサイルを持ち始めた。その陸上
イージス施設に莫大な金をかけて、うまく使えるのかと考えた時に、どうしても意見は割れる。日本のように狭いところで、まして、ブースターを落としてはいけないなんて話になれば、どうしようもない。
攻撃は最大の防御であるとすれば、今はどうしたらもっと安上がりに、抑止力を維持できるかを考える必要がある。防衛費は5兆数千億円しかないわけだから、陸での防衛だけでは難しい。海上を選択したのは正しい。いずれにせよ、相手のミサイルも進化していくわけだから、それに対応できるように、日本のミサイルシステムも常に更新していく必要がある。北朝鮮のような普通じゃない国に対する戦略を考えるのは難しい。
Q3.韓国と北朝鮮とはどのような関係を作ったら良いか?
A3.非常に厳しい問題である。いま日韓関係は無茶苦茶である。また、北朝鮮との関係も
良くない。
本来朝鮮半島は安定して、統一し、独立して、民主主義で、法の支配があることが、
あるべき姿ではある。そこに行くためには相当大きな長い距離がある。むしろそして
その距離広がっているように思える。いま韓国・北朝鮮の最大の問題は、冷戦後の米日同盟による安定の維持はもう終わるということである。朝鮮半島では歴史的な伝統的なバ
ランス外交、つまり最も強い国に朝貢することが、脆弱な半島国家が文化、言語を維持する最善の方法であった。戦ったら滅ぼされるわけだから。
韓国にしてみれば、中国が台頭してきたが、米国は頼りにならない。北朝鮮は核を持っている。されば伝統的「バランス外交」に回帰するしかないと韓国は考えているのだろう。これが韓国の現実であれば日米は、韓国が反対方向に行かないようすることしかできないのではないか。
北朝鮮にしてみれば、トランプは扱い易かったが、バイデンはトランプのような馬鹿
かなことはしてくれない。かつ、韓国は全く信用できないし、中国は怖いわけである。
当分は日本には靡いてこないが、北朝鮮がどこかで日本との関係改善を考えることは
あり得る。とすればいつか拉致問題が花開くことになる。
Q4.持続的可能性や社会的平等の観点からみると、脱成長のコモン型社会に移行するのが
良いと斎藤幸平氏が社会主義的発想に近いことを提唱している。米国では資本主義に対して疑問が出てきている。中国はコロナを治めたが、社会制度としては良いと思えない。日本はこういう場面において、どういう方向性を目指すべきか?
A4.資本主義が修正資本主義を経て、共産主義に勝ち、アメリカの一人勝ちの時代があり、その後ネオリベラリズムが出てきて、富の再分配ができなくなり、資本主義の弊害が出てきて、再び平等性をより重んじる考え方が出てきた。これは当たり前のことだと思う。それを社会主義と呼ぶかどうか、ナショナリズムにもなり得るのではないか。
では中国をどこに入れるかというと、中国は現在までの思想史の潮流とは違う方向で動いている。国家資本主義そのものである。社会主義というよりは、重商主義、権威的な国家資本主義である。中国が旨くいったのは、自由、民主、法の支配、適正手続き、人権を無視したおかげであり、独裁的な権威主義により何でもできるので、旨くいっているだけである。現在までの思想史の流れと一緒にしないほうが良い。
中国は非常に単純化すれば、今までのやり方を14億の中国人がどこまで我慢するかである。
あんなに他人の言うことを聞かない中国人たちが、たった一人の言うことだけを聞き続けられるわけがない。いずれどこかで、行き詰まると思っている。日本についていえば純
粋の資本主義ではなく、むしろ唯一成功した社会主義国家ともいえるだろう。
Q5.日本の企業は中国に進出している。また、主要な貿易国でもあるが中国に頼っていいのか?
A5.1939年の技術的レベルの低い地域性の強い「ブロック経済化」とは違い、今世界ではデジタルブロック経済化が出来ている。米国を中心とするインターネットの世界と中国を
中心とするインターネットの世界という、デジタルブロック経済間の戦いが始まっている。いずれどちらかが覇権を握る時代が来る。国家安全保障上必要な技術、産業、応用については、中国とデカプリングするしかない。
安全保障上の地政学的な合理性だと思う。
日本の場合、最先端なものは補助金を出しても自国でやるべきだ。逆に安全保障上問題ないものは、中国と自由に経済活動をするという二つの方法に分かれていくだろう。
Q6.中国外交はあたかも中国共産党の党内闘争の延長のように振舞っているように見 えるのですが、どのように評価しますか?
A6.中国外交部は政策実施機関に過ぎず、政策立案の権限は事実上持っていないので、単なる官僚の生き残りのための「付託」行動でしかない。
Q7.トランプ政権の中東での実績、就中、イスラエルの首都移転、湾岸4か国国交正常化をどのように評価されますか?
A7.基本的には過去20年間現実を追認しただけの話。パレスチナ内部の分裂は深刻で、
アラブ諸国はとうの昔にパレスチナ問題に対する関心を失っている。アラブにとって
敵はペルシャであって、ユダヤではないと言うことなのだろう。
文責:立花 賢一
講演資料:日・米・中を中心とした今後の世界情勢の行方