2021年02月25日

EVFセミナー報告:「1.5℃のライフスタイル」―脱炭素型のよりよい暮らしを目指して

演題「1.5℃のライフスタイル」―脱炭素型のよりよい暮らしを目指して
講師:小嶋 公史(さとし)様

公益財団法人 地球環境戦略研究機構(IGES)
プリンスパルコーディネーター・上席研究員 小嶋 公史(さとし)様
Web視聴開始日:2021年2月25日(木)
聴講者数 : 47名

1.講師紹介
・東京大学大学院工学系研究科修士課程修了(工学修士)、英国ヨーク大学環境学部博士課程修了(Ph.D.)。1994年より(株)パシフィックコンサルタンツインターナショナルにおいて、コンサルティング技師として上下水道・環境保全分野での政府開発援助プロジェクトに従事。その後、英国ヨーク大学で博士号(環境経済学)を取得。
・2005年より公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)勤務。専門は環境経済学、環境・開発政策評価。IGESでは、経済モデルなどを活用した定量的政策分析ツールの開発や、途上国で依然深刻である貧困問題の解決と、人類の生存基盤である生態系の保全をどのように両立するのか、という観点で持続可能な開発に関する研究に従事。近年はカーボンプライシングや持続可能なライフスタイル関連の研究などに取り組んでいる。

2.講演概要
気候変動対策のための国際合意であるパリ協定では、産業革命前からの気温上昇を2℃未満、できれば1.5℃未満に抑える努力が地球規模で必要とされているが、今や世界は1.5℃未満が目標とされつつある。そのためには技術革新や企業の努力などによる排出削減に加え、私たちの暮らしを通じて排出される“カーボンフットプリント”を削減するのが重要だ。“カーボンフットプリント”とは、私たちが消費する製品やサービスを、製造し、流通し、消費し、廃棄する、という製品のライフサイクルを通じた温室効果ガス排出をいう。
地球環境戦略研究機関(IGES)では、フィンランドのアールト大学ほかとの共同研究を行い、2年前にその研究成果を出版した。その概要と日本についての分析結果をまとめた日本語版要約本を昨年1月に出版した。講師の小嶋公史(さとし)先生は3人の著者の一人である。本セミナーの核心部は、1.5°C目標に対する世界共通の一人当たりカーボンフットプリント目標を提示したうえで、日本人の場合はライフスタイル・カーボンフットプリントを2030年までに約三分の一に、2050年までに約十分の一に削減する必要がある。そのためにとり得るライフスタイルの選択肢を多方面から考察された。その上で、最終消費者である私たちが持続可能かつ豊かな暮らしの在り方を地球規模で検討し、消費者主導で脱炭素型のビジネスモデルならびに社会システムの変革を導く、新たな可能性を強調してセミナーを終えられた。

3.講演内容
1)1.5℃未満が新たな目標に
人為的温室効果ガス(GHG)の排出量をゼロにしない限り地球温暖化は進行する。2015年に採択されたパリ協定は2020年以降の温室効果ガス(GHG)排出削減のための新たな国際枠組みとして、歴史上はじめて全ての国が参加する公平な合意と言われる。パリ協定では地球全体の平均気温の上昇を産業革命以前に対し「2℃より十分低く抑え、1.5℃未満に抑えるための努力」を追求することが合意された。さらに2018年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が「1.5℃特別報告書」は発表し、気温が2℃上昇した場合でも大きな影響が予測され、1.5℃未満に抑えることによりリスクを抑えることが出来ることを示し、1.5℃が新たな目標になりつつある。

2)出版された、「1.5℃ライフスタイル」―脱炭素型の暮らしを実現する選択肢ー
地球環境戦略研究機関(IGES)では、フィンランドのアールト大学、同じくフィンランドのD-mat等と共同研究を行い、その研究成果として2019年2月に英語版レポートを出版、国際的に注目を集めた。研究は日本、フィンランド、中国、ブラジル、インドの平均的な暮らしでのGHG排出量や特徴、脱炭素社会に向けて取りうる選択肢を示した。
IGESからは2020年1月に、その概要と日本についての分析結果をまとめた日本語要約版を出版した。セミナーの講師、小嶋公史(さとし)先生はその本の3人の著者のお一人である。
3)カーボンフットプリント
温室効果ガス(GHG)の直接排出だけにとらわれず、カーボンフットプリントなる概念でGHGをとらえる。“カーボンフットプリント”とは購入する製品やサービスの、製造、流通、消費、廃棄等サプライチェーンにおける間接排出を含めたライフサイクルにおけるトータルのGHGの排出量を指す。

4)日本のカーボンフットプリントの特徴
GHGの排出量を生産ベース(=領域ベース)の指標と消費ベース(=カーボンフットプリント)と比較すると、日本は消費ベースが生産ベース上回る。すなわち輸入を通して海外において引き起こすGHGが大きい。
・1970年代に消費ベースが生産ベースを上回り、輸入に依存する時代に。
・1995年頃までは消費ベース・生産ベースともに増加。
・2000年代から二つの指標は横ばいが続くが、大幅減少への移行傾向は見られない。

5)ライフスタイル・カーボンフットプリントの国内消費者間比較
<フットプリントの大きい家庭>
 自動車利用、物質的消費、長距離レジャー、非効率的な住居、小さな世帯人数、などの高炭素型ライフスタイルの特徴。
<フットプリントが小さい家庭>
物質的消費が限られ、大人数で住む傾向にある。必ずしも低収入世帯ではなく、多様なライフスタイルの側面がフットプリントを決定づけている。

6)1.5℃に対応する一人当たり家計消費の目標値と現状とのギャップ
日本の家計消費の現状のフットプリントは7.6トン/1人・年
・2030年までの目標値は約三分の一の2.5トン (Cf. ブラジルの現状が2.8トン)
・2050年までの目標値は約十分の一の0.7トン (Cf. インドの現状が2.0トン)

7)ライフスタイル・カーボンフットプリントを削減する3つのアプローチ
次の3つのアプローチを全ての消費領域(食・住居・移動・製品・レジャー)で取り入れてゆくことが脱炭素型ライフスタイルの実現につながる。
(1)消費総量削減アプローチ :テレワーク、職住近接、食品ロス削減等
(2)モード転換アプローチ :公共交通、再エネ、菜食等
(3)効率改善アプローチ :低燃費車、省エネ住宅等〜効率改善だけでは大幅削減は不可

8)脱炭素型ライフスタイルの選択肢
住 居 :コンパクトな住居空間、再生可能エネルギー由来の系統電力に切り替え、再エネ設備の設置、住居の断熱、暖房にヒートポンプ使用、温水シャワーヘッド等での温水の節約。
移 動 :車を使わない通勤・プライベートの移動、近場での週末のレジャー、飛行機移動の削減、電気自動車の導入、ライドシェア(1台に必ず2名以上乗車)。
 食  :赤身の肉を鶏肉・魚など低炭素型たんぱく源に転換、乳製品を植物由来の代替品に転換、菜食、食べ過ぎ飲み過ぎている菓子・アルコール類の削減、食品ロス削減のため見切り品を積極的に買う・飲食店でのドギーバッグ等。

9)ロックイン効果への対策が必要
・消費者の選択肢は入手可能性、周囲のインフラ、コミュニティの状況に制約を受けている(=ロックインされている。)⇒製品やサービスが近くで容易に入手できる、コミュニティにインフラがあるなど容易なアクセスが必要。政策上の後押しも必要。
・消費者は長時間労働と大量消費のライフスタイルという大きな社会の流れにロックインされている。⇒社会全体での取り組みを後押しするために、1人1人には消費者、市民、社員、ボランティア、教育者など様々な役割があることを啓発。

10)消費モード転換を可能にする条件整備
政府・自治体と企業、消費者のステークホルダーが、協働して消費モードを転換に勤める必要がある。
企業 :テレワーク、シェアリング、食品ロス削減、肉・乳製品の代替品、その他の低炭素型の製品・サービスの選択肢の提供、1.5℃目標と調和した自社の戦略的計画策定・投資決定やビジネスモデル採用。
消費者:消費に関する習慣の変更、特に短期的に実行可能な選択肢への変更、投票・購買行動による政府・企業への社会システム転換への働き掛け。

質疑応答)
Q1)温室効果ガス(GHG)の排出量はどのように計算するのか。またカーボンフットプリントはどのように算出するのか。
A)直接排出される温室効果ガスは、化石燃料をどれだけ使うかなどをもとに国連作業部会で計算マニュアルがある。次にカーボンフットプリントの計算には、製品ライフサイクルの各段階の排出量を積み上げるボトムアップ方式と、トップダウン方式の二通りの計算方法がある。トップダウン方式では、その国の産業連関表を活用した行列演算によって直接排出量と間接排出量を合計したカーボンフットプリントを推計する方法である。

Q2)昨今の新型コロナウイルス禍で大変な苦痛を受けているが、そのおかげで大気汚染が改善されたとの話を聞く。しかしより良い暮らしを求めてのこととはいえ、心の準備が必要だ。教育、啓発が重要になってくるのではなかろうか。
A)おっしゃる通りだ。ロックダウンのようなやり方は無理。皆が納得することが必要で、価値観が変わらないとだめだ。コロナ対策としての行動変容の中で、望ましい将来に向けて有効なものは何かを洗い出し、そのような行動変動は促進すべき。例えばテレワークをしてみて、「意外といい面が多い」と気がついたならうまく活用していけばよい。コロナ対策のなかで幸せに繋がるものは何かということだと思う。

Q3)菅首相が2050年までにネットゼロと宣言したが、脱炭素とはどこまでできるか。
A)確かに将来を見通すのはまだ難しい。余分なGHGを吸収すると言っても、CO2を地下に貯留するCCSは日本国内では貯留できるキャパシティが無い。地震国だから管理が難しい。CO2の再利用などは期待できる。

Q4)たまたま昨日テレビで牛肉の代替品のことが報じられていたが、その製品の味はどうかなどで話題が賑わっていた。温室効果ガス削減に大いに寄与するものだとの啓発もして欲しかったと、先ほど思い出した次第だ。
A)そういう1人1人の気持ちが大事だ。商品にラベルをつけてカーボンフットプリントにいくらいくら有用だと明示しようというアイデアもあるが、個々の商品にそれは難しい。ただそういう教育、啓発は大事だと思っている。子供向け啓発の本を出版しようという会社があり、その本の監修を依頼されているところである。

文責 : 佐藤孝靖

講演資料:「1.5℃のライフスタイル」ー脱炭素型のより良い暮らしを目指して
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