2021年05月27日

EVFセミナー報告:カーボンニュートラルと次期エネルギー基本計画


演題:「カーボンニュートラルと次期エネルギー基本計画」
講師:国際大学副学長・国際経営学研究科教授 橘川武郎様
Web視聴開始日:2021年5月27日
聴講者数:73名
報告担当: 正会員 津田俊夫

講師紹介
・東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、経済学博士
・青山学院大学経営学部助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て、2020年より国際大学大学院国際経営学研究科教授(現職) 
・2021年より国際大学副学長(現職)
・東京大学・一橋大学名誉教授
・元経営史学会会長、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員(現職)
・環境ベテランズファーム(EVF)顧問(現職)

講演
(国のエネルギー基本計画は3年毎に見直すことになっており、2018年第5次計画から3年目になる2021年の見直しにむけ活発な議論がなされている。今回は総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の委員である橘川先生から、国内外のエネルギー事情やエネルギー基本計画見直しに向けたホットな議論について幅広くお話を聞くことができた。)

1. 講演内容
(1) カーボンニュートラル
2020年10月26日の菅首相の「2050カーボンニュートラル」所信表明は、中国のカーボンゼロ表明、米国バイデン氏のパリ協定復帰意向という流れの中で日本が遅れず温暖化対策を示すぎりぎりのタイミングであったと思う。
梶山経産相も従来のエネルギーミックスを積極的に見直す姿勢を示している。
これらの背景には、アンモニアによるカーボンゼロの火力発電をめざすというJERA(東電と中電の火力発電部門を統合した会社)や、再生エネルギーを許容できるノンファーム型送電接続にトライする東電パワーグリッドといったゲームチェンジャーの存在がある。

カーボンニュートラルへむけて、「電力」では、再生可能エネルギーを5〜6割、水素・アンモニア火力を1割、水素・アンモニア以外のカーボンフリー火力+原子力を3〜4割とし、「非電力」では、エネルギー使用先の電化(年間総電力消費量を現1兆kWhを1.3〜1.5kWhにする)、水素利用(製鉄、燃料電池)、メタネーション、合成燃料、バイオマス利用をすすめ、更なる「カーボンオフセット」として、植林、DACCS(空気からCO2直接回収・貯留)といった方向が示されている。

(2) 再生可能エネルギー
日本では再生エネはコストが高いので普及が進まないとみられているが、世界では安いという理由で再生エネに向かっている。
日本でも太陽光発電7円/kWhの目標を持っているのでどんどん値段が下がるのではないか。
出力変動の大きい再生エネは、サプライチェーンやコストに問題のあるリチウムイオン電池等の蓄電池や、容量に制限のある送電線がボトルネックであったが、ノンファーム接続により送電線能力問題が解決できることと、カーボンフリー火力発電により出力調整を可能にすることにより、主力電源化し、更には熱源としても利用できることも含めて主力エネルギー化もするだろう。

(3) 原子力発電
2050年の電源ミックスにおいて、“水素・アンモニア以外のカーボンフリー火力+原子力”で30〜40%として原子力発電の評価を残しているが、副次電源化は免れない。
政府の「リプレース回避」と「新増設無し」で、全ての運転期間を60年間に延長したとしても、現存する33基の内、50年で残るは18基、69年には無くなる。
1)火力シフト、2)廃炉ビジネスによる雇用確保、3)オンサイト中間貯蔵に対する保管料支払い、の3点からなる「リアルでポジティブな原発のたたみ方」が、選択肢として必要になってきている。
使用済み核燃料の処理では、プルトニウム使用について「もんじゅ」が消えた現在、軽水炉サイクルでの利用不足を日米原子力協定でつかれる懸念がある。

(4) 石炭火力発電所
非効率火力フェードアウトは、第5次エネルギー基本計画ですでに言われていたことなので政策転換でない。
廃棄される非効率火力は114基、高効率は24基で、基数的には大きな削減だが出力ではそれほど減らない。更にこれから10件の高効率(USC)新設がある。25年以降は需要を満たすので新設なしとなろう。
火力輸出も、禁止ではなくて、輸出先がCO2削減にまじめに取り組んでいれば高効率発電所を出すという条件の「厳格化」である。

(5) 電源ミックス
講師の私案では、
2050年:再エネ50〜60%、原子力0〜10%、火力40%(再生エネに対する出力調整のため火力はこのくらい必要かと)
2030年:再エネ30%(政府案22〜24%)、原子力15%(同20〜22%)LNG火力33%(同27%)、石炭火力20%(同26%)、石油火力2%(同3%)
であるが、カーボンプライシングにより変わるかもしれない。カーボンプライスは現行数百円/tCO2であるが、将来的には3000円/tCO2や10,000円/tCO2あるいはそれ以上もありうる。

(6) 化石燃料代替の水素
電力業界はアンモニアを使うだろう。
水素を使うのは、電力以外のエネルギー産業、自動車(アンモニアは使えず)、水素還元による鉄鋼業である。
ただし、水素については技術開発中なので実装は2030年代以降になり、30年の電源ミックスでは、アンモニアと合わせても1〜2%にとどまるだろう。
とすると、NDC(国が決定する貢献)46%が難しくなるが、これは、数字が高すぎるのではなくて、今までの対応が遅すぎたということに他ならない。

(7)電力業界
2016年電力小売り自由化、2020年発送電分離により10電力体制は崩壊している状況。
送配電も送電と配電が分離されると、送電会社は系統運営を効率的にする広域化に向かい、東電グリッドが東北電ネットワークとの経営統合を狙う(洋上風力や地熱の資源が多い東北と、大消費地の東京が結びつく)。
原発に強く石炭に弱い関西電力と、石炭に強く原発に弱い中国電力が、経営統合するかもしれない。
東電が柏崎刈羽原発を売却し、運営を原電・東北電力に託する(事実上の準国営化)というシナリオもある。
このように電力会社の大きな編成替えもあるのではないか。ドイツでも、システム改革によって、8社が4社になった。

2. 質疑応答
Q:柏崎刈羽原発は問題続きで管理体制が改まらないので、準国営化などになることに問題があると思うが?
A:現場のスタッフは優秀であり、大震災のあとの水害で東北電力が窮地にあったときも、柏崎刈羽原発はよく助けた。電力問題の本質は、「高い現場力と低い経営力のミスマッチ」にあると思う。東電は、事故を起こした張本人であり、原発を営む資格がないので、ABWR(軽水炉型)という最新鋭炉を含めて、売却するしかないのではないか。

Q:炭素から水素・アンモニアへの移行があるが、原料調達の見込みについて伺いたい。また水素・アンモニアにかかわる化学技術開発に国の資金をつぎ込むことに議論はないのか?
A:日本国内でのアンモニアの年間消費量は約200万tであるが、50年には火力発電燃料用だけで3,000万t必要と言われている。世界のアンモニア生産量は約2億tであるが、政府のグリーン成長戦略ではその半分の約1億t分サプライチェーンに関与するという実現性薄い話が出たりする。問題のある所である。 
ブルー水素を得る過程でCCUSが重要になるが、別の道としてC1化学が重要になるかもしれない。例えばCO2でなくてCOの形であれば化学的に利用価値が高まる可能性はあり、研究開発が望まれるが、国からの研究費拠出は悲観的である。民間頼りである。

Q:原発依存が低くなるが、廃炉やその他の原子力関係技術の担当・開発技術者が少なくなるだろうという問題について分科会などでは話も出ないのか?
A:もちろん出ている。推進派も多いし、分科会でも一番話題になっている。グリーン成長戦略では、洋上風力、アンモニア、水素に続いて4番目に原子力があり、研究課題として小型炉、高温炉、核融合をあげている。しかし、いずれも開発は進めるが、実機を作ることはしないという。だから資金を出そうというところはないだろう。
リプレースするなら今始めないと50年に間に合わない時期と思っているが、政府も電力会社も言い出さない。

Q:東電は廃炉専門会社になるということだが、終わるまで40年あるいはそれ以上かかるが、東電が全うできるかという議論はないのか?
A:議論はされていない。東電は柏崎刈羽の再稼働に期待していたが難しいので、パワーグリッドとEP(エナジーパートナー)の稼ぎで生き続けるのだろう。半世紀にわたり水俣の補償を続けている「チッソ方式」に例がある。

Q:洋上風力に関して送電線や漁業権との調整についてうかがいたい
A:送電についての注目点は、風力の直流電源から電気ををそのまま送る直流送電にある。データーセンターなど直流電源の大口利用に効果が大きい。直流に経験があるのはNTTなので、期待している。
漁業者を事業者に組込む方式は、秋田県で試みがあるようだ。地熱発電に地元の温泉業者の協力を得る、前向きの話もあるようだ。

Q:最近引っ越しをした地方では太陽光発電が普及しているが、採算が悪くなるという話である。これに関する施策についてうかがいたい。
A:これは大きな問題で、2019年にFIT(固定価格買い取り制度)が終了したことにある。一般家庭の太陽光設備は4Kw程度であり、全量買い取られるのは10Kw以上なので、FITのもとでも、余剰分しか買い取ってもらえなかった。そのFITも終了したので、自家消費するしかない状況である。自家消費後の余剰分を隣家へ売るには送電線を使う託送料がかかる。電気自動車(EV)によって融通しあう人もいる。いずれにしてもオフグリッド策はこれからである。

Q:CCS(二酸化炭素回収・貯留)は日本には適地は無いのではないか、やっているところはあるか?
A:苫小牧で実証試験を行った。新潟の天然ガス採掘跡で進める話もある。断層の多い日本では難しいかもしれない。日本の企業がオーストラリアの褐炭利用と結びつけて計画しているが、廃棄物の他国移転として非難されるかもしれない。CCS事業は利益を生まない事業なので進みは遅いが、炭素規制により炭素価格が上がれば変わることも予想される。
産油国のカナダではEOR(Enhanced Oil Recovery)としてCO2を地下に押し込む操作がある。天然ガス産出のノルウエーは輸出先のオランダで発生したCO2を引き取って地中に戻す計画をもっている。ノルウエー自体は水力発電依存度が高くて、EV化の最先進国である。

Q:水素については非電力の主役、また、2030年代以降の社会実装とのことでしたが、社会実装に10年以上時間がかかる主因はどのような点でしょうか?
A:水素のインフラができていないことです。 欧米ではそれぞれ3000km程の水素パイプラインがありますが、日本にはほとんどありません。対照的に、肥料産業等で広く使われているアンモニアについては、日本を含めグローバルなサプライチェーンが一応構築されています。電力業界が水素でなくアンモニアを選択する一つの理由は、インフラの整備具合の違いにあります。

Q:原発がリプレースなく2050年代から2060年代にかけてゼロに向かう場合、バランスとして石炭火力の脱炭素化負担がより高まるのではないかと推察しますが、アンモニア混焼、専焼実装のスピード感についてどのようにお考えでしょうか?
A:因果関係は、原子力の後退⇨カーボンフリー石炭火力の拡大ではなく、それとは逆のカーボンフリー石炭火力の拡大⇨原子力の後退になると思います。
 石炭火力については、2030年までにアンモニア混焼が本格的に始まり、2050年には完全にアンモニア専焼(最早「石炭火力」ではなく「アンモニア火力」)となっているでしょう。

Q:再エネ、原子力、石炭火力、それから将来的な水素のバランスを取るのがLNGと思いますが、今後LNGの全体に占める比重についてどのようにお考えでしょうか?年間8000万トン輸入しているLNGがこの先どの程度減少傾向に向かうのか気になります。
A:2050年には、LNGを今の形で使うことはなくなり、すべて水素・アンモニア・合成メタンに代替されていることでしょう。もちろんLNGを輸入して日本で燃料でなく、水素・アンモニアに変える(その際排出されるCO2はCCUSで処理)方法は残るかもしれません。2018年に策定された第5次エネルギー基本計画は、定性的には「天然ガスシフト」をうたいましたが、定量的には「2030年一次エネルギーミックス・天然ガス18%」を打ち出すことで30年の天然ガス必要量を年間6200万トンに抑え込み、「天然ガスシフト」と逆行するものでした(18年当時のLNG輸入量は年間約8000万トン)。
 現在策定中の第6次エネルギー基本計画で、NDC(国家による削減目標)46%(2013年比の温室効果ガス排出量)と機械的に帳尻を合わせるエネルギーミックスが作られると、30年の天然ガス必要量は年間5000万トン前後にまで削減される恐れがあります。そうなれば、エネルギー・セキュリティ上由々しき事態が生じかねません。

文責:津田俊夫


講演資料:カーボンニュートラルと次期エネルギー基本計画
          


posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介