講 師: 結城事務所主宰 結城 隆 様
Web視聴開始日:2021年6月24日(木)
視聴者数:55名
報告担当:EVF理事 奥野 政博
講師紹介:
・一橋大学経済学部卒業。金融、製造業、流通業で40年間にわたって調査・企画・新規事業立ち上げを経験。ロンドン、パリ、ニューヨーク、北京に都合16年間在住。
・グローバルな視点と虫の目で中国ビジネスを見て、著作、講演活動を幅広く行っている。趣味は料理。
・荒井商事株式会社非常勤顧問、柿沼技研株式会社取締役、柿沼五金(清遠)零部件有限公司薫事、北京如水滙科技有限公司副総理。
1.講演概要
マクロの数字を見る限り、中国はコロナ禍を完全に克服したといえる。それを象徴するのが5月1日から始まった労働節連休中の消費爆発で、耐久消費財の売れ行きも好調だ。その一方、新疆ウイグル、香港、台湾を巡ってアメリカやEUとの緊張感も高まっている。経済政策においてバイデン政権は、トランプ政権同様に対中強硬策を継続するように見え、「競争(経済・産業)、協調(環境)、敵対(人権・民主主義)」のキーワードがバイデン政権の対中政策の基本のようだが、コロナ禍克服で自信を深める中国が欧米の圧力に屈する気配はない。半導体にみられるグローバルサプライチェーンからの「中国外し」にも中国は自前主義で対抗しようとしている。政治問題については「ノーコメント」を貫いている日本企業が錯綜する地政学上の新たな緊張の中、どう対応すればよいのか5部(中国の新型コロナ制圧状況、コロナ禍の爪痕、中国の経済状況(消費爆発)、米中関係の三次元方程式(競争、敵対、協調の3つのキーワード)、グローバル・ジャパン戦略)の項目について沢山の最新データを示しながら1時間20分にわたってご講演を頂きました。
2.講演内容
(1)中国の新型コロナ制圧状況
・中国の今の感染状況は、感染者数が一日あたり全国で一桁台にまで落ち着いて来ていたが、広州市(人口:1,500万人)では5月以降1日あたり6〜7名の感染者が確認され、全市民対象にPCR検査が実施された。陽性者が発見されると即隔離され、地元衛生局や政府関係者の信賞必罰が徹底される厳しい政府の対応が採られている。
・大都市では一日あたり最低50万人のPCR検査実施体制が構築され、検査スタッフも地元+省内+省外の3層体制で支援されている。雲南省では3月に数10名の新規感染者が発見されたが、武漢から検査車両と検査スタッフが即送り込まれ、数10万人規模のPCR検査が行われた。
・6月7日時点での累積感染者数は114,707人で累積死者数は5,132人と国家健康衛生委員会から発表され、本土の感染者数は1桁台で推移している。
・中国のワクチン接種状況は、今年の1月以降一般の人たちにワクチン接種を開始し、6月7日時点で7.6億回、1日あたりの接種回数は2千万回にスピードアップされて日本のレベルを遙かに上回っている。ワクチンもフル生産されて海外各地へ約7億回分くらい輸出し、COVAXに基づく途上国へ約2千万回の無償供与が行われている。主な輸出先は中南米、アジア・太平洋で、アジア諸国(インドネシア、ラオス、カンボジア)には2億回分以上のワクチンが輸出されている。
(2)コロナ禍の爪痕
・コロナによる経済回復度合いが地域・国によってまちまちで、ワクチン接種が進む先進国、特に中国がトップでアメリカ、ヨーロッパがこれに続き、低所得発展途上国の回復が遅れる傾向にある。
・巨額なコロナ対策費用が各国で給付金支給などで財政赤字が急拡大している。EUでは、財政赤字がGDPの約9割まで高まり約7千億ユーロ弱の復興財政支援枠が設定され、そのうち約半分が贈与で、そのほか多国籍金融支援枠として1.8兆ユーロが設定され、その配分を巡る加盟国間の駆け引きが激しくなっている。
・EU以上にアメリカの財政赤字が高まり、トランプ政権とバイデン政権の2年間でコロナ対策予算が13兆ドルに達し、財政赤字は両年とも2019年の30倍に急増している。一方、雇用回復は頭打ちで一人あたり1400ドルの個人給付金もあり、中々労働市場に戻って来ない状況と、過剰流動性により株価が高騰し、中国からの輸入増により経常収支赤字が拡大している。
・日本の財政赤字も急速に拡大し、2020年にはGDPの約70%に達し、GDP比は敗戦の年を上回っている。
・ポストコロナの世界での注目点として、政府の巨額財政赤字拡大、環境対策、デジタル経済によるインフラ投資、グローバルサプライチェーンの見直しなどに相当なコストを要し、政府の役割の重要性が増すと共に、自由・民主主義vs権威主義の価値観の対立が深まり、中国の存在感が世界的に高まって来ている。
(3)中国の経済状況(消費爆発)
・中国政府のコロナ対策は、欧米・日本と比べると現金給付や大規模金融緩和を行わず、財政面での負担を極力抑えたと言える。雇用面では職場復帰を迅速に行い、これに関わる社会福祉企業負担を抑え、中小・零細企業向け融資を拡大し、行革も含め中国経済が抱える問題を抜本的に解決する政策を採り、「危中有機」「逆風飛揚」の視点から悲観的に捉えず、この機にポジテブな対応で財政規律を相当程度維持した。
・中国の中小・零細・個人企業は約1億社、税収の50%、GDPの60%、雇用の80%を占めて圧倒的な存在であったが、これまで政府の支援を受けていなかった。コロナ禍で資金繰り支援のために金利2.5%の優遇ローンとか国有銀行に新規貸出融資枠を設けるなど日本の企業支援策と比べて圧倒的なスピード感や規模感が覗える。
・4月の貿易統計では50%前後の伸びになっており、中国の経済回復で需要が急速に回復しているとうもろこし、大豆、銅や錫など一次産品の国際価格が高騰している。
・中国の大学新卒者数が毎年数10万人増え、その能力と企業が求める即戦力となる能力との乖離拡大という雇用面の課題のほか、昨年10月以降資金繰り逼迫が背景となった国有企業(AAA格付けが約8割)の債務不履行が相次いでいるほか、不動産開発会社の過重債務減らしで昨年7月以降、住宅購入規制強化、不動産向け融資の総量規制と財務規律強化の3本柱で推進している不良債権問題と昨年の出生率が過去最低の1.3(日本は1.4)となり2015年のふたりっ子政策の効果もなく今年から三人子も認めざるを得ないほか、結婚したら又貧乏な生活に戻り自由もなくなると考える若者が増え結婚件数もこの7年間で約半分に減少し、住宅価格の高止まり、教育費用の増加、両親の高齢化や託児所の圧倒的な不足などが社会問題となっている。
(4)米中関係の三次元方程式(競争、敵対、協調の3つのキーワード)
・先ず「競争」は、産業と経済、情報通信、AI、新エネ車など先端産業分野における覇権争いで、アメリカは300件を超える対中制裁法案を実行し、中国はつい先週、外国反制裁法を可決し対抗している。次いで「敵対」は、政治面で自由と民主主義vs権威主義、南シナ海問題を差して、アメリカは対中包囲陣の構築を目論み、中国は一帯一路構想対象国との関係を強化し、これまでの「戦狼外交」から今年から「愛される中国」外交にソフト転換しつつある。「協調」は、地球温暖化問題、地球環境汚染問題とパンデミック再発に如何に備えて行くのか二大経済大国が協調して行かなければならないと認識されている。
・「競争」での対中制裁法案が目白押しの状態となっていて、トップハイテク企業を輸出管理規制の対象にするとか中国製アプリのダウンロード禁止、中国企業のアメリカでの上場審査の厳格化やこの5月にはアメリカ株式上場中国企業の取引停止を命令するなど多岐にわたる対中制裁措置が採られている。中国は、アメリカによる半導体サプライチェーンのデカップリングで「中国製造2025」の目標自給率35%達成が難しくなっている。
・アメリカ政府の対中制裁措置に対して、司法当局によるバイデン政権への対応が目立って来ている。
・米中の金融関係は想像以上に緊密になっており、中国の資産運用業務の海外開放により、アメリカの巨額な財政赤字がファイナンスされる事態もあり得そう。
・中国とアセアン諸国の経済協力は緊密の度合いを増して来て、昨年11月にRCEPが成立し、今年の11月から発効して太平洋・アセアン地域での経済関係がより高まるだろう。
・協調についての環境問題では、中国とアメリカがCO2排出量とポリマー消費量ランキングで圧倒的な2大汚染排出国となっていて、どちらか一方が解決するという問題ではない。
(5)グローバル・ジャパン戦略
・今年の3月、ジョンソン政権が軍事力の規模縮減と質と効率の向上、大英帝国以来培ったソフトパワーを活かしグローバルなプレゼンスの拡充、国際金融センターのシティーを通じて中露への影響力を行使するというグローバルブリテン構想を発表した。
・これに対して日本は中国に次いで世界第3位のGDP規模で、アセアン諸国とは直接投資残高で中米に次ぐ緊密な経済関係、台湾とは歴史的な関係、中国進出企業が1.4万社もありデカップリングは日本の産業界にとってマイナスが大きいので、アメリカの対中政策で日本の立場が重要となっているので「自由で開かれたインド・太平洋構想」を乗り越えた「グローバル・ジャパン戦略」が必要となるだろうとのこと。
・日本企業の対応として、危機管理能力の向上とそのためのグローバルな情報収集体制の整備が必要で、中国市場に踏み止まらねばならない切実な現実を踏まえた株主や顧客への確実な情報発信の在り方を深化させる事が必要とのこと。そのためには、今中国で起こっている状況が何なのか、その背景が何なのかといった情報収集を高め、自信をつけてきた中国国民への対応を誤らない事が重要であるとアドバイスされ、1時間20分にわたるご講演を終えました。
3.質疑応答
Q:経済問題で中国の内需拡大の伸びと輸出外需の伸びのバランスはどうなっているのか?
A:アメリカがいろいろな形で対中政策を採っているが、中国がレアアースをストップする動きが出た時に、テキサスの閉山した大規模レアアース鉱山を再生産させようと綱引きをしている。電力供給削減による生産の頭打ちで銅や鉄鉱の国際価格が高騰して、中国は鉱物資源の輸出シェアを持っていて今後、カーボンニュートラル政策が進んで行くにつれて電力多消費の銅、アルミニューム、錫などの需給が厳しくなると思われる。トウモロコシと大豆の価格も高騰しているが、中国での需要が増えてきているのが背景にある。
Q:GDPの60%、雇用の80%を占める小規模・零細・個人企業の救済に日本やアメリカのように家賃支払いのための現金をばらまかずにここまで凌いできた事情は?
A:約1億社あるこれらの会社は新陳代謝が高いセグメントで、流動性が高いので現金をばらまいても意味がないと考えた。2つめは、これらの会社は資金力が無いので担保主義を採っている銀行や保証会社から借り易くする行政指導を行い、貸し倒れは銀行に責任を取らせている。3つめのポイントは、昨年のコロナ禍で倒産・廃業した企業は3百万社で、これに対する雇用創出が大きな課題になり、開業資金が少なく、少人数の雇用ができる「屋台経済」を薦め、夜間消費による「夜の経済」を進めてきたのでわざわざ現金をばらまく必要は無かった。
Q:中国の高齢化進展の速さが話題になっているが、高所得者は自分で起業できるが、増加した中産階級は自分で外資導入を直接選べないので国に窓口を置いて運用手段を先に提供して直接投資してもらうと考えてよいか?
A:中国の資産運用は非常に無茶苦茶な状態がずいぶん続き、高利でお金を集めて宅配したりお金を持ち逃げしたりしていたのを2018年から中国政府が淘汰して来た。専門的な知識や能力を持った資産運用業者があまりいなかったので貯蓄率が36%もあり投資銀行にとって黄金郷で、信頼できる専門業者が少ないので開放するしかないと判断したのではないか。
Q:中国のカーボンニュートラルをどう進めようとしているのか?石炭のあれだけの消費を何に切り替えようとしているのか?
A:カーボンニュートラルは既に始まっていて風力発電と水力発電、特に風力は海上風力発電が有望で、中国政府としては再生可能エネルギーと原子力発電の2本立てでカーボンニュートラルを進めて行くと思われる。ただし石炭業界、鉄鋼業界の様な多量なCO2を排出する問題をどうするのか頭の痛い政治問題となっているが、カーボンニュートラルは2060年までに達成すると言っているので逆算して40年間で目標達成する工程表は出来ていると思われる。
Q:一般的に格付け機関の格付けは信用されているのか?
A:格付け機関は数百社あり、結構なお金を取るが情実が入り込むところもあり、贈賄の性で捕まった格付け機関もある。AA以上の格付け取得が80%以上あるということは異常で、いずれ緩和されてくると思われる。
Q:輝ける星であったアリババの現状は?
A:デカすぎてもコントロール出来なくなるという事を政府が恐れたのが最大の背景と思われる。
Q:日本の10倍もある中国で、いとも効果的で迅速にコロナを退治できたのか?方針の徹底の仕方など日本で見倣うものがあるのか?
A:一番の大きな違いは、個人情報を政府に開示することに中国市民は全く抵抗感がないと言うこと。2つめは中国政府の組織力で、いろいろな部門から必要な人材を招集でき、必要な物資を自前の予算で実行できる。3つめは感染防止対策をキチンとやらない、感染状況をキチンと把握しない幹部がいたら即解雇し、改善出来たら復職させている。
文責:奥野 政博
講演資料:コロナ禍を克服した中国の現状と緊張高まる欧米関係