2021年09月22日

EVFセミナー報告:「インフォデミックでフェイクな時代をどう生きるか」

演 題 : 「インフォデミックでフェイクな時代をどう生きるか」
〜ウイルスのパンデミックならぬ偽情報の感染・爆発〜

講師:小谷 賢 様

日本大学危機管理学部教授
Web視聴開始日:2021年9月22日(水)
聴講者数:57名

講師紹介
1996年 立命館大学国際関係学部卒業
1998年 京都大学大学院人間 ・ 環境学研究科修士課程修了、同博士後期課程進学
2000年 ロンドン大学キングス・カレッジ大学院修士課程修了。(指導教員はブライアン・ボンド、マイケル・ドックリル)
2004年 京都大学大学院人間 ・ 環境学研究科博士後期課程修了、博士(人間・環境学)学位論文『イギリス外交政策の源泉 : 1940-41年におけるイギリスの対日政策とインテリジェンス』
2004年 防衛庁防衛研究所戦史部教官
2008年 - 2009年 英国王立防衛安全保障研究所 (RUSI)(兼任)
2011年 防衛省戦史研究センター主任研究官、兼、防衛大学校講師
2016年 日本大学危機管理学部教授 (現職)
専門はインテリジェンス研究で、著書は『日英インテリジェンス戦史』他。 NHK「英雄たちの選択」レギュラーゲスト。


講演内容
1.ネット上における誤情報・偽情報の実態
・ネットの普及によって我々の生活は便利になってきた。ネットから日々の必要な情報を得ている。他方ネット上には多くの間違った情報やフェイクニュースがあふれている。どのように役立つ情報を見つけてくるかが大きな課題になっている。
・フェイクニュースの問題として多くの人がだまされ、情報で社会に混乱を招くケースがでてきている。最近では「マスクが品薄になる」「トイレットペーパーが無くなる」といった例がある。
・米国のスタンフォード大学の調査結果では、若者の特徴として「出典を確認して評価するという基本動作がなされていない、多くの人は元記事を読まずにニュースを拡散、拡散がインフォデミックを招く」と説明している。

2.情報とは
・そもそも情報とは三種類がある。
 シグナル:雑音・うわさ・デマ
  インフォメーション:データ・生の情報
  インテリジェンス:加工・分析された情報、諜報
・また誤情報と偽情報を正確に定義すると次のようになる。
  Mis-information 悪意のない誤った情報
  Dis-information 悪意のある情報。正誤が含まれる。政治的意図あり。
  Mal-information 悪意のある暴露情報。プロパガンダ。
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・「フェイクニュース」は曖昧な言葉で、できれば避けた方がよい。

3.国際間におけるフェイクニュースの実態
・国際政治学の専門家でさえ、よくフェイクニュースにだまされることがあり、情報操作が国際間でも大きな問題となっている。まさにインフォデミック(情報の感染爆発)の時代と言われるようになってきた。
・言葉だけで無く写真によるデマ情報もあり見極めが本当に難しい。
例1.オバマ大統領就任時にはワシントン広場に大勢の人が集まったがトランプの時には人はまばらであったとする写真は別の日に撮影したモノであった。
例2.福島に咲いた奇形の花の写真が世界中に拡散されたが、実はよくある自然現象で嘘の写真だった。
例3.ロシアの高官と北朝鮮のキムジョウンの握手の写真では表情が柔らかいキムジョウンの写真がロシアでは報道された(「ディープフェイク」)。友好性を国民に強調したいというロシア政府の意図があった。
例4.2016年6月のブレグジット選挙でEUの離脱が決定したが、選挙前の「英国はEUに毎週480億円者拠出金を支払っている」という間違った報道による影響が大きい。離脱が有利というように国民が印象づけられた。
・これらのフェイクニュースは「EUvsDisinfo」という真実を暴く組織により明らかになっている。
・情報が多すぎるために真実の情報を得ることが困難な時代。ともすると正確な情報よりも共感できる情報を求めることになってしまう。
・国際政治におけるインテリジェンスとは、外交・安全保障政策の判断のために収集、分析、評価された情報。
・情報にはPush型とPull型。本来は自分が必要になったときに取りに行くのが本来の姿。若い人ほどプッシュ型の影響が大。

4.ロシア・中国の情報操作の実態
・ロシアは偽情報を意図的に流すことにより相手国の国民をロシアに有利なように情報操作している。日本もそのターゲットになっている。中国による情報操作では田中上奏文(日本が中国を攻めれば日本が有利になるという元田中総理の文書)が一つの例。中国ではいまでも日本に不利になるようにこの文書が流布されている。
・ロシアは日本の一部マスコミと親密な関係。ロシアに有利な記事を書かせ日本国民を情報操作するということをやってきた。ロシアインターネットリサーチエージェンシーがフェイクニュースの源泉。この組織では一ヶ月に100のフェイクニュースを作って流すというノルマがあるという。
・このように偽情報と正しい情報を混在して流布させることにより武力を用いずに国際間の対立を煽ることにより相手国を弱体化できる。
例1.ウクライナ問題への介入に躊躇するEUに対して、ヌーランド米国国務次官補が「くそったれEU」と発言したことを盗聴していたロシアがYouTubeを使って拡散。欧米の関係が険悪になった。EUと米国の足並みが乱れた隙にロシアがクリミアに侵入。クリミア半島編入という結果になった。
例2.ヒラリー・クリントンはお金を貯め込んでいるといった悪い情報をロシアが流したためトランプとの選挙戦でかなり不利になったと言われている。
例3.2017年のフランス大統領選やドイツの連邦議会選挙等の欧米の選挙にもロシアが介入。ロシアに続き中国も2020年豪州の選挙、台湾総統選にも介入の疑惑がある。
例4.ファイザーのワクチンによってロシアで多数の死者という情報をロシアが流布。

5.フェイクニュースに対する国ごとの姿勢の違い
・ロシアや中国は自国に不利なニュースについては削除し、フェイクニュースを流した人を罰することも可能。フェイクニュースの拡散を取り締まることが出来る。
・一方欧米や日本は表現の自由が守られているためにフェイクニュースを取り締まることが出来ない。フェイクニュースを流した人を処罰する法律も無い。日本や欧米はフェイクニュースに非常に弱い状況にある。
・取り締まりにくい背景としては、フェイクニュースが正しい情報と間違った情報の両方を含んだSNS上のグレーゾーンにあり、そのグレーゾーンが広く漠然としていることによる。
・サイバー空間におけるディスインフォーメーションの位置は犯罪以上軍事以前のグレーゾーン。グレーゾーンが広くまた取り締まる規制が無い。そういった弱点をロシアや中国は突いてきている。
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6.我々はどうすべきなのか
・偽情報、意見、主観的情報、ファクトの区別を付ける。そのためには、「EUvsDisinfo」、「FactCheck.org」(米)、「ファクトチェック・イニシアティブ」(日)を活用してファクトチェックの必要。そして発信源の特定とネットリテラシーを高めることが重要。
・日本政府としてはたとえ取り締まりが出来なくともファクトチェックをしっかりと行うべき。
・結局個人の努力で自分を守らざるを得ない。その時の注意点としては、
情報にはきちんと最後まで目を通す
多面的に見る
事実と意見を区別しながら文章を読む
といったことが重要。
・またネットリテラシーを高めるためには、事実と意見を区別し多面的に思考する習慣を持つことが大切。


Q&A
Q1:マルインフォーメーションは具体的には女性週刊誌のゴシップのようなものか?
A1:マルインフォーメーションは全くのうそ。完全な創作。これとは異なり、偽情報は真実が含まれているので判断が困難なため要注意。

Q2:ファクトチェックの際にチェックするサイトそのものが間違っているという心配は無いか?
A2:ファクトチェックも間違えている可能性。いくつものサイトをチェックする必要。

Q3:インテリジェンスというとスパイ活動のような印象。日本政府のインテリジェンスはどうなっているのか?
A3:アメリカの情報機関ですら大量破壊兵器があったという誤った情報をトップに上げてイラク戦争が起こると言うことがあった。日本政府の方針としてはそういうダークな世界に近寄らない、秘密工作は行わないと言う方針を採用している。しかしそういった姿勢では今回のパンデミックのように何かあった場合適切な対策を取れず後手後手になるということがある。リスクを承知で情報収集をしていくべきと考える。

Q4:一時期トイレットペーパーが無くなった時があったが、台湾のオードリータンが「お尻は一つしか無い」「ユーモアが噂を超えるか駆逐する」と言ったという記事があった。本当にユーモアで噂を駆逐できるのか?
A4:トイレットペーパー不足という情報がスマホで大量に流れたりするとどうしても人はだまされてしまう。ユーモアでは噂を駆逐できないだろう。

Q5:スティーブジョブスが子どもにはスマホを持たせていないと聞いたが、小谷氏もスマホをお持ちで無いのか?
A5:私自身スマホを持っているがほとんど見ていない。情報を遮断している。自分の子どもにもスマホを持たせていない。情報の取捨選択が出来ない段階でスマホを持つべきでは無いと考えている。

Q6:ファクトチェックのためにAIのサポートを借りることが出来ないか?
A6:流れる情報量の方がAIの能力をうわまわっているのではないか。ロシアや中国は人海戦術で情報をチェックしているのが現状。

Q7:日本で全国紙の新聞が5、6紙ある。ファクトチェックという意味では2、3紙を購読せざるを得ないのか?
A7:2紙を購読すると言っても同じような傾向の朝日と毎日を購読するということでは意味が無い、朝日を取るなら産経というようにバランス良く情報収集の必要がある。

Q8:情報は多面的に判断すべきだが、どうすれば多面的に判断することが出来るのか?
A8:少なくとも反対のことを言っている情報を探すこと。何も反対意見が見つからなかったら本当という可能性が大。適切な情報収集に間違いはつきもの。自分で良い情報収集方法を見つけ出していくことが重要。

Q9:ネットの時代になって正しくない情報が多くなってきた。解決策は無いのか?
A9:時間がたてば誤情報は淘汰されていくはず。さほど心配はしなくても良いのではないか。

Q10:コロナについては多くの誤情報が流布している。全国民に影響を与えているという点では非常にまれな誤情報発生源といえるのではないか?
A10:老若男女すべての人が関心を持つという非常にまれなケースがコロナ。しかもやっかいなのは正しいことが分からないので偽情報が流布してしまうと言うケースといえよう。

Q11:データや真実の活用が重要との観点から言えば、送り手/受け手のエンド同士の直接対話を推し進めることもフェイク情報排除の良い方策ではないでしょうか?(例えばコロナ専門家/尾身氏による直接対話重視の若者たちとリモート対話)
PS,英雄たちの選択は、たいへん楽しく興味深く見ています。Choices shape the course of historyの副題も気にいっています。文字通り温故知新、日本再興の新な道筋を示しているように感じています。
A11.恐らく最大の問題は一般の国民はデータに基づいて判断する教育を受けたことがないという点。スマホの爆発的な普及がその傾向を加速している。他方「情報の発信者と受け手が直接やり取りを行うことで、デマの入る余地を少なくする」というのはその通りで、危機管理の分野ではリスク・コミュニケーションとして知られている。ただリスク・コミュニケーションは手間暇がかかり、参加できるのはごく少数の問題意識を持った人々に限定される。残りの大部分の人々をどのように啓発できるかどうかは、やはり教育の領域になってくるのではないか。あとはAI技術の進歩を待ち。デマやフェイクニュースを駆逐していくことが大切。
ps. 『英雄たちの選択』をいつもご視聴いただきましてありがとうございます。次の私の出演回は12月8日の予定で、太平洋戦争の開戦を扱っていきます。そこでもやはり情報が客観的に検討されない、ということが議題の一つになります。
文責:桑原 敏行
posted by EVF セミナー at 18:00| セミナー紹介