2022年04月28日

EVFセミナー報告:日本の品質管理と取組んだ課題(統計的方法の適用(TC69)等)

演題:日本の品質管理と取組んだ課題(統計的方法の適用(TC69)等)
講師:尾島 善一先生
 東京理科大名誉教授  
Web視聴開始日:2022年4月28日(木) 

講師略歴 
1976年3月 東京大学工学部 卒業
1983年3月 東京大学工学博士
1984年4月 東京大学工学部 助手 (1987年3月まで)
1987年4月 東京理科大学 専任講師 (理工学部経営工学科) 助教授、教授
2017年3月 定年退職、名誉教授 現在に至る

要約:

日本の品質管理の父と言われる石川馨東京大学名誉教授の東大における最後の学部卒業生で、東大で工学博士になられた尾島善一東京理科大名誉教授より、日本の品質管理に関する話題から先生が品質管理に関連して取り組まれた課題である「統計的方法の適用(TC69)」等に関して、講演を頂いた。 
日本の品質管理に関しては、先生の個人的な経験に基づいて感じられている品質管理関連の一般用語に関して感想を交えて、主として問題点を取り上げ、解説して下さった。統計的方法の適用に関しては、先生がISOとの関係で担当を始められた経緯からTC69という専門委員会での活動の状況などに関してご説明を頂いた。両者とも内容が豊富で話題が多岐に渡り、聴講者にとって難解な箇所もあったが、通常はなかなか知ることが難しい日本の品質管理の現状と問題点を知る機会となり、有用な講演であった。

講演概要:

品質管理は、若い方でご存じのない方もいるかと思いますが、昔流行ったQC、IE、OR等の一つと考えて下さい。これらは1970年頃から大学でも始まり、経営工学科とか管理工学科とかの学科ができた一分野となります。
先ず、IE(Industrial Engineering)について説明しますと、自動車のT型フォード製造で利用されたような工程を分割して専門業務でなくし、あまり技能のない工員でも組み立てられるような単純作業に分割し、スピードを上げて簡単に作れるようにしたというものです。作業研究、時間研究というような項目に分けて検討し、非常に効率を上げてコストダウンに貢献したものです。IEに関しては生産性本部や日本能率協会が活動していて、ムリ、ムダ、ムラを無くそうとしていました。
次にOR(Operations Research)とは軍事研究的な、戦略研究と言って、問題を数学モデルで表現して最適化するということが中心で、いまとなっては、これが世界をダメにしているのではと考えています。最適化するという発想に無理があり、目的評価関数を最大(又は最小)にするという考えですが、実際にはかなりな問題と思っている。
そして品質管理はQC(Quality Control)として日本に入って来まして、QCは第2次大戦中は軍事機密であった経緯がありますが、中身は抜取検査と管理図に整理されます。抜取検査ではDodge, Romingの二人が有名で、彼らの抜取検査表が今でも残っています。管理図のShewhartはもっとすごく有名でウィキペディアで引いてもすぐに出てくると言う感じです。これらの人達はBell研究所(ATT(American Telephone &Telegraph; 電信電話会社)の研究所)の所属で、ATTの製造担当子会社のWestern Electronic社で作る製品品質を如何に上げるかということで考えられたものです。Shewhartは管理図を作り、製品は電話機とかで、抜取検査は調達先をどこかと定めなくても、納品先のロットの品質を保証するというアイデアです。戦後、占領軍がこの考えを導入したという経緯があり、通信網の確保のため電話の必要性が高かったので、凄い勢いで日本で訓練され広まった。電電公社やNTTが抜き取り検査の技術を持っていて、Western Electronic社の子会社であるNECが電話を製造していたという歴史がある。
これらの抜取検査、管理図ともに統計学を利用しているので、SQC(Statical Quality Control) と呼ばれており、データ収集、データ解析なども品質管理に含まれている。
品質管理では抜取検査が重要で、ロットの良・不良を判定するもので、不良(不適合)率を与えて評価している。日本の昔なりの細かな管理手法に対してそれを打破していく転換点になったと思う。
管理図(control chart)は、特性値を縦軸に、時間(時刻)を横軸にして打点し、それを結んだ折れ線グラフだけのものですが、ここで革命的に凄いのは管理限界線を入れて、中心線の上下3シグマにしたということです。これによって特性値は平均μ、分散(σの2乗)の正規分布に従うとする時、この中心線の上下3シグマに入る確率は99.7%ということで「ほとんどすべて」がカバーされるということです。この時、特性値が厳密に正規分布かどうかは全然問題にしておらず、良く使われるのが正規分布で、正規分布については色々な確率計算がされているというのがポイントです。又、3シグマという限界線が特性値のばらつきだけに依存していて、それ以外を考えていないというのが結構重要なところです。
日本的な品質管理を紹介しますと、PDCAがあります。これは日本で改変されたものです。元はIEで広く使われたplan-do-seeですが、それをとある日本の品質管理関係者が「see(見てる)だけでだめだ、それよりチェック、アクションしないといけない、更にぐるぐる回すPDCAサークルにした方が良い」と言ったことに発しています。国際化の中では、ActionがActに、サークルがcycleに変わりました。
国内ではQCサークルという活動が非常に受けてヒットしたという経緯があります。又、(優れた品質管理の実行者に授与する)デミング賞も品質管理普及に効果がありました。これは日科技連の役員の方の思い付きでした。(これはアメリカに逆輸入されてマルコム・ボルドリッジ賞となりましたが、日本が先んじたものです。) 後は、品質月間という活動も効果がありました。これは日本では毎年10月に工場全体で品質向上に努めることを行い成果を収めていて、今でも続いています。
そして国際的に残っているのは石川ダイアグラムで、これは特性要因図として確かに残っています。(これも日本から逆輸入) 又、QC七つ道具という整理(特性要因図、管理図、ヒストグラム等を7つ挙げて)をされた方もいましたが、これはこじつけのように思われて個人的には好きではありませんでした。
コマツ製作所で新製品開発が上手く行ったのはⒶ(マルエー)という名前でやったのが良くて、他の会社でもⒶと名前を付けてやると上手く行く。ところがⒷ(マルビー)と付けるとダメで大抵失敗する。その理由は(開発に)言われていること・期待されている以上に頑張って色々違うことを盛り込んで製品開発をしていると言う事情があって、Ⓑになると余計なエネルギーをかけて開発に取り組めるかとなって、大抵こけると言うことがありました。
次に取り組んだ課題についてお話しますと、
国際標準化機構(ISO;International Organization for Standardization)があって、これに日本国内で対応していたのが日本規格協会の国際委員会で、その初代委員長が石川馨先生で、2代目の奥野忠一先生の後、1990年頃に尾島が引き継いだ。TC69はISOの69番目の専門委員会(Technical committee)で、「統計的方法の適用」をテーマとして、ISOの世界では統計の主担当委員会となっています。これを引き継いだのは、その昔石川先生から久米均先生(尾島先生の指導教官)に「尾島にその分科委員会の議事録担当の委員をさせよ」と話があったことから始まって今に至っている。
TC69には全体委員会の他に6つのSC(Sub Committee分科委員会)があって、それぞれを色々な国が幹事国を担当し、色々な経緯があった。SC6「測定方法と結果」は西ドイツ→ドイツが担当で当初順調であったが、トラブルがあって辞退することになり、日本が幹事国を、尾島がChairmanを引き受けた。
この頃ISOの中ではTC176「品質」が設立され、久米先生のグループは全員そちらの支援に入って、尾島だけがTC69に残ったという経緯もあります。
そして、日本は上手く行かなかったが、世界では認証・認定がビジネスとして広がって、イギリスやアメリカ、ドイツ等はビルを建てたり、増築をしていた時期があります。
又、1995年にJIS規格の国際整合化が行われ、JIS Z 8101「品質管理用語」をISO3534「統計―用語および記号」に合わせて統計用語にした経緯もあります。これは色々と反感を買った面がありました。
最近のTC69では色々な動きが出て、SCからワーキンググループ(WG)への変更が行われたり、解散したりやCombiner(主査)の変更もあったり、任期の勝手な変更で、活動の低下が起こっている。 一方、中国が意欲を見せていて、シックスシグマのWGをSCにするのに中国が手を挙げてSC7になったということもあります。日本は田口メソッドと赤尾先生の品質機能展開を繋いで、SC8を作りました。
この他に、関心時として、「ロシアの侵攻」、「COVID19」,「地球温暖化」、「AI信仰の蔓延」、「数値化の信仰」、「ORにおける最適化」、「最適解に頑健性はあるか」等についてもご講演頂きました。気になさっておられることは、「最近の日本の品質はどんどん悪くなっていると思う。」ということでした。

質疑応答

(1)質問: 尾島先生、講義内容がてんこ盛りで、色々なところまで及んでご講演頂きありがとうございます。2点ばかり教えて下さい。一つは「日科技連という団体がご説明の中で出てきましたが、この日科技連が、日本の中で品質管理を扱っている学会・団体というに当たるのか、どういうように活動されているのかを教えて頂きたい」と、もう一つが「コマツ製作所の話の中で、ⒶとⒷがあって、Ⓐが上手く行って、Ⓑが上手く行かなかったというお話でしたが、それが皆さんが品質管理を使えた所に当たるのではないかと思いましたので、ⒶとⒷの違いを教えて頂きたい」ということです。
回答: 日科技連というのは日本科学技術連盟と言って、会員というのが特になくて(私も入っていません)セミナーをやったり、デミング賞委員会を運営したりイベントをしたりする団体で、セミナー団体(品質管理ベーシックコース、部課長セミナーとか)でもあります。日産自動車に行ったのは、日科技連経由ではなく、久米先生に行けと言われて行きました。
コマツ製作所の件は、新製品開発を品質管理を使ってやろうということで、Ⓐと呼ばれていた新製品を開発するということでした。それは不良も少なくて順調に伸びて成功したものです。それはトップクオリティのものという意味ではなく、単なる特定の名称(車で言うなら特定の車名とか車番号)です。(成功しそうな車ということではなく)「(これから)さあ頑張ってやるぞ」、「一つ目だからⒶと呼ぶ」と言うニュアンスと理解下さい。そして、その同じ手を使って次の車をやろうとする時、Ⓑと呼んで取り組むと、大抵こけるということでした(ので、このように表現していると言うことです)。

(2)質問: 今日は非常に面白い話を楽しく聞かせて頂き、ありがとうございました。私は技術者の端くれで、メーカーにいたものですから、品質管理に関してはお客様から色々言われ、図面の管理からその他で苦労したという記憶があり、今日の講演では懐かしい言葉が沢山ありました。ここから質問なのですが、お話の後半で、地球温暖化の話がありましたが、この地球温暖化は品質管理の最たる問題ではないだろうかと思っています。色々な品質管理手法があって地球温暖化の問題に関してどのデータがどう悪さしているかは大体見えている訳ですから、それをこうすれば処理できる・抑えることができるとか、又そういう風に捉えれば、品質管理そのものをもっと地球温暖化問題の解決に応用できるのじゃないかと感じますが、そういう観点で論じられたことはないように今日の先生の話を聞いて初めてそうじゃないかと思ったのですが、その辺りは如何でしょうか?
回答: 難しいですね。そもそも世の中で出回っている技術は結構その場凌ぎ的なものが多いじゃないですか?排出されるCO2を海の中に閉じ込めちゃおうとか、何か発想が貧弱なように感じます。仕様を減らさないとだめじゃないかと思います。そういう意味で、人間の文明が終わりを迎える時期が少し早くなるのか、遅くなるのかの違いなのかと、ちょっと思ったりしています。

(3)質問:品質管理の対象となるのは、ベクトル量か、スカラー量かというお話があったのですが、色々なところの生産工程においても、品質管理は感覚的には扱えず、何か定量化された尺度・数字がないと品質管理は成り立たないと思いますが、これはあらゆる分野においてそういう意味で定量化された尺度をもって管理されているのかどうか?気持ちだけで品質管理をやれやれと言っている会社も多いような気もするのですが?
回答: 尺度が良い値か悪い値か(大きい、小さい)という時はそれってスカラー化されていますから、必ずどこか足りないです。本来ベクトル量なのに、何でもスカラー化する時にどんな情報が落ちているかを考えないといけないということです。

(4)質問:それは、こういう風に考えると欠点(ベクトル量がスカラー化される時に主張されてしまう要素)が別の観点で定量化できるとかあるのでしょうか?
回答: 定量化というのはスカラー化するということを含んでいることが多いので、それはないと思う。ただ、世の中色んなものはみんなベクトル量なのに、すぐスカラー化する・スカラー化してどうこう言うことが多いから、そこを気を付けて問題を探すというだけでも随分良いと思う。

(5)質問:これは、品質管理の基本的な教育の中に、ベクトル量を縮小してスカラー量化するけれどこういう問題があると言うのは、周知徹底するような方法は確立していますか?
回答: 力不足で、ちゃんとやっていないので、私のアイデア留まりです。

(6)質問:私は自動車屋のOBです。先生が、セミナーの最初の部分や、「コスト最小化が本当に良いのだろうか?」というところで、「最近の日本の品質が信用できない」と仰ったのですが、具体的にはどんな点でしょうか?
回答:やはり、良く壊れるようになりました。 昔は製品のコストダウンがそこまで行かなかったのか、いいものを作るという所が「コストを安く」という所より重視されていたので、故障が少なかったし、それ(その製品)がアメリカに売れた時はそうだったのですが、今はアメリカ並み(の故障度合い)になってしまっています。それから、海外からの調達が増えたこともあって、それもスペックを与えてそのスペックで調達するのですが、そもそもそのスペックが本当に必要十分か?十分吟味されているのか?というような技術的な問題があって、悪くなる一方だなあと思っています。

(7)質問:仕様提示をして物を作るものの、その意味が分かってしてるかと言うと、分かっていないケースも結構あると聞いています。
回答:ある化学材料会社が海外から材料調達した時に、スペックに合ったものをサプライヤーが出して、それを使ったらトラブルが出たケースがあります。 この時にひどいと思ったのは買う側がこれを何に使うかを言わないということでした。

(8)質問:品質は積み上げの結果と思うので、ちゃんと後輩に伝承されているかはとても不安です。
回答:私も不安です。標準書等に書けない部分をどうやって伝えるかが大事で、量り易いものだけを量って、量れない大事なものを見落としているのと同じです。(「書けない部分に実は大事なものが入っているのですね?」という追加質問に対して)ええ、そう思います。
データの使い方で、もの凄い発明と思うのは、お医者さんの検査で使うCTです。見えなかったものが、さも輪切りにして見たかのように見えるようにするということは、もの凄いアイデアで、そういう所に転化するような技術は大事だと思う。そういう意識は大事だと思う。

(9)質問:田口メソッド、QFDの話が出まして懐かしく思いました。が、ついぞ最近聞かないように思います。 これらは産業界では結構広く使われているのでしょうか?
回答:会社に拠ります。リコーとかは、田口メソッドに社員を派遣して勉強させたりして普及しました。けど、社員単位の技術でそれを上手く使えるようになるかというのは難しいと思います。それも技術が消えないようにするためにそういう規格(国際)を作るというので、SC8を立ち上げたという経緯があります。QFDは、ドイツとかアメリカに赤尾先生の弟子がいて、そういう人たちが結構頑張っています。田口メソッドは田口伸(しん)さんという田口さんの息子さんが委員をやっていて努めてやっています。これらも上手く伝承されていく技術になり切らないのかもしれません。

(10)質問:日本人の名前の付いたメソッドですから使って行きたいと思いますが。
回答:日本人なら誰でも良いと言う訳ではないですが。

文責:浜田英外

講演資料:日本の品質管理と取り組んだ課題
posted by EVF セミナー at 15:00| セミナー紹介