2023年05月26日

EVFセミナー報告:「量子コンピュータ技術の現状と社会実装に向けた取り組み」〜期待が膨らむ未来の可能性と現存技術との融合〜

演題:「量子コンピュータ技術の現状と社会実装に向けた取り組み」
     〜期待が膨らむ未来の可能性と現存技術との融合〜
講師:小栗 伸重 様

     株式会社フィックスターズ 執行役員マーケティング部長 
     (一社)量子技術による新産業創出協議会 
     広報・アウトリーチセクション リーダー
聴講者数:62名
講師略歴:
・1990年代のインターネット黎明期より、コンテンツ制作・Webエンジニア・SE職に従事。シリコンバレーの拠点と連携し、ソフトウェア商品、クラウド事業の商品企画・新規事業立ち上げをグローバル市場で経験。
・2021年7月〜現職にて、マーケティング・広報・アライアンスを担当。
・2022年12月〜量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)の広報・アウトリーチ部門のリーダーに就任。

講演概要

・従来のコンピュータの仕組み

従来型のコンピュータは、入力された情報が中央処理装置(CPU)によってデジタル回路で0か1の2択、いわば2進法で随時処理・計算されている。計算すべきパターン数が膨大となる場合でも総当たりですべてを計算しなくては正しい解は得られない。これに対して量子コンピュータは0と1両方の状態を同時に「重ね合わせ」状態で表現できるため、特定の条件の計算においては、膨大な情報処理を高速で行える可能性を持つと言われている。
量子コンピュータの活用が期待されている分野のひとつには、膨大な選択肢から制約条件を満たしベストな選択肢を探索する組合せ最適化問題がある。

・量子技術を取り巻く市場環境と期待

量子コンピュータは膨大な量のデータを高速で処理できるため、例えば通信経路の暗号化に使われている暗号化技術の耐性・強度が落ちるなど、現行の社会インフラにも大きな影響を与える可能性を秘めている。量子コンピュータ、量子通信等の変化により今後の50年、新たな量子インターネットの時代が到来するとも言える。最近ではIBM、Microsoft、Amazon、Googleも量子コンピュータ開発のロードマップを発表、日本でも理化学研究所が追従する動きが発表されるなど、研究開発活動が加速しつつある。

・産業界の取り組み

日本では2021年に量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)が結成され、産業創出に必要な量子技術および関連技術を組み合わせたハイブリッドな環境も含めて、幅広いテーマで社会実装や産業創出の視点で議論されている。デジタル回路もしくは量子回路を使って組合わせ最適化問題を専門的に扱うイジング方式や量子ゲート方式があり、量子ゲート方式は技術的なハードルの解消に向けて複数の手法での研究がされている段階で、本格的な実用にはしばらく時間を要する状況。

・事業会社の取り組み

本日の講演者の所属する株式会社フィックスターズでは、本日のテーマである量子コンピュータの登場より前から、大量のデータを処理する際に求められる高速化のニーズに応えるサービスを提供することにより、自動運転・AI(人工知能)・並列コンピューティング技術領域に取り組みながら、お客様目線で量子コンピューティング環境をそのアクセラレータ(高速処理のツール)のひとつと位置づけ、サービス事業を展開している。

量子コンピュータの基本的な原理の解説に加え、実社会への影響や活用の可能性を分かりやすく具体的にご紹介いただきました。


Q&A

Q1:量子コンピュータではゼロイチの混ざった状態で処理をすると言うことだが、答えもゼロイチで混ざっていていろいろな答えが出てきても良しとすると言うことか。
A1:量子コンピュータは、例えるならば1の確率が30%、0の確率が70%という流動的な状態のまま同時に探索・検索して、最終的には、一つの答えをあぶりだすように確定するイメージ。現行のコンピュータの高速化の根幹となる半導体の集積度も限界が見えてきていると言われ、この限界を打破するための新たな手法としても注目されている。

Q2:量子コンピュータは、まだ技術が確立していないのに実用化できているとはどういうことか。
A2:研究用途で、稼働が始まった量子コンピュータを実験的に活用して用途などを探索するという実用段階もある。また従来のデジタル回路を用いた疑似量子コンピュータ言われる技術はビジネスの現場ですでに活用されている。

Q3:量子コンピュータへの投資という点では、政府による適切な予算の配分が出来ているのか。政府主導では間違った予算配分がなされるのでは無いか。
また量子コンピュータの将来的な活用の仕方としては、センター型の量子コンピュータをリモート端末で各人が活用となるのではないか。
A3:産業界の代表としてのQ-STARでは、政府とは定期的に議論、情報交換をしており、活動重点なども含めて産業界の要望を適切に提言するなど今後も貢献していきたい。
将来的な活用の仕方については、量子コンピュータは、まだ大規模なスペースが必要な機材で構成されており、費用面も含めてシステムを個人で持てる段階には無いので、量子コンピュータをクラウド型で用意しておいて、個々のユーザーがネットワーク越しにサービスを利用する形態になると思われます。

Q4:誤り耐性技術の現況がよく分からない。
A4:誤り耐性の手法自体がまだ研究・開発段階で、複数の方式がこれからも研究されていく。実用レベルの計算規模に耐え得るようになるまでには、まだ多くの時間を要すると言われている。

Q5:AIにせよ量子コンピュータにせよ所詮人間が作ったモノ。暴走するはずが無いと思いたい。
A5:最近のAIは個人が処理できる以上の膨大なデータを学習している。コンピュータ自身が自己学習していく時代に踏み出すと危険性は否めない。昨今の生成型のAIの加速度的な進化に警鐘を発している専門家もいるほどで、残念ながら楽観視は出来ない。コンピュータはツールのひとつなのでうまく技術開発と社会実装のバランスをコントロールしながら開発していくことが重要になっている。

Q6:(「2001年宇宙の旅」の)ハルみたいなことができることになっていくのか
A6:同じようなテーマでバイオハザードという映画で印象に残るシーンがあった。危険なウィルスが発生し建物に閉じ込められた人間を死滅させよという指示を出したコンピュータと主人公との戦いが序盤にあったが、全体最適をとるならば、コンピュータの判断が正しかったのかもしれない。技術の活用法において、倫理、良識が今後問われていく。

Q7:量子超越性についてGoogleが達成したように見られますが、内容(計算の内容、ハードの能力)など不明のため、達成したとは言えないのでは?
A7:固有の企業の発表、特定のサービス商品の評価に対する質問ですので、コメントすることが出来ないため、回答自体を控えさせていただきます。

Q8:古典コンピュータで模擬量子コンピュータの計算は可能のことだが、後者はノイズも無く(?)、量子コンピュータに比べると実力(速度)はどの位なのでしょうか?なお講演のビデオは楽しく拝見させていただきました。
A8:疑似量子コンピュータは、現在使われている技術である、デジタル回路や半導体を用いて演算を行っているため、誤り訂正機能も働きます。速度の比較は、条件によって結果が異なり、また量子コンピュータ自体が研究開発段階で、発展途上の技術であるため、単純比較は出来ません。ユースケースごとの適性や、両方の技術を組み合わせる手法の有効性も含めて研究開発が進められています。

Q9:将来的に人間とChatGPTどっちが賢いですか。
A9:固有の企業の発表、特定のサービス商品の評価に対する質問ですので、コメントすることが出来ないため、回答自体を控えさせていただきます。

Q10:最適化を対象とするという事でしたが最適化しても目標に到達しない場合もあります。身近な例ですと、電気自動車の航続距離は電池容量が定まってしまえば、、機器やソフトウエアの効率化やトレードオフを最適化しても改善はするものの限界があります。このような認識でよろしいでしょうか? その場合は、やはり人間が適用する対象を適切に選択する余地があると考えてよろしいでしょうか? そう思いたいというのもありますが。
A10:ご理解の通り、「最適化」の定義やゴールは、用途や目的に応じて、最終的には人間の判断が必要です。トレードオフとなる要素を条件項目として定義して、利用者のビジネス目標や性能指標に照らして、最適解を判断するプロセスとなります。

Q11:産官学のコンソーシアムを迅速に立ち上げられたと聞きました。そのコツはどこにありますか。今日本は温暖化対応で後れをとっていると思いますが、競争よりも協調に軸足を移す必要がありコンソーシアムはその解決手段の一つではないかと考えていますので。
A11:量子技術の様に、新市場を創造しながら新たなチャレンジが求められる市場環境では「協調」や「共創」の姿勢が大切だと考えています。
協業した方が解決が速い領域や議論の場では、まずは手を取り合い、新産業として育成していく道筋を共に考え抜く姿勢が必要です。異なる知見を持つ組織が集まる、協議会の場はその活動を具体化する手段の一つだと考えます。

文責:桑原 敏行


講演資料:「量子コンピュータ技術の現状と社会実装に向けた取り組み」
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