演題:「ウクライナ戦争と歴史の転換点」
講師:天江 喜七郎 様 元駐ウクライナ大使
大塚 清一郎 様 元駐スゥエーデン大使
日時:2023年8月25日(金)14:30〜16:00
場所:新宿NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:62名
講師略歴:
天江講師略歴:
・1943年 仙台市県生まれ 一橋大学卒
・1967年 外務省入省 在ソ連日本大使館勤務、冷戦時代のモスクワを経験
・在外ではイラン、英国、韓国、ソ連/ロシア、米国(ホノルル総領事)、シリア(大使)、ウクライナ/モルドバ(大使)
・国内では、北米局(沖縄返還)、調査部、欧亜局(ソ連関係)、国連局(課長)、情報文化局(審議官)、中近東アフリカ局(局長)、関西担当大使(大阪)
・2007年退官後は、同志社大学客員教授、国立京都国際会館館長、KDDI社外監査役等を歴任
・現在、茶道裏千家淡交会顧問、日本国連協会評議員、合気会理事、京都日韓親善協会会長、ウクライナハウスジャパン共同代表ほか
大塚講師略歴:
・1966年に一橋大学商学部を卒業し外務省に入省
・1991年初代エディンバラ総領事に就任
・1997年からニューヨーク総領事(大使)
・2004年から駐スウェーデン兼ラトビア特命全権大使
・2007年退官
概要報告:
ロシアによるウクライナへの侵攻が始まってから1年半以上が経過し、本講演の5日前には、民間軍事会社ワグネルの代表、プリゴジン氏の飛行機事故による死亡が伝えられるなど、ますます混迷化するウクライナ戦争。この戦争の背景と行方、国際社会に与える影響などについて、元ウクライナ駐在大使であり冷戦時代および崩壊時のソ連での駐在経験もある天江喜七郎氏にご講演いただき、また、元スウェーデン駐在大使の大塚清一郎氏にコメントをいただいた。
天江氏は、ウクライナ戦争の本質は、ロシアにとっては「大ロシア復興戦争」であり、ウクライナを歴史的にロシアの一部と看做すプーチン大統領にとって、ロシア帝国とはロシア、白ロシア、小ロシア(=ウクライナ)であり、ロシア帝国(ソ連)時代に戻る必要があると考えているとみる。ソ連崩壊を20世紀最大の地政学的カタストロフとみるプーチン大統領にとって、NATOの東進(旧東欧諸国の加盟により2022年現在30か国)、ロシアと中欧を結ぶ要衝という地政学的にも重要なウクライナのNATO加盟は受け入れることができないものであるとみる。一方、ソ連崩壊により形式的には史上初めてロシアからの独立を果たしたものの未だロシア依存から脱却できないウクライナにとって、ロシアから名実ともに決別し、歴史的、宗教的にも近いポーランド同様ヨーロッパの一員となることがウクライナが向かうべき道であり、ウクライナ、ゼレンスキー大統領にとって、これは「独立戦争」であるとみる。
ウクライナ戦争は決して「局所的な内戦」ではなく、歴史的な転換点である。「ヒト、モノ、カネ、サービス」の自由な流れが阻害され、国際機関の機能不全(国連における拒否権の存在)が改めて露呈し、超大国の武力による秩序破壊が行われたという点で、グローバリズムの終焉であり、国益第一主義による対立が鮮明化し、不安定化時代が到来したのである。
東アジア情勢においても、既に北朝鮮の核・ミサイルの実践配備が進み脅威が増し、米中の対立が激化するなかで、中ロ朝「同盟」と日米韓「同盟」の新冷戦の様相を呈しており、日本が中ロ朝のターゲットとなりつつある。
このような国際情勢、ウクライナ情勢のなかで、日本はどうするか。外交による局面打開しかない。相手国の善意のみで平和を保つことはできず、専制国家は武力行使を躊躇しないという現実的な認識のもとに、日本の安全保障(防衛力、国民意識、外交力)を強化することが重要である。
続いて、大塚元大使から、コメンテーターとして、全体的に天江元大使の視座に与しつつ、ジョークを交えた率直な語り口でウクライナ戦争について、お話いただいた。大塚氏のコメントは、以下の3点。
@ウクライナ戦争は、「邪悪な独裁者プーチンの戦争」であり、プーチン氏の「終わりの始まり」、プーチンが築いてきた「ロシア帝国」の没落の始まりでもあると見ている。
A一方、アメリカ、ロシア、ウクライナそれぞれで大統領選挙が行われる2024年までは、戦局が大きく動く可能性が低く、最近は一進一退の消耗戦の様相を呈している。西側・ウクライナの戦略においても、ロシアを「ジリ貧」(大塚氏の語)に追い込みつつも、決して「ドカ貧の壁」(同)に追い詰めない「匙加減」が重要ではないか。ロシアは、ウクライナが「クリミアを奪還するような事態」をロシアの国益を危うくする「ドカ貧の壁」とみなす可能性があり、そのような場合には、プーチンは戦術核のボタンに手を伸ばす誘惑に駆られる可能性があるので、そういう事態にさせない様な戦略上の舵取りが重要である。
Bウクライナ戦争は「対岸の火事」ではなく、日本の安全保障にも影響がある。北朝鮮、中国から、ロシアという専制主義国に対峙する日本としては、当面最も重要なことは、「抑止力の強化」である。これには、「日米同盟の強化」、「日米韓3国による安全保障協力の強化」が肝要だと思う。更には、ドイツが既に始めている「米国との核シェアリング」を日本も検討すべきではなかろうか。
Q&A
Q: ウクライナ戦争は中国にとって、どのような意味があるか。
A(天江): 中国にとっては、反面教師であろう。台湾進攻にも影響があるだろう。一方、専制主義と民主主義の対立が先鋭化するなかで、ロシアが弱体化することを「ほくそ笑んでいる」かもしれない。
Q: 極悪非道でならず者のプーチン大統領は残虐な行為を次々とやっているが、ロシアの一般国民はどうとらえているのか?次回の大統領選挙でプーチンが再選されたらこの残虐行為を国民が支持したということになるのか。
A(天江): 極悪非道というのは西側の評価であって、ロシアでの評価は全く違う。モンゴル帝国、ナポレオン、そしてヒトラーのドイツ等、ロシアは幾度か外敵に侵略されている。第二次大戦の時は、ドイツの犠牲者500万人に対してソ連は2,300万人もの国民が犠牲になっている。従って、ロシアでは民主的で物わかりの良い指導者よりも、権威的であっても外国の侵略から守ってくれる強い指導者を求める傾向が顕著。次に、ロシア国内では情報統制のため、我々が得ているウクライナ戦争の実態を知らされていない。従って、来春の大統領選挙では、プーチン大統領が圧倒的多数で再選を果たすと見られている。もし、ウクライナ戦争でロシアが占領地域を大きく喪失するとかロシア兵の犠牲者が多く出るような場合には、プーチン大統領の支持率は下がると見られます。他方、大統領選挙で対抗馬がいない以上、選挙民がプーチン大統領に不信任を突きつける可能性はほとんどない。
ロシア国民、特に中年以上は、ゴルバチョフからエリツィン大統領にかけての未曾有の経済破綻と、プーチン大統領就任後の経済回復を体験している。プーチン大統領の支持率が、ウクライナ戦争後でも70パーセント台で高止まりしているのは、上記の理由による。
Q: プーチン大統領の支持率が下がり、選挙で正当に選ばれた後継者が和平の道を進むというのは、「平和ボケ」したシナリオのようで、しかし、西側の支援を受けた軍部あるいは反政府組織が政権の転覆を図るというのも非現実的な感。本当に終結の見通しが見えない。選挙で「正当に」選ばれたトランプ大統領がウクライナを見捨てるほうが現実に近いのではないか。
A(大塚): プーチン氏は、間違いなく再選されるだろう(選挙プロセス、結果の操作は当然のことだが)。問題は、再選後のプーチン氏が国内の引き締め、総動員令などにより、戦力増強した上でやるに違いない、次の「大攻勢」が戦局全体にどう影響するか。この点が要注目。
ロシア脱出者の動向
ロシアによるウクライナ侵攻開始以来、1年半で既に970万人(西側の数字は過大評価だが)のロシア人(若者、実業家など)が国外に脱出して(東京都の人口に匹敵。ロシアの労働人口の約13%)、深刻な兵士不足などに陥りつつあること。これは中長期的に、ロシアの国力低下に繋がることなので、プーチンも苦慮しているに違いないだろう。
アメリカでの「トランプの再選」
実に嫌なシナリオだが、あり得るシナリオなので、要注意。ただし、仮にトランプが再選された場合、対ウクライナ軍事支援の削減はあり得ても、NATOとの亀裂覚悟で「ウクライナを見捨てる」ような拙劣な動き(それこそ拙劣の極み)は出来ないだろう。アメリカの良識は、そう易々と「振り子」の「馬鹿げたぶれ」を許さないと期待したいところである。
Q: プーチンがバカではないとしたら、プーチンも、ウクライナ、あるいは西側諸国に関して、相手の意見に同意はしないけれども、相手の意見も尊重すべきではないのでしょうか。現状ではプーチンは「ウクライナという国は存在しない」としているわけですから、相手の意見は無視していることになるでしょう。言い換えると、外交による局面打開を」のなかの「非合意の合意(agree to disagree)」という外交・対話の土俵に、まずはどうやって強硬なロシア、プーチン大統領に上がらせ、そのうえで「非合意の合意(agree to disagree)」を達成するのでしょうか。
A(天江): Agree to disagree に関する私個人の考察は以下のようなものです。
人間は誰でも、顔かたちも違えば、考え方も異なる。その中で、家族を作り、徒党をくみ、団体に所属し、国民を形作っている。それが国民国家を形成すると、そこに他の国民国家との違いが出てくる。国益と国益が対立し戦争になることは歴史の示すところである。
他方で、人間は他の動物と異なり理性を備えている存在である。感情的な諍いも理性でコントロールして、秩序を乱すことなく平穏に生活する知恵を備えている。
Agree to disagree は感情や利害に基づく対立を止揚する理性的な対応であり、話し合い(交渉)の第一歩。
例えば、北朝鮮。なぜ北朝鮮は日本政府の話し合いに応じようとしないのか?原因は拉致問題など様々だが、北朝鮮には北朝鮮の言い分がある。更に、民意とは関係のない独裁政権だから、金正恩が首をタテに振らない限り日朝両政府が正常化交渉に入ることは考えられない。
他方で、両国は国連加盟国である。NYの国連本部のみならず、ジュネーブやウィーン、ローマなど国際機関があるところでは、両国の外交官が会議の席で顔を合わせることは普通。もとより、平壌からは「日本政府とは一切接触するな」との指令が出ている可能性があり、会議の席で顔を合わせても一切握手もしない状況かも知れない。
私(天江)が講演で言及した一つの方法は、第三国の仲介を得て日朝両政府が正常化交渉に入れないかとの点である。残念ながら、今は、北朝鮮に一定の影響力を持っている中国やロシアに仲介の労を取ってもらう時期ではない。他方、金正恩が子供の時に滞在したスイスとか、北朝鮮と早い時期に外交関係を持った北欧諸国は、日本の長期に亘る友好国である。これら諸国と協力して突破口を模索する努力を探るべきだ。北朝鮮は核・ミサイル大国を目指し、あらゆる国際的な圧力にも動じない姿勢だが、これがいつかは行き詰まる時が来る。
日本は、その日のために日米韓同盟による抑止力を高めて、じっと時が来るのを待つほかない。
(大塚)「外交」は、国益と国益の狭間で展開されるもの。100%の勝利はあり得ない。「相手」とどこかで折り合いをつけて(出来れば真ん中あたりで)、お互い「我慢」するほか手がない。これが「外交の現実」。北朝鮮のような「独裁国」が相手となると、尚更厳しいものがある。
文責:高橋 直樹
講演資料:ウクライナ戦争と歴史の転換点
2023年08月25日
EVFセミナー報告:ウクライナ戦争と歴史の転換点
posted by EVF セミナー at 19:00| セミナー紹介