講師 : 沼田 守様
元日揮株式会社技術研究所所長
元原子力損害賠償・廃炉等支援機構 執行役員
聴講者数:51名
講師紹介

・1978年:日揮株式会社入社
・1979年から2014年:原子力及びエネルギー領域の技術開発・技術導入、水素領域技術・水素経済の研究、プロシェクトの運営管理、日揮(株)の技術戦略立案、部門の管理・運営に従事
・2014年: 原子力損害賠償・廃炉等支援機構に出向。執行役員として東電1F廃炉の技術戦略策定に従事
・2016年キュリオン社日本法人のプロジェクトダイレクター
・2017年:同社執行役社長代行を兼務
・2019年:同社退職
・2022年:株式会社テネックス・ジャパンのアドバイザー
講演概要
1.はじめに
東電福島第一原発(以下、1F)ALPS(放射性物質を取り除いて浄化する多核種除去設備)処理水の海洋放出について、様々な報道がある。しかし、国民一人一人が、ALPS処理水の海洋放出について自分で考ようにも科学的技術的な情報が容易に得られないのが現状である。ALPS処理水とALPSでは浄化することのできないトリチウム(以下、3H )について海洋放出する科学的根拠、技術的知見に基づいた情報をわかりやすく提示する。
2.同位体の表記と放射能・放射線の単位
同位体は元素記号の左上、もしくは右側に質量数を記載することで他の同位体と区別する。放射能の単位はBq、放射線の生体組織への被ばくの単位はSvである。
3. 1Fにおける汚染水
事故後の原子炉は廃炉することに決まったが、様々な課題がある。代表的な課題として溶けた燃料デプリと本講演の話題である汚染水の発生と処理処分がある。燃料デプリは水をかけ続けることで冷却された状態を維持しているが、この水が燃料デプリに触れることで、高濃度の放射性物質を含んだ汚染水が発生する。また、この高濃度の放射性物質を含んだ汚染水は原子炉の亀裂の入っている建屋内に流れ込んだ地下水や雨水と混ざることによって汚染水が増加している。理論上、核分裂生成物は247核種、規制対象となる腐食生成物は20核種である。実際に考慮する必要があるのは、核分裂・腐食生成物併せて7核種である。
4.汚染水に含まれる核種の分離
ALPSでの処理は前処理として、鉄共沈と炭酸塩処理を行い、凝集沈殿させ、さらに水に溶解している放射性核種を活性炭と選択的吸着材で吸着処理して多核種を除去する。ALPSにより3H以外の核種を排出基準値以下にすることが出来ている。
5.3Hについて
水素の同位体で中性子を2個持つ。水中の飛程が6μmのβ線を放出する。日本の湧水、地下水、河川水での濃度は0.4〜6.3 Bq/Lである。3Hは2次処理前の分析結果の一例として851,000 Bq/Lのデータがある。
6.ALPS処理水(3H含有水)の処分の方法
国内外の実績を考慮すると海洋放出が現実的である。ALPS処理水の海洋放出設備は地震対策として、海抜33.5mの台地にALPS、新設逆浸透膜設置、ALPS処理水タンク等か設置された。希釈用海水は港湾外から取水。放水は約1kmの放水トンネル損失に見合う下流水槽の水面高さと海面の高さの差を利用して自然流下させる。
7.ALPS処理水の海洋放出
3Hの放出濃度はWHO飲料水基準の1/7、規制基準の1/40の1,500 Bq/Lに設定。年間放出量は1F(事故前)と同じ22兆Bq/年に設定。3Hの海洋放出例として、仏国ラアーグ再処理施設11400兆Bq/年、中国の陽江原発107兆Bq/年、泰山第三原発124Bq/年であり、1Fと比較して高い。
Q&Ą
Q1:年間海洋放出のトリチウム放出量は国内外の多くの原子力発電所等からの放出量と比べて低いのに、放出量の多い韓国、中国から海洋放出はけしからんとのクレームが報道されているが、それに対する反論が聞こえてこない。反論すべきは誰か。
Ą1:外交問題で別の何かを期待してクレームをつけている。反論するとしたら当事者の東電であるが、ここは、学会か専門家が反論すべきである。話してはいると思うが、マスコミは取り上げていない。マスコミを通して聞こえてこない。
Q2:事故により溶けて固まった燃料デプリが残っている。燃料デプリは水をかけ続けることで冷却された状態を維持しているが、この水が燃料デプリに触れることで、高濃度の放射性物質を含んだ汚染水が発生するとのことだが、燃料デプリもだいぶ冷えてきていると思うので、空冷であれば3Hの生成も少なくなり、少量の海洋放出で済むのではないか。
Ą2:試験はしているが、実用化まではなかなか至らない。
Q3:セシウム吸着塔や ALPS処理で使用された使用済み吸着材など除去された二次廃棄物としての放射性物質はどう処分しているか。
Ą3:放射性物質は高性能容器に保管され、一時保管施設へ輸送後に貯蔵されている。ジオポリマー(セメントに似た新材料)でゼオライトを水ごと固める安全に保管する技術などが検討されている。
Q4:稼働中の原子力発電所の低レベル放射性廃棄物の処理・処分はどうなっているか
Ą4:気体廃棄物は、フィルタを通したり、減衰タンクやホールドアップ塔で放射能を十分減衰させたのち、安全を確認したうえで大気中に放出している。液体廃棄物は、種類に応じて蒸発装置、洗浄廃水処理装置などで処理する。濃縮廃液はアスファルトやセメントで固化し、または焼却し、ドラム缶に詰めて発電所内の貯蔵庫で厳重な管理のもと保管する。浄化水はできるだけ再利用する。放出するものは、安全を確認したうえで冷却用海水と共に海中へ放出する。固体廃棄物は、可燃性のものは、焼却してドラム缶に詰める。不燃性のもののうち、圧縮できるものは圧縮してドラム缶に詰め、圧縮できないものはそのままドラム缶に詰め、ドラム缶に入らないものは梱包体にする。ドラム缶や梱包体は、厳重な管理のもと、発電所構内の貯蔵庫に保管する。ドラム缶に詰めた廃棄物は、原子力発電所に保管した後、六ケ所村にある日本原燃の低レベル放射性廃棄物センターに運び埋設処分している。
Q5:トリチウムは濃縮して保管しておいて、核融合に使用することはできないか。
Ą5:核融合発電にとってトリチウムは重要だ。重水素とトリチウムの核融合発電を目指している。1F処理水からのトリチウムを濃縮しても量が少なく、半減期も短いので経済的に成り立たない。現実的でない。
Q6:用語の解説をお願いする。告示別表に定める線量限度等を定める告示。減衰補正後濃度が告示限度の1/100を上回る核種とは何か。
Ą6:燃料に由来する放射性物質、腐食生成物に由来する放射性物質共に、ALPS処理設備の稼働時期が原子炉停止後より1年後になると想定されたことから、半減期を考慮し原子炉停止365日後の滞留水中濃度を減衰補正により推定した。減衰補正により得られた原子炉停止後365日後の推定濃度が告示濃度限度に対し、1/100を超える核種を滞留水中に有意な濃度で存在するものとしてALPS処理設備の除去対象核種として選定した。なお、1/100以下となることから、除外した核種の推定濃度と告示濃度限度との比の総和は、最大で0.05程度であることから、除外した核種の濃度は十分低いものと考える。
Q7:トリチウム処理水海洋放出に関して多くの関係者の努力が国内に伝わらない一因として政府・東電に対する不信も相当含まれると感じている。その点でIAEAにその監視機能を置きまた発信することは国内・海外に対して有効なアイデアだと思うが、
Ą7:政府・東電に対する不信があるのは、自然かつ当然と考える。なぜならば、東電は事故を起こした当事者であり、避難指示を出し、避難者に苦痛を与えたのは国だからである。そして、過去に国及び東電が原子力は安全であると言って地元に説明して導入したわけだから。IAEAは与えられたタスクを報告する義務があるので公開する。ただ、それを広報的に使っているのは日本政府であり、東電である。東電や日本政府が自分たちの取り組みを直説説明するよりも、IAEAの評価は第三者による評価であるので、東電や国より信用されるものと思う。IAEAレビューのスコープは、日本政府からの要請やIAEAのタスクフォースの権限に基づき、東電1FにおけるALPS処理水の取り扱いに関する日本の基本方針の実施について、IAEAの国際安全基準に照らして安全面の評価を行うことに特化されている。監視機能があるわけでない。
Q8: IAEA がALPS処理水のモニタリング以外に対象を広げることは意味があるか
Ą8:廃炉の手順とか内容をIAEAにレビューしてもらったらよいのではないか、ということであれは、現段階では不要と考える。実施予定の内容は事前に戦略プラン(英文、和文)で公開され、規制庁にも説明され、規制庁で確実に反映されて作業が行われている。戦略プラン策定には複数の海外の専門家も加わっている。また、地元での定例会議においても説明がなされ、もらったコメントが廃炉作業に反映されている。
文責 立花賢一