2024年02月21日

EVF総会記念セミナー報告:カーボンニュートラルへの日本の取り組み

演題:「カーボンニュートラルへの日本の取り組み」
se20240221.jpg講師:橘川 武郎(きっかわ たけお)様

EVF顧問、国際大学 学長・国際経営学研究科教授
講師略歴: 1951年生まれ。和歌山県出身。東京大学経済学部卒業。 東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。 青山学院大学経営学部助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て、2020年より現職。 2023年、国際大学学長就任。 東京大学・一橋大学名誉教授。元経営史学会会長

聴講者数:53名

講演概要
1 2023年の注目すべき二つの動き:
〇現在の世界の動きのベースにある二つのキーワードは、「GX(グリーントランスフォーメーション):化石燃料をできるだけ使わず、クリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動」と「カーボンニュートラル:カーボン(二酸化炭素)排出量=吸収・回収量とすること」。
〇カーボンニュートラルの実現はコスト削減こそが最大の課題;日本の独自の解決策として、既存石炭火力の活用と既存ガス管の活用があり、それらを実現するには、アンモニアとメタネーションが鍵になる。またこれらは、アジア諸国、新興国、非OECD諸国への展開が可能であり、日本のリーダーシップの根拠となりうる。
〇GXにたいしては、今後10年間に総額150兆円が投資される。経産省の資料によれば、重点項目は1.徹底した省エネ、2.再エネの主力電化、3.原子力の活用、4.その他の重要事項(水素・アンモニアの生産供給網構築、他)とされている。ただし、実際の投資見通しでは、原子力関連は、わずか1兆円にとどまる。
〇新しい温室効果ガス(GHG)削減目標の設定 :2023年に開催された、G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合(2023.4)において、IPCCの「2035年GHG排出削減2019年比60%削減」目標(2023.3.20) が確認された。このIPCC目標は世界基準となり各国とも35年の目標を25年までに国連の会議(COP30)に提出することが求められている。
〇これらの大きな動きから、これらの国際公約からもはや日本は逃げられない。

2 再生可能エネルギー :
ウクライナ戦争がヨーロッパにもたらした大きな問題はロシアからの天然ガス供給停止である。これにより世界的な天然ガスの争奪戦と価格上昇が、これからの日本の天然ガス輸入に大きな影響を与えている。日本の輸入元である中近東等にEUや中国が目を向けだした。このような世界情勢から日本に求められることはエネルギー自給率の向上であり、それには究極の国産エネルギーである再生可能エネルギーの普及が鍵となり。またこれが脱炭素社会形成に直接結びつく。その為の当面の課題は、コスト低減、住民とのトラブル解決、実現を加速するための移行戦略の三点である。最近では太陽光、風力等でコスト低下が進んでおり、また住民とのトラブル解消のために事業主体への住民参加の動きを作るべきである。

3 原子力発電と石炭火力発電に関して:
岸田政権は「原発に関する政策転換」はしていない。既存炉の運転期間延長によってかえって次世代革新炉の建設は遠のき、各地の停止中の原発の再開も進展少なく、原子力には前向きではない。一方、ウクライナ戦争で、原発が軍事標的という新しいリスクが発生している。
石炭火力発電所は、電力危機対策の柱となる超々臨界圧(USC)の建設ラッシュ であるが、一方で、石炭火力はアンモニア混焼で進展がみられるので、2040年までにたたむことを宣言すべきである。たたむ時期を明確にしていないため、石炭を減らすためのアンモニア混焼はG7の中で孤立化している。「アンモニアは石炭延命の言い訳」というあらぬ誤解を受けている。

4 カーボンニュートラルの時代へ:
菅首相の「2050カーボンニュートラル」所信表明(2020.10)、さらに気候サミット(2022.4.22)での「2030GHG13年比46%削減」表明によって、日本は大きく動き出した。第6次エネルギー基本計画で掲げられた2050年の電源構成は、再生可能エネルギー:50〜60% 、水素・アンモニア火力:10%、水素・アンモニア以外のカーボンフリー(CCUS付き)火力+原子力 :30〜40%(実質は原子力10%(副次電源化))と設定された。。
CCUS(二酸化炭素回収利用・貯留)に関しても技術開発や適地開発の向けての方針が打ち出された。
カーボンニュートラル実現への具体策として、
〇発電分野では、ゼロエミッション電源として考えられるのは、再生可能エネルギー、原子力、カーボンフリー火力(水素、アンモニア、CCUS)等々である。
〇非電力分野(熱利用も含む)では、電化(EV[電気自動車])、水素(水素還元製鉄、FCV[燃料電池車]))、メタネーション(e-gas;CO2とH2からのメタン合成))、合成液体燃料(e-fuel;CO2とH2からの液体燃料合成)、バイオマス 等々。
〇発生したCO2は吸収除去し、発生分をオフセットする。方策としては、植林 、DACCS(空気中のCO2を回収し貯留、有効利用)等々。

5 コスト削減が最大の課題 :
〇RITE(Research Institute of Innovation Technology for the Earth )が、に2050年カーボンユートラル達成時の発電コストの試算を行った(2021.5)。それによると、電源構成を再エネ・原子力・水素/アンモニア・CCUS火力の組み合わせで想定し、それぞれの比率を変えた7つのシナリオについて発電コスト算出したが、いずれの場合でも現行の発電コスト(13円/kWh)を大きく上回るとしている。
〇カーボンニュートラルの実現はコスト削減こそが最大の課題である。日本の独自の解決策として、既存石炭火力の活用と既存ガス管の活用があり、それらを実現するには、アンモニアとメタネーションが鍵になる。またこれらは、アジア諸国、新興国、非OECD諸国への展開が可能であり、日本のリーダーシップの根拠となりうる。

6 カーボンニュートラルの切り札と目されるアンモニア・水素・メタネーションの壁:
〇アンモニアには、調達の壁、技術の壁がある。 現状で国内年間消費量(肥料中心)は100万d、これが発電だけで30年300万d、50年3000万dと予想される。技術的課題としては、NOX対策、合成法開発がある。グリーンアンモニアを合成するには、ハーバー・ボッシュ法に代わる技術が望まれる。
〇水素については、 現状では大口需要の水素発電にメドが立っていない。
〇メタネーションでは、技術の壁=需要の壁がある。 都市ガス業界では、都市ガス需要が維持されるという前提に立ってメタネーション(e-gas)志向であるが、メタネーションの技術開発が遅れ、その間に電化の影響で都市ガス需要が減少すると、メタネーションが間に合わなくなるおそれもある。 一方で、カーボンフットプリント(サプライチェーンのカーボンフリー化)の脅威にさらされている鉄鋼・セメント・部品メーカー等では、すぐにでもオンサイトメタネーションへを導入したいという要請が高まっている。

7 第7次エネルギー基本計画
〇今後の流れとして、世界的には2025年のCOP30に「2035年削減目標」を持ち寄る。 日本は、今年後半から第7次エネルギー基本計画を策定する。その中に盛り込まれるべき
3つの課題 ;再生可能エネルギーの抜本的拡充、バックアップ火力のカーボンフリー化の推進、省エネルギーの抜本的強化 。
〇あてにされていない原子力;計画を策定する基本政策分科会のメンバーの問題

8 3つの落とし穴
(1)需要からのアプローチに欠ける(供給側から見るだけではだめ) 、(2)セクターカップリングの視点に欠ける;「電力」と「非電力」の分離 →熱電併給の観点の欠落(電力部門と非電力部門との連携が重要)、(3)「地域」の重要性に目を向けていない:このままだと担い手は大企業に限定される、中小企業も「サプライチェーン全体の脱炭素化」に迫られる。

9 再生可能エネルギーのコストダウン
〇太陽光/風力+蓄電池/バックアップ火力は高コストになるが、これに CHP(熱電併給)+地域熱供給 を加えることで、再生可能エネルギーを発電用にも熱供給用にも使えるようになり、コストダウンを図ることができる(デンマークに成功例あり)。

10 需要サイドからのアプローチ
〇ゼロカーボンシティ;2023.3.31時点で934自治体が意思表明するも、大半は具体的施策を模索中
〇コミュニティベースのカーボンニュートラル挑戦のポイント;熱電併給とコミュニティによるエネルギー選択、創電+蓄電+節電のネットワークとアグリゲーター(多くの需要家が持つエネルギーリソースをたばね、需要家と電力会社の間に立って、電力の需要と供給のバランスコントロールや、各需要家のエネルギーリソースの活用に取り組む事業者「特定卸供給事業者」) によるVPP(仮想発電所)の実現。

11 カーボンニュートラル推進の両輪は、企業のイノベーションと地域の脱炭素化(地産地消) にある。

質疑応答:
Q1) 講演資料の中でご説明の無かったP.16(第7次エネルギー基本計画)の「あてにされていない原子力」のところで「計画を策定する基本政策分科会のメンバーの問題」とは、どのようなことをおっしゃりたかったのか、お伺いしたいと思います。
A1) 基本政策委員会のメンバーが、原子力推進派ばかりに偏っていること。しかも、その原子力推進派委員が勉強不足で、原子力に関する具体的な提案(リプレースによる美浜4号機の建設、敦賀3・4号機用地での高温ガス炉・大型水素専焼火力の建設、原子力発電で得た電力で水を電気分解し水素を作ることによるカーボンフリー水素の国産化など)を行えないでいること。
Q2) 太陽光は、地球にとってエネルギー源である一方、最近は地球温暖化の原因になってきていると考えるので、太陽光を多くエネルギー源に利用する(太陽光発電)ことによって、地球温暖化を下げ、結果、炭酸ガスも削減出来る。そう考えると温暖化防止の観点から、太陽光発電の効果は他のエネルギー源と比べると2倍あるといえるのではないか?
A2) 今日テーマとして取り上げたカーボンニュートラルの考え方から行くと2倍というようなことは言えない。また温暖化は、直接太陽光ではなく、地球上の炭酸ガス増加によると考えるのが自然ではないかと思うので、その点からも違うと思う。
Q3) 本日の講演の中に核融合が取り上げられなかったが、その理由は?
A3) 核融合は、カーボンニュートラル実現後のまだまだ先のことであるからだ。
Q4) 大型水素発電は何故難しいか?
A4) 今のプランでは、コストが安い海外で水素を製造し輸入するため、グリーン水素の運び方、大量輸送が難しいから。原子力からの水素をもっと考えるべき。また、電力業界は、石炭火力のアンモニア転換に力を集中しており、ガス火力の水素転換には目が向いていない。
Q5)地域での脱炭素化案はどのようなことか?
A5) 住民参加型VPP。地域ぐるみの節電、オンザルーフの太陽光発電の地域全体での活用、EVの電力ネットワークとしての利用等を組み合わせる。
Q6) 地方と都会とで同じ電力料金というのはおかしくないか。
A6) 日本の電力は国民に広く供給するという観点や、送電網を大電力会社が専有していることからも同一料金になっているためそのようになる。地産地消が徹底されると、コストも下がり電力料金に差が出てくる。
Q7) 再エネは地産地消がベースである。最近は温泉業者の理解のもとに、地熱利用も増えて地熱バイナリー発電なども増えているように思うが。
A7) その通り。ただし、バイナリーは規模が小さい。別府などでは温泉業者が中心になってバイナリー発電に取り組んでいるが、供給規模には限界がある。一方、大型地熱発電では、最近、秋田県湯沢市で地元自治体や温泉業者の理解を得て、2カ所の発電所が建設されており、その広がりが注目される。

以上 (文責:橋本)
講演資料:カーボンニュートラルへの日本の取り組み
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