2024年03月28日

EVFセミナー報告:農業基本法改正の論点

演題:「農業基本法改正の論点」〜日本の食料自給率と安全保障、環境と調和のとれた産業への転換など〜
講師:石田一喜氏

株式会社農林中金総合研究所 主事研究員
聴講者数 : 45名

sem20240328a.jpg1.講師紹介
1984年福島県生まれ。
2013年3月東京大学農学生命科学研究科 食料・資源経済学研究科博士課程単位取得退学、
2013年4月株式会社農林中金総合研究所入社。現在:主事研究員 

2.講演概要
1999年に食料・農業・農村基本法が制定されて以降、最近は新型コロナウイルスの感染拡大やそれに続くウクライナ情勢や国際的な環境への関心の高まりなど、現行基本法の想定を超えた状況に直面しており、今の通常国会にて25年ぶりの改正が行われる予定。講演では現行基本法が目指してきたものを、自給率等を中心に振り返ったうえで、新基本法の目指す方向性が紹介された。

3.講演内容
 基本法とは基本理念や施策の方向性を示す理念法であり、内容の実現には別途必要な実体法の制定が必要。食料・農業・農村基本法の制定から約20年が経過した現在、新たに食料安全保障に関わる情勢の大きな変化や課題が顕在化してきた。このため、今回の改正では以下の3法案が国会に提出されている。 
*食料供給困難事態対策法案 
*スマート農業技術の活用促進に向けた法案  
*農地法関連法改正案

1)食料・農業・農村法改正法案の概要
改正法案は2024年2月に国会に上程され「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され国民一人一人がこれを入手できる状態にする」という食料安全保障の確保を目指す内容となっている。政府は少なくとも毎年1回、自給率などから食料安全保障の達成状況を調査し、結果を適切な方法で公表しなければならないこととなっている。また、「環境と調和のとれた食料システムの確立」が新たな条文として追記された。
2)従来の自給率・食料安全保障の関連施策と改正案の検討内容
現行法では危機管理対応としての規定が色濃く、一貫した政策体系が希薄だったのに対し、改正案では不測時に限らない平時からの食料安全保障を規定し、不測時対策についても拡充されたものとなっている。
また、食料安全保障の確保に向けて輸出促進と価格形成の内容が追加され、農業を海外市場も視野に入れた産業に転換しつつ、国内農業基盤の維持を図ることを目指している。
さらに、適正な価格形成に向けた食料システムの構築を目指して、高騰化した生産資材の価格を食料価格に適正に転嫁できることを目指し、合理的な費用を考慮した価格形成が図られるような施策を取り入れようとしている。
さらに、不測時における措置については「食料供給困難事態対策法案」を用意しており、平時→食料供給困難兆候→食料供給困難事態→最低限必要な食糧不足の恐れ、といった不測の事態の程度に応じて、政府全体での取り組みを図る内容となっている。
食料供給困難事態になった場合、「出荷・販売の調整」、「輸入の促進」、「生産・製造の促進」が要請され、食料供給困難事態になった場合には、各項目の計画を作成し、届け出ることの指示がある。この場合の各要請に応じた経営リスクについては政府が財政上の措置を講じることになっている。一方で、計画の届け出が無い場合は罰金が科せられ、正当な理由なく計画の沿った取り組みを行わない場合は社名等が公表される。なお、計画に基づく生産が行えなくても罰則対象にはならない。
今回の改正案では、食料安全保障の指標として従来の「食料自給率」だけではなく、その他の食料安全保障の確保に関する目標が定められる。以上をまとめると以下の様になる。
(1)改正基本法は、食料安全保障を一層重視し、不測時のみならず平時からの食料確保を明確化。
(2)その確保に向けては、国内生産の拡大と安定的な輸入の取組みに加えて輸出促進を通じた清算基盤の確保と持続的な供給に要する合理的な費用を考慮した価格形成を用意。
(3)食料安全保障の確保≒自給率の向上、という発想を脱却し、新たな他の指標を加味していく方針。

3)環境と調和のとれた食料システムの確立に向けた”みどりの戦略”と農業生産現場の対応
改正基本法では「環境と調和のとれた食料システムの確立」を明記し、農業生産活動における環境負荷低減の促進に関する基本的施策を以下の様に規定している。
(1)農薬及び肥料の適正な使用の確保
(2)家畜排せつ物等の有効利用による地力の増進
(3)環境への負荷低減に資する技術を活用した生産方式の導入の促進
欧米に並び、政府は2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定し、「持続可能な食料システムの構築」を課題として認識、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立を技術革新で実現することを目指している。同戦略ではEUを参考に2030年と2050年の目標を定めているが、現時点の状況からは非常に高い設定値となっている。
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みどり法では“みどり認定”のメリットとして、融資・税制の措置を用意しているが、農業生産現場では以下のような課題が生じている。
・みどり戦略に取り組むインセンティブはあるのか?
・高齢化や労働力不足により負荷の高い作業が出来なくなった。
・気候変動等の影響により新たな病虫害が発生。既存の防除方法の限界。

環境負荷低減の取組拡大のインセンティブの一つとしては、二酸化炭素等を減らした分をクレジット化して売却できる”クレジット”が制度化され、クレジット創出が活発になってきた。創出されたクレジットの購入を希望する企業も徐々に増えてくると見込まれる。クレジットの新たな方法論及び環境負荷低減の農法などが検討されており、まとめると以下のようになる。
(1)農業に由来する環境負荷低減の方向性は決まっており、今後は実践フェーズ。
(2)具体的な農法等は、現段階では可能な内容に着手するフェーズだが、今後の技術革新に対する期待度は高い。
(3)環境負荷低減の取組に対する補助等の議論はこれからであり、補助金、高付加価値化以外の選択肢として”クレジット”の仕組みへの関心は高い。
(4)基本法改正案の論点の一つは、みどり戦略およびカーボンニュートラルと食料安全保障の両立をいかに同時に進めて行くか。
(5)海外の動向を注視する必要もある。

4.質疑応答
  主な質疑は以下の通り。

Q.農家は自分が儲かるようにしか動けないと思うが、法律などは企業や大組織向けに出来ている。これをどのように展開するのかが見えない。
A.そこが基本法が出てきて話題になっている所。食料生産の増大と自給率を上げる方策との一体感が見えないまま、安保が大事という内容になっている。農業生産者の大半が家族経営であるが、その過半では後継者不足により持続性が失われており、かつ企業だけでは賄えないことが分かり切っている。また、減少分に比べて家族経営が増える見込みはない。半農半Xなどにも着目しなければ農業生産の維持ができないのではという意見もある。しかし、それに対する補助や施策は無い。武器が無い中で目標だけが示されている。2025年の基本計画で具体的にやることを示すまでは全貌はわからない。これまで通りでは、目標達成は難しいだろう。

Q.民間ストックの把握の仕方は?
A.民間企業でも自社でどれ位ストックがあるか、国の想定するような把握をしていないことが実態ではないか。また、情報出すのが面倒くさいとか、情報漏洩対策はできているのとか、なぜ出さなくてはならないのとか言う抵抗感もありそうな気がしている。

Q.生物多様性のクレジットは何故ないのか?
A.農業と環境の議論ではカーボンクレジットが先行した。2024年以降は生物多様性への着目が広まると思うが、その評価が難しい。生物多様性クレジットが大事だということは分かるが、ではどの生物が生き残ったかなど、優劣をつける評価基準や計測の在り方、価値基準の付け方などが課題になるだろう。

Q.食料の保全には漁業も大切だが、漁業に関しての議論は行われているのか?
A.別の所で議論されている模様。漁業の場合は資源管理的な観点からの議論が強い。ただし、漁船への外国人就業者が多いなど、漁業の担い手不足は農業以上に深刻。輸入の議論はしており、安定的な輸入が模索されるだろう。陸上養殖への関心が高まって来ているが、環境負荷への影響などが悩ましい点ではないかと思う。

Q.ソーラーシェアリングが簡単に進まない理由は何か?
A.ソーラーシェアリングへの関心を示す人は増えている。法律的にもやり易くなっており、手続きも楽になってきた。しかし実際にやろうという希望者が出にくいのが現状。また、ソーラーパネルの下で農業生産を本気で考えている人がどれだけいるか地元の人達が心配している。生物多様性等も見据えると、パネルの下で何を作るかは今後論点になっていくかもしれない。設置したのが企業だった場合の倒産した時のデメリットや、ソーラーパネルの回収などの問題もあり、今まで農地としていたところにソーラーシェアリングを入れた場合のデメリットなどを広く見ていく必要がある。アセスメントが大事。

Q.37枚目のスライドを見るといいところだらけだが、秋耕が進まない理由は?
A.単に農作業の繁忙期であるため、忙しくてやってられないというのが主な理由ではないか。ある程度お金になったり、地力保持に繋がれば広がると期待している。

以上   

文責:小栗武治


講演資料:農業基本法改正の論点
 
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