2024年06月28日

EVFセミナー報告:「環境省が果たしてきた役割とカーボンニュートラルに向けた課題」〜公害、循環型社会、生物多様性、そして真に持続可能な社会の構築へ〜

演題:「環境省が果たしてきた役割とカーボンニュートラルに向けた課題」 〜公害、循環型社会、生物多様性、そして真に持続可能な社会の構築へ〜
講師:一方井(いっかたい)誠治 様
武蔵野大学名誉教授、京都大学特任教授
聴講者数:50名

sem20240628.jpg講師紹介:
1951年東京生まれ、都立富士高校、東京大学経済学部を経て1975年環境庁入庁。環境保健部企画課、外務省ワシントン在米日本国大使館、富山県学術国際課長、環境庁環境計画課長、地球環境部企画課長、環境省大臣官房政策評価広報課長、財務省神戸税関長、京都大学経済研究所教授、武蔵野大学環境学部教授等を経て、2022年4月から武蔵野大学名誉教授、京都大学特任教授。

講演概要:
はじめに、講師が環境庁(省)に入庁(省)した経緯、職務を通じて遭遇したエピソード、排出権取引や環境税などの環境政策としての経済的措置にかかる政策研究に携わってきた経緯を紹介。持続可能性の定義、ドイツの気候政策についての解説を交え、日本の気候変動政策とGX推進法の問題点に言及された。

【ドイツの気候変動政策】
・ドイツと日本は、第二次世界大戦敗戦国として、戦後相似形の経済発展を遂げてきたが、エネルギー政策に関しては、2000年代に入りかなり異なる歩みを辿ることとなった。
・ドイツでは、2000年に政府・電力会社間で脱原発を合意、再生エネルギーFIT、エコロジー税制改革を開始。2010年に、2050年までの長期エネルギー政策となる「エネルギーコンセプト」を策定。2020年に、2038年までの石炭火力廃止を決定。2023年4月に、全ての原子力発電が停止された。
・このような急速なエネルギー政策の転換がなされた背景のひとつとして、生産性等の経済目標も織り込んだ「国家持続性戦略」(2002年策定)の前提に、自然資本は人間の福祉の究極的な源泉であり自然資本の制約を超えて成長することは不可能であるといった「ハーマンデイリーの3原則」(詳細は講演資料参照)が明記されていることにある。1990年代に大学教授も加わり、環境法典を作る試みが行われ、その法典案にハーマンデイリー3原則を一般原則として明記、それが引き継がれたもの。
・ドイツでは、GHG・エネルギー消費量の継続的な削減トレンドに合わせ、GDPは増加トレンドにあり、環境経済学におけるデカップリングが実現している(1990‐2021講演資料グラフ参照)。
【気候変動政策をめぐる日本の現状と課題】
・日本では「環境基本計画」(1994年 第1次計画閣議決定)が、国連で「国家持続発展計画」と位置付けられている。本計画は環境省所管であるが、地球温暖化対策の中心となるエネルギー政策は経済産業省専管で、経産省が反対すれば計画にエネルギー政策をビルトインできない構造となっている。
・2012年に「地球温暖化対策のための税」として石油石炭税への上乗せ税が導入されたが、CO2排出1トン当たり289円と少額で、エネルギー価格に与える影響は微々たるもの。
・エネルギー転換部門の排出量も配分された産業部門のCO2排出量は、ほぼ横這いで推移しているが(1990-2021講演資料グラフ参照)、その原因は、産業界自身の自主的な削減努力(経団連「環境自主行動計画」1997年策定)に負っており、炭素税・キャップ付排出量取引制度などが本格的に導入されておらず、市場メカニズムによる経済的な削減インセンティブが働いていなかったことにある。
・京大経済研究所における実証研究(1999-2006年度)で、日本企業はまだ費用をかけずに温室効果ガスを削減する余地があることが判った。企業の自主的努力のみでは、今後大幅な削減は期待できない。
・昨年制定されたGX法において「GX経済移行債」の償還財源として、カーボンプライシング(賦課金)を整備することが織り込まれたが、本格的な排出量取引制度の導入は2033年から、化石燃料輸入者等からの「炭素にかかる賦課金」は2038年から導入とされており、企業等の経済合理的な削減努力が促進されるという、カーボンプライシング本来の市場主導型の政策となっていない。
・カーボンプライシングは、2050年カーボンニュートラル実現の最後の切り札で、経済にも環境にも良い効果をもたらすものと考えているが、GX法の「先行投資支援」という枠組みは、経済産業省の補助金行政という古いタイプの政府主導型の政策という側面が強い。

主な質疑応答
Q1:日本においては、2000年代に入っても火力発電所がリプレースされているが、阻止できなかった理由は?EUでは炭素税による国境措置が導入されたが、日本で同様の検討が進まなかった理由は?
A1:火力発電は、環境省で環境アセスメントを厳格に行えば止められるのではとの議論があったが、様々な圧力でうまくいかなかった。カーボンプライシングについては、かなり以前より環境省と経産省で各々検討会を設け議論を継続してきたが、政府首脳に本格的に導入する意識が乏しかった。EUの動きをみて、あわててGX法を立法したが、日本もきちんとしたプライシングが出来ているとEUが評価してくれるか怪しい。

Q2:排出量取引制度が進まないのは、ベースラインの設定や評価方が定まらないことが理由としてあげられていたが、今どうなっているのか?
A2:ベースライン、評価方についてEUでも様々な議論を経て排出量取引が導入されたが、決め方の不公平感の問題は解消できず多くの訴訟が起こった。その後電力会社から順次、域内の排出総量を予め決め、オークションでの入札方式に切り替わっている。これにより排出総量は守られ、排出削減努力をした企業がコスト安となるといった合理的な市場メカニズムが働くようになった。

Q3:蓄電池とセットでの太陽光発電の住宅への普及、核融合発電の開発が進めば、電力の国内での自賄いが可能となるのでは?
A3:住宅への太陽光発電は、まだ普及の余地があり進めていくべきと考える。一方で、核融合の開発・実用化については慎重を期すべきと考える。クリーンエネルギーだからとの理由でお墨付きを与えると使用に歯止めが効かなくなり、軍事利用等に悪用される危険がある。私見ではあるが、フローの太陽エネルギーなど、エネルギー使用に自ら制約を課した方が、人類の文明は幸せで安定的なものになるのではないかと考えている。

Q4:化石燃料の輸入に約30兆円のコスト負担をしており円安リスクも続く。自然エネルギーで国内自給が可能となれば、全国の各地域の家計に戻ってくる。エネルギー政策、選挙対策としてアピールしない背景には何があるのか?
A4:ドイツでも石炭・天然ガスを輸入しており、化石燃料を自然エネルギーにシフトすることの経済的メリットについて、政府が大々的にキャンペーンをはり国民にアピールしている。日本の政府が、なぜドイツと同様の政策アピールを行わないのか、ドイツと異なる原子力発電政策もその背景にあると思うが、理由はよくわからない。

Q5:政府は、カーボンプライシングの良さを生かそうとせず、実施も今から相当先に設定したり、これを税収の手段とみるような動きがあるとのお話だが、もう一方の当事者である経済界、経団連辺りの動きも鈍いように思えるが、如何なものか?
A5:ご案内のように当時の経団連は1997 年の京都議定書採択の年に、環境庁などの炭素税導入の動きに対抗し「環境自主行動計画」を公表し業界内での自主対策を進めてきた。もとよりACLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)など、本格的なカーボンプライシングの導入を積極的に提言する経済団体もあったが、その後の経済界での広がりは必ずしも顕著なものではなかった。その意味では、経済界、経団連周辺の動きは未だかつての認識・対応から大きくは変わっていないというのが私の印象。
sem20240628b.jpg
文責:伊藤博通


講演資料:環境省が果たしてきた役割とカーボンニュートラルに向けた課題
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介