2024年10月18日

EVFセミナー200回記念 特別講演 報告:小泉悠が語る隣国ロシア・北朝鮮・中国と我が国の付き合い方

演  題:小泉悠が語る隣国ロシア・北朝鮮・中国と我が国の付き合い方
講  師:小泉 悠様
東京大学先端技術研究センター准教授 
日  時:2024年10月18日(金)14:00〜16:00
場  所:新宿区NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:104名

講師紹介:
2007年 3月 早稲田大学大学院政治学研究科 修士課程修了
2008年 2月 公益財団法人未来工学研究所 特別研究員
2009年 1月 外務省情報統括官組織 専門分析員
2009年12月 世界経済国際関係研究所 客員研究員
2011年 4月 国立国会図書館 非常勤調査員
2019年 3月 東京大学先端科学技術研究センター 特任助教
2022年 1月 東京大学先端科学技術研究センター 講師
2023年12月 東京大学先端科学技術研究センター 准教授
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【講演概要】
■なぜ「地政学」なのか:大陸系地政学と海洋系地政学
・地政学は、19世紀にスウェーデンとかドイツで生まれてきた考え方。問題は、侵略の正当化イデオロギーになっていったこと。ヘーゲルの国家有機体説と結びつき、「国家とは生き物であり、生き物には栄養が必要。ある国にとって必要な栄養は地理的に見てどこからどこまでの範囲なのか。」という議論に移った。
・大陸で生まれた地政学(大陸系地政学)は、突き詰めると小国を滅ぼして大国が飲み込む勝者総取りの世界観に繋がる宿命を持っている。一方でアメリカ人やイギリス人が考えた海洋系地政学は、大陸内に強力な統一権力ができることを阻止しなければいけないというのが、根本にある関心事。

■ロシアについて:大陸系地政学の継承者。地理の問題とアイデンティティ(ルースキー・ミール)の問題が癒着
・生存権を確保するために緩衝地帯を作る発想。
・ソ連崩壊後にロシアの言説空間に復活させた人物が、アレクサンドル・ドゥーギン(ネオ・ユーラシア主義)。「地政学の基礎」を出版。
・ドゥーギンの言う三つの枢軸とは、何れもアメリカの影響力を排除し、ロシアにとって都合の良い「モスクワベルリン枢軸」・「モスクワテヘラン枢軸」・「モスクワ東京枢軸」。
・ロシア式地政学には、旧ソ連空間への執着と特殊な「主権」観がある。そこでのルースキー・ミールは、ロシア国家の中心であるルーシ民族のという意味。ルーシ文明を共有してる人は、文化的・人種的・宗教的等の共通した世界が広がっていて、国境の外でもそういうのはロシアということ。
・プーチンの戦争とかロシア右翼の言動は、このルースキー・ミールを根拠としている。

■中国について:大陸系地政学的。国力の伸展に伴い、損得・論理で考え得る行動
・中国とロシアは、見通し(プロスペクト)の違いにより振る舞いに差。
・ロシアは、国力自体が当面伸びず破滅的な戦争を始めて見通しは暗い。
・中国は、総合国力のピークはもう少し先。それまでの間に、台湾併合や東南アジアの国々をなびかせること、南シナ海において中国にとり有利な秩序を作る等の見通しをたてやすい。
・台湾は、不利な戦争を行うより、経済的な存在感・文化的近さ・同じ言語空間等を背景に段階的に取り込むと思われる。その方がはるかに低コスト。
・ロバート・カプラン(元CIAの情報分析官)が20年前に出した「地理の復讐」の中で、地理的に21世紀になってもヒンドゥークシュ山脈を越えるのは大変という記述がある。
・言語空間にもヒンドゥークシュ山脈があったが、それが大規模言語モデルの普及によって下がりつつある。結果、情報空間が現実の物理空間の中の地理的な境界線に影響を及ぼすのではないか。

■朝鮮半島について:ランドブリッジ。均衡が続くか怪しい
・朝鮮半島は、地政学でいうランドブリッジ(大国の利害の交差点)の位置づけ。
・ロシア・中国にとり北朝鮮の存在は望ましい。ただし、ずっとこの均衡が続くかどうかは最近非常に怪しい。
・心配しているのは、アメリカがそういう均衡を維持する意思をだんだん失いつつあるのではないかということ。
・今回のロシアのウクライナ侵略で明らかになったことは、核を持った国が本気で先に暴れだした場合に、他の国はなかなか手だしができないこと。
・その国が滅ばなくとも何十万人も死ぬという話になると、まともな民主主義国の指導者は絶対に決断できない。これが核戦略の用語で言う「耐えがたい損害」(国家が崩壊)と「受け入れがたい損害」(政治的に受入れ難い損害)の違い。
・核を持っているだけで、相当程度相手の行動を抑止することができるという状態。
・その走りが中国の核戦略で、最小限抑止戦略。

■日本の地政学について:海という戦略資産を使った抑止と格子状のネットワーク構築のジオストラテジー
・今できる地政学は否定的抑止で、懲罰的抑止ではない。日本の戦略目標は、台湾海峡と朝鮮半島の現状維持+中露の軍事的連携阻止。そのために海という戦略資産を最大限に活かすこと。ユーラシア大陸側からの侵略を遮断することに全力を挙げるべき。
・大事なことは、囲い込まずにゆるく繋がること。「格子状」のネットワーク(≠アジア版NATO)で、ユーラシア東西での連携を図り、「敵」との経済的繋がりも排除しない(ただし経済安全保障は手厚く)。
・地政学の論理の一つ上のレイヤーに、柔軟な枠組みを同時に持つことがこれから求められる。地政学と戦略と合わせたジオストラテジーとして、幅広さを持つ政策をとるべき。


【質疑応答】
Q1:アメリカのF16がウクライナに供与されたことが、一つのゲームチェンジャーになるか。

A1:特定の兵器が、ゲームチェンジャーになることはない。ゲームチェンジャーとは戦争の流れを変える力。それはある能力、制空権を取る能力、何かを著しく妨害する能力、何かを大量に生産する能力等のこと。その能力の構成要素として、特定の兵器や特定の技術、人の考えがあったりする。F16があまり目立っていないのは、他に何かが足りないから。この戦争が始まって以来、ロシアもウクライナもどちらも実は制空権を取っていない。ロシア軍もウクライナ軍もソ連軍の末裔なので、地上配備型防空システムが分厚い。これまでウクライナはロシアに制空権を取られずに済んできたが、F16の数を増やすこと及び電子妨害でレーダーやミサイルが機能しないようにするぐらいの能力が必要。F16に期待されることはロシアの防空システムや重要インフラを壊して回ることだが、西側のミサイルをロシアに対して使用する許可がされていないのと、F16のパイロットは空中戦の訓練はしてきたが、地上攻撃には複雑で長い訓練が必要なことがある。各国から2年間で百機近く引き渡されるので、制空権を取るかもしれないが、取ったとしても地上作戦と連動することが必要で、地上作戦を好転させる別の能力が必要になってくる。

Q2:ドイツと日本の原子力発電をやめられるかどうかの違いは何か。ドイツは完全に原子力発電をやめたが、日本の場合、なかなかやめられないのは、核のポテンシャルを手放したくないということがあるのか。

A2:原子力発電をやめるかやめないかは、安全保障の話しというよりエネルギー業界の中の論理で決まっていると思う。安全保障業界の立場からは、核武装のポテンシャルと結びつけて考える。ドイツの場合は2重の核抑止力がある。アメリカの核抑止と核同盟としてのNATOで、ドイツにしてみれば、事実上核兵器を使って戦う軍隊であるとの認識を持っていると思う。例えばNATOの核作戦共有メカニズムは、第三次世界大戦になれば、各国が分担して核爆弾でどことどこを焼き払う等の計画をアップデートし、毎年戦術核を使って戦う演習を行っている。日米韓では10年前ぐらい前に局長級で拡大抑止協議を行い、最近それが国防大臣級になった。2019年9月東京での三国国防会議で、初めて核拡大防止の話しをした。核シェアリングの本質は核爆弾がどこに置いてあるかではなく、有事に核爆弾を使う計画を平時からどこまで共有しているか。日本周辺で自衛隊と米軍・韓国軍が一緒に核爆弾を使って作戦をするという計画を作り訓練まですることになり、はじめて事実上の核シェアリングといえるが、これは難しい。安全保障の立場からの発想では、プルトニウムの保有量からすると日本は比較的短期間で核爆弾を作れる能力があり、その能力があった方がオプションは広がるとの考え方がある。

Q3:ロシアはウクライナについては同じ人達という感覚があると思うが、中国から日本はそうは見えないと思う。香港や台湾は同じに見えると思うが、両者の人口規模は異なる。香港の数倍規模の人口を持つ台湾は、自由主義文化で数十年生きてきた国民がいる。こういう人達を力で押さえ込むのは、相当ハードルが高いと思われる。それが一つの抑止力になっているのではないか。

A3:その発想は面白い。ただいきなりすべてを中国本土並みにするわけではないと思う。香港の場合も一国二制度から始まって途中で国家安全法ができてというように、段階的にやっている。台湾について実際に行ってみると、中国に対する意見の分断も相当あるように思う。ジェネレーションによってもかなり違う。いきなりすべてを中国本土並みにするのは難しいが、中国はもっと上手くやると思う。武力侵攻により短期間で併合する蓋然性は低い。時間をかけて経済的に統合し、人の往来を増やし、情報空間も融合させて実質的に台湾への影響力を手に入れていくというのが、私の根本の発想にある。

Q4:ロシアのウクライナ侵攻は、旧ソ連時代あるいは帝政ロシア時代にそこは我々のものであったということを、再確認するために起こっているように思えるがどうか。

A4:一つの国だった、あそこは我々のものだったというのはあると思う。今回の戦争について、ロシアの右翼は“内戦”と呼び、プーチンもこの戦争を決して戦争と言わず“特別軍事作戦”としかいわない。今回の戦争は今始まったのではなく、10年前のクリミア併合、ドンバス侵攻から始まっている。プーチン周辺や右翼の人々が使い始めた“ノヴォロシア”という言葉がある。エカテリーナが、征服した一部コサック、一部オスマンの土地であったものを分捕って新ロシアの意味の“ノヴォロシア”と名付けた。プーチンはサンクトペテルブルグ鉱山大学で博士号をとっている。博士論文のテーマは、天然資源を国家管理において、これを武器としてロシアの地政学的地位を高めるというもの。この大学が実はエカテリーナが200年前に創ったもの。プーチンはピョートル大帝を尊敬しているが、エカテリーナの影も感じる。18世紀に一番輝いていたロシアを、再確認しているところがあるのかもしれない。

Q5:多くの国がエネルギーの地産地消をすれば、国家間の争いも少し下がるのではないか。

A5:ここ十年ぐらいの地政学の復活をみていると、やはり囲い込みを始めている。十数年前の中国によるレアメタルの対日禁輸や、ウクライナ戦争が始まった翌日にはトルコが交戦国の軍艦はボスポラス海峡を通さない、といったことが起こっている。こういうことを目にすると、地政学の戦略で海峡を抑えるとか資源地帯を抑えるとかという地政学者の発想が分かってくる。地政学的な力の論理よりマーケットの論理が全面にくる世界がくれば、エネルギーが偏在していても問題ない世界を作れる感覚はあるが、この先多分そうはならないと思う。エネルギーの地産地消の技術的フィージビリティースタディーがどの程度あるのか、またエネルギーだけ地産地消ができても、鉄鉱石はどうかとか農業肥料のリンがどうか等のエネルギー以外のバイタルなものがいろいろある。エネルギーの地産地消で緩和できるものと、そうでないものがあると思う。

Q6(ネット経由):小泉先生が語られた「拒否的抑止」に、ドローンなどによる無人兵器は含まれますか?日本には無人兵器に必要なセンサー技術、制御技術がありますが、無人兵器のコストダウンには、武器輸出が必要と思いますが、「拒否的抑止」に武器輸出は含まれますか。

A6:ドローンは道具なので拒否的抑止にも懲罰的抑止にも使えます。同じ兵器でもそうです。例えば高級なセンサーを積んだ大型ドローン(グローバルホークみたいなやつ)を使って中国のどこを叩くか調べるとします。その時「ここを叩けば経済が大混乱するだろう」と考えるのは懲罰的抑止に基づくターゲティング、「日本に侵攻する場合はここが拠点になりそうだ」と考えるのは拒否的抑止に近い考え方です。
武器輸出については、抑止に含まれるものとそうでないものもあります。商業活動として行われる武器輸出、外交の手段としての武器輸出などは違いますが、「この国の軍事力を強化してやって中国の軍拡に対抗しよう」という考え方なら拒否的抑止に入ると思います。

Q7(ネット経由):ウクライナ侵攻から1か月ほど経ったころ、高市早苗さんがTV番組で(多分、ウクライナを念頭に)「自分で自分を守ろうとしてこなかった国を助ける国はない」と冷厳に言い放ったことがありました。その自分で自分を守ろうとしない国≠ニ助ける国はない≠フ2点で我が国をどう評価されますか。

A7:「自分で自分を守る国」になろうとしている、ということだと思います。2022年の安保三文書はその点をかなり真面目に考えて作られていますので、是非ご一読ください。ちなみにウクライナは2014年以降、「自分で自分を守る」ことを真剣にやろうとしたと思います。ただ、そのことをロシアに認識させられなかった。したがって、抑止力の中には、こちらが知っておいて欲しいことを抑止対象に認識させる戦略的コミュニケーションが含まれます。これについても最近、日本語でいくつか本が出ています。
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Q8(ネット経由):欧米からの今程度の継続支援でウクライナが何とか長期的に戦い続けることができたとして、ロシア側はいつまで戦い続けることができるか、あるいはいつ継戦をあきらめざるを得ないか。ロシア厭戦のボトルネックは何であろうか?食料、天然ガス等基本資源が自前なのでこの程度の戦いは半永久的にできるのだろうか。

A8:まず財政がボトルネックになると思います。ロシアの国防費はすでに平時の4倍にもなっており、何年も続けられるものではありません。
第二に、軍需生産にも限界があります。ロシアは昨年、1500両の戦車を配備したと言っていますが、年間の生産能力はどんなに大きく見積もっても500両以上ではありません。現実的には350-400両くらいでしょう。これは戦車自体の生産能力もさることながら、砲身の生産能力の限界でもあります。ロシアといえども戦車・榴弾砲の砲身を量産できる工場は2か所しかありません。
したがって、残る1000-1100両は予備保管されていた旧式戦車を工場でオーバーホールして現役復帰させているわけです。これだけの数のオーバーホールを短期間でできる能力は大したものですが、予備の戦車や装甲車は無限ではありません。ロシア全土に約20か所ある予備兵器保管場の兵器が尽きたらそれまでです。
財政と予備兵器が保つのは、おそらくあと1-2年と見られています。このくらいがロシアの戦争継続の限界だと思っています。

文責:井上 善雄
posted by EVF セミナー at 20:00| セミナー紹介