2024年12月21日

EVFセミナー報告:感染爆発(パンデミック)は必ず起こる、コロナの教訓は生かされているのか !

演題 : 感染爆発(パンデミック)は必ず起こる、コロナの教訓は生かされているのか !
講師: 尾身 茂様
 結核予防会理事長
聴講者数: 52名
・1978年 自治医科大卒業
・1990年 B型肝炎の分子生物学的研究により医学博士を取得
・1999年 その後厚生技官となり、WHO西太平洋地域事務局長としてマニラに赴任
・2009年 自治医科大地域医療学センター教授
・2012年 年金・健康保険福祉施設整理機構理事長
・2013年 世界保健総会会長
・2020年 新型コロナウイルス感染症対策本部新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長
・2022年 結核予防会理事長

講演概要

1.はじめに
コロナは2020年1月に始まった。2月にクローズ船が横浜に停泊し船内で毎日感染者が出て日本中が大騒ぎだった。その頃の韓国ソウルのコロナ対策本部のヘッドクォーターはIT化していた。全く同じ時期の日本の対策本部は、専門家がいても、コンピューターもなくIT化もしていないので、膨大な量を手仕事でしなければならなかった。
2009年にメキシコで発生した新型インフルエンザHINIの総括があった際、PCR検査、医療体制も少なく保健所の機能も弱ってきているということで、国に対して提言書を出したが、政府がその中身をほとんど実行しないまま(仏作って魂入れず)、2020年のコロナへ突入し、近隣諸国に比べ圧倒的に準備不足で始まった。

2.我が国の対策の特徴
・感染症の世界規模での大流行の対応戦略
大別するとA.封じ込め、中国のとった対応に見られる徹底的に封じ込めて感染者をゼロにするケース。B.感染抑制、日本のとった対応に見られる感染者数を抑制し、死亡者数を一定数以下にとどめるケース。C.被害抑制、スウェ−デンのとった対応に見られる感染者数が増えることは許容し、重症者への対応に注力するケース。現在、多くの国では、少しずつC.被害抑制に近づいている。
・パンデミックの初期、我が国の専門家が世界に先駆けて直面した謎
感染が確定した人の接触者を徹底的に調べても、その人たちからほとんど感染者が見つからない。それなのになぜ感染者が急激に広がっているのか
・専門家が考えた仮設、この感染症は、クラスターを形成することで感染拡大。特に感染初期ではクラスターを制御できれば、感染拡大を一定程度制御できるという戦略。
・我が国のクラスター対策(さかのぼり接触者調査)の特徴
・共通の感染源を特定し、その場の濃厚接触者に網羅的な接触者調査を実施。感染者が確認できれば、入院措置等により感染拡大を防止
・3蜜などのクラスターが発生しやすい場の特徴を指摘することが出来、これにより、初期の段階から、市民に対して注意喚起。
・パンデミックの対応戦略
感染者数急増→接触者調査だけでは感染抑制不十分→緊急宣言や、まん延防止等重点措置などを組み合せて、感染者数を一定レベル以下に抑制。

3.我々の対策の評価
3年間のコロナ禍が我が国のGDPに与えたマイナスの影響は、累計では欧米のそれとはほぼ同水準であったが、欧米の先進諸国などと比べると人口100万人当たりの累積死亡者数が最も低水準であった。日本が死亡者数少なかった理由は
・市民の衛生意識が高く、行動変容の要請に多くの一般市民が協力してくれた。
・国民皆保険制度による医療のアクセスが良く、流行初期から感染者を早く探知できた。
・効果的なクラスター対策(日本独自のさかのぼり接触者調査)を実施した。
・保険医療機関関係者の献身的な努力
・政府と自治体の協議・連携が頻繁に行われた。
・緊急事態宣言のように感染者を減らす強い施策と感染者が落ち着いてきたところで、経済活動を再開し、次なる大波に備える施策で対応した。

4.我が国が直面した課題と一部の人々からの疑問
・政府と専門家の関係は適切・明確だったか
専門家のリスク評価とそれに基づく対策案の政府への提言(100以上)を政府が採用したが、採用しない場合もあり、採用しない場合の説明が不十分であった。専門家の意見を聞かないで決定したこともあったが、だれが意思決定しているかわかりにくかった。
・前のめりになった背景は、感染症対策について政府が主導しないのであれば専門家が主導する以外に手立てはなかった。
・我が国の医療制度の在り方が背景で医療のひっ迫が起きた。
・歓楽街や飲食を介しての感染が拡大の原因で家族内感染や院内感染の感染拡大は結果。
・国の強いリーダ−シップで、ワクチンの接種がスピーディーに拡大したが、PCR検査では国の強いリーダ−シップが見られず検査のニーズに追いつかなかった。
・緊急事態宣言が出ていない時でも高齢者の人は結構協力してくれた。緊急事態宣言を出すと若い人でも協力する傾向にあった。
・政府の有識者会議は22年6月に検証報告を取りまとめたが、これだけの複雑な危機の検証としては不十分である。

Q&A
Q1:我が国のコロナ禍の初期の対応は
A1:2012年の新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議報告書では、リスクコミュニケーションの在り方や保健所の機能強化、国と専門家の役割の明確化等、現在問題となっている様々な課題に対する提言がなされている。しかし残念なことに、ほとんどの教訓が活されずに今般のコロナ禍を迎えてしまった。準備不足で、ガイドラインがなく対応を現場の判断に任されていた。政府は20年2月のクルーズ船の対応に追われ、国内感染の対応が遅れた。死者数が増えたが、病床確保など保健、医療体制の構築に時間がかかり、感染者をみる病院も限られ、ワクチンもなく医療の逼迫を招いた。
Q2:コロナ禍とリスク評価についてお聞きしたい。
A2:リスク評価についての必要な情報へのアクセスが難しかった。西浦教授の何も対策を施さなければ、42万人の死亡が予想されるので、少しでもこの数を減らすためにみんなで対策した方が良いていうリスク評価があった。この件に基づき、緊急事態宣言時の記者会見で安倍首相は、専門家の試算では、私たち全員が努力を重ね、人と人との接触機会を最低、極力8割削減できれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少にさせると述べている。リスクコミュニケーションの観点から、毎日の感染者数など断片的情報だけでなく、市民に全体像を理解納得してもらえる説明をする。2つ目は、状況が変化した場合にはその都度可及的速やかに全体像が分かりやすく説明する。
Q3:なぜ日本のワクチン開発、生産が遅れたか
A3:パンデミックが起きた場合、ワクチンの生産を100日間で生産する世界の約束がある。多くの国では、パンデミックを外交、教育、経済にも影響を及ぶ安全保障の一環としてとらえている。国内の製薬会社では、主な投資先は糖尿病薬やがん治療に向け多額の金が使われている。いつ起こるかわからないようなパンデミック用のワクチン開発などは、国主導で政府が一体となって、必要な体制を構築し、長期継続的にとり組む必要がある。
Q4:コロナ禍における専門家会議の組織と医師会、都道府県自治体との関係は
A4:医師会とは立場の違いがあったが、ほとんど同じ認識であった。
都道府県自治体が繰り返したハンマー&ダンス(対策強化と緩和の繰り返し)と保健所を含めた医療従事者の献身的な努力により諸外国の中で死亡者数が最低水準であった。とくに、現場の多くの情報は保健所から得ていた。
Q5:世界中でパンデミックが発生したので、それらの国の膨大なビックデーターをAIで解析などして、まとめられませんか。
A5:可能だと考えるが、しかし日本のIT化は道半ばである。AIで解析となると、医療について知見がない業者に丸投げの形になることが考えられる。いろいろな専門化の疫学情報を共有化することが課題で、それをまとめ上げる強いリーターシップが現れることが必要。
Q6: 今回のようなパンデミックが起きた場合の後継者は、いますか。
A6:今回のように個人ではなく、全国の感染症に強い組織、研究所とのネットワークなどで、システム的に対応するのではないか
Q7: 20代の女性の妊婦さんが心配していたが、今後も発生するのか
A7:新型コロナウイルスも野生動物との接点が原因となった可能性が大いにあり、人間と野生動物の距離が近い環境では、人畜共通感染症が生まれやすい。
講師紹介
・1978年 自治医科大卒業
・1990年 B型肝炎の分子生物学的研究により医学博士を取得
・1999年 その後厚生技官となり、WHO西太平洋地域事務局長としてマニラに赴任
・2009年 自治医科大地域医療学センター教授
・2012年 年金・健康保険福祉施設整理機構理事長
・2013年 世界保健総会会長
・2020年 新型コロナウイルス感染症対策本部新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長
・2022年 結核予防会理事長
文責:立花賢一

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