2025年03月27日

EVFセミナー報告:航空燃料の脱炭素化ーSAFは打ち出の小槌になるか!

演題:「航空燃料の脱炭素化ーSAF*は打ち出の小槌になるか!」 
講師:植村 文香様
日揮ホールディングス(株)サステナビリティ協創ユニットSAF事業アシスタントマネージャー
*SAF:持続可能な航空燃料

聴講者数:41名
講師紹介:
2017年4月旧日揮株式会社入社
2017年9月オーストラリア/LNGプラント建設現場
2018年4月国内石炭ガス化プラント設計
2019年4月タイ/化学プラント設計
2019年12月〜SAF製造事業検討
2023年2月〜合同会社SAFFAIRE SKY ENERGY 兼務出向

講演概要
1.会社概要(日揮ホールディングス):
1928年設立、現在/従業員数8,865名、グループ企業数87社。2019年に社名を現・日揮ホールディングに変更。プロジェクト実績は、80か国、20,000件以上。注力する領域は、CO₂マネジメント/資源循環/バイオ/DXカーボンクレジット認証。講師在籍の「廃食用油 SAF」プロジェクト」は、現在急拡大中。
2.SAF(Sustainable Aviation Fuel)について:
化石燃料以外を原料とする持続可能な航空燃料であり、従来の航空燃料と比べてライフサイクルでCO₂排出量を大幅に削減。「中大型の航空機」にはSAFが不可欠。
大幅なCO₂削減には他に代替がなく、世界でのSAFの需要は拡大が予測され、今年は、「SAF元年」と位置付けられている。EUでは2025年よりSAFの供給義務化がスタートし、日本でも2030年に国内SAF10%供給の目標を設定。2022年時点での世界のSAFの需給ギャップは非常に大きく、製造プロジェクトは欧米企業が先行しており、製造効率の良い「廃食用油」などの油脂原料が主流。
2022年10月の第41回ICAO総会で、2025年までの取組について「オフセット量算定の基準となるベースラインを2019年CO₂排出量の85%に変更」すること等を決定。この見直しを踏まえ、国内のSAFの需給量のすり合わせが必要。
国内SAF製造に向けた取り組みとして、ENEOS/コスモ石油/出光興産/富士石油/太陽石油があげられるが、既に投資決定、設備建設しているのは、日揮ホールディングス/コスモ石油/レボインターナショナルの事業のみ。
SAFの原料として「廃食用油」は、製造プロセス/上流工程の処理工数が少なく有利、又他の原料に比べCO₂削減効果は大きい。
SAFの製造技術には色々あるが、HEFA(廃食用油から)が2025年まではベースの製造技術、加えてATJ(バイオエタノールから)。2050年に向けては合成燃料が増加すると予測される。
3.日揮グループが取り組む廃食用油を原料とするSAF製造事業について:
日揮HD(48%)、コスモ石油(48%)、レボインターナショナル(4%)により、2022年11月に国産SAFの製造会社「SAFFAIRE SKY ENERGY」が設立。日揮グループは、主に全体サプライチェーン構築とSAF製造装置建設を担当。
4.原料廃食用油の回収について:
原料は、全国の飲食店舗からの廃食用油のみを使用。廃食用油は、堺市のSAF製造設備の原料集積所に集められる。原料油脂から、水素化精製プロセスにより、SAF、バイオナフサなどが精製される。
NEAT SAF(100%バイオマス由来)は、50%以上を従来ジェット燃料と混合して製品化(混合SAF)。混合SAFは、堺製油所から日本の国際空港へ出荷され、その際、GHG排出削減カウントの為のCORSIA適格燃料の国際認証が必要となる。
国内の廃食用油(50万トン)の課題は、家庭系(10万トン)の「再利用」と、事業系(40万トン)の内、海外輸出(12万トン)などの「国内資源循環」。その為にサプライチェーン全体の連携によりトレーサビリティの確保が必要。廃食用油は、空港・商業施設・百貨店・外食関連企業などとの連携で回収。
資源循環による脱炭素化社会の実現を目指す「FRY to FLY Project」には、本日時点で211団体が加盟。
<よく準備された、大変理解しやすい、素晴らしい内容のセミナーでした。>
Q&A:
Q1)日本の10%目標とSAF50%混合は、製造量と熱効率からのものか?
A1)SAFは、熱効率などの品質上は従来の燃料とほぼ同じ。規格も新しく先ず50%に。現在、SAF100%に向けての実証実験も行われている。10%目標は、製造量からではなく、2050年のカーボンネットゼロに向けての取り組みから。一方、廃食用油の供給量には上限があり、2050年に向けてSAFの他の製造方法も含め積み上げて行く必要がある。
Q2)日本の将来の需要に対して、現在の堺の製造量はどれくらいか?
A2)現在の国内の年間廃食用油は50万トンで、そのうちの海外輸出12万トンと家庭系10万トンの合計が、22万トン。2030年の供給予測が172万トンなので、全く足りない。アルコール、ゴミなどからの他の製法が必要。現在の堺の製造会社は3万キロで22万キロと比べ全く足りない。しかし、原料の収集には苦労しているのが現状。この問題が解決できれば、将来2号機、3号機も考えられる。
Q3)水素化精製プロセスの水素はグリーンなのかブルーなのか?将来的には?また、LCA上はどの程度、進んでいるのか?
A3)現状の水素は、既設のコスモ・堺プラントからで、石油由来。今後グリーン化に。ICAOの計算式があり、それを基に計算すると、廃食用油の84%がCO₂削減、13.9%がCO₂排出量となり、その13.9%のほとんどが水素。これがグリーン化されれば、90%のCO₂削減となる。
Q4)日本全体の食用油の生産量はどれくらいか?廃食用油収集の回収率を知りたい。
A4)業界の数字は、示されていない。人口減により油の需要も落ちているし、各社の現場では濾過機等により油の使用を減らす努力もされている。
Q5)@SAFのコストは?Aパーム油はSAFの原料になりうるか?B排出権は、誰がクレジットを得るのか?CNEAT SAFは、航空燃料の△47℃をクリアできるのか?
A5)@SAFは収集コストなどもかかり、JET燃料のおおよそ3〜5倍のコスト。SAF採用の背景には、航空各社の脱炭素の認識がある。Aパームとアンモニアだが、アンモニアは他のものに使えるのでわざわざSAFには。廃パーム油は使える。常温での液体油の回収が多く行われており、固化のパーム油のハンドリングは少し難しいが、品質的には問題はない。B排出権は航空会社が。コストとしては、排出権取引の方が安いが、航空各社の姿勢の表れ。C出来る。正しく△47℃のスペックミートの試運転をしているところ。
Q6)天麩羅油は植物由来で吸収して燃やすから、SAFがカーボンフリーと理解しているが・・・。
A6)その通り。今まで石油を掘り起こしてジェット燃料を作っていたけれど、植物由来に変えることにより、新たにカーボンを地上に掘り起こさなくなる。これはLife Cycleで考えている。
Q7)@10数年前に、京都のバスで、軽油の代わりにバイオディーゼルを、と聞いた事があるが、その後どれくらい進んでいるのか、そしてSAFとの取り合いにならないのか?A廃食用油の値段について。
A7)@京都市も含め各自治体で結構やられているが、採算があわない、エンジンがおかしくなる場合があり、又臭いなどから、止めているところもあり、日本のバイオディーゼルの需要は少ない。今のところは、SAFとの競合にはなっていない。A買い取り価格は、基本的には各社(店舗)に損の無いように決めさせてもらっている。
文責:三嶋 明
posted by EVF セミナー at 16:00| セミナー紹介

2025年02月27日

EVFセミナー報告:2025年の新世界 〜 大統領選挙の次に来るものは何か!

演題:2025年の新世界 〜 大統領選挙の次に来るものは何か!
講師:林 良造 様 
武蔵野大学国際総合研究所 フェロー
聴講者数:41名

講師紹介

1970年 京都大学法学部卒業、通商産業省 入省
1976年 ハーバード大学ロースクールLL.M.
1991年 ハーバード大学ケネディスクール フェロー
2001年 経済産業省 官房長、経済産業政策局長

帝人 独立社外監査役、伊藤忠商事 独立社外監査役、シティバンク銀行 社外取締役、経営競争基盤 経営諮問委員、コア 独立社外取締役、Robert Bosch GmbH International Advisory Board Member、東京大学公共政策大学院 教授、機械振興協会経済研究所所長 などを歴任

講演要旨

1)トランプ政権の素早いACTION
--トランプ劇場は思ったより早く始まり、テンポが速くかつ中身の詰まった大統領令が発せられている。二期目になるのでバイデン政権時によく自分の政策を考えていた形跡が見られる。
--ガザ戦争もネタニヤフ首相と手際よく処理した。
--ウクライナ戦争も3年間進まなかった戦争終結に向けた全く違う動きがみられる。
2)大統領選挙結果
--先進国の国々では与党が大敗している。その背景としては移民流入やウクライナ戦争による経済悪化など格差が拡大し、それが急激な変化として国民に不公平な感情を抱かせたことがある。
--経験、国力からも今やトランプの独壇場。トランプ大統領が欧州を動かしている。
3)Eurasia Group
--Eurasia Groupによる10のリスクの中で取り上げられている多くはトランプ関連。G7G20などの世界統治機構が機能不全を起こしており、その実効性が問われている。武力紛争解決ができず、貿易戦争も片付かない。
--1971年から機能不全を起こしており、今まではきれいごとに走りすぎていた。アメリカには やりすぎ感と不公平感が渦巻いている。
--今まではハードパワーの共和党とソフトパワーの民主党の両輪できたが。
4)政権の骨格
--トランプに忠誠を誓うスキのない政権骨格 
--タブーであった軍トップを交代させた。
--トランプから見たイーロンマスクは利用価値が高い段階。マスクの行動に閣僚との軋轢なども予想されるが当面はトランプのマスク支持は強固。
5)トランプ政権の主要目標
--ウクライナは欧州が中心となり処理。欧州の防衛費を拡大させる。そしてイスラエルとアラブ(エジプト)の処理を終わらせる。しかる後に中国と対峙する。これがトランプが本当にやりたいこと。
--多くの首脳は新しいが、トランプは2期目なので交渉はトランプ有利。
6)Trump Style 傾向と対策
--力の信奉による戦争回避
--関税攻勢とトップ外交 コロンビア、カナダ、メキシコ、中国等
--目指すところはハードバワーとソフトバランスのリバランス
7)米中関係他
--経済力は米優位だが、東アジアの軍事力は中国優勢
--トランプの任期2027年(残り2年はレームダックか)習近平任期2028年
--今後はアジア太平洋が新秩序作りの主戦場になる
8)石破政権の政権運営他
--保守派が嫌だという岸田さんの押しで石破政権が誕生した。
--派閥そして政策決定のへそががなくなって例えば夫婦別姓などのコンセンサス作りは困難に。
--安倍さんの時代に比べて官邸の影響力は減っている。
--安倍政権で積み残した岩盤規制は農業と医療。
--今後の産業政策で一番むつかしいのは自動車。電子・電機。自動車構造変化が多面で起きている。燃料、自動運転、AIなど世界的に合従連合が進んでいる。 それらの情報量が増大化、スピードが速い。
どういう風にのりきれるかが最大の産業課題。
--課題:縦割りを壊して横串を通していくことにより産業・経済を強化すること。ハードバワーとソフトバランスのリバランスをとっていくこと。
                           
以下質疑応答

質問1:政治・外交も含め日本をいかに富ませるか?日本がなし崩し的におとなしい国になっていくのか心配。
回答1 ゆでガエルの状態に多くの人が慣れてきている。この数年の間にそれなりに変わってきているが、うまくオーケストレーションできるかが課題。いろんな場面で新しい芽も育ちつつある。 
質問2:政府のエネルギー政策に疑問。どうすれば日本が変われるのか?
回答2:エネルギーの自給、経済性などの理由で原子力が基本にならざるを得ない。やっと出発点に戻った。データセンターやAIなどで電源供給安定性が重要なので原子力、再エネ、LNGなどが手段となるであろう。農業、医療及びエネルギー政策が硬直化している。政策決定には自民党、審議会、業界代表、与党全部がそろっていく必要があり硬直化している。今後日本でも農業、医療及びエネルギーのニッチな領域で技術ブレークスルーを進化させ広がりを始まることを期待している。
質問3:エネルギー関連仕事をしている。インドで分散型エネルギー経済産業省FS受注した。JCMに関連するFSでは国家間契約が前提なので契約の日程など教えて下さい。
回答3:インドは大きな国で一本化が難しい。
質問4:米国にとって日本を本気で守る気があるのだろうか?
回答4:日本はアメリカにとって今は価値が高い状態。中国がアメリカにとって一番大きな脅威。アジアの国の中で日本が安心して付き合うことができる。韓国は難しいし北朝鮮問題を抱えている。しかし20年後ぐらい中国、朝鮮半島問題が収まったら日本の立ち位置は変わるだろう。状況が変わっていっても日本を防御する。そう意味でも日本が持っている製造力、技術力や金融力などが必要なんだと思わせるものが必要である。
質問5:トランプが大統領令で政策をすすめている。憲法との関係はどう考えればよいのでしょうか?
回答5:アメリカでは大統領、議員ともに国民から直接選ばれている。行政庁は議会が決めたことを与えられた予算内で大統領令に従い執行する。現在大統領も議会も共和党。連邦最高裁判所も判事9名中6名が保守派。州と連邦間で多くの問題が発生するが憲法で細かく役割が規定され三権分立の下連邦最高裁で解決される。様々な案件を多数決で決める制度である。その結果は極端に振れるが、それを制限しているのがこの”Check &Balance“のシステムである。日本ではコンセンサスを得るように論議するので時間がかかり大きな変化ができないが極端な結果に結びつかない面でもある。
文責:藤木憲夫

講演資料:2025年の新世界

posted by EVF セミナー at 16:00| セミナー紹介

2025年01月29日

EVFセミナー報告:アンモニアが脱炭素に果たす役割と課題

演題:アンモニアが脱炭素に果たす役割と課題
講師:村木 茂  様
 一般社団法人クリーン燃料アンモニア協会 会長

聴講者数:48名

講師紹介
1972年: 東京大学工学部卒業
1972年: 東京ガス株式会社入社
1989年: ニューヨーク事務所所長、米国駐在
2000年: 原料部長
2002年: 執行役員 
2004年: 常務執行役員R&D本部長
2007年: 常務執行役員エネルギーソリューション本部長
2010年: 代表取締役副社長執行役員
2014年: 取締役副会長
2015年: 常勤顧問
2022年: 一般社団法人クリーン燃料アンモニア協会(旧グリーンアンモニアコンソーシアム)会長

講演概要

 化石燃料由来のブルー水素、再生可能エネルギー由来のグリーン水素を海外から日本へ輸送するエネルギーキャリアとしてのアンモニアが、貯蔵を含めて他の水素輸送よりも経済的。液化水素、有機ハイドライド(メチルシクロヘキサン)での海上輸送の取り組みもあるが、陸揚げ後に気化、脱水素のプロセスが必要なのに対して、アンモニアは海上輸送後、燃焼のプロセスに直接利用できる。2024年10月23日施行の水素社会推進法により、GX経済移行債により約7兆円が水素等への支援、その内数として、国内製造及び輸入のクリーン水素に対して、既存燃料との価格差に対して「値差支援」を総額3兆円を15年間支援(2千億円/年)営業費用の支援は異例、但し、適用条件が厳格。ハブ・アンド・スポークで国内各地への供給網を効率的に配置する拠点整備支援に1兆円の投資支援

アンモニアの役割;
 アンモニアは肥料で製造・貯蔵・輸送の技術が存在。水素を運ぶ・貯蔵するにはアンモニアが最適。燃焼してもゼロエミッション。発電、船舶推進、工業炉での利用が先行。

利用技術:
 石炭火力発電でのアンモニア混焼(20%)はJERAで実証済み、50ー60%の混焼になる見込み。アンモニア専焼とすると排ガス量が増大し、煙道の改造が必要になる。アンモニア燃料コンバインドサイクル(ACC)のガスタービン(GT)火力発電(効率60%)が本命だが、大型は未完成。小型GTは変動出力に対応可能、大型GTはベースロード向け。

海外アンモニアの輸入元:
 天然ガス由来のブルーは、米国、カナダ、中東、オーストラリアから。再生エネ由来のグリーンは、インド、チリ、オーストラリア、中東から。

アンモニア製造法:
 ハーバー・ボッシュ法+水蒸気改質。75%のCO2回収率を更に高めるとコスト上昇。今後の技術としてのATR(自己熱改質)では空気から窒素を分離する(ATU)が消費する電力の脱炭素が課題。

アンモニア受け入れの国内受け入れ施設:
 6箇所のハブ:苫小牧、相馬、常陸那珂および鹿島、碧南、泉北(大阪)、山口周南および愛媛波方。受入規模:300万トン/2030年、3000万トン/2050年

ロードマップ:
 インフレにより製造コストが上昇しているため値差支援が増大。第7次エネルギー基本計画に対して2050年に3000万トンとしていた計画を10年前倒しして2040年に達成するとの計画を提出。

(注)当日の質疑に関しましては、EVFホームページに掲載しておりますので、ご参照ください。
https://www.evfjp.org/

主な質疑応答

Q1:アンモニアの経済性は?
A1:ブルーアンモニアで天然ガスの約2倍強、グリーンアンモニアで3倍位、1万円を超えるカーボンプライシング(炭素税)が必要
Q2:輸入の天然ガスに1万円以上のカーボンプライシングを課税し、アンモニアと同等の価格になる?
A2:そうです。
Q3:海外からの水素のままで輸送するケースはない?
A3:液化水素は高コストで無理、水素は2,000kmの範囲までパイプラインで輸送、それ以上の距離では採算が合わない。液化水素、高圧水素での輸入極めて難しい。
Q4:経産省が設定した20円/Nm3は、発熱量ベースで天然ガスの2倍程度?
A4:天然ガスの1.2−1.3倍程度。この20円の水素でコンバインドガスサイクルで発電すると12円/kWhで発電できる。
Q5:航空機のエンジンでのアンモニア利用の可能性?
A5:できるが、アンモニアが漏れる場合を想定する必要があり、航空機のエンジンなどでの利用はアンモニアの毒性の観点から、一般人が利用する場所での使用はやめた方が良い。熱量あたりの体積が大きく航続距離も短縮。
Q6:鉄鋼産業でのアンモニア利用が他の産業よりも遅い理由?
A6:国内で水素(アンモニア)還元製鉄はコストで難しい、20円でなく8.5円/Nm3でないと採算が合わない。鉄鉱石の産地で脱炭素燃料が安い海外で、粗鋼を製造、国内で電炉で製品に仕上げるのが経済的。石油化学も日本での経済合理性があるか分からない。
Q7:アンモニアから水素を取りだし水素で混焼させるのは?
A7:水素源として可能性は大きいが、10%のエネルギーロス。
Q8:原子力で製造する水素を利用?
A8:原子力で水素を製造する技術は実用化までの時間が必要。
Q9:エネルギーを自給自足するために、国内生産のグリーン水素と大気中の窒素でアンモニアを製造できないか?
A9:国内の再エネコストが高価。浮体式洋上風力を推進しているが、EEZでの浮体式は需要地から離れている。海底の直流送電も良いが、LNG,LPGの既存技術を利用し、浮体式アンモニア製造設備でアンモニアを製造し運ぶ方法は検討の余地があり。
Q10:アンモニアがどれ位使われるかの見通し?
A10:300万トン/2030年で発電量の0.8%、2050年に水素及びアンモニアで10%、2040年に発電で4−5%、産業で1−2%
Q11:MITがADDIS Energy社が鉱山からアンモニアを採掘(製造?)するニュースがあった。
A11:存じませんでした。地中に水素は存在するが、アンモニアは?
Q12:製造プロセスでエネルギーロスがあるがエネルギー収支は?。
A12:アンモニア製造で25%のエネルギーロス。LNGで10%の液化ロス、アンモニアの液体輸送に比べると、シクロヘキサン輸送だと脱水素を含め50-60%のロスなのでアンモニアが勝る。これまでのアンモニアは長期契約はなく、オープンマーケットで取引されてきたのが、長期契約で大規模な供給設備形成をすると、市場価格が低下する可能性はある。
文責:松本泰郎

講演資料:アンモニアが脱炭素で果たす役割と課題
posted by EVF セミナー at 14:00| セミナー紹介

2024年12月21日

EVFセミナー報告:感染爆発(パンデミック)は必ず起こる、コロナの教訓は生かされているのか !

演題 : 感染爆発(パンデミック)は必ず起こる、コロナの教訓は生かされているのか !
講師: 尾身 茂様
 結核予防会理事長
聴講者数: 52名
・1978年 自治医科大卒業
・1990年 B型肝炎の分子生物学的研究により医学博士を取得
・1999年 その後厚生技官となり、WHO西太平洋地域事務局長としてマニラに赴任
・2009年 自治医科大地域医療学センター教授
・2012年 年金・健康保険福祉施設整理機構理事長
・2013年 世界保健総会会長
・2020年 新型コロナウイルス感染症対策本部新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長
・2022年 結核予防会理事長

講演概要

1.はじめに
コロナは2020年1月に始まった。2月にクローズ船が横浜に停泊し船内で毎日感染者が出て日本中が大騒ぎだった。その頃の韓国ソウルのコロナ対策本部のヘッドクォーターはIT化していた。全く同じ時期の日本の対策本部は、専門家がいても、コンピューターもなくIT化もしていないので、膨大な量を手仕事でしなければならなかった。
2009年にメキシコで発生した新型インフルエンザHINIの総括があった際、PCR検査、医療体制も少なく保健所の機能も弱ってきているということで、国に対して提言書を出したが、政府がその中身をほとんど実行しないまま(仏作って魂入れず)、2020年のコロナへ突入し、近隣諸国に比べ圧倒的に準備不足で始まった。

2.我が国の対策の特徴
・感染症の世界規模での大流行の対応戦略
大別するとA.封じ込め、中国のとった対応に見られる徹底的に封じ込めて感染者をゼロにするケース。B.感染抑制、日本のとった対応に見られる感染者数を抑制し、死亡者数を一定数以下にとどめるケース。C.被害抑制、スウェ−デンのとった対応に見られる感染者数が増えることは許容し、重症者への対応に注力するケース。現在、多くの国では、少しずつC.被害抑制に近づいている。
・パンデミックの初期、我が国の専門家が世界に先駆けて直面した謎
感染が確定した人の接触者を徹底的に調べても、その人たちからほとんど感染者が見つからない。それなのになぜ感染者が急激に広がっているのか
・専門家が考えた仮設、この感染症は、クラスターを形成することで感染拡大。特に感染初期ではクラスターを制御できれば、感染拡大を一定程度制御できるという戦略。
・我が国のクラスター対策(さかのぼり接触者調査)の特徴
・共通の感染源を特定し、その場の濃厚接触者に網羅的な接触者調査を実施。感染者が確認できれば、入院措置等により感染拡大を防止
・3蜜などのクラスターが発生しやすい場の特徴を指摘することが出来、これにより、初期の段階から、市民に対して注意喚起。
・パンデミックの対応戦略
感染者数急増→接触者調査だけでは感染抑制不十分→緊急宣言や、まん延防止等重点措置などを組み合せて、感染者数を一定レベル以下に抑制。

3.我々の対策の評価
3年間のコロナ禍が我が国のGDPに与えたマイナスの影響は、累計では欧米のそれとはほぼ同水準であったが、欧米の先進諸国などと比べると人口100万人当たりの累積死亡者数が最も低水準であった。日本が死亡者数少なかった理由は
・市民の衛生意識が高く、行動変容の要請に多くの一般市民が協力してくれた。
・国民皆保険制度による医療のアクセスが良く、流行初期から感染者を早く探知できた。
・効果的なクラスター対策(日本独自のさかのぼり接触者調査)を実施した。
・保険医療機関関係者の献身的な努力
・政府と自治体の協議・連携が頻繁に行われた。
・緊急事態宣言のように感染者を減らす強い施策と感染者が落ち着いてきたところで、経済活動を再開し、次なる大波に備える施策で対応した。

4.我が国が直面した課題と一部の人々からの疑問
・政府と専門家の関係は適切・明確だったか
専門家のリスク評価とそれに基づく対策案の政府への提言(100以上)を政府が採用したが、採用しない場合もあり、採用しない場合の説明が不十分であった。専門家の意見を聞かないで決定したこともあったが、だれが意思決定しているかわかりにくかった。
・前のめりになった背景は、感染症対策について政府が主導しないのであれば専門家が主導する以外に手立てはなかった。
・我が国の医療制度の在り方が背景で医療のひっ迫が起きた。
・歓楽街や飲食を介しての感染が拡大の原因で家族内感染や院内感染の感染拡大は結果。
・国の強いリーダ−シップで、ワクチンの接種がスピーディーに拡大したが、PCR検査では国の強いリーダ−シップが見られず検査のニーズに追いつかなかった。
・緊急事態宣言が出ていない時でも高齢者の人は結構協力してくれた。緊急事態宣言を出すと若い人でも協力する傾向にあった。
・政府の有識者会議は22年6月に検証報告を取りまとめたが、これだけの複雑な危機の検証としては不十分である。

Q&A
Q1:我が国のコロナ禍の初期の対応は
A1:2012年の新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議報告書では、リスクコミュニケーションの在り方や保健所の機能強化、国と専門家の役割の明確化等、現在問題となっている様々な課題に対する提言がなされている。しかし残念なことに、ほとんどの教訓が活されずに今般のコロナ禍を迎えてしまった。準備不足で、ガイドラインがなく対応を現場の判断に任されていた。政府は20年2月のクルーズ船の対応に追われ、国内感染の対応が遅れた。死者数が増えたが、病床確保など保健、医療体制の構築に時間がかかり、感染者をみる病院も限られ、ワクチンもなく医療の逼迫を招いた。
Q2:コロナ禍とリスク評価についてお聞きしたい。
A2:リスク評価についての必要な情報へのアクセスが難しかった。西浦教授の何も対策を施さなければ、42万人の死亡が予想されるので、少しでもこの数を減らすためにみんなで対策した方が良いていうリスク評価があった。この件に基づき、緊急事態宣言時の記者会見で安倍首相は、専門家の試算では、私たち全員が努力を重ね、人と人との接触機会を最低、極力8割削減できれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少にさせると述べている。リスクコミュニケーションの観点から、毎日の感染者数など断片的情報だけでなく、市民に全体像を理解納得してもらえる説明をする。2つ目は、状況が変化した場合にはその都度可及的速やかに全体像が分かりやすく説明する。
Q3:なぜ日本のワクチン開発、生産が遅れたか
A3:パンデミックが起きた場合、ワクチンの生産を100日間で生産する世界の約束がある。多くの国では、パンデミックを外交、教育、経済にも影響を及ぶ安全保障の一環としてとらえている。国内の製薬会社では、主な投資先は糖尿病薬やがん治療に向け多額の金が使われている。いつ起こるかわからないようなパンデミック用のワクチン開発などは、国主導で政府が一体となって、必要な体制を構築し、長期継続的にとり組む必要がある。
Q4:コロナ禍における専門家会議の組織と医師会、都道府県自治体との関係は
A4:医師会とは立場の違いがあったが、ほとんど同じ認識であった。
都道府県自治体が繰り返したハンマー&ダンス(対策強化と緩和の繰り返し)と保健所を含めた医療従事者の献身的な努力により諸外国の中で死亡者数が最低水準であった。とくに、現場の多くの情報は保健所から得ていた。
Q5:世界中でパンデミックが発生したので、それらの国の膨大なビックデーターをAIで解析などして、まとめられませんか。
A5:可能だと考えるが、しかし日本のIT化は道半ばである。AIで解析となると、医療について知見がない業者に丸投げの形になることが考えられる。いろいろな専門化の疫学情報を共有化することが課題で、それをまとめ上げる強いリーターシップが現れることが必要。
Q6: 今回のようなパンデミックが起きた場合の後継者は、いますか。
A6:今回のように個人ではなく、全国の感染症に強い組織、研究所とのネットワークなどで、システム的に対応するのではないか
Q7: 20代の女性の妊婦さんが心配していたが、今後も発生するのか
A7:新型コロナウイルスも野生動物との接点が原因となった可能性が大いにあり、人間と野生動物の距離が近い環境では、人畜共通感染症が生まれやすい。
講師紹介
・1978年 自治医科大卒業
・1990年 B型肝炎の分子生物学的研究により医学博士を取得
・1999年 その後厚生技官となり、WHO西太平洋地域事務局長としてマニラに赴任
・2009年 自治医科大地域医療学センター教授
・2012年 年金・健康保険福祉施設整理機構理事長
・2013年 世界保健総会会長
・2020年 新型コロナウイルス感染症対策本部新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長
・2022年 結核予防会理事長
文責:立花賢一

posted by EVF セミナー at 15:00| セミナー紹介

2024年12月15日

EVFセミナー報告:2050年カーボンニュートラルに向けた日本風力発電協会の取り組み

演題 :2050年カーボンニュートラルに向けた日本風力発電協会の取り組み
講師:秋吉 優 様
(あきよし まさる)
株式会社ユーラスエナジーホールディングス代表取締役 一般社団法人日本風力発電協会代表理事
聴講者数:47名

講師略歴:
1983年3月 同志社大学 法学部法律学科卒業
1983年4月 株式会社トーメン入社
1999年4月 株式会社トーメンパワージャパン札幌支店長
2005年7月 株式会社 ユーラスジャパン事業開発第一部長
2011年4月 株式会社 ユーラスエナジーホールディングス アジア大洋州事業部長
2023年4月 同社 代表取締役副社長執行役員(現在)
2022年6月 一般社団法人日本風力発電協会 副代表理事
2024年2月 同代表理事(現在)

補足のご説明:中村 成人様(なかむら しげひと)一般社団法人日本発電協会専務理事

概要報告:

日本企業における風力発電事業の嚆矢は、ユーラスエナジー社による1987年米国事業である。冒頭 同社出身の講師から世界や日本の再生エネルギーに関する価値・意義や同社の立ち位置について紹介があり、続いて技術的側面とは少し角度を変えた制度設計的な面についての説明があった。EVFは洋上風力発電推しであり、第七次エネルギー基本計画に対しご意見箱に投稿もしており、特に実装時制度面について大変良い勉強になり活発な質疑応答もなされた。日本風力発電協会(JWPA)の取り組みは風力発電の主力電源化であるが、その前提として日本のエネルギー自給率が13%(2021年度)、OECD38ヶ国中37位と危機的状況にあり、化石燃料輸入による多額の国富流出があることを確認した。その状況において現在政府は再エネ主力電源化を含めた政策立案の山場に来ており、これを踏まえJWPAは技術要件に加え、市場開拓,認証・標準化,工程表(グランドデザイン)、地元協調、教育など事業全般について産官学民の横串を通し全体最適化に取り組んでいる。 また目標とする一次エネルギー供給量については各種審議会などで共有化された想定電力需要を踏まえて、全電力需要の1/3(設備容量換算で140GW/2050年)を風力発電が担うことを提言。また政府の脱炭素社会実現に向けた重要戦略は「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略(2021.6.18)」、「地球温暖化対策計画(2021.10.22)」、「GX・グリーントランスフォーメーション実現に向けた基本方針(2022.12.22)」、「第七次エネルギー基本計画(現在議論・検討中)」の4つである。講演最後の質問「風力発電における問題ワースト1を教えて欲しい」に対しては,1点に絞るのは難しいが1.風車認証期間短縮の加速化(太陽光発電は認証不要)  2,系統拡充による連系容量の確保(現在工程表に基づき進行中ではあるが),の2点と考える、との回答があった。 
以下に質疑応答を紹介する。
Q1,地元メリットがいる.地元供給電気代無料はどうか?ストロー現象(利益が東京に吸い取られる)問題を必ず地元住民が意識すると思うので。
A1, その通りでやるべきである。適価で提供することで進めている。そういう時代である。
Q2, EEZは遠い沖合から送電するため設備の準備に時間がかかる。グランドデザイン(工程表)が必要ではないか?
A2,イエスである。また付け加えると洋上ウインドファームはそこに1ヶ所の変電所を設け一本の束にして高圧直流(HVDC)線などで陸上系統に接続する場合が多いが、その送電線を政府資金で進めるセントラル方式を要望している。
Q3,人材については自動車整備士のような国家資格がいるのではないか?
A3, 資格については経産省安全電力課が担当となるが、JWPAも教育機関や自治体とも連携して現在模索中。JWPAでは、発電・建設事業者などを対象として座学・実技からなる洋上風力メンテナンス用の資格試験のたたき台を準備中で、2024年度中に試行版初回を実施予定である。地元学校とも連携をしていく。また、日本財団の助成金も頂いている。
Q4,落雷に関して、メンテナンス要員の安全対策は?
A4,日本海側での冬季の落雷が厄介であり、回転中のブレードに落雷し損傷すると破片が飛び散り大変危険。 600クーロンまでならOKであるもののこれを越える場合の統一方針はまだ決まっていない。しかし回避策はあり例えば、落雷接近データを見て風車を止めるなど。
Q5,EVFでは化石燃料から再エネへの電力変換のロードマップを描こうとしている。その背景での質問だが大規模風力の場合10万kW/515億円(≈政府目標5億円/MW)と言われているが、何基分か?
A5, 一基1万から1万5千kWなので8基分程度と考える。
Q6,投資回収期間は?
A6,入札から運用開始まで6年程度である。
Q7, 江戸幕府の終焉を勉強している。幕府軍が先に近代化しそうに見えたので、薩長が焦り、急いで戦いに持ち込んで江戸幕府を潰したというのが真相に近いのだが、その薩長のような気迫、passion(熱情)、やる気などが、今の霞が関・政府にあるのでしょうか?
A7,極めて真剣である。課題はあるものの業界やJWPAの意見も聞きながら最重要課題として熱心に取り組んでいる。
Q8,日本の人口は6千万人程度まで減少するという説もあるが、そうなった時のエネルギーの需給関係はどう見通せるのでしょうか?
A8,人口減少はあるが電気自動車やデータセンターなどで電力需要は増えるという意見もありはっきりとは読めていないと思う。
Q9,イギリスのクラスターは八つあり総合的な取り組みをしている。太陽光発電、系統連系、余剰電力による水の電気分解と水素貯蔵、そしてガスパイプライン。日本はこのようなことを構想しているのか? 
A9, グリーン水素には積極的に取り組んでいる。 単価が高くなるので値差(ねさ,価格差)支援制度に少なくない予算が付き、まもなく入札が始まる。JWPAもグリーン水素は価値が高く今後増えていき燃料転換が起きると考えている。
Q9,風車は交流か直流か? 昔(1980~90年代)カリフォルニアのパームスプリングスで大規模風車群を見て疑問に思ったが電力調整はできるのか?
A9,発電機はすべて交流。最近は磁石を用いた高効率発電機もあり電気回路(直交変換)もいくつかのタイプがあるが、風車群単位で周波数や力率を厳密に調整して電力調整を行っている。ご指摘の風車群は30年近い昔のもので発電量が小さく、不調があっても大きな社会問題にはなっていなかったと思う。
Q10,電力需要の1/3を風力発電で担う目標だが前提の全需が大変重要である。どこでどのように誰が決めているのか? 
A10, 詳しくは即答できないが各種審議会で予測値が報告されている。それらに基づき風力発電協会の目標を定めた。またJWPA独自の試算からも妥当性を確認した。Wind Vision2023に根拠を含め詳述してあるので是非ご確認いただきたい。
Q11, EVFは風力推しであり第七次エネルギー基本計画のエネ庁ご意見箱にも投稿した。質問は化石燃料代年間30兆円を再エネ作りに回せないのか?
A11,難しい問題で政府は原発と再エネの二本立て実現が必要として整理していると考えている。
Q12. 風力発電における問題ワースト1を教えて欲しい。
A12,1点に絞るのは難しいが1.風車認証期間短縮の加速化(太陽光発電は認証不要)  2,系統拡充による連系容量の確保(現在工程表に基づき進行中ではあるが)の2点と考える。補足すると現在日本には風車メーカーがない。認証に関して海外勢は嫌がっており。一方で洋上風力入札で先行した東芝はGEの主部品のサプライヤに留まっている状況であり、撤退した三菱重工・日立製作所日本製鋼所などが認証の迅速化と共に復帰してもらえればJWPAとしてもこれほど嬉しいことはない。

文責:寺本正彦
講演資料:2050年カーボンニュートラル実現に向けた日本風力発電協会の取り組み
posted by EVF セミナー at 00:00| セミナー紹介

2024年10月18日

EVFセミナー200回記念 特別講演 報告:小泉悠が語る隣国ロシア・北朝鮮・中国と我が国の付き合い方

演  題:小泉悠が語る隣国ロシア・北朝鮮・中国と我が国の付き合い方
講  師:小泉 悠様
東京大学先端技術研究センター准教授 
日  時:2024年10月18日(金)14:00〜16:00
場  所:新宿区NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:104名

講師紹介:
2007年 3月 早稲田大学大学院政治学研究科 修士課程修了
2008年 2月 公益財団法人未来工学研究所 特別研究員
2009年 1月 外務省情報統括官組織 専門分析員
2009年12月 世界経済国際関係研究所 客員研究員
2011年 4月 国立国会図書館 非常勤調査員
2019年 3月 東京大学先端科学技術研究センター 特任助教
2022年 1月 東京大学先端科学技術研究センター 講師
2023年12月 東京大学先端科学技術研究センター 准教授
koixumi.jpg

【講演概要】
■なぜ「地政学」なのか:大陸系地政学と海洋系地政学
・地政学は、19世紀にスウェーデンとかドイツで生まれてきた考え方。問題は、侵略の正当化イデオロギーになっていったこと。ヘーゲルの国家有機体説と結びつき、「国家とは生き物であり、生き物には栄養が必要。ある国にとって必要な栄養は地理的に見てどこからどこまでの範囲なのか。」という議論に移った。
・大陸で生まれた地政学(大陸系地政学)は、突き詰めると小国を滅ぼして大国が飲み込む勝者総取りの世界観に繋がる宿命を持っている。一方でアメリカ人やイギリス人が考えた海洋系地政学は、大陸内に強力な統一権力ができることを阻止しなければいけないというのが、根本にある関心事。

■ロシアについて:大陸系地政学の継承者。地理の問題とアイデンティティ(ルースキー・ミール)の問題が癒着
・生存権を確保するために緩衝地帯を作る発想。
・ソ連崩壊後にロシアの言説空間に復活させた人物が、アレクサンドル・ドゥーギン(ネオ・ユーラシア主義)。「地政学の基礎」を出版。
・ドゥーギンの言う三つの枢軸とは、何れもアメリカの影響力を排除し、ロシアにとって都合の良い「モスクワベルリン枢軸」・「モスクワテヘラン枢軸」・「モスクワ東京枢軸」。
・ロシア式地政学には、旧ソ連空間への執着と特殊な「主権」観がある。そこでのルースキー・ミールは、ロシア国家の中心であるルーシ民族のという意味。ルーシ文明を共有してる人は、文化的・人種的・宗教的等の共通した世界が広がっていて、国境の外でもそういうのはロシアということ。
・プーチンの戦争とかロシア右翼の言動は、このルースキー・ミールを根拠としている。

■中国について:大陸系地政学的。国力の伸展に伴い、損得・論理で考え得る行動
・中国とロシアは、見通し(プロスペクト)の違いにより振る舞いに差。
・ロシアは、国力自体が当面伸びず破滅的な戦争を始めて見通しは暗い。
・中国は、総合国力のピークはもう少し先。それまでの間に、台湾併合や東南アジアの国々をなびかせること、南シナ海において中国にとり有利な秩序を作る等の見通しをたてやすい。
・台湾は、不利な戦争を行うより、経済的な存在感・文化的近さ・同じ言語空間等を背景に段階的に取り込むと思われる。その方がはるかに低コスト。
・ロバート・カプラン(元CIAの情報分析官)が20年前に出した「地理の復讐」の中で、地理的に21世紀になってもヒンドゥークシュ山脈を越えるのは大変という記述がある。
・言語空間にもヒンドゥークシュ山脈があったが、それが大規模言語モデルの普及によって下がりつつある。結果、情報空間が現実の物理空間の中の地理的な境界線に影響を及ぼすのではないか。

■朝鮮半島について:ランドブリッジ。均衡が続くか怪しい
・朝鮮半島は、地政学でいうランドブリッジ(大国の利害の交差点)の位置づけ。
・ロシア・中国にとり北朝鮮の存在は望ましい。ただし、ずっとこの均衡が続くかどうかは最近非常に怪しい。
・心配しているのは、アメリカがそういう均衡を維持する意思をだんだん失いつつあるのではないかということ。
・今回のロシアのウクライナ侵略で明らかになったことは、核を持った国が本気で先に暴れだした場合に、他の国はなかなか手だしができないこと。
・その国が滅ばなくとも何十万人も死ぬという話になると、まともな民主主義国の指導者は絶対に決断できない。これが核戦略の用語で言う「耐えがたい損害」(国家が崩壊)と「受け入れがたい損害」(政治的に受入れ難い損害)の違い。
・核を持っているだけで、相当程度相手の行動を抑止することができるという状態。
・その走りが中国の核戦略で、最小限抑止戦略。

■日本の地政学について:海という戦略資産を使った抑止と格子状のネットワーク構築のジオストラテジー
・今できる地政学は否定的抑止で、懲罰的抑止ではない。日本の戦略目標は、台湾海峡と朝鮮半島の現状維持+中露の軍事的連携阻止。そのために海という戦略資産を最大限に活かすこと。ユーラシア大陸側からの侵略を遮断することに全力を挙げるべき。
・大事なことは、囲い込まずにゆるく繋がること。「格子状」のネットワーク(≠アジア版NATO)で、ユーラシア東西での連携を図り、「敵」との経済的繋がりも排除しない(ただし経済安全保障は手厚く)。
・地政学の論理の一つ上のレイヤーに、柔軟な枠組みを同時に持つことがこれから求められる。地政学と戦略と合わせたジオストラテジーとして、幅広さを持つ政策をとるべき。


【質疑応答】
Q1:アメリカのF16がウクライナに供与されたことが、一つのゲームチェンジャーになるか。

A1:特定の兵器が、ゲームチェンジャーになることはない。ゲームチェンジャーとは戦争の流れを変える力。それはある能力、制空権を取る能力、何かを著しく妨害する能力、何かを大量に生産する能力等のこと。その能力の構成要素として、特定の兵器や特定の技術、人の考えがあったりする。F16があまり目立っていないのは、他に何かが足りないから。この戦争が始まって以来、ロシアもウクライナもどちらも実は制空権を取っていない。ロシア軍もウクライナ軍もソ連軍の末裔なので、地上配備型防空システムが分厚い。これまでウクライナはロシアに制空権を取られずに済んできたが、F16の数を増やすこと及び電子妨害でレーダーやミサイルが機能しないようにするぐらいの能力が必要。F16に期待されることはロシアの防空システムや重要インフラを壊して回ることだが、西側のミサイルをロシアに対して使用する許可がされていないのと、F16のパイロットは空中戦の訓練はしてきたが、地上攻撃には複雑で長い訓練が必要なことがある。各国から2年間で百機近く引き渡されるので、制空権を取るかもしれないが、取ったとしても地上作戦と連動することが必要で、地上作戦を好転させる別の能力が必要になってくる。

Q2:ドイツと日本の原子力発電をやめられるかどうかの違いは何か。ドイツは完全に原子力発電をやめたが、日本の場合、なかなかやめられないのは、核のポテンシャルを手放したくないということがあるのか。

A2:原子力発電をやめるかやめないかは、安全保障の話しというよりエネルギー業界の中の論理で決まっていると思う。安全保障業界の立場からは、核武装のポテンシャルと結びつけて考える。ドイツの場合は2重の核抑止力がある。アメリカの核抑止と核同盟としてのNATOで、ドイツにしてみれば、事実上核兵器を使って戦う軍隊であるとの認識を持っていると思う。例えばNATOの核作戦共有メカニズムは、第三次世界大戦になれば、各国が分担して核爆弾でどことどこを焼き払う等の計画をアップデートし、毎年戦術核を使って戦う演習を行っている。日米韓では10年前ぐらい前に局長級で拡大抑止協議を行い、最近それが国防大臣級になった。2019年9月東京での三国国防会議で、初めて核拡大防止の話しをした。核シェアリングの本質は核爆弾がどこに置いてあるかではなく、有事に核爆弾を使う計画を平時からどこまで共有しているか。日本周辺で自衛隊と米軍・韓国軍が一緒に核爆弾を使って作戦をするという計画を作り訓練まですることになり、はじめて事実上の核シェアリングといえるが、これは難しい。安全保障の立場からの発想では、プルトニウムの保有量からすると日本は比較的短期間で核爆弾を作れる能力があり、その能力があった方がオプションは広がるとの考え方がある。

Q3:ロシアはウクライナについては同じ人達という感覚があると思うが、中国から日本はそうは見えないと思う。香港や台湾は同じに見えると思うが、両者の人口規模は異なる。香港の数倍規模の人口を持つ台湾は、自由主義文化で数十年生きてきた国民がいる。こういう人達を力で押さえ込むのは、相当ハードルが高いと思われる。それが一つの抑止力になっているのではないか。

A3:その発想は面白い。ただいきなりすべてを中国本土並みにするわけではないと思う。香港の場合も一国二制度から始まって途中で国家安全法ができてというように、段階的にやっている。台湾について実際に行ってみると、中国に対する意見の分断も相当あるように思う。ジェネレーションによってもかなり違う。いきなりすべてを中国本土並みにするのは難しいが、中国はもっと上手くやると思う。武力侵攻により短期間で併合する蓋然性は低い。時間をかけて経済的に統合し、人の往来を増やし、情報空間も融合させて実質的に台湾への影響力を手に入れていくというのが、私の根本の発想にある。

Q4:ロシアのウクライナ侵攻は、旧ソ連時代あるいは帝政ロシア時代にそこは我々のものであったということを、再確認するために起こっているように思えるがどうか。

A4:一つの国だった、あそこは我々のものだったというのはあると思う。今回の戦争について、ロシアの右翼は“内戦”と呼び、プーチンもこの戦争を決して戦争と言わず“特別軍事作戦”としかいわない。今回の戦争は今始まったのではなく、10年前のクリミア併合、ドンバス侵攻から始まっている。プーチン周辺や右翼の人々が使い始めた“ノヴォロシア”という言葉がある。エカテリーナが、征服した一部コサック、一部オスマンの土地であったものを分捕って新ロシアの意味の“ノヴォロシア”と名付けた。プーチンはサンクトペテルブルグ鉱山大学で博士号をとっている。博士論文のテーマは、天然資源を国家管理において、これを武器としてロシアの地政学的地位を高めるというもの。この大学が実はエカテリーナが200年前に創ったもの。プーチンはピョートル大帝を尊敬しているが、エカテリーナの影も感じる。18世紀に一番輝いていたロシアを、再確認しているところがあるのかもしれない。

Q5:多くの国がエネルギーの地産地消をすれば、国家間の争いも少し下がるのではないか。

A5:ここ十年ぐらいの地政学の復活をみていると、やはり囲い込みを始めている。十数年前の中国によるレアメタルの対日禁輸や、ウクライナ戦争が始まった翌日にはトルコが交戦国の軍艦はボスポラス海峡を通さない、といったことが起こっている。こういうことを目にすると、地政学の戦略で海峡を抑えるとか資源地帯を抑えるとかという地政学者の発想が分かってくる。地政学的な力の論理よりマーケットの論理が全面にくる世界がくれば、エネルギーが偏在していても問題ない世界を作れる感覚はあるが、この先多分そうはならないと思う。エネルギーの地産地消の技術的フィージビリティースタディーがどの程度あるのか、またエネルギーだけ地産地消ができても、鉄鉱石はどうかとか農業肥料のリンがどうか等のエネルギー以外のバイタルなものがいろいろある。エネルギーの地産地消で緩和できるものと、そうでないものがあると思う。

Q6(ネット経由):小泉先生が語られた「拒否的抑止」に、ドローンなどによる無人兵器は含まれますか?日本には無人兵器に必要なセンサー技術、制御技術がありますが、無人兵器のコストダウンには、武器輸出が必要と思いますが、「拒否的抑止」に武器輸出は含まれますか。

A6:ドローンは道具なので拒否的抑止にも懲罰的抑止にも使えます。同じ兵器でもそうです。例えば高級なセンサーを積んだ大型ドローン(グローバルホークみたいなやつ)を使って中国のどこを叩くか調べるとします。その時「ここを叩けば経済が大混乱するだろう」と考えるのは懲罰的抑止に基づくターゲティング、「日本に侵攻する場合はここが拠点になりそうだ」と考えるのは拒否的抑止に近い考え方です。
武器輸出については、抑止に含まれるものとそうでないものもあります。商業活動として行われる武器輸出、外交の手段としての武器輸出などは違いますが、「この国の軍事力を強化してやって中国の軍拡に対抗しよう」という考え方なら拒否的抑止に入ると思います。

Q7(ネット経由):ウクライナ侵攻から1か月ほど経ったころ、高市早苗さんがTV番組で(多分、ウクライナを念頭に)「自分で自分を守ろうとしてこなかった国を助ける国はない」と冷厳に言い放ったことがありました。その自分で自分を守ろうとしない国≠ニ助ける国はない≠フ2点で我が国をどう評価されますか。

A7:「自分で自分を守る国」になろうとしている、ということだと思います。2022年の安保三文書はその点をかなり真面目に考えて作られていますので、是非ご一読ください。ちなみにウクライナは2014年以降、「自分で自分を守る」ことを真剣にやろうとしたと思います。ただ、そのことをロシアに認識させられなかった。したがって、抑止力の中には、こちらが知っておいて欲しいことを抑止対象に認識させる戦略的コミュニケーションが含まれます。これについても最近、日本語でいくつか本が出ています。
https://amzn.to/3Asn99K

Q8(ネット経由):欧米からの今程度の継続支援でウクライナが何とか長期的に戦い続けることができたとして、ロシア側はいつまで戦い続けることができるか、あるいはいつ継戦をあきらめざるを得ないか。ロシア厭戦のボトルネックは何であろうか?食料、天然ガス等基本資源が自前なのでこの程度の戦いは半永久的にできるのだろうか。

A8:まず財政がボトルネックになると思います。ロシアの国防費はすでに平時の4倍にもなっており、何年も続けられるものではありません。
第二に、軍需生産にも限界があります。ロシアは昨年、1500両の戦車を配備したと言っていますが、年間の生産能力はどんなに大きく見積もっても500両以上ではありません。現実的には350-400両くらいでしょう。これは戦車自体の生産能力もさることながら、砲身の生産能力の限界でもあります。ロシアといえども戦車・榴弾砲の砲身を量産できる工場は2か所しかありません。
したがって、残る1000-1100両は予備保管されていた旧式戦車を工場でオーバーホールして現役復帰させているわけです。これだけの数のオーバーホールを短期間でできる能力は大したものですが、予備の戦車や装甲車は無限ではありません。ロシア全土に約20か所ある予備兵器保管場の兵器が尽きたらそれまでです。
財政と予備兵器が保つのは、おそらくあと1-2年と見られています。このくらいがロシアの戦争継続の限界だと思っています。

文責:井上 善雄
posted by EVF セミナー at 20:00| セミナー紹介

2024年09月27日

EVFセミナー報告:脱炭素へのエネルギー転換

演題:脱炭素へのエネルギー転換―エネルギー基本計画の論点にもふれてー 
講師:大野 輝之様
 公益財団法人 自然エネルギー財団 常務理事
聴講者数:49名

講師略歴:
• 1979年 東京大学経済学部卒。東京都庁入庁。 
• 1998年 より環境行政に関わる。
「ディーゼル車NO作戦」の企画等国に先駆ける東京都の環境政策牽引
• 2010年 東京都環境局長。
• 2013年 より現職。
• 2014年 カルフォルニア州からハーゲンシュミット・グリーンエア賞を受賞。
著書:「自治体のエネルギー戦略」「都市開発を考える」「現代アメリカ都市計画」など。

概要報告:

COP28で2030年までに世界の自然エネルギー設備容量を3倍にすること、G7で2035年までに電源部門の全てまたは大部分を脱炭素化することが決定した。日本は、化石燃料の多くを海外からの輸入に依存し、自動車・半導体等輸出で稼いだ29兆円は化石燃料の輸入26兆円で使われている。脱炭素化に向けては、エネルギー安全保障、安定供給、低コストを実現できるエネルギーミックスが必要であり、5月15日から経産省主幹の基本政策分科会で次期エネルギー基本計画の議論が始まっている。脱炭素への日本の道筋を明らかにするために、自然エネルギー財団は次の問題提起をしている。

1)日本の2050年CO2排出削減目標達成はオントラックではなく、欧州に対しても遅れている。
政府はオントラックで進んでいると認識しているが、日本は東日本震災直後の化石燃料発電9割であった2013年を起点にしたトレンドを見ており、欧州と同じく1990年を起点にみると欧州よりも目標との乖離が大きい。

2)AIの普及による電力需要が増えると言われているが、もともと電化により電力需要は約1.5倍となることを予測しており、AIで言われている電化需要もこの範囲内にある。

3)原子力発電は日本では2050年代の電力需要の4〜6%しか供給できない。COP28で2050年までに現在の原発設備容量の3倍にする目標を立てたが、IEAのシナリオをもとに試算すると設備容量が3倍になっても2050年総発電量の10%程度に過ぎない。更に日本での課題は、放射線廃棄物の最終処分場を稼働する詳細計画がないこと、原発新設コストの上昇(過去の政府見積もりの3倍以上になっている)、原発新設には約20年のリードタイムが必要であることから間に合わない等将来が見えていない。

4)火力発電所の脱炭素の実現性に疑問がある。政府はCCSとアンモニア混焼を推進しているが、いずれも実現性のめどがたっていない。CCSはCO2回収率が低いこと(IEAは回収率9割以上を基準にしているが世界でも6割程度しかできていない)、回収したCO2の地下貯留先が決まっていない。アンモニアは燃やしてもCO2は出ないが作るときにCO2が出る。50%混焼してもCO2削減率は30%。しかも、蓄電を考慮した太陽光発電、風力発電よりもコスト高になる。

5)太陽光発電、風力発電は、世界でも導入が加速しており日本でもポテンシャルがある。太陽光発電はもともと日本がトップメーカーで20年以上の歴史があるが、近年は日本では減速している。環境破壊で問題視されているメガソーラーではなく、建物と農地を中心にしても現在導入量の30倍(2380GW)のポテンシャルがある。風力発電は、領海+EEZで1128GWのポテンシャルがあり、EEZ法案の国会での制定と洋上風力発電導入の目標値設定をし、風力発電の導入加速が望まれる。電源離脱など系統トラブル時のブラックアウトの懸念は、蓄電池+デジタル技術で問題を解決している国々がすでにある。

6)化石燃料・CCS+原子力に脱炭素の30〜40%を依存する戦略から再エネと省エネを中心とする脱炭素戦略に移行することが必要。自然エネルギー財団の試算では、蓄電池の大量導入と北海道‐東北‐東京の送電網の強化により、自然エネルギー80%で24時間365日安定供給が可能であるこがを確認している。


Q1 自動車業界のOBとして貢献できることはないか。中古EV、HEVのモーター、バッテリーを風力発電に使えないかと考えた時に、どのようなルート、どういう人と相談したらよいか。
A1 運輸部門を持っていないので十分な回答ができないかもしれないですが、EVのバッテリーを蓄電池に活用することは追加投資なしにできるので有力。EVを電力供給の安定化に使うことは有効で、実際にいろいろなメーカーが実証実験をしていると思います。電力系統の安定化の役割に大いに検討されてよいと思いますし、自動車業界と協力させていただきたい。モーターについては、財団に詳しい別の担当がいます。

Q2 アンモニア等の議論があるが、まずは供給電力から入らなければならいのではないか。再エネを出発点において、それからアンモニア等を考えるべきではないか。再生可能エネルギーでコストが高くなるといわれているが、実際のところどうなのか。
A2 政府は水素に力を注いでいるが、どこから水素を持ってくるのかはっきりしない。水素が役にたつのは、水素を作る過程からCO2を出さないグリーン水素であること。政府が進めているブルー水素は、作るときに大量のCO2が出るがCCSで回収することだが、CCSの回収がうまくいっていない。ブルー水素は本当のクリーンにならない。
・ブルー水素は化石燃料から作るので、化石燃料よりも必ず高くなる。再エネで作るグリーンは化石燃料よりも安くなる。ブルー水素を使い続けることは脱炭素戦略でも問題あるし、経済的に考えても問題ある。
・太陽光・風力発電の余剰電力をグリーン水素生成に充てればよいが、2050年でも自然エネルギーで電力の50%の計画では国産のグリーン水素は十分に作れない。海外からの水素供給は割高、海外依存も改善されない。
・コストについては、国別に発電方法のコストマップが作成されているが、日本も含めて太陽光発電が一番安くなっている。太陽光発電、風力発電は発電単体では安くなっているが安定化のために必要な統合コストを入れると高いという議論はあるが、財団での計算、IEAのスタディでも自然エネルギーが一番低コストである結果が出ている。

Q3 ポテンシャルのある風力、太陽光がなぜ日本で進まないのか。地方の問題か中央の問題か。
A3 色々な問題はあるが、一番の問題は、日本政府の政策が自然エネルギーを政策になっていなかった。電力会社も同様にそのような政策をとらなかったことが究極の問題と思われる。
・そもそも太陽光発電は日本の技術。2005、6年は太陽光発電は日本の企業が世界のトップ5にあった。NEDOは「なぜ日本は太陽光発電で世界一になったのか」本を出した。サンシャイン計画でNEDOが中心になって進めていたが、2005年辺りで、経産省がもう進んだからよいと補助金をやめてしまった。せっかくスタートして順調だったのに梯子が外された。
・そのころからドイツは(日本で言う)FIT制度を始めて、それを見ていた中国も力を入れ始め、ドイツに大量に輸出してコスト低減に成功。低コストになったので中国国内にも展開してダントツのシェアになった。
・日本の電力会社は垂直統合型だったためその名残がある。部分的に規制緩和されて発電、送電会社は法制分離されているが持ち株会社は一緒なので、違うビジネスから参入の太陽光、風力電力のシェアが増えれば電力会社の利益が減るため、送電は火力・原子力が優先になる。経産省が急速な普及に対応する経験を持っていなかったため、規制・制度に穴があり、メガソーラーで環境破壊、地域の反発を買ったり、変動電源の安定化技術も遅れた。

Q4 IEAの予測では2030年から再エネが急拡大されるようなカーブになっている。今既にコストが低いなら今から拡大が始まってもよいと思うがそのようなトレンドになっていないのははぜか。
A4 資料の6ページにIEAのシナリオがありますが、2022年段階で世界の電力供給の30%が再エネ。2030年に59%で2030年までにも倍に増えるトレンドと見ている。2030年から急に拡大というわけではない。

Q5 太陽光、風力の中国が覇権を握るよう進むのか。世界をリードしていけるのか。
A5 中国の独占は問題であるが、日本も含めてそれを許した国々の問題もある。2年くらい前から、アメリカでは太陽光、風力発電、蓄電池のアメリカ国内生産を加速させるための税金控除制度ができた。欧州でも国内蓄電池の生産能力増に力を入れている。両国ともうまくいっているとはまだ言える状況ではないが、方向としては、中国独占を許すのではなく、アメリカ、欧州、東南アジア、日本との同志国で相当程度の供給能力を作っていくことがエネルギー安全保障政策として重要だと思っている。
太陽光発電も風力発電も設備コストの中でモジュールの部分は3割程度で、残りの7割は国内での建設工事費、販売利益、メインテナンス等の費用になるので、化石燃料のようにすべてが海外依存ではない。
文責:白橋 良宏

講演資料:脱炭素へのエネルギー変換


 
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2024年08月23日

EVFセミナー報告:内燃機関の可能性

演 題 :「内燃機関の可能性 〜ポストCN(カーボンニュートラル)時代の自動車の新しい軸〜」
講 師 : 轟木 光 様
  KPMGアソシエイトパートナー(Automotive Sector)  
聴講者数:50名

講師紹介
•日系自動車会社、日系総合コンサルティングファーム、監査法人系コンサルティングファームを経て現職
•自動車関連産業を中心に、商品戦略、技術戦略、新市場参入戦略などの戦略に関するプロジェクトに従事
•自動車産業の経営層及び経営企画に寄り添いながら、戦略構築及び業務改革推進に強みを持つ
•公益社団法人自動車技術会 エネルギー部門委員会にて幹事委員を務め、 Automotive Intelligence チームリーダーとして、自動車におけるエネルギー課題に対して外部セミナー寄稿を行い、メディア等から当分野における専門家としての意見を求められている

概要報告:

EV(電気自動車)が自動車業界において世紀の大転換をもたらすという見方が社会通念と化しているなか、米国、欧州、中国のすべての市場においてEVの販売シェアが減少し、各市場での主力パワートレインは、HEV(=ハイブリッド)を含むICE(=一般的なエンジン=内燃機関)であり、日本の自動車産業が内燃機関からBEVへ大きく舵を切った可能性があるものの世界市場を見渡すとBEV市場の拡大にはまだ時間がかかるということが厳然たるデータ(=事実)である。三極の政治は、自動車産業に対し、グリーン・低炭素化を求めているが、カーボンニュートラルという目的に対しては、手段はBEVだけには限定されず、内燃機関でも可能である。CO2削減に対し、LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)の視点の重要性が高まるなかで、カーボンニュートラル燃料を使用した内燃機関のほうが、BEVよりもCO2削減効果が高い可能性がある。バイオ燃料、e-Fuel、バイオガス、水素などのカーボンニュートラル燃料により、内燃機関もカーボンニュートラル対応のソリューションとなると認識されうることから、自動車産業において、内燃機関向けの新規投資が増加する可能性、さらには、自動車産業におけるポストカーボンニュートラル時代の新しい競争(バッテリー搭載量の違いによる航続距離など)が始まる可能性がある。自動車産業は、カーボンニュートラルが当たり前化する時代の次にある自動車エネルギー源の多様化の時代において、考えられるすべてのエネルギー源に対応するソリューションを用意しなければならない。

Q&A:
Q1:カーボンニュートラルが進展するに伴い、地方のガソリンスタンドどうなってしまうのか。
A1:減少という点ではそうかもしれない。しかし、減少、効率化に着目するだけではなく、エコシステムを活かすためのカネの流入、すなわち、よい意味での「無駄遣い」が必要ではないだろうか。
Q2:カーボンニュートラル燃料としては、液体バイオが本命になるのではないか。
A2:なにが主流になるかは、地域によっても異なる。
Q3:日本の場合、水素はどこから手に入れるのか。
A3:輸入することになる。グリーン水素、ブルー水素とも安いところから買うことになろう。輸出元としては、どこでもたとえば、オーストラリア、中東など。

文責:高橋 直樹

posted by EVF セミナー at 00:00| セミナー紹介

2024年07月26日

EVFセミナー報告:「インドってどんな国?」〜駐在経験から感じた生活と仕事〜

演題:「インドってどんな国?」 〜駐在経験から感じた生活と仕事〜
講師:大場 昇様
 元日産自動車株式会社 グローバル技術渉外部主管

聴講者数:50名

講師略歴:

1980年    同志社大学工学部機械工学科卒業、日産自動車株式会社入社
1989〜1994年 米国ワシントン事務所駐在
1997〜2002年 米国ワシントン事務所所長、米国自動車輸入協会・技術委員会委員長
2004〜2008年 ルノー社へ出向 パリ駐在
2013〜2016年 インド・チェンナイ駐在 
2016〜2022年 日産グローバル技術渉外部・日本自動車工業会、環境政策部会会長、燃費部会副部会長

講演概要

インドとは
【カースト制度は今でも存在するか?】
法的にカーストは排除されたが、現実的に存在
名前でカーストがわかる。カーストを超えての結婚は難しい
【インド人は存在しない?】
南インドのチェンナイは、北インドとは顔立ちも言葉も服装も全く異なる
・言語:
公用語はヒンディー語40%、残り60%は大括りでも30種の言語
準公用語はインド訛り英語
・宗教:
人口の80%がヒンドゥー教、イスラム教14%、他キリスト、シーク教、仏教等
・地域により、言語、宗教、習慣が異なり、「インド人」で一括りにできない
【インドはなぜ成長するのか?】
・人口と構成比
2023年のインド人口は14億2900万人、中国14億2600万人を上回る
人口構成はピラミッド型、2060年 まで人口増加
・民主主義
中国共産党による一党独裁や習近平一人へのような権力集中はなく、中央、各州の行政府と議会が機能
・エリート官僚制度
インド行政職は、毎年数十万人の応募者から 100 人程度を選抜。世界で例を見ないエリート
・インドには天才が多い説
天才は多く存在するが、総人口が多い為
現存するカースト制度のため、職業を選べない、親の職業を世襲、貧しい家庭の子供はその環境からの離脱が困難
IT産業はカーストに縛られず、優秀な人材が多い
【インドでの仕事】
・NOと言わない、言えないインド人
・とにかく喋るインド人
国際会議で日本人を喋らせるか、インド人を黙らせるかどちらが難しいか?
・「議事録を作れ」の指示は無意味
議事録は、文字を時系列に書き並べるだけ
日本本社の関心事を列挙し報告書の枠を作成、それを埋めれば報告書が自動的に作れるように
・時代の流れ?パワハラに注意
・インド人特有のプロモーション感覚
1年〜2年間、同じ仕事をすると、自分は既にエキスパートと主張
1年〜2年で配置転換を希望、昇格を要求するエンジニア多数 > 昇格のステップを細かく多段階に
【インドでの生活】
リサイクル容器は要注意、1回限りの使用の瓶、缶は安全
予防接種6種を赴任前に2回、その後、継続接種で免疫効果は半年、1年と伸びてくる。
80%の家庭にトイレがなく屋外へ、洪水で疫病
ガンジス川の沐浴は自殺行為
・食材
ヒンズー教は牛肉禁止、イスラム教は豚肉禁止、一般に入手可能は鶏肉
・水
水道水は「毒水」
雑菌、不純物多く、水道水で洗髪すると毛穴が詰まり脱毛も。洗髪後にペットボトル水でのすすぎが必要
梅干が腹痛、下痢予防に一番の効果
・酒
チェンナイでは、飲食店でアルコール提供なし
韓国料理屋や中華屋では、色付きの水差しにビールを入れ提供
ローカルのブランディーとジンは、エチルアルコール入り?
持込のアルコール類は空港で没収、日本出張から帰路にウイスキーや焼酎はペットボトルに入れ持込、お茶、水と申告

主な質疑応答

Q:国際会議でインド人の英語を聞き取る秘訣は?
A:無いです。Rの発音が独特、ひたすら慣れるしかない。仏人の英語も難しい
Q:テレビで列車の窓から乗車する光景を見るが、それは普通のことですか?
A:普通です。バスでも同様です
Q:インドでの仕事を頼まれたことがあったが、インドには行かずにすみました。(説明いただい内容は)ホテルでも同様ですか?
A:ホテルでも同じです。デリー近辺の方が水質は良くない。火が通っているものは大丈夫。キャラフに入った水は口にしないこと。ペットボトルなら大丈夫。飲食の前に梅干しが有効。5星ホテルを推奨します。
Q:フリーザはチェストフリーザですね、
A:はい
Q:パキスタン美人は北部のインド美人と同じでしょうか?
A:同じです、その地域は中国、ヒマラヤ、イスラム地域の混血が多い
Q:女性の人口が少ないとのことですが、結納金は高いですか?
A:結納は牛を何頭のケースが多いと聞く。インドでは現金紙幣より金(Gold)が大切にされている。インドではマフィアが現金を使えなくする為に突然紙幣が変わる。金なら価値がある
Q:(日産が)インドにデータセンターを投資するのは?
A:仏人が決めたことで、今後上手く行くかわからない。大変なことと思う。
Q:日産は(現地人を)どう使っている?
A:裏話もある。データセンターに反対もあったが、ITは優秀な学生を集め易い。出身大学によって給与が3倍違う。エンジニアとしては優秀な人が多い。苦労は風習、文化が違うこと。グローバルスタンダードをやろうとすると現地のマネージャーを上手く使うのがポイント
Q:カーストの低位の人々はどのようにしたら大学に入れるか?
A:難しい試験に合格するにはお金がかかり、カーストが低い人は難しい
以上
文責:松本泰郎
講演資料:インドってどんな国
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2024年06月28日

EVFセミナー報告:「環境省が果たしてきた役割とカーボンニュートラルに向けた課題」〜公害、循環型社会、生物多様性、そして真に持続可能な社会の構築へ〜

演題:「環境省が果たしてきた役割とカーボンニュートラルに向けた課題」 〜公害、循環型社会、生物多様性、そして真に持続可能な社会の構築へ〜
講師:一方井(いっかたい)誠治 様
武蔵野大学名誉教授、京都大学特任教授
聴講者数:50名

sem20240628.jpg講師紹介:
1951年東京生まれ、都立富士高校、東京大学経済学部を経て1975年環境庁入庁。環境保健部企画課、外務省ワシントン在米日本国大使館、富山県学術国際課長、環境庁環境計画課長、地球環境部企画課長、環境省大臣官房政策評価広報課長、財務省神戸税関長、京都大学経済研究所教授、武蔵野大学環境学部教授等を経て、2022年4月から武蔵野大学名誉教授、京都大学特任教授。

講演概要:
はじめに、講師が環境庁(省)に入庁(省)した経緯、職務を通じて遭遇したエピソード、排出権取引や環境税などの環境政策としての経済的措置にかかる政策研究に携わってきた経緯を紹介。持続可能性の定義、ドイツの気候政策についての解説を交え、日本の気候変動政策とGX推進法の問題点に言及された。

【ドイツの気候変動政策】
・ドイツと日本は、第二次世界大戦敗戦国として、戦後相似形の経済発展を遂げてきたが、エネルギー政策に関しては、2000年代に入りかなり異なる歩みを辿ることとなった。
・ドイツでは、2000年に政府・電力会社間で脱原発を合意、再生エネルギーFIT、エコロジー税制改革を開始。2010年に、2050年までの長期エネルギー政策となる「エネルギーコンセプト」を策定。2020年に、2038年までの石炭火力廃止を決定。2023年4月に、全ての原子力発電が停止された。
・このような急速なエネルギー政策の転換がなされた背景のひとつとして、生産性等の経済目標も織り込んだ「国家持続性戦略」(2002年策定)の前提に、自然資本は人間の福祉の究極的な源泉であり自然資本の制約を超えて成長することは不可能であるといった「ハーマンデイリーの3原則」(詳細は講演資料参照)が明記されていることにある。1990年代に大学教授も加わり、環境法典を作る試みが行われ、その法典案にハーマンデイリー3原則を一般原則として明記、それが引き継がれたもの。
・ドイツでは、GHG・エネルギー消費量の継続的な削減トレンドに合わせ、GDPは増加トレンドにあり、環境経済学におけるデカップリングが実現している(1990‐2021講演資料グラフ参照)。
【気候変動政策をめぐる日本の現状と課題】
・日本では「環境基本計画」(1994年 第1次計画閣議決定)が、国連で「国家持続発展計画」と位置付けられている。本計画は環境省所管であるが、地球温暖化対策の中心となるエネルギー政策は経済産業省専管で、経産省が反対すれば計画にエネルギー政策をビルトインできない構造となっている。
・2012年に「地球温暖化対策のための税」として石油石炭税への上乗せ税が導入されたが、CO2排出1トン当たり289円と少額で、エネルギー価格に与える影響は微々たるもの。
・エネルギー転換部門の排出量も配分された産業部門のCO2排出量は、ほぼ横這いで推移しているが(1990-2021講演資料グラフ参照)、その原因は、産業界自身の自主的な削減努力(経団連「環境自主行動計画」1997年策定)に負っており、炭素税・キャップ付排出量取引制度などが本格的に導入されておらず、市場メカニズムによる経済的な削減インセンティブが働いていなかったことにある。
・京大経済研究所における実証研究(1999-2006年度)で、日本企業はまだ費用をかけずに温室効果ガスを削減する余地があることが判った。企業の自主的努力のみでは、今後大幅な削減は期待できない。
・昨年制定されたGX法において「GX経済移行債」の償還財源として、カーボンプライシング(賦課金)を整備することが織り込まれたが、本格的な排出量取引制度の導入は2033年から、化石燃料輸入者等からの「炭素にかかる賦課金」は2038年から導入とされており、企業等の経済合理的な削減努力が促進されるという、カーボンプライシング本来の市場主導型の政策となっていない。
・カーボンプライシングは、2050年カーボンニュートラル実現の最後の切り札で、経済にも環境にも良い効果をもたらすものと考えているが、GX法の「先行投資支援」という枠組みは、経済産業省の補助金行政という古いタイプの政府主導型の政策という側面が強い。

主な質疑応答
Q1:日本においては、2000年代に入っても火力発電所がリプレースされているが、阻止できなかった理由は?EUでは炭素税による国境措置が導入されたが、日本で同様の検討が進まなかった理由は?
A1:火力発電は、環境省で環境アセスメントを厳格に行えば止められるのではとの議論があったが、様々な圧力でうまくいかなかった。カーボンプライシングについては、かなり以前より環境省と経産省で各々検討会を設け議論を継続してきたが、政府首脳に本格的に導入する意識が乏しかった。EUの動きをみて、あわててGX法を立法したが、日本もきちんとしたプライシングが出来ているとEUが評価してくれるか怪しい。

Q2:排出量取引制度が進まないのは、ベースラインの設定や評価方が定まらないことが理由としてあげられていたが、今どうなっているのか?
A2:ベースライン、評価方についてEUでも様々な議論を経て排出量取引が導入されたが、決め方の不公平感の問題は解消できず多くの訴訟が起こった。その後電力会社から順次、域内の排出総量を予め決め、オークションでの入札方式に切り替わっている。これにより排出総量は守られ、排出削減努力をした企業がコスト安となるといった合理的な市場メカニズムが働くようになった。

Q3:蓄電池とセットでの太陽光発電の住宅への普及、核融合発電の開発が進めば、電力の国内での自賄いが可能となるのでは?
A3:住宅への太陽光発電は、まだ普及の余地があり進めていくべきと考える。一方で、核融合の開発・実用化については慎重を期すべきと考える。クリーンエネルギーだからとの理由でお墨付きを与えると使用に歯止めが効かなくなり、軍事利用等に悪用される危険がある。私見ではあるが、フローの太陽エネルギーなど、エネルギー使用に自ら制約を課した方が、人類の文明は幸せで安定的なものになるのではないかと考えている。

Q4:化石燃料の輸入に約30兆円のコスト負担をしており円安リスクも続く。自然エネルギーで国内自給が可能となれば、全国の各地域の家計に戻ってくる。エネルギー政策、選挙対策としてアピールしない背景には何があるのか?
A4:ドイツでも石炭・天然ガスを輸入しており、化石燃料を自然エネルギーにシフトすることの経済的メリットについて、政府が大々的にキャンペーンをはり国民にアピールしている。日本の政府が、なぜドイツと同様の政策アピールを行わないのか、ドイツと異なる原子力発電政策もその背景にあると思うが、理由はよくわからない。

Q5:政府は、カーボンプライシングの良さを生かそうとせず、実施も今から相当先に設定したり、これを税収の手段とみるような動きがあるとのお話だが、もう一方の当事者である経済界、経団連辺りの動きも鈍いように思えるが、如何なものか?
A5:ご案内のように当時の経団連は1997 年の京都議定書採択の年に、環境庁などの炭素税導入の動きに対抗し「環境自主行動計画」を公表し業界内での自主対策を進めてきた。もとよりACLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)など、本格的なカーボンプライシングの導入を積極的に提言する経済団体もあったが、その後の経済界での広がりは必ずしも顕著なものではなかった。その意味では、経済界、経団連周辺の動きは未だかつての認識・対応から大きくは変わっていないというのが私の印象。
sem20240628b.jpg
文責:伊藤博通


講演資料:環境省が果たしてきた役割とカーボンニュートラルに向けた課題
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2024年05月24日

EVFセミナー報告:不動産不況、地方政府巨額債務問題そして地政学的リスクの高まりに立ち向かう中国

演 題 :「不動産不況、地方政府巨額債務問題そして地政学的リスクの高まりに立ち向かう中国」
講 師 : 結城 隆 様
 多摩大学経営情報学部客員教授
聴講者数:50名

講師略歴:

1955年:福島県生。一橋大学経済学部卒。
1979年:日本長期信用銀行入行、調査部、ロンドン支店、マーチャントバンキンググループ、パリ支店、ニューヨーク支店勤務を経て1999年ダイキン工業経営企画室、大金(中国)投資有限公司(北京)など。
2021年より現在:多摩大学経営情報学部客員教授
著書(含む共著・共訳):「アラブ産油国の挑戦」(日本経済新聞社)、「路地裏の世界経済」(東洋経済新報社)、「キャピタルシティー」(訳書、東洋経済新報社)、「中国市場に踏みとどまる」(上場大のペンネームで執筆、草思社)など。世界経済評論IMPACTに隔週でコラムを寄稿している。

講演概要:

・不動産不況
不動産不況の原因は、過剰投資、過剰な借り入れ、過剰在庫である。その引き金は2019年の政府による過剰投資への警鐘と2020年からの金融規制。その結果不動産開発業者の相次ぐ債務不履行と建設中止が起こった。この不動産問題に対して中国政府は施工中断した工事の再開と新規着工の抑制、金融危機抑制のための貸し手責任の追及も含む金融機関の監督強化、需要喚起のための金融緩和と不動産購入規制の撤廃等に全力を挙げて取り組んでいる。この結果中断していた工事の完了、大手不動産会社の株価アップ、消費者の購入意欲の向上が見られ始めている。銀行の不良債権は依然として残るがその比率は低下傾向にあり銀行の倒産が相次ぐという事態は避けられそうな状況。

・「新三様(EV、電池、太陽光発電パネル)」の成長力
不動産に代わる成長エンジンとして浮上しているのが「新三様(NEV、電池、太陽光発電パネル)」。特にNEVに関しては世界市場において中国のシェアは60%を超えた。国内の充電スタンドもNEV2台に1台の充電スタンド体制が構築されつつある。さらにリチウムイオン電池の世界生産シェアも圧倒的であり今後も拡大の見込み。但し中国NEVの課題としては、過剰生産能力と国内の過当競争、充電スタンドの品質問題、発火事故等の安全性、商品開発面での日欧米メーカーの猛追、欧米の保護主義の台頭といったことが上げられる。

・地政学的リスク
中国製品の世界貿易シェアは30%を超えている。No.2をとことん抑え込みたい米国としては、台頭する中国に対して貿易戦争を仕掛け中国の押さえ込みを図っている。中国の一帯一路構想には140カ国以上が参加、この10年間で中国は参加国に対し1兆ドルの投融資を行ってきた。最大の貿易相手国が中国とする国が120カ国に達しASEAN諸国の中国に対する信頼度は米国を上回ってきている。他方米国は9.11以降85カ国で反テロ軍事介入し、ドル覇権を利用した制裁措置を乱発。またウクライナ戦争、イスラエル・ハマス戦争によって欧米の偽善と虚偽が明らかになりつつある。中国はロシア、フランス、セルビア、ハンガリーに近づいており米国逆包囲網は徐々に進んでいるのが現状。
・  ・  ・
日本のマスコミ報道の影響を受けて中国経済低迷の印象を持っていたが、不動産問題、新技術等について着々と対策が打たれており、日米欧が追いかける展開になっていることに気づかされた。非常に有意義なレクチャーだった。

Q1.中国では不動産は所有できないと言われているが実態は?
A1.土地の所有権は国のモノ。土地の使用権が50年の期限付きで売買されているのが現状。50年の期限到来後は、おそらく自動延長されることになる。国としては固定資産税を課すことができないかと水面下で議論されている。

Q2.人口減少問題はどうなっているのか?
A2.二人目三人目の子供は六歳まで生育補助金を出すこと等の少子化対策がなされている。また高額な教育費についても問題で塾の禁止等の措置が取られている。高齢化問題については、党が運営する「社区(町内会のようなもの)」が、高齢者向け食堂の運営やレクレーションの開催、見守り活動などを行っている。

Q3.日本企業の中国への投資は今後どう考えるべきか?
A3.ほとんどの日本企業は追加投資を控えているがニデックのように積極投資の企業もあるのが現状。投資を控えるという一辺倒はいかがなモノかと思われる。

Q4.不動産融資で貸した人の党員剥奪とは具体的にどういうイメージか?
A4.非常に不名誉なことで経歴にキズがつき禁治産者的なダメージを受ける。

Q5.EVシフトしている中国の電源構成(化石燃料、原子力、再エネetc)と今後の見通しは?
A5.2022年時点で、化石燃料が7割弱、グリーンエネルギーが3割弱、原子力が5%という構成。化石燃料の殆どが石炭。太陽光と風力発電は10%程度。海上巨大風力発電設備の設置や、甘粛省、新疆ウイグルの砂漠地帯での巨大太陽光発電プラントの設置などにより、再生可能エネルギーのシェアは中期的に見れば30%程度まで高まる見込み。

文責:桑原
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2024年04月27日

EVFセミナー報告:ボロンドープダイヤモンド電極による海水から直接水素製造するシステムの構想

演題:「ボロンドープダイヤモンド電極による海水から直接水素製造するシステムの構想」
講師:下田一喜氏
株式会社エイディーディー代表取締役社長
聴講者数 : 40名

se2024042701.jpg1.講師紹介
日本大学経済学部卒業
温度調節器メーカー、チラーユニットメーカー、真空機器メーカー勤務を経て、2001年株式会社エイディーディー(ADD)を設立、それより現職

2.講演概要

ADD社は、「チラーのメンテナンス」から「合成ダイヤモンドを使った製品の開発・提供」までの4事業に展開しており、成功したビジネスになっているものが多い。最近取り組んでいるダイヤモンド電極による海水を直接、水分解することによる水素製造は有用であるとの印象を受けた。 

1.ADD社の国内半導体メーカー用のチラーでは「−100℃まで冷やすチラー」から「−120℃の超低温まで冷やすチラー」まで扱っており、特にTSV(貫通電極)用超低温チラーを製造提供している。超低温チラーの実績を持つのはADD社のみである。

2.「−120℃まで冷やすチラーCW-1221」はタイヤメーカーにスタッドレスタイヤの長時間のテスト用に毎年30台程売れている。
又、自動車用の半導体のテスト用(-45℃)にも使われるようになってきている。こちらは今まで使われていたフッ素系液体がPガスの規制に引っかかって発がん性があると言うことがその理由で、来年からこのチラーを月に50台から100台位作ることになりそうである。

3.クライオバス フォーフット(足湯タイプで足を―100℃に冷やす)は3分間入るだけで、こむら返りがなくなる効果があって売れている。全日空の地上業務員が月に2000人位、足のむくみの改善に利用している。
クライオバス(人間の体の全身を―100℃に冷やす)は、サッカー選手などのスポーツ選手用にも使ってもらっている。
クライオバス フォーソール(足裏のみを―100℃に冷やす)は、ヴィッセル神戸がハーフタイムに使って、昨年優勝したので、宣伝になった。これは、保冷剤をフリーザーで冷やしたものを置くだけだが、高齢者施設で使われて足のむくみが取れたという報告がされていて、厚生労働省でロコモ(*1)対策になるのではないかと言われている。

4.又、ドライアイスの代わりになる商品を開発し、ゼロドライアイスサービスを行っている。これはファイザー社の新型コロナワクチンの第3接種時の輸送に使われた。これで、-65℃以下に32時間キープできた。

5.ダイヤモンドの軸受けは、ダイヤモンドが最も硬い物質で摩耗が殆どなく、摩擦係数が低いことから、風力発電機に着目して提供することを考えている。これを使うことによりほぼメンテナンスフリーにできる。更にバーティカル風力発電機は発電機を大きくできないという難点もダイヤモンド軸受けでカバーできる。

6.ダイヤモンド電極は貴金属の電極に比べ長寿命。その合成方法は真空チャンバー内にフィラメントを張り、メタンガスと水素ガスを入れ、フィラメント温度を2500℃まで上げると、メタンガスはプラズマ状態になり、炭素と水素に分解し、そこに水素ガスを流し込むと、その分解した水素とくっついて系外に排出される。残った炭素が基材の表面にくっついてダイヤモンド膜になる。

7.海水電気分解用ダイヤモンド電極は、海水を循環させながら定電流の条件で計96時間運転し、電極が変質することはなかったこと、生成物が付くこともなかったことを確認した。今度東海大学の使っていない水族館を使って何か月というオーダーのテストを行う。電気分解の効率を上げるには導電率を上げることで、ホウ素(ボロン)を今の1.0%から最大の1.5%まで上げる計画をしている。

8.ダイヤモンド電極でCO2からギ酸を作ってギ酸の燃料電池に利用する研究も行っている。これはダイヤモンド電極が強酸、強アルカリにも強いという点を利用していて、低濃度のCO2を水に吸収させてそれからギ酸を作る方式で、今は50Wの規模まで進んでいる。

4.質疑応答
  主な質疑は以下の通り。

Q.(クライオ機器の説明を聞いて)これで凍傷にはならないのですか?
A.なりません。20〜30分入ると凍傷になりますが、3分間ならなりません。3分なら表面の血管だけが収縮し、クライオバスから出ると、周りの空気と温度差が140℃位あるので、脳が無茶無茶暑いと勘違いして血管を膨張させ、血流が良くなります。

Q.最も硬いダイヤモンドの平坦化はどのようにするのですか?ダイヤモンドの硬さを変えることはできますか?
A.ダイヤモンドの朋削りでできます。熱線射方式もありますが、当社は朋削りでやっています。朋削りは圧力をかければ、5分位でできます。
ダイヤモンドの硬さを変えることはできません。

Q.本日の発表は成功事業が多く、内容がきらきらしているように感じます。私が20年位前
の現役の頃にダイヤモンドコーティングを扱っていて、ダイスに使えないかと考えて富士ダイスや旭ダイヤモンドと接触していましたが、そのような会社との付き合いはありますか?
風力発電をターゲットにされていますが、いくら位で作れば売れると思っていますか?
A.旭ダイヤモンドとはないです。富士ダイスは知っていますがこちらもないです。まだ合成ダイヤモンドは市場が小さいですし、着目している企業は少ないと思っています。風力発電の全体のコストは把握しきれていませんが、小型のものでも5〜6百万円するのに発電量が何百Wということで、市場に出ないと思っています。その理由は軸受けなどにコストが多くかかっているからで、特に風力発電は竪型設置なので回転力と遠心力をどのように抑えるかが課題で、全体の荷重を1か所で支える軸受けがネックです。余談ですが、今後は水力発電にもダイヤモンドがSiCの軸にコーティングする方法などで使えると考えています。

Q.2023年4圧3日の静岡新聞でADD社と東海大学工学部と清水銀行は駿河湾の海水を電気分解して水素を製造する。3者連携で3年間技術研究して2030年位に長時間稼働できるプラントとして実用化を目指すと書かれています。そのイメージは、駿河湾に水素生成ステーションを作って、風力発電した電気を使って、駿河湾の海水を直接電気分解して水素を製造して、それを提供するような感じでしょうか?
A. イメージはそうです。特徴として、設備が駿河湾の湾内だと塩素が出ても希釈され問題なくなる(他物質との反応による分解やその量的な影響を確認すれば?)という点が良いと東海大学の先生が指摘しています。
又、産学金という組み合わせが、とても強いとの指摘もあり、有望視しています。

Q.ダイヤモンド電極による海水の電気分解の課題は何ですか?価格的な問題ですか?効率の問題なのか?副生物である塩素などの処理ですか? 
A.ダイヤモンド電極の利点は寿命が長い、腐食がない、メンテナンスフリーですが、電気分解の効率をどれだけ上げられるかが課題です。 それにはホウ素ドープ量のコントロールが必要で、それによって電気を流れ易くすることで、そこをこれから我々はやっていくところです。それができれば、海水の電気分解を行っている場所は(風力発電の設置場所の関係で)海岸から100m行ったところになれば、水深も相応にあるので、副生成物は希釈などで対応可能と考えています。
以上   
文責:浜田英外

講演資料:海水から直接水素製造する構想
 
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2024年03月28日

EVFセミナー報告:農業基本法改正の論点

演題:「農業基本法改正の論点」〜日本の食料自給率と安全保障、環境と調和のとれた産業への転換など〜
講師:石田一喜氏

株式会社農林中金総合研究所 主事研究員
聴講者数 : 45名

sem20240328a.jpg1.講師紹介
1984年福島県生まれ。
2013年3月東京大学農学生命科学研究科 食料・資源経済学研究科博士課程単位取得退学、
2013年4月株式会社農林中金総合研究所入社。現在:主事研究員 

2.講演概要
1999年に食料・農業・農村基本法が制定されて以降、最近は新型コロナウイルスの感染拡大やそれに続くウクライナ情勢や国際的な環境への関心の高まりなど、現行基本法の想定を超えた状況に直面しており、今の通常国会にて25年ぶりの改正が行われる予定。講演では現行基本法が目指してきたものを、自給率等を中心に振り返ったうえで、新基本法の目指す方向性が紹介された。

3.講演内容
 基本法とは基本理念や施策の方向性を示す理念法であり、内容の実現には別途必要な実体法の制定が必要。食料・農業・農村基本法の制定から約20年が経過した現在、新たに食料安全保障に関わる情勢の大きな変化や課題が顕在化してきた。このため、今回の改正では以下の3法案が国会に提出されている。 
*食料供給困難事態対策法案 
*スマート農業技術の活用促進に向けた法案  
*農地法関連法改正案

1)食料・農業・農村法改正法案の概要
改正法案は2024年2月に国会に上程され「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され国民一人一人がこれを入手できる状態にする」という食料安全保障の確保を目指す内容となっている。政府は少なくとも毎年1回、自給率などから食料安全保障の達成状況を調査し、結果を適切な方法で公表しなければならないこととなっている。また、「環境と調和のとれた食料システムの確立」が新たな条文として追記された。
2)従来の自給率・食料安全保障の関連施策と改正案の検討内容
現行法では危機管理対応としての規定が色濃く、一貫した政策体系が希薄だったのに対し、改正案では不測時に限らない平時からの食料安全保障を規定し、不測時対策についても拡充されたものとなっている。
また、食料安全保障の確保に向けて輸出促進と価格形成の内容が追加され、農業を海外市場も視野に入れた産業に転換しつつ、国内農業基盤の維持を図ることを目指している。
さらに、適正な価格形成に向けた食料システムの構築を目指して、高騰化した生産資材の価格を食料価格に適正に転嫁できることを目指し、合理的な費用を考慮した価格形成が図られるような施策を取り入れようとしている。
さらに、不測時における措置については「食料供給困難事態対策法案」を用意しており、平時→食料供給困難兆候→食料供給困難事態→最低限必要な食糧不足の恐れ、といった不測の事態の程度に応じて、政府全体での取り組みを図る内容となっている。
食料供給困難事態になった場合、「出荷・販売の調整」、「輸入の促進」、「生産・製造の促進」が要請され、食料供給困難事態になった場合には、各項目の計画を作成し、届け出ることの指示がある。この場合の各要請に応じた経営リスクについては政府が財政上の措置を講じることになっている。一方で、計画の届け出が無い場合は罰金が科せられ、正当な理由なく計画の沿った取り組みを行わない場合は社名等が公表される。なお、計画に基づく生産が行えなくても罰則対象にはならない。
今回の改正案では、食料安全保障の指標として従来の「食料自給率」だけではなく、その他の食料安全保障の確保に関する目標が定められる。以上をまとめると以下の様になる。
(1)改正基本法は、食料安全保障を一層重視し、不測時のみならず平時からの食料確保を明確化。
(2)その確保に向けては、国内生産の拡大と安定的な輸入の取組みに加えて輸出促進を通じた清算基盤の確保と持続的な供給に要する合理的な費用を考慮した価格形成を用意。
(3)食料安全保障の確保≒自給率の向上、という発想を脱却し、新たな他の指標を加味していく方針。

3)環境と調和のとれた食料システムの確立に向けた”みどりの戦略”と農業生産現場の対応
改正基本法では「環境と調和のとれた食料システムの確立」を明記し、農業生産活動における環境負荷低減の促進に関する基本的施策を以下の様に規定している。
(1)農薬及び肥料の適正な使用の確保
(2)家畜排せつ物等の有効利用による地力の増進
(3)環境への負荷低減に資する技術を活用した生産方式の導入の促進
欧米に並び、政府は2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定し、「持続可能な食料システムの構築」を課題として認識、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立を技術革新で実現することを目指している。同戦略ではEUを参考に2030年と2050年の目標を定めているが、現時点の状況からは非常に高い設定値となっている。
sem20240328b.jpg
みどり法では“みどり認定”のメリットとして、融資・税制の措置を用意しているが、農業生産現場では以下のような課題が生じている。
・みどり戦略に取り組むインセンティブはあるのか?
・高齢化や労働力不足により負荷の高い作業が出来なくなった。
・気候変動等の影響により新たな病虫害が発生。既存の防除方法の限界。

環境負荷低減の取組拡大のインセンティブの一つとしては、二酸化炭素等を減らした分をクレジット化して売却できる”クレジット”が制度化され、クレジット創出が活発になってきた。創出されたクレジットの購入を希望する企業も徐々に増えてくると見込まれる。クレジットの新たな方法論及び環境負荷低減の農法などが検討されており、まとめると以下のようになる。
(1)農業に由来する環境負荷低減の方向性は決まっており、今後は実践フェーズ。
(2)具体的な農法等は、現段階では可能な内容に着手するフェーズだが、今後の技術革新に対する期待度は高い。
(3)環境負荷低減の取組に対する補助等の議論はこれからであり、補助金、高付加価値化以外の選択肢として”クレジット”の仕組みへの関心は高い。
(4)基本法改正案の論点の一つは、みどり戦略およびカーボンニュートラルと食料安全保障の両立をいかに同時に進めて行くか。
(5)海外の動向を注視する必要もある。

4.質疑応答
  主な質疑は以下の通り。

Q.農家は自分が儲かるようにしか動けないと思うが、法律などは企業や大組織向けに出来ている。これをどのように展開するのかが見えない。
A.そこが基本法が出てきて話題になっている所。食料生産の増大と自給率を上げる方策との一体感が見えないまま、安保が大事という内容になっている。農業生産者の大半が家族経営であるが、その過半では後継者不足により持続性が失われており、かつ企業だけでは賄えないことが分かり切っている。また、減少分に比べて家族経営が増える見込みはない。半農半Xなどにも着目しなければ農業生産の維持ができないのではという意見もある。しかし、それに対する補助や施策は無い。武器が無い中で目標だけが示されている。2025年の基本計画で具体的にやることを示すまでは全貌はわからない。これまで通りでは、目標達成は難しいだろう。

Q.民間ストックの把握の仕方は?
A.民間企業でも自社でどれ位ストックがあるか、国の想定するような把握をしていないことが実態ではないか。また、情報出すのが面倒くさいとか、情報漏洩対策はできているのとか、なぜ出さなくてはならないのとか言う抵抗感もありそうな気がしている。

Q.生物多様性のクレジットは何故ないのか?
A.農業と環境の議論ではカーボンクレジットが先行した。2024年以降は生物多様性への着目が広まると思うが、その評価が難しい。生物多様性クレジットが大事だということは分かるが、ではどの生物が生き残ったかなど、優劣をつける評価基準や計測の在り方、価値基準の付け方などが課題になるだろう。

Q.食料の保全には漁業も大切だが、漁業に関しての議論は行われているのか?
A.別の所で議論されている模様。漁業の場合は資源管理的な観点からの議論が強い。ただし、漁船への外国人就業者が多いなど、漁業の担い手不足は農業以上に深刻。輸入の議論はしており、安定的な輸入が模索されるだろう。陸上養殖への関心が高まって来ているが、環境負荷への影響などが悩ましい点ではないかと思う。

Q.ソーラーシェアリングが簡単に進まない理由は何か?
A.ソーラーシェアリングへの関心を示す人は増えている。法律的にもやり易くなっており、手続きも楽になってきた。しかし実際にやろうという希望者が出にくいのが現状。また、ソーラーパネルの下で農業生産を本気で考えている人がどれだけいるか地元の人達が心配している。生物多様性等も見据えると、パネルの下で何を作るかは今後論点になっていくかもしれない。設置したのが企業だった場合の倒産した時のデメリットや、ソーラーパネルの回収などの問題もあり、今まで農地としていたところにソーラーシェアリングを入れた場合のデメリットなどを広く見ていく必要がある。アセスメントが大事。

Q.37枚目のスライドを見るといいところだらけだが、秋耕が進まない理由は?
A.単に農作業の繁忙期であるため、忙しくてやってられないというのが主な理由ではないか。ある程度お金になったり、地力保持に繋がれば広がると期待している。

以上   

文責:小栗武治


講演資料:農業基本法改正の論点
 
posted by EVF セミナー at 18:00| セミナー紹介

2024年02月21日

EVF総会記念セミナー報告:カーボンニュートラルへの日本の取り組み

演題:「カーボンニュートラルへの日本の取り組み」
se20240221.jpg講師:橘川 武郎(きっかわ たけお)様

EVF顧問、国際大学 学長・国際経営学研究科教授
講師略歴: 1951年生まれ。和歌山県出身。東京大学経済学部卒業。 東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。 青山学院大学経営学部助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て、2020年より現職。 2023年、国際大学学長就任。 東京大学・一橋大学名誉教授。元経営史学会会長

聴講者数:53名

講演概要
1 2023年の注目すべき二つの動き:
〇現在の世界の動きのベースにある二つのキーワードは、「GX(グリーントランスフォーメーション):化石燃料をできるだけ使わず、クリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動」と「カーボンニュートラル:カーボン(二酸化炭素)排出量=吸収・回収量とすること」。
〇カーボンニュートラルの実現はコスト削減こそが最大の課題;日本の独自の解決策として、既存石炭火力の活用と既存ガス管の活用があり、それらを実現するには、アンモニアとメタネーションが鍵になる。またこれらは、アジア諸国、新興国、非OECD諸国への展開が可能であり、日本のリーダーシップの根拠となりうる。
〇GXにたいしては、今後10年間に総額150兆円が投資される。経産省の資料によれば、重点項目は1.徹底した省エネ、2.再エネの主力電化、3.原子力の活用、4.その他の重要事項(水素・アンモニアの生産供給網構築、他)とされている。ただし、実際の投資見通しでは、原子力関連は、わずか1兆円にとどまる。
〇新しい温室効果ガス(GHG)削減目標の設定 :2023年に開催された、G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合(2023.4)において、IPCCの「2035年GHG排出削減2019年比60%削減」目標(2023.3.20) が確認された。このIPCC目標は世界基準となり各国とも35年の目標を25年までに国連の会議(COP30)に提出することが求められている。
〇これらの大きな動きから、これらの国際公約からもはや日本は逃げられない。

2 再生可能エネルギー :
ウクライナ戦争がヨーロッパにもたらした大きな問題はロシアからの天然ガス供給停止である。これにより世界的な天然ガスの争奪戦と価格上昇が、これからの日本の天然ガス輸入に大きな影響を与えている。日本の輸入元である中近東等にEUや中国が目を向けだした。このような世界情勢から日本に求められることはエネルギー自給率の向上であり、それには究極の国産エネルギーである再生可能エネルギーの普及が鍵となり。またこれが脱炭素社会形成に直接結びつく。その為の当面の課題は、コスト低減、住民とのトラブル解決、実現を加速するための移行戦略の三点である。最近では太陽光、風力等でコスト低下が進んでおり、また住民とのトラブル解消のために事業主体への住民参加の動きを作るべきである。

3 原子力発電と石炭火力発電に関して:
岸田政権は「原発に関する政策転換」はしていない。既存炉の運転期間延長によってかえって次世代革新炉の建設は遠のき、各地の停止中の原発の再開も進展少なく、原子力には前向きではない。一方、ウクライナ戦争で、原発が軍事標的という新しいリスクが発生している。
石炭火力発電所は、電力危機対策の柱となる超々臨界圧(USC)の建設ラッシュ であるが、一方で、石炭火力はアンモニア混焼で進展がみられるので、2040年までにたたむことを宣言すべきである。たたむ時期を明確にしていないため、石炭を減らすためのアンモニア混焼はG7の中で孤立化している。「アンモニアは石炭延命の言い訳」というあらぬ誤解を受けている。

4 カーボンニュートラルの時代へ:
菅首相の「2050カーボンニュートラル」所信表明(2020.10)、さらに気候サミット(2022.4.22)での「2030GHG13年比46%削減」表明によって、日本は大きく動き出した。第6次エネルギー基本計画で掲げられた2050年の電源構成は、再生可能エネルギー:50〜60% 、水素・アンモニア火力:10%、水素・アンモニア以外のカーボンフリー(CCUS付き)火力+原子力 :30〜40%(実質は原子力10%(副次電源化))と設定された。。
CCUS(二酸化炭素回収利用・貯留)に関しても技術開発や適地開発の向けての方針が打ち出された。
カーボンニュートラル実現への具体策として、
〇発電分野では、ゼロエミッション電源として考えられるのは、再生可能エネルギー、原子力、カーボンフリー火力(水素、アンモニア、CCUS)等々である。
〇非電力分野(熱利用も含む)では、電化(EV[電気自動車])、水素(水素還元製鉄、FCV[燃料電池車]))、メタネーション(e-gas;CO2とH2からのメタン合成))、合成液体燃料(e-fuel;CO2とH2からの液体燃料合成)、バイオマス 等々。
〇発生したCO2は吸収除去し、発生分をオフセットする。方策としては、植林 、DACCS(空気中のCO2を回収し貯留、有効利用)等々。

5 コスト削減が最大の課題 :
〇RITE(Research Institute of Innovation Technology for the Earth )が、に2050年カーボンユートラル達成時の発電コストの試算を行った(2021.5)。それによると、電源構成を再エネ・原子力・水素/アンモニア・CCUS火力の組み合わせで想定し、それぞれの比率を変えた7つのシナリオについて発電コスト算出したが、いずれの場合でも現行の発電コスト(13円/kWh)を大きく上回るとしている。
〇カーボンニュートラルの実現はコスト削減こそが最大の課題である。日本の独自の解決策として、既存石炭火力の活用と既存ガス管の活用があり、それらを実現するには、アンモニアとメタネーションが鍵になる。またこれらは、アジア諸国、新興国、非OECD諸国への展開が可能であり、日本のリーダーシップの根拠となりうる。

6 カーボンニュートラルの切り札と目されるアンモニア・水素・メタネーションの壁:
〇アンモニアには、調達の壁、技術の壁がある。 現状で国内年間消費量(肥料中心)は100万d、これが発電だけで30年300万d、50年3000万dと予想される。技術的課題としては、NOX対策、合成法開発がある。グリーンアンモニアを合成するには、ハーバー・ボッシュ法に代わる技術が望まれる。
〇水素については、 現状では大口需要の水素発電にメドが立っていない。
〇メタネーションでは、技術の壁=需要の壁がある。 都市ガス業界では、都市ガス需要が維持されるという前提に立ってメタネーション(e-gas)志向であるが、メタネーションの技術開発が遅れ、その間に電化の影響で都市ガス需要が減少すると、メタネーションが間に合わなくなるおそれもある。 一方で、カーボンフットプリント(サプライチェーンのカーボンフリー化)の脅威にさらされている鉄鋼・セメント・部品メーカー等では、すぐにでもオンサイトメタネーションへを導入したいという要請が高まっている。

7 第7次エネルギー基本計画
〇今後の流れとして、世界的には2025年のCOP30に「2035年削減目標」を持ち寄る。 日本は、今年後半から第7次エネルギー基本計画を策定する。その中に盛り込まれるべき
3つの課題 ;再生可能エネルギーの抜本的拡充、バックアップ火力のカーボンフリー化の推進、省エネルギーの抜本的強化 。
〇あてにされていない原子力;計画を策定する基本政策分科会のメンバーの問題

8 3つの落とし穴
(1)需要からのアプローチに欠ける(供給側から見るだけではだめ) 、(2)セクターカップリングの視点に欠ける;「電力」と「非電力」の分離 →熱電併給の観点の欠落(電力部門と非電力部門との連携が重要)、(3)「地域」の重要性に目を向けていない:このままだと担い手は大企業に限定される、中小企業も「サプライチェーン全体の脱炭素化」に迫られる。

9 再生可能エネルギーのコストダウン
〇太陽光/風力+蓄電池/バックアップ火力は高コストになるが、これに CHP(熱電併給)+地域熱供給 を加えることで、再生可能エネルギーを発電用にも熱供給用にも使えるようになり、コストダウンを図ることができる(デンマークに成功例あり)。

10 需要サイドからのアプローチ
〇ゼロカーボンシティ;2023.3.31時点で934自治体が意思表明するも、大半は具体的施策を模索中
〇コミュニティベースのカーボンニュートラル挑戦のポイント;熱電併給とコミュニティによるエネルギー選択、創電+蓄電+節電のネットワークとアグリゲーター(多くの需要家が持つエネルギーリソースをたばね、需要家と電力会社の間に立って、電力の需要と供給のバランスコントロールや、各需要家のエネルギーリソースの活用に取り組む事業者「特定卸供給事業者」) によるVPP(仮想発電所)の実現。

11 カーボンニュートラル推進の両輪は、企業のイノベーションと地域の脱炭素化(地産地消) にある。

質疑応答:
Q1) 講演資料の中でご説明の無かったP.16(第7次エネルギー基本計画)の「あてにされていない原子力」のところで「計画を策定する基本政策分科会のメンバーの問題」とは、どのようなことをおっしゃりたかったのか、お伺いしたいと思います。
A1) 基本政策委員会のメンバーが、原子力推進派ばかりに偏っていること。しかも、その原子力推進派委員が勉強不足で、原子力に関する具体的な提案(リプレースによる美浜4号機の建設、敦賀3・4号機用地での高温ガス炉・大型水素専焼火力の建設、原子力発電で得た電力で水を電気分解し水素を作ることによるカーボンフリー水素の国産化など)を行えないでいること。
Q2) 太陽光は、地球にとってエネルギー源である一方、最近は地球温暖化の原因になってきていると考えるので、太陽光を多くエネルギー源に利用する(太陽光発電)ことによって、地球温暖化を下げ、結果、炭酸ガスも削減出来る。そう考えると温暖化防止の観点から、太陽光発電の効果は他のエネルギー源と比べると2倍あるといえるのではないか?
A2) 今日テーマとして取り上げたカーボンニュートラルの考え方から行くと2倍というようなことは言えない。また温暖化は、直接太陽光ではなく、地球上の炭酸ガス増加によると考えるのが自然ではないかと思うので、その点からも違うと思う。
Q3) 本日の講演の中に核融合が取り上げられなかったが、その理由は?
A3) 核融合は、カーボンニュートラル実現後のまだまだ先のことであるからだ。
Q4) 大型水素発電は何故難しいか?
A4) 今のプランでは、コストが安い海外で水素を製造し輸入するため、グリーン水素の運び方、大量輸送が難しいから。原子力からの水素をもっと考えるべき。また、電力業界は、石炭火力のアンモニア転換に力を集中しており、ガス火力の水素転換には目が向いていない。
Q5)地域での脱炭素化案はどのようなことか?
A5) 住民参加型VPP。地域ぐるみの節電、オンザルーフの太陽光発電の地域全体での活用、EVの電力ネットワークとしての利用等を組み合わせる。
Q6) 地方と都会とで同じ電力料金というのはおかしくないか。
A6) 日本の電力は国民に広く供給するという観点や、送電網を大電力会社が専有していることからも同一料金になっているためそのようになる。地産地消が徹底されると、コストも下がり電力料金に差が出てくる。
Q7) 再エネは地産地消がベースである。最近は温泉業者の理解のもとに、地熱利用も増えて地熱バイナリー発電なども増えているように思うが。
A7) その通り。ただし、バイナリーは規模が小さい。別府などでは温泉業者が中心になってバイナリー発電に取り組んでいるが、供給規模には限界がある。一方、大型地熱発電では、最近、秋田県湯沢市で地元自治体や温泉業者の理解を得て、2カ所の発電所が建設されており、その広がりが注目される。

以上 (文責:橋本)
講演資料:カーボンニュートラルへの日本の取り組み
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2024年01月26日

EVFセミナー報告:「DAC含むCO2分離回収・利用技術(CCU)及びCCSの動向と課題」

演題:「DAC含むCO2分離回収・利用技術(CCU)及びCCSの動向と課題」
se20240126.jpg講師:須山 千秋様

一般社団法人カーボンリサイクルファンド理事
聴講者数:50名


講演概要

1)一般社会法人カーボンリサイクルファンド(CRF)の概要 : 
・組織としては5年前に21社でスタートした。今は法人、自治体、個人、学術など191団体が加盟。
・ビジョンとしてはカーボンリサイクルの社会実装及び民間がビジネスとしてCRに取り組む支援。
・事業内容としては主に研究助成・広報・吸収源活動として任意の寄付金などをいただいて、企業、学校などの研究活動に助成。
・CRの社会実装ワーキングとしては自治体の協力を得て、CO2の分離、回収、貯蔵、吸収源の検討など幅広く支援。
2)CO2の分離・回収技術について
・液体アミンに吸収させて分離回収する技術はすでに確立しているが、CO2を取り出すのにはエネルギーが多く必要である。将来的(2050)には他の技術を含めて回収コストを1000円/t-CO2以下にすることが目標。
・排出源が多岐に亘ること、さらに回収したCO2の利用方法により、回収技術との適応を検討しなければならない。以下が回収方法;
・化学吸収法:(アミン吸収)各社がいろいろな形ですでに行っている。
・物理吸収法: CO2を温度、圧力をかけて物理的に液体に吸収させる。
・固体吸収法:アミンを液体ではなく、多孔質材料に担持させてエネルギーロスを低減。
・膜分離法:CO2だけをうまく膜を透過させて他のガスと分離する方法
・クローズドIGCC:蒸気タービンで発生したCO2をまた上流工程に戻して効率化を図る方法で、同様の他社技術は米国等でかなり実用化されている。
3)DAC 大気中からの直接CO2回収(DAC:Direct Air Capture)
・場所に影響されず、回収可能 、ネガティブエミッションが可能。
・技術ははまだ過渡期で、エネルギーコストは高い。
・アイスランドでは地熱発電のエネルギーを利用して世界最大のDACプラントを稼働させている。
・カナダ、米国などでもそれぞれ、プラントを稼働させており、日本の商社などが提携している。
・国内でも各企業、大学などが実証実験などを開始している。
4)カーボンニュートラルとカーボンリサイクル
・CO2排出ゼロを目指すことはハードルが相当高く、循環炭素社会が必要。
・CRロードマップとしては分離、回収したCO2を化学品、合成燃料、鉱物などに再利用するための技術開発が必要で、水素の値段が高いのでさらなる研究開発、コスト削減などが必要。
・CO2とH2を合成して製造される合成燃料(e-Fuel)は既存設備が使え、航空燃料、舶用燃料として使える。電動化、水素化に比べてエネルギー密度が高く、期待ができる。
5)CCS(Carbon Capture and Storage) ―ネガティブエミッションの方策−
・日本で動きが加速している。2030年までには民間ベースでCCSをやっていく。2050年までに1.2億トンから2.4億トンを目指す。
・先進的CCS事業として民間が主導してやっていくことを、国も期待している。
・CO2バリューチェーンの構築。
・経産省はカーボンマネージメント課が担当することになった。カーボンニュートラル実現に必要な要素として、社会実装には多面的アプローチは不可欠である。政策支援、社会受容性、市場創出・活性化、産業間連携、国際連携などなどが重要。
6)技術由来炭素除去法(ネガティブエミッション)技術
・世界においてはCO2削減方法の国際ルール化が進行。測定、報告、検証(MRV)の方法論
・具体例としては鉱物化、土壌への固定。
・炭素の削減と除去は区分けされる方向。除去のほうが価値を高く評価されるであろう。
7)まとめ(カーボンリサイクルの意義)
・炭素は貴重な資源であり、資源の少ない日本だからこそ技術開発が必要。
・量は少なくてもすぐに実行可能であり、課題先進国日本ならではのエネルギーミックスを目指す。
・CO2からのエネルギー製造は環境問題、資源問題の同時解決が可能であり、世界のリーダーシップを取っていく必要がある。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

Q & A セッション

Q1: 日本でDACをする場合にはどこでどんな技術、どのように処理するのがいいのか? 
A1:日本でやる場合に、可能であればCCSで埋めていくのが良いが、地元の理解が必要で、それが難しい場合には鉱物化。日本は深く掘れば玄武岩多いので、地中固定ができる。コンクリートと固めるのも半永久的で良いかもしれない。

Q2: 日揮にいた時代水素を作るプラントにいたが、出てきたCO2はコカ・コーラに渡していた。CO2を貯留した後、何かに使えるという事が見えてくるともっと利用をしようと考えるようになるのではないかと思うが、どのように考えるか。
A2:貯留(storage)といっているのは固定化のイメージが強く、簡単に取り出せないようにすべきで、使いやすい形は別の取り出し方がある。石油やガスのように永久的に地下に収まるイメージでストレージといっている。CO2利用するときにはそれに合わせた形態の貯蔵法があり、炭酸飲料として使う場合も、数か月は大気放出されずに固定されていると考える。

Q3: DACは何のためにあるのか?アミン吸収は昔からある。DACは熱力的に一番不利な形で、経済的にはペイしないのではないのか? 
A3:DACは最後の手段かもしれない。この技術は潜水艦や宇宙船内の二酸化炭素濃度を下げるために必要な技術として始まった。CO2が1,000ppmとなると思考能力が落ちてくる。少し簡単に効率よくやれば単純な回収方法ではあるが、数が増えれば効果があるかもしれない。だが大量にやるのは難しいかもしれない。

Q4: 人間は石油を掘って使い放題でCO2を放出した結果がバランスを崩した結果だが、そのCO2はカーボンクレジットとして取引されるというが、どのような形となるか。
A4:政府は飴と鞭を使い分けるが、カーボン削減に対して、欧州では排出権取引が始まっているが、いずれ日本もその方向で動く。すでに再エネで補助金などを政府が出しているが、これはCO2を国民がCO2に対して1トン当たり2〜3万円金を払っていると理解すべき。今後、他でもCO2に値段がついて、実質的には取引されている。
CO2に値段(価値)がついていく。

Q5:CO2は資源になるといわれるが、どのようなものがあるのか。
A5:元総理の安倍さんが、ダボス会議でこのような言い方をした。化学業界のトップは、「CO2はカーボン源、いずれ化石資源がなくなり、日本に入ってこなくなる。化石資源がないと化学メーカーは仕事ができない」と口をそろえていっている。そのための将来を考えるとバイオマス、ゴミ、空気からカーボンを取り出すしかないので、化学メーカーは今からそのことを考えている。
以上  (文責:八谷)

講演資料:DACを含むCO2分離回収・利用技術(CCU)
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2023年12月21日

EVFセミナー報告:東電1F処理水の海洋放出とトリチウム

演題 : 東電1F処理水の海洋放出とトリチウム
講師 : 沼田 守様

元日揮株式会社技術研究所所長
元原子力損害賠償・廃炉等支援機構 執行役員
聴講者数:51名

講師紹介
se202312.jpg
・1978年:日揮株式会社入社
・1979年から2014年:原子力及びエネルギー領域の技術開発・技術導入、水素領域技術・水素経済の研究、プロシェクトの運営管理、日揮(株)の技術戦略立案、部門の管理・運営に従事 
・2014年: 原子力損害賠償・廃炉等支援機構に出向。執行役員として東電1F廃炉の技術戦略策定に従事
・2016年キュリオン社日本法人のプロジェクトダイレクター
・2017年:同社執行役社長代行を兼務
・2019年:同社退職
・2022年:株式会社テネックス・ジャパンのアドバイザー

講演概要

1.はじめに

東電福島第一原発(以下、1F)ALPS(放射性物質を取り除いて浄化する多核種除去設備)処理水の海洋放出について、様々な報道がある。しかし、国民一人一人が、ALPS処理水の海洋放出について自分で考ようにも科学的技術的な情報が容易に得られないのが現状である。ALPS処理水とALPSでは浄化することのできないトリチウム(以下、3H )について海洋放出する科学的根拠、技術的知見に基づいた情報をわかりやすく提示する。

2.同位体の表記と放射能・放射線の単位

同位体は元素記号の左上、もしくは右側に質量数を記載することで他の同位体と区別する。放射能の単位はBq、放射線の生体組織への被ばくの単位はSvである。

3. 1Fにおける汚染水

事故後の原子炉は廃炉することに決まったが、様々な課題がある。代表的な課題として溶けた燃料デプリと本講演の話題である汚染水の発生と処理処分がある。燃料デプリは水をかけ続けることで冷却された状態を維持しているが、この水が燃料デプリに触れることで、高濃度の放射性物質を含んだ汚染水が発生する。また、この高濃度の放射性物質を含んだ汚染水は原子炉の亀裂の入っている建屋内に流れ込んだ地下水や雨水と混ざることによって汚染水が増加している。理論上、核分裂生成物は247核種、規制対象となる腐食生成物は20核種である。実際に考慮する必要があるのは、核分裂・腐食生成物併せて7核種である。

4.汚染水に含まれる核種の分離

ALPSでの処理は前処理として、鉄共沈と炭酸塩処理を行い、凝集沈殿させ、さらに水に溶解している放射性核種を活性炭と選択的吸着材で吸着処理して多核種を除去する。ALPSにより3H以外の核種を排出基準値以下にすることが出来ている。

5.3Hについて

水素の同位体で中性子を2個持つ。水中の飛程が6μmのβ線を放出する。日本の湧水、地下水、河川水での濃度は0.4〜6.3 Bq/Lである。3Hは2次処理前の分析結果の一例として851,000 Bq/Lのデータがある。

6.ALPS処理水(3H含有水)の処分の方法

国内外の実績を考慮すると海洋放出が現実的である。ALPS処理水の海洋放出設備は地震対策として、海抜33.5mの台地にALPS、新設逆浸透膜設置、ALPS処理水タンク等か設置された。希釈用海水は港湾外から取水。放水は約1kmの放水トンネル損失に見合う下流水槽の水面高さと海面の高さの差を利用して自然流下させる。

7.ALPS処理水の海洋放出

3Hの放出濃度はWHO飲料水基準の1/7、規制基準の1/40の1,500 Bq/Lに設定。年間放出量は1F(事故前)と同じ22兆Bq/年に設定。3Hの海洋放出例として、仏国ラアーグ再処理施設11400兆Bq/年、中国の陽江原発107兆Bq/年、泰山第三原発124Bq/年であり、1Fと比較して高い。


Q&Ą

Q1:年間海洋放出のトリチウム放出量は国内外の多くの原子力発電所等からの放出量と比べて低いのに、放出量の多い韓国、中国から海洋放出はけしからんとのクレームが報道されているが、それに対する反論が聞こえてこない。反論すべきは誰か。
Ą1:外交問題で別の何かを期待してクレームをつけている。反論するとしたら当事者の東電であるが、ここは、学会か専門家が反論すべきである。話してはいると思うが、マスコミは取り上げていない。マスコミを通して聞こえてこない。

Q2:事故により溶けて固まった燃料デプリが残っている。燃料デプリは水をかけ続けることで冷却された状態を維持しているが、この水が燃料デプリに触れることで、高濃度の放射性物質を含んだ汚染水が発生するとのことだが、燃料デプリもだいぶ冷えてきていると思うので、空冷であれば3Hの生成も少なくなり、少量の海洋放出で済むのではないか。
Ą2:試験はしているが、実用化まではなかなか至らない。

Q3:セシウム吸着塔や ALPS処理で使用された使用済み吸着材など除去された二次廃棄物としての放射性物質はどう処分しているか。
Ą3:放射性物質は高性能容器に保管され、一時保管施設へ輸送後に貯蔵されている。ジオポリマー(セメントに似た新材料)でゼオライトを水ごと固める安全に保管する技術などが検討されている。

Q4:稼働中の原子力発電所の低レベル放射性廃棄物の処理・処分はどうなっているか
Ą4:気体廃棄物は、フィルタを通したり、減衰タンクやホールドアップ塔で放射能を十分減衰させたのち、安全を確認したうえで大気中に放出している。液体廃棄物は、種類に応じて蒸発装置、洗浄廃水処理装置などで処理する。濃縮廃液はアスファルトやセメントで固化し、または焼却し、ドラム缶に詰めて発電所内の貯蔵庫で厳重な管理のもと保管する。浄化水はできるだけ再利用する。放出するものは、安全を確認したうえで冷却用海水と共に海中へ放出する。固体廃棄物は、可燃性のものは、焼却してドラム缶に詰める。不燃性のもののうち、圧縮できるものは圧縮してドラム缶に詰め、圧縮できないものはそのままドラム缶に詰め、ドラム缶に入らないものは梱包体にする。ドラム缶や梱包体は、厳重な管理のもと、発電所構内の貯蔵庫に保管する。ドラム缶に詰めた廃棄物は、原子力発電所に保管した後、六ケ所村にある日本原燃の低レベル放射性廃棄物センターに運び埋設処分している。

Q5:トリチウムは濃縮して保管しておいて、核融合に使用することはできないか。
Ą5:核融合発電にとってトリチウムは重要だ。重水素とトリチウムの核融合発電を目指している。1F処理水からのトリチウムを濃縮しても量が少なく、半減期も短いので経済的に成り立たない。現実的でない。

Q6:用語の解説をお願いする。告示別表に定める線量限度等を定める告示。減衰補正後濃度が告示限度の1/100を上回る核種とは何か。
Ą6:燃料に由来する放射性物質、腐食生成物に由来する放射性物質共に、ALPS処理設備の稼働時期が原子炉停止後より1年後になると想定されたことから、半減期を考慮し原子炉停止365日後の滞留水中濃度を減衰補正により推定した。減衰補正により得られた原子炉停止後365日後の推定濃度が告示濃度限度に対し、1/100を超える核種を滞留水中に有意な濃度で存在するものとしてALPS処理設備の除去対象核種として選定した。なお、1/100以下となることから、除外した核種の推定濃度と告示濃度限度との比の総和は、最大で0.05程度であることから、除外した核種の濃度は十分低いものと考える。

Q7:トリチウム処理水海洋放出に関して多くの関係者の努力が国内に伝わらない一因として政府・東電に対する不信も相当含まれると感じている。その点でIAEAにその監視機能を置きまた発信することは国内・海外に対して有効なアイデアだと思うが、
Ą7:政府・東電に対する不信があるのは、自然かつ当然と考える。なぜならば、東電は事故を起こした当事者であり、避難指示を出し、避難者に苦痛を与えたのは国だからである。そして、過去に国及び東電が原子力は安全であると言って地元に説明して導入したわけだから。IAEAは与えられたタスクを報告する義務があるので公開する。ただ、それを広報的に使っているのは日本政府であり、東電である。東電や日本政府が自分たちの取り組みを直説説明するよりも、IAEAの評価は第三者による評価であるので、東電や国より信用されるものと思う。IAEAレビューのスコープは、日本政府からの要請やIAEAのタスクフォースの権限に基づき、東電1FにおけるALPS処理水の取り扱いに関する日本の基本方針の実施について、IAEAの国際安全基準に照らして安全面の評価を行うことに特化されている。監視機能があるわけでない。

Q8: IAEA がALPS処理水のモニタリング以外に対象を広げることは意味があるか
Ą8:廃炉の手順とか内容をIAEAにレビューしてもらったらよいのではないか、ということであれは、現段階では不要と考える。実施予定の内容は事前に戦略プラン(英文、和文)で公開され、規制庁にも説明され、規制庁で確実に反映されて作業が行われている。戦略プラン策定には複数の海外の専門家も加わっている。また、地元での定例会議においても説明がなされ、もらったコメントが廃炉作業に反映されている。

                               文責 立花賢一
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2023年11月22日

EVFセミナー報告:台風を脅威から恵みに変える〜台風科学技術研究センターの紹介〜

演題:「台風を脅威から恵みに変える 」 〜台風科学技術研究センターの紹介〜
講師:満行 泰河( みつゆき たいが) 様

横浜国立大学 大学院工学研究院 システムの創生部門 准教授
日時:2023年11月22日(木)14:30〜16:00
場所:新宿NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:48名

se20231122.jpg講師略歴:
2014年3月 東京大学 大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻 博士課程修了 博士(環境学)
2014年4月 東京大学 大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻 助教
2015年4月 東京大学 大学院工学研究院システム創成学専攻 助教
2018年3月 横浜国立大学 大学院工学研究院 システムの創生部門 准教授
2021年10月 横浜国立大学 台風科学技術研究センター 副センター長

概要報告:

・2050年には台風を脅威から恵みに変えるという、タイフーンショット計画の実現に向けて、横浜国立大学総合学術高等研究院では台風科学技術研究センターを立ち上げ、様々な角度から台風に関する研究を行っている。 本講演では、タイフーンショット計画の一つの柱である台風発電に関する研究を中心に、現状の成果と今後の展望について紹介いただいた。

・満行先生は、自称現代っ子というだけにまだ37歳の若さであるが、日本のみならず東南アジアの国々が今もそして今後も直面する超大型サイクロンの脅威を台風のエネルギーを削ぐ、さらにはそのエネルギーで発電し電力を得るという意義あるプロジェクトをポジティブかつスマートなキャラクターにより地球温暖化研究等の大家を短期に巻き込みながら、しかも楽しく進めていることがよく伝わる勢いのある講演であった。

・地球温暖化問題やエネルギー起因ともいえる国家間のエゴが渦巻く現状ではありながら2030年、2050年を生きていく次世代が軽やかに対処していく姿を目の当たりにして会場からのQAも 愉快だった、エールを送りたい、など気持ちがこもっていたのが印象的であった。

・元々の専門である船舶工学の知識を土台に洋上風力発電をテーマに研究をされていたが、最近になって大型化する風車のプロペラは風力が強すぎると破損の恐れがあり折角のエネルギーを利用できないというジレンマがあり、そこを突き詰めて台風の勢力を弱める、さらにはエネルギーを得て恵みにするという思いを抱いた。また、それを大学が支援する形で台風科学技術研究センターが設立された。センター設立式のテレビ報道を見るまではドッキリ番組のように感じていたので実感が湧かなかったそうである。先生からこれだけは覚えていてほしいというメッセージは以下2点

・一点目はタイフーンショット計画である。 タイフーンショット計画が提案する2050年の社会は、気候変動の激甚化、災害大国日本ではなく、台風エネルギーの恵みによって自然エネルギー大国、脱炭素社会日本となっている。そのターゲットは、@無人航空機による人工制御法の開発、A無人船舶による台風発電技術の開発。社会的意義は、@安心な生活への貢献、A脱炭素社会への貢献、B技術大国日本の復活、C人材育成である。その結果、天気予報と同様に台風予報がなされ発電量が報道されしかも被害はゼロ。そしてそのノウハウは東南アジア諸国にも伝わっている。

・二点目は、その母体としての台風科学技術研究センターの設立TRC(Typhoon Science and Technology Research Center、2021年10月立ち上げ)である。日本の台風に関する知見の下で、台風のメカニズムを解明するとともに防災減災を目指す。

・TRCの組織は次の6つのラボからなり最先端の知見が産・官・学、理学・工学・人文科学等多様なステークホルダーと協働する。その研究領域は@台風観測ラボA台風予測ラボB台風発電開発ラボC社会実装推進ラボD地域防災研究ラボE台風データサイエンスラボであり、センターの目指す台風発電のコンセプトは、そのメカニズムと高精度予測を活用した未来の海上移動式・発電・蓄電・送電システムの技術開発である。ラフな試算ではあるが、台風発電船100隻で日本の再エネ電源の約3.6%を賄える。

質疑応答

Q1希望に満ちた楽しい講演であった。太陽光発電は比較すれば構造が単純だが、洋上風力発電はメカニズムを開発し機械工学的に進めるということなので台風発電もその延長として日本の強みが生きるのでは?
A1洋上風力発電は着底式から浮体式かつ大型化(15MW級)に進化している。浮体については、日本は大変強いが残念なことにキーとなるブレードを作る会社が撤退したので悔しい思いがある。今後その技術を育てること、そして稼げる事業にしていく必要がある。つまり産業育成が必要だがそれは技術よりも難しくご支援をお願いしたい。

Q2ジェーン台風(昭和26年)を大阪で経験した。陶器食器が入った洗い桶が風で舞い上がったのを母親と見た。当時は風速46m/sと発表されたが個人的には90m/s位あったのでは思っている。
A2 確かに過去のデータは、計測手段や統計手法が今と違っているので(平均評価など)現在は、気象学の先生方によって必要な見直しがされている。宮崎県出身なので台風銀座ではあったが外で遊んだ記憶があり当時は(今と比べれば)弱い台風だったと思う。

Q3 2050年を生きる次世代からの明るい話題で楽しかった。温暖化により極端気象(風速 50m/s超)が増える一方で穏やかな気象も増えるという理解は正しいか。(正規分布の中央値はやや増えるがそれよりもすそ野が広がる影響が出ている)
A3 まだ不明な部分はあるが、個人的な推測としてはYes である。2019年に超大型台風が頻発したが今年はない。笑い話だが保存した非常食菓子パンを食べることが家庭でもあるようだが補充も忘れないように。防災関係の先生方ともこの話題はよく出る。なかなかむつかしいが台風に限らず本当に油断禁物である。

Q4 長年ヨットを趣味としている。横風を食らうとひとたまりもない。台風発電船はどう対処しているのか。また、台風は進路を変え乍ら移動するため追跡が難しいとあったが、行きつく先のオホーツク海で捉えるのもよいのではないか?
A4 横波について最近の研究で分かってきたこととして帆が1枚ではなく翼列として10枚あると風の迎え角が真横からずれてくる。また、発電船のプロペラは入港できる港がないほど大きいため重心も低く安定性に有利。一方で横転させた後で復原させる案もあるが、そこまで条件を広げると波力発電も視野に入る。現在実験中なのでいずれについても近いうちに定量的な議論が始められると思う。オホーツク海のアイデアはその通りで、国際状況も考慮すべき難しい課題であるがその準備は怠ってはいない。

Q5台風が多い高知で育ったが50年近く住む東京では直撃が少ない。温暖化の影響で台風の進路が西寄りに変わったように思う。メカニズムにもよるが、台風の進路の先で海面上での蒸気化を防ぐことで進路変更ができるのではないか?
A5 台風の発達メカニズムついてはほぼわかっていて、蒸発を止めるために海面をカーテンで覆うという技術的な解決案も考えられるが、台風が来なくなると水枯れを起こすダムや地域もあるため強すぎる勢力を削り取るのが妥当という方向で落ち着いた。倫理的な面/ELSIも含めた課題である。(Ethical, legal and social issues)

Q6 ウインドハンター船では発電電力により船内で海水の電気分解を行うとあった。海水の電気分解は電極の耐久性も課題であると聞く。もしそうなら 現在静岡でエイエイディ社(AAD社)、清水銀行、東海大学の研究開発中の内容に関するEVFセミナーを来年5月に行う予定でありまた情報提供もできる。
A6大変ありがたい。現在検討中の課題である。ぜひ事務局を通してその新聞記事を送ってもらいたい。本日の最大の収穫かもしない!

Q7 台風や地震など災害防止に関して国立大学に対する政府の援助は乏しいのではないか?
A7 正直そういう面もあるが、そのような状況でも研究進歩はある。気象関係では台風の進路予測は今年から予測半径が1/3になった。世界にない大きな進歩である。予算獲得は、結局は国民の後押しで決まると思う。
文責:寺本正彦

講演資料:台風を脅威から恵に変える
posted by EVF セミナー at 16:00| セミナー紹介

2023年10月27日

EVFセミナー報告:再生可能エネルギーの活用における蓄電技術の現状と課題

演題:「再生可能エネルギーの活用における蓄電技術の現状と課題」
講師:三田 裕一様
一般財団法人 電力中央研究所エネルギートランスフォーメーション研究本部 研究統括室 上席研究員
日時:2023年10月27日(金)14:30〜16:00
場所:新宿区NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:51名

講師紹介:
20231027.jpg
・1990年:早稲田大学大学院 理工学研究科修士修了
・同 年:財団法人電力中央研究所に入所、主にリチウムイオン電池の寿命評価試験、二次電池システムの性能評価試験等に従事.
・2021年7月より現職.


[講演概要]

1.カーボンニュートラル(以下CN)に向けて:
<世界的に再生可能エネルギーの導入が拡大し,需要と時間的・空間的なズレが増大。蓄電技術の効果的な導入がCN実現のキー>

・「第6次エネルギー基本計画(2021年10月)」で見直しされ、再エネ比率は2030年で36〜38%程度、火力発電所の構成比は石炭(19%程度)と天然ガス(20%程度)で低下(△26%)。系統安定化技術の高度化、太陽光発電・風力発電の供給力確保、既存エネルギーシステムの最大限の活用が必要。

・「CNの方向性」は、省エネ・電化・電源の脱酸素化・水素化等で進めるが、2050年段階で全部を非化石化することは難しく、CO₂を回収・貯留するネガティブエミッション技術も含めてトータルとして実現する方向性。

・「CNを実現する将来の電力系統」には、新たに送電線が必要。また需要地近郊の配電系統と基幹のメイン系統をマッチングさせて動かすこと、需要地での地産地消が必要。

・「太陽光発電の課題」は、発電効率や利用効率が高くないこと、エネルギー電源として発電予測が必要なこと、特性として、日没で急激な変動があり「ダックカーブの懸念」がある。

2.電力の安定供給:
<蓄電池(二次電池)は,電力の供給と需要の両サイドで活用>

・「電力広域系統のマスタープラン(ベースシナリオ)」(電力広域的運営機関OCCTO)で、試算が示されている。

・「安定した高品質な電力供給」は、電力会社が安定したポリシーで需給調整をすることで,電力の品質としての電圧・周波数を維持している。

・「需給調整市場の整備」について、2024年にフルオープン予定。ビジネスチャンスとして、蓄電池の大量設置計画が立てられている。

・「慣性力の維持:再エネに蓄電池とM-Gセット」は、電中研も提唱。回転発電機を介することで、系統から見ると同期発電機に見える。

3.電力貯蔵システム:
<多様な蓄電池を適材適所の利用>

・「電力貯蔵技術の役割」には、系統安定化、需要と供給の時間的シフト、調整火力の補助、負荷平準化、またバックアップ電源等が期待されている。

・「電力システムでの蓄電利用(例)」は、他のエネルギーシステムとの組合わせで便益が出る。

・「各種エネルギー貯蔵技術」で真っ先に挙げられるのは、蓄電池(二次電池)。他の貯蔵技術として、揚水発電、重力エネルギー貯蔵、海洋インバースダム、圧縮空気エネルギー貯蔵等がある。

4.定置用蓄電池:
<電気自動車は充電の集中が懸念されるが,V2Xの活用も期待>

・「2030年までの世界の蓄電システムの累積導入量予測」は、世界全体だと350GWが導入される予想。アメリカと中国が大量に導入する計画。

・「利用されている電力貯蔵技術」は、リチウムイオン電池の導入割合が大幅増加。

・「再生可能エネルギーの今後の推移(2023年度供給計画)」は、圧倒的に太陽光が多く巷で言われてるほど蓄電池は導入されていない状況。

・「定置用蓄電システムの設置場所とユースケース」では、組み合わせて多用途対応(マルチユース)の実現が重要になる。

5.リチウムイオン電池:
<現状、リチウムイオン電池の劣化診断、残存価値の評価技術を活用して最大限の活用が不可欠。全固体電池は課題が多いが、期待は大きい。>

・「リチウムイオン電池の特徴」は、様々な電池があり形も多様。弱点は使用する電解液が可燃性(消防法の危険物)で、大量の使用には離隔距離を取る必要がある。(日本での事故例はないが、韓国でMW級蓄電池の火災事故が頻発。安全基準の整備などの対策が取られている)

・「運用条件(電池の使い方)と電池劣化」については、安定して長期で運用するために、「寿命の見える化」が必要。

・「EV循環による低コスト化・資源確保」について、中古自動車の大半が国外流出していること、リサイクル技術がまだ確立できていなくて事業化が難しい問題がある。国内に市場がない一つの原因として、現状では,中古EVの残価が判断できなくて公正な評価ができない(技術,制度がない)課題がある。

・「全固体電池の特徴と課題」について、次世代蓄電池として全固体リチウムイオン蓄電池が期待されている。一番は可燃性のものではないということ。一方、本当に大電流で充電できるのか、寿命についても短いという課題がある。

【質疑応答】

Q1:蓄電池の単位がMWとMWhが出てくるが、MWhが正しいか?
A1:電池はアワー(MWh)で示される蓄電可能なエネルギー量で評価するのが基本。ただ電力設備がほとんどワットなので、使われ方の最適運用の評価となるとワットを明記しておく必要がある。

Q2:蓄電池は電気を貯めるだけなので、再エネに入れるのはどういう考え方か? 
A2:再エネの中に入っている場合は、個人的な捉え方だが、何かと組み合わせて使うので蓄電池も入れてもらっていると理解している。

Q3:電圧調整とかサイクル調整とか需給調整をどうやって調整しているのか?
A3:電力会社にそれぞれ中央給電指令所(中給)があり、各電力会社が自身のエリアをコントロールしているのが原則。中給から遠隔で操作し微調整をしている。電力広域的運営機関OCCTOが、決まり事とか常に協議をして連携を取りつつ対応している。

Q4:電中研さんが提唱されているM -Gセットで、その中のモーターは電気自動車もハイブリッドも100kWだが、そのうち1000万台になると思う。そのモーターは使用後全部使えないのか?
A4:システム的な規模感でいうと、系統屋さんは100メガとか1ギガの単位でオーダーを考えている。電気自動車のモーターを多数接続して運用することになり,統合的な制御技術が必要になるため容易ではない。一方,電池については,使用済みの電池は結構バラバラな特性なので、ばらつきがある電池を全部同期しながら一体として動かす制御技術が重要になってくると思う。
文責:井上 善雄


講演資料:再生可能エネルギーの活用における蓄電技術の現状と課題
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2023年09月29日

EVFセミナー報告:波力発電の現状と平塚市の取組み

演 題 :「波力発電の現状と平塚市の取組み」
講 師 :堂谷 拓 様
 平塚市産業振興部産業振興産業活性化担当 主査
日時:2023年9月29日(金)14:30〜16:00
場所:新宿
NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:48名

講師略歴:
• Stony Brook University卒 BS Biology
• 首都大学東京(現東京都立大学)社会科学研究科博士前期課程修了(経営学修士・MBA)
• 政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策・経営人材養成短期プログラム(修了)
• 平塚市産業振興部産業振興課産業活性化担当主査
• 平塚海洋エネルギー研究会を東京大学生産技術研究所林研究室と立ち上げ。波力発電の産業化、キャッシュレス決済サービスの実証実験などに従事
• 東海大学総合社会科学研究所研究員

概要報告:

・波力発電のポテンシャル:波力発電開発可能量は、砂浜海岸の距離の10%を開発した場合で見積もって3.6GWと見込んでいる。エネルギー基本計画の2030年度におけるエネルギー増加可能見込みの地熱0.9GW、水力0.7GWに比べても発電量は多い。
平均の波パワーは、日本海側は夏冬の変動が大きく、太平洋側は変動が少ない。波のエネルギーは沖合に行くほど高くなるが、沖合の波は振れ幅大きいこと、色々な方向から来るのに対し、沿岸では波のエネルギーが想定できること、一方向であることから、ウェーブ・ラダー型に適している。

・ウェーブ・ラダー型波力発電の開発経緯:船の操舵装置を逆利用したウェーブ・ラダー型波力発電の発電機構は、波によるラダーの揺動を油圧シリンダーの往復運動に変換し、オイルモーターを回し直結する発電機を回すシステムになっている。
ウェーブ・ラダー型波力発電は、文科省プロジェクトで岩手県久慈発電所が2016年に日本で初公開された。この初期型の発電所は発電効率が良くなかった。
第2世代として、2018年〜2021年環境省プロジェクトで平塚発電所では、発電効率を上げるために反射板を設け反射波を活用、ラダーを大きくし吸収できるエネルギーを大きくした等の改良、コスト削減を行った。国プロはプロジェクトが終わると撤去しなければならないので、現在は撤去されている。
第3世代では、国プロではなく資金調達して、発電所設置までの全体の低コスト化を図る。パワーテイクオフ装置(エネルギー変換装置)を小型化し量産可能なものにする。高回転可能なEVのモーターの活用。施工時は、起重機船をチャーターすると高額になるため、セルフエレベータープラットフォームを海底につけて船を浮かした状態で工事をする(洋上風力で利用しているものの小型版)等を検討しており、2023年度中に陸上試験が終了、2024年度以降資金が集まり次第、平塚海域で実証試験予定である。

・波力発電を取り巻く状況と平塚市の立ち位置(実績と政策論):波力発電は総合知の積み上げと人材育成の両立が課題。海洋土木、強電、機械等総合的に見れる人材が必要であるが、一方で、原子力強化にかじ取りされた時代に、大学の海洋エネルギーの専門家の多くが引退した。国プロは3年間で採択から撤去までを行わなければならず、実験期間が不足で知識の積み上げが難しい。平塚市は、環境省プロジェクトの前に3年間の内閣府の地方創生加速化交付金・地方創生推進交付金を活用し、波力発電の場所の確保、設計を終了させたため、実験実証の時間を確保した。実施体制は、東京大学を代表とし、14社が参加する平塚海洋エネルギー研究会を設立した。自治体も知識を作るところに入って、色々な分野の人たちとの議論から知的対流を起こすことにより、公共の課題解決にもつなげていく。
波力発電の商用化を目指すため、大学を中心とした開発実証から事業化を加速するために、
ベンチャーのコンサルティング企業e-ウェーブR&Dを設立。プロジェクト管理を東京大学からe-ウェーブR&Dに移行。3〜4年で技術移転する。
資金面では、内閣府が主催する「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」企業版ふるさと納税で、ヤフー株式会社が「地域カーボンニュートラル促進プロジェク」寄付先として選定したことで、注目が集まっている。今後は、寄附型のクラウドファンディング等の検討もしている。
また、国際エネルギー機関のオーシャンエナジーシステムズ年次報告(2020)に、平塚の取り組みがmajor successとして取り上げられ、波力発電は、プレコマーシャルの壁を超える段階に来ている。国産技術での再生可能エネルギー開発は、エネルギー安全保障上重要であり、第3世代の波力発電の実証に取り組んでいる。

Q1 波力発電のポテンシャルを理解したい。波が板に当たる圧力をエネルギーに変えるのか、位置エネルギーを変えるのか。発電効率はどのくらいか。効率を上げるポテンシャルはどのくらいあるか。
A1 波の運動エネルギーを油圧に変えて発電している。エネルギー変換効率は、油圧への変換効率 80%、電気に変換+電線で効率は50%くらいになる。
効率を向上させるためには、蓄圧器を外すことが油圧の効率を上げるのに重要。沿岸域は電線が短くて済むためコストが下がる。平塚では海中は通さず、発電所からアクセス桟橋を通って防潮堤沿いに電線をとおしたので、沖合よりも効率良くできた。

Q2 離岸流はエネルギーにならないのか。
A2 考え方は潮流発電に近い。波は上下運動はするが流れはない。
ウェーブラダータイプは離岸流を受けると傾いたままで発電が止まってしまう。プロペラタイプがよく、そのタイプを研究しているグループもある。平塚の発電所は防波堤の沖合20mくらいにあった。

Q3 ウェーブラダーではパルス状の電流しかでないと使いにくい電力ではないか。
A3 平塚のものは低圧接続でパワーコンディショナーを介したので電気のクオリティを担保できているが、大型化していくときに波の発電は正弦波になるので、正弦波同士を重ね合わせるように発電所を設置できないか考えている。1/4周期ずらして並べるアイデアを持っている。

Q4 気候変動が波力発電に将来影響でてくるのか。
A4 気候変動の影響は、波が強くなることについては、発電自体にはプラス方向。海面上昇が懸念される。潮位から何m上に発電所をおくことを最初に決めるので、水位が変わると効率も変わってしまうし、場合によっては、高波で機械が壊れる可能性もある。

Q5 発電された電力を送電線で送るのではなく、蓄電しておいて定期的に船が回収する方法は可能性あるか。
A5 現実的にはあり得ると思われる。台湾のコンサルから、沖合の洋上風力で潜水艦が電線を切ってしまうケースがあるとのこと。線を出しっぱなしも危険性があるので、蓄電して船で運ぶとか、人の目が定期的に入ることは今後重要になってくると思われる。

Q6 知的対流、発信の重要性について、欧州では論文発表をして課題を前に進めることがあると思うが、日本では発表の場がない。エネルギー学会では個々の部品は知らない、海洋学会は建物はしらない、日本の学会がこうなっているが、どうやって突破するのか、悩まれていることがあれば教えて欲しい。
A6 興味を持って考えてるところ。こうあったらいいなと具体的なものは描けていないが、東大の先生と話していると、学問の領域では細分化して精鋭化させていかないと生き残れない。大学に求めても難しいのではないかと言われた。総合知と書いたが、東大の先生は、電力中央研究所にいたが、専門は海洋土木で、役柄いろいろな発電に関わり、発電所を作ることはどういうことかの知識を網羅することができた方。仕事のキャリアで偶然出来上がったのが日本の実態。
偶然ではなく、意図してこのような人財が生まれるようなシステムを考えていかなければならないと思う。学際的なつながりをそれぞれ学会ごとで分科会を作って、発電所の学会を作って各学会を集めて提案していくしかないか。知識を作るときの方法で2種類提唱されている。
学会のように従来の知識に基づいて新しい知識を上積みしていくものと、創発みたいな形で、バックグランドが違う人が集まってその場で思いついた知識で、その場限りでその人にしか残されない知識。後者の知識を見える化し、誰でも使えるようにしていくことが今後重要と考える。
東海大で肩書をいただいているのは、行政の立場で研究会の中で公開できるものを公開していく。なかなか難しいですが。

Q7 日本の漁港は2800か所ある。港の近くの防波堤に波力発電を作ることはよいアイデアだと思う。6つの柱で計画している波力発電は何kWか。  
A7 70kW発電機2機で140kWを想定している。

Q8 波力発電の設置費用は他の発電に比べるとどの程度か。風力・太陽光発電のコストに比べるとどうか。
A8 風力発電の高かったことに比べて倍くらいのコストがかかる。インフラにそのままのせることが可能になれば、ジャケットの製作コストがいらなくなる。インドネシアの場合は、石油を掘っていた井戸があるので、そこに設置させればコストは抑えられる。

Q9 漁業の方から反対はないのか。
A9 平塚は漁業者がさばけていて、新し物好き。フレンドリー。最初心配していたが、もともと漁業をしていない場所であった。遊漁の方は、観光船的に、釣りに来たお客さんに発電所を話題にしてくれる。理解がある。
文責:白橋 良宏

講演資料:波力発電の現状と平塚市の取組み
posted by EVF セミナー at 18:00| セミナー紹介

2023年08月25日

EVFセミナー報告:ウクライナ戦争と歴史の転換点

演題:「ウクライナ戦争と歴史の転換点」
講師:天江 喜七郎 様  元駐ウクライナ大使
    大塚 清一郎 様  元駐スゥエーデン大使
日時:2023年8月25日(金)14:30〜16:00
場所:新宿NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:62名
講師略歴:
天江講師略歴:
・1943年 仙台市県生まれ 一橋大学卒
・1967年 外務省入省  在ソ連日本大使館勤務、冷戦時代のモスクワを経験
・在外ではイラン、英国、韓国、ソ連/ロシア、米国(ホノルル総領事)、シリア(大使)、ウクライナ/モルドバ(大使)
・国内では、北米局(沖縄返還)、調査部、欧亜局(ソ連関係)、国連局(課長)、情報文化局(審議官)、中近東アフリカ局(局長)、関西担当大使(大阪)
・2007年退官後は、同志社大学客員教授、国立京都国際会館館長、KDDI社外監査役等を歴任
・現在、茶道裏千家淡交会顧問、日本国連協会評議員、合気会理事、京都日韓親善協会会長、ウクライナハウスジャパン共同代表ほか

大塚講師略歴:
・1966年に一橋大学商学部を卒業し外務省に入省
・1991年初代エディンバラ総領事に就任
・1997年からニューヨーク総領事(大使)
・2004年から駐スウェーデン兼ラトビア特命全権大使
・2007年退官

概要報告:
ロシアによるウクライナへの侵攻が始まってから1年半以上が経過し、本講演の5日前には、民間軍事会社ワグネルの代表、プリゴジン氏の飛行機事故による死亡が伝えられるなど、ますます混迷化するウクライナ戦争。この戦争の背景と行方、国際社会に与える影響などについて、元ウクライナ駐在大使であり冷戦時代および崩壊時のソ連での駐在経験もある天江喜七郎氏にご講演いただき、また、元スウェーデン駐在大使の大塚清一郎氏にコメントをいただいた。

天江氏は、ウクライナ戦争の本質は、ロシアにとっては「大ロシア復興戦争」であり、ウクライナを歴史的にロシアの一部と看做すプーチン大統領にとって、ロシア帝国とはロシア、白ロシア、小ロシア(=ウクライナ)であり、ロシア帝国(ソ連)時代に戻る必要があると考えているとみる。ソ連崩壊を20世紀最大の地政学的カタストロフとみるプーチン大統領にとって、NATOの東進(旧東欧諸国の加盟により2022年現在30か国)、ロシアと中欧を結ぶ要衝という地政学的にも重要なウクライナのNATO加盟は受け入れることができないものであるとみる。一方、ソ連崩壊により形式的には史上初めてロシアからの独立を果たしたものの未だロシア依存から脱却できないウクライナにとって、ロシアから名実ともに決別し、歴史的、宗教的にも近いポーランド同様ヨーロッパの一員となることがウクライナが向かうべき道であり、ウクライナ、ゼレンスキー大統領にとって、これは「独立戦争」であるとみる。
ウクライナ戦争は決して「局所的な内戦」ではなく、歴史的な転換点である。「ヒト、モノ、カネ、サービス」の自由な流れが阻害され、国際機関の機能不全(国連における拒否権の存在)が改めて露呈し、超大国の武力による秩序破壊が行われたという点で、グローバリズムの終焉であり、国益第一主義による対立が鮮明化し、不安定化時代が到来したのである。
東アジア情勢においても、既に北朝鮮の核・ミサイルの実践配備が進み脅威が増し、米中の対立が激化するなかで、中ロ朝「同盟」と日米韓「同盟」の新冷戦の様相を呈しており、日本が中ロ朝のターゲットとなりつつある。
このような国際情勢、ウクライナ情勢のなかで、日本はどうするか。外交による局面打開しかない。相手国の善意のみで平和を保つことはできず、専制国家は武力行使を躊躇しないという現実的な認識のもとに、日本の安全保障(防衛力、国民意識、外交力)を強化することが重要である。

続いて、大塚元大使から、コメンテーターとして、全体的に天江元大使の視座に与しつつ、ジョークを交えた率直な語り口でウクライナ戦争について、お話いただいた。大塚氏のコメントは、以下の3点。
@ウクライナ戦争は、「邪悪な独裁者プーチンの戦争」であり、プーチン氏の「終わりの始まり」、プーチンが築いてきた「ロシア帝国」の没落の始まりでもあると見ている。
A一方、アメリカ、ロシア、ウクライナそれぞれで大統領選挙が行われる2024年までは、戦局が大きく動く可能性が低く、最近は一進一退の消耗戦の様相を呈している。西側・ウクライナの戦略においても、ロシアを「ジリ貧」(大塚氏の語)に追い込みつつも、決して「ドカ貧の壁」(同)に追い詰めない「匙加減」が重要ではないか。ロシアは、ウクライナが「クリミアを奪還するような事態」をロシアの国益を危うくする「ドカ貧の壁」とみなす可能性があり、そのような場合には、プーチンは戦術核のボタンに手を伸ばす誘惑に駆られる可能性があるので、そういう事態にさせない様な戦略上の舵取りが重要である。
Bウクライナ戦争は「対岸の火事」ではなく、日本の安全保障にも影響がある。北朝鮮、中国から、ロシアという専制主義国に対峙する日本としては、当面最も重要なことは、「抑止力の強化」である。これには、「日米同盟の強化」、「日米韓3国による安全保障協力の強化」が肝要だと思う。更には、ドイツが既に始めている「米国との核シェアリング」を日本も検討すべきではなかろうか。


Q&A
Q: ウクライナ戦争は中国にとって、どのような意味があるか。
A(天江): 中国にとっては、反面教師であろう。台湾進攻にも影響があるだろう。一方、専制主義と民主主義の対立が先鋭化するなかで、ロシアが弱体化することを「ほくそ笑んでいる」かもしれない。

Q:  極悪非道でならず者のプーチン大統領は残虐な行為を次々とやっているが、ロシアの一般国民はどうとらえているのか?次回の大統領選挙でプーチンが再選されたらこの残虐行為を国民が支持したということになるのか。
A(天江):  極悪非道というのは西側の評価であって、ロシアでの評価は全く違う。モンゴル帝国、ナポレオン、そしてヒトラーのドイツ等、ロシアは幾度か外敵に侵略されている。第二次大戦の時は、ドイツの犠牲者500万人に対してソ連は2,300万人もの国民が犠牲になっている。従って、ロシアでは民主的で物わかりの良い指導者よりも、権威的であっても外国の侵略から守ってくれる強い指導者を求める傾向が顕著。次に、ロシア国内では情報統制のため、我々が得ているウクライナ戦争の実態を知らされていない。従って、来春の大統領選挙では、プーチン大統領が圧倒的多数で再選を果たすと見られている。もし、ウクライナ戦争でロシアが占領地域を大きく喪失するとかロシア兵の犠牲者が多く出るような場合には、プーチン大統領の支持率は下がると見られます。他方、大統領選挙で対抗馬がいない以上、選挙民がプーチン大統領に不信任を突きつける可能性はほとんどない。
ロシア国民、特に中年以上は、ゴルバチョフからエリツィン大統領にかけての未曾有の経済破綻と、プーチン大統領就任後の経済回復を体験している。プーチン大統領の支持率が、ウクライナ戦争後でも70パーセント台で高止まりしているのは、上記の理由による。

Q: プーチン大統領の支持率が下がり、選挙で正当に選ばれた後継者が和平の道を進むというのは、「平和ボケ」したシナリオのようで、しかし、西側の支援を受けた軍部あるいは反政府組織が政権の転覆を図るというのも非現実的な感。本当に終結の見通しが見えない。選挙で「正当に」選ばれたトランプ大統領がウクライナを見捨てるほうが現実に近いのではないか。
A(大塚): プーチン氏は、間違いなく再選されるだろう(選挙プロセス、結果の操作は当然のことだが)。問題は、再選後のプーチン氏が国内の引き締め、総動員令などにより、戦力増強した上でやるに違いない、次の「大攻勢」が戦局全体にどう影響するか。この点が要注目。
ロシア脱出者の動向
ロシアによるウクライナ侵攻開始以来、1年半で既に970万人(西側の数字は過大評価だが)のロシア人(若者、実業家など)が国外に脱出して(東京都の人口に匹敵。ロシアの労働人口の約13%)、深刻な兵士不足などに陥りつつあること。これは中長期的に、ロシアの国力低下に繋がることなので、プーチンも苦慮しているに違いないだろう。
アメリカでの「トランプの再選」
実に嫌なシナリオだが、あり得るシナリオなので、要注意。ただし、仮にトランプが再選された場合、対ウクライナ軍事支援の削減はあり得ても、NATOとの亀裂覚悟で「ウクライナを見捨てる」ような拙劣な動き(それこそ拙劣の極み)は出来ないだろう。アメリカの良識は、そう易々と「振り子」の「馬鹿げたぶれ」を許さないと期待したいところである。

Q: プーチンがバカではないとしたら、プーチンも、ウクライナ、あるいは西側諸国に関して、相手の意見に同意はしないけれども、相手の意見も尊重すべきではないのでしょうか。現状ではプーチンは「ウクライナという国は存在しない」としているわけですから、相手の意見は無視していることになるでしょう。言い換えると、外交による局面打開を」のなかの「非合意の合意(agree to disagree)」という外交・対話の土俵に、まずはどうやって強硬なロシア、プーチン大統領に上がらせ、そのうえで「非合意の合意(agree to disagree)」を達成するのでしょうか。

A(天江): Agree to disagree に関する私個人の考察は以下のようなものです。
人間は誰でも、顔かたちも違えば、考え方も異なる。その中で、家族を作り、徒党をくみ、団体に所属し、国民を形作っている。それが国民国家を形成すると、そこに他の国民国家との違いが出てくる。国益と国益が対立し戦争になることは歴史の示すところである。
他方で、人間は他の動物と異なり理性を備えている存在である。感情的な諍いも理性でコントロールして、秩序を乱すことなく平穏に生活する知恵を備えている。
Agree to disagree は感情や利害に基づく対立を止揚する理性的な対応であり、話し合い(交渉)の第一歩。
例えば、北朝鮮。なぜ北朝鮮は日本政府の話し合いに応じようとしないのか?原因は拉致問題など様々だが、北朝鮮には北朝鮮の言い分がある。更に、民意とは関係のない独裁政権だから、金正恩が首をタテに振らない限り日朝両政府が正常化交渉に入ることは考えられない。
他方で、両国は国連加盟国である。NYの国連本部のみならず、ジュネーブやウィーン、ローマなど国際機関があるところでは、両国の外交官が会議の席で顔を合わせることは普通。もとより、平壌からは「日本政府とは一切接触するな」との指令が出ている可能性があり、会議の席で顔を合わせても一切握手もしない状況かも知れない。

私(天江)が講演で言及した一つの方法は、第三国の仲介を得て日朝両政府が正常化交渉に入れないかとの点である。残念ながら、今は、北朝鮮に一定の影響力を持っている中国やロシアに仲介の労を取ってもらう時期ではない。他方、金正恩が子供の時に滞在したスイスとか、北朝鮮と早い時期に外交関係を持った北欧諸国は、日本の長期に亘る友好国である。これら諸国と協力して突破口を模索する努力を探るべきだ。北朝鮮は核・ミサイル大国を目指し、あらゆる国際的な圧力にも動じない姿勢だが、これがいつかは行き詰まる時が来る。
日本は、その日のために日米韓同盟による抑止力を高めて、じっと時が来るのを待つほかない。

(大塚)「外交」は、国益と国益の狭間で展開されるもの。100%の勝利はあり得ない。「相手」とどこかで折り合いをつけて(出来れば真ん中あたりで)、お互い「我慢」するほか手がない。これが「外交の現実」。北朝鮮のような「独裁国」が相手となると、尚更厳しいものがある。

文責:高橋 直樹
講演資料:ウクライナ戦争と歴史の転換点
posted by EVF セミナー at 19:00| セミナー紹介