2024年05月24日

EVFセミナー報告:不動産不況、地方政府巨額債務問題そして地政学的リスクの高まりに立ち向かう中国

演 題 :「不動産不況、地方政府巨額債務問題そして地政学的リスクの高まりに立ち向かう中国」
講 師 : 結城 隆 様
 多摩大学経営情報学部客員教授
聴講者数:50名

講師略歴:

1955年:福島県生。一橋大学経済学部卒。
1979年:日本長期信用銀行入行、調査部、ロンドン支店、マーチャントバンキンググループ、パリ支店、ニューヨーク支店勤務を経て1999年ダイキン工業経営企画室、大金(中国)投資有限公司(北京)など。
2021年より現在:多摩大学経営情報学部客員教授
著書(含む共著・共訳):「アラブ産油国の挑戦」(日本経済新聞社)、「路地裏の世界経済」(東洋経済新報社)、「キャピタルシティー」(訳書、東洋経済新報社)、「中国市場に踏みとどまる」(上場大のペンネームで執筆、草思社)など。世界経済評論IMPACTに隔週でコラムを寄稿している。

講演概要:

・不動産不況
不動産不況の原因は、過剰投資、過剰な借り入れ、過剰在庫である。その引き金は2019年の政府による過剰投資への警鐘と2020年からの金融規制。その結果不動産開発業者の相次ぐ債務不履行と建設中止が起こった。この不動産問題に対して中国政府は施工中断した工事の再開と新規着工の抑制、金融危機抑制のための貸し手責任の追及も含む金融機関の監督強化、需要喚起のための金融緩和と不動産購入規制の撤廃等に全力を挙げて取り組んでいる。この結果中断していた工事の完了、大手不動産会社の株価アップ、消費者の購入意欲の向上が見られ始めている。銀行の不良債権は依然として残るがその比率は低下傾向にあり銀行の倒産が相次ぐという事態は避けられそうな状況。

・「新三様(EV、電池、太陽光発電パネル)」の成長力
不動産に代わる成長エンジンとして浮上しているのが「新三様(NEV、電池、太陽光発電パネル)」。特にNEVに関しては世界市場において中国のシェアは60%を超えた。国内の充電スタンドもNEV2台に1台の充電スタンド体制が構築されつつある。さらにリチウムイオン電池の世界生産シェアも圧倒的であり今後も拡大の見込み。但し中国NEVの課題としては、過剰生産能力と国内の過当競争、充電スタンドの品質問題、発火事故等の安全性、商品開発面での日欧米メーカーの猛追、欧米の保護主義の台頭といったことが上げられる。

・地政学的リスク
中国製品の世界貿易シェアは30%を超えている。No.2をとことん抑え込みたい米国としては、台頭する中国に対して貿易戦争を仕掛け中国の押さえ込みを図っている。中国の一帯一路構想には140カ国以上が参加、この10年間で中国は参加国に対し1兆ドルの投融資を行ってきた。最大の貿易相手国が中国とする国が120カ国に達しASEAN諸国の中国に対する信頼度は米国を上回ってきている。他方米国は9.11以降85カ国で反テロ軍事介入し、ドル覇権を利用した制裁措置を乱発。またウクライナ戦争、イスラエル・ハマス戦争によって欧米の偽善と虚偽が明らかになりつつある。中国はロシア、フランス、セルビア、ハンガリーに近づいており米国逆包囲網は徐々に進んでいるのが現状。
・  ・  ・
日本のマスコミ報道の影響を受けて中国経済低迷の印象を持っていたが、不動産問題、新技術等について着々と対策が打たれており、日米欧が追いかける展開になっていることに気づかされた。非常に有意義なレクチャーだった。

Q1.中国では不動産は所有できないと言われているが実態は?
A1.土地の所有権は国のモノ。土地の使用権が50年の期限付きで売買されているのが現状。50年の期限到来後は、おそらく自動延長されることになる。国としては固定資産税を課すことができないかと水面下で議論されている。

Q2.人口減少問題はどうなっているのか?
A2.二人目三人目の子供は六歳まで生育補助金を出すこと等の少子化対策がなされている。また高額な教育費についても問題で塾の禁止等の措置が取られている。高齢化問題については、党が運営する「社区(町内会のようなもの)」が、高齢者向け食堂の運営やレクレーションの開催、見守り活動などを行っている。

Q3.日本企業の中国への投資は今後どう考えるべきか?
A3.ほとんどの日本企業は追加投資を控えているがニデックのように積極投資の企業もあるのが現状。投資を控えるという一辺倒はいかがなモノかと思われる。

Q4.不動産融資で貸した人の党員剥奪とは具体的にどういうイメージか?
A4.非常に不名誉なことで経歴にキズがつき禁治産者的なダメージを受ける。

Q5.EVシフトしている中国の電源構成(化石燃料、原子力、再エネetc)と今後の見通しは?
A5.2022年時点で、化石燃料が7割弱、グリーンエネルギーが3割弱、原子力が5%という構成。化石燃料の殆どが石炭。太陽光と風力発電は10%程度。海上巨大風力発電設備の設置や、甘粛省、新疆ウイグルの砂漠地帯での巨大太陽光発電プラントの設置などにより、再生可能エネルギーのシェアは中期的に見れば30%程度まで高まる見込み。

文責:桑原
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2024年04月27日

EVFセミナー報告:ボロンドープダイヤモンド電極による海水から直接水素製造するシステムの構想

演題:「ボロンドープダイヤモンド電極による海水から直接水素製造するシステムの構想」
講師:下田一喜氏
株式会社エイディーディー代表取締役社長
聴講者数 : 40名

se2024042701.jpg1.講師紹介
日本大学経済学部卒業
温度調節器メーカー、チラーユニットメーカー、真空機器メーカー勤務を経て、2001年株式会社エイディーディー(ADD)を設立、それより現職

2.講演概要

ADD社は、「チラーのメンテナンス」から「合成ダイヤモンドを使った製品の開発・提供」までの4事業に展開しており、成功したビジネスになっているものが多い。最近取り組んでいるダイヤモンド電極による海水を直接、水分解することによる水素製造は有用であるとの印象を受けた。 

1.ADD社の国内半導体メーカー用のチラーでは「−100℃まで冷やすチラー」から「−120℃の超低温まで冷やすチラー」まで扱っており、特にTSV(貫通電極)用超低温チラーを製造提供している。超低温チラーの実績を持つのはADD社のみである。

2.「−120℃まで冷やすチラーCW-1221」はタイヤメーカーにスタッドレスタイヤの長時間のテスト用に毎年30台程売れている。
又、自動車用の半導体のテスト用(-45℃)にも使われるようになってきている。こちらは今まで使われていたフッ素系液体がPガスの規制に引っかかって発がん性があると言うことがその理由で、来年からこのチラーを月に50台から100台位作ることになりそうである。

3.クライオバス フォーフット(足湯タイプで足を―100℃に冷やす)は3分間入るだけで、こむら返りがなくなる効果があって売れている。全日空の地上業務員が月に2000人位、足のむくみの改善に利用している。
クライオバス(人間の体の全身を―100℃に冷やす)は、サッカー選手などのスポーツ選手用にも使ってもらっている。
クライオバス フォーソール(足裏のみを―100℃に冷やす)は、ヴィッセル神戸がハーフタイムに使って、昨年優勝したので、宣伝になった。これは、保冷剤をフリーザーで冷やしたものを置くだけだが、高齢者施設で使われて足のむくみが取れたという報告がされていて、厚生労働省でロコモ(*1)対策になるのではないかと言われている。

4.又、ドライアイスの代わりになる商品を開発し、ゼロドライアイスサービスを行っている。これはファイザー社の新型コロナワクチンの第3接種時の輸送に使われた。これで、-65℃以下に32時間キープできた。

5.ダイヤモンドの軸受けは、ダイヤモンドが最も硬い物質で摩耗が殆どなく、摩擦係数が低いことから、風力発電機に着目して提供することを考えている。これを使うことによりほぼメンテナンスフリーにできる。更にバーティカル風力発電機は発電機を大きくできないという難点もダイヤモンド軸受けでカバーできる。

6.ダイヤモンド電極は貴金属の電極に比べ長寿命。その合成方法は真空チャンバー内にフィラメントを張り、メタンガスと水素ガスを入れ、フィラメント温度を2500℃まで上げると、メタンガスはプラズマ状態になり、炭素と水素に分解し、そこに水素ガスを流し込むと、その分解した水素とくっついて系外に排出される。残った炭素が基材の表面にくっついてダイヤモンド膜になる。

7.海水電気分解用ダイヤモンド電極は、海水を循環させながら定電流の条件で計96時間運転し、電極が変質することはなかったこと、生成物が付くこともなかったことを確認した。今度東海大学の使っていない水族館を使って何か月というオーダーのテストを行う。電気分解の効率を上げるには導電率を上げることで、ホウ素(ボロン)を今の1.0%から最大の1.5%まで上げる計画をしている。

8.ダイヤモンド電極でCO2からギ酸を作ってギ酸の燃料電池に利用する研究も行っている。これはダイヤモンド電極が強酸、強アルカリにも強いという点を利用していて、低濃度のCO2を水に吸収させてそれからギ酸を作る方式で、今は50Wの規模まで進んでいる。

4.質疑応答
  主な質疑は以下の通り。

Q.(クライオ機器の説明を聞いて)これで凍傷にはならないのですか?
A.なりません。20〜30分入ると凍傷になりますが、3分間ならなりません。3分なら表面の血管だけが収縮し、クライオバスから出ると、周りの空気と温度差が140℃位あるので、脳が無茶無茶暑いと勘違いして血管を膨張させ、血流が良くなります。

Q.最も硬いダイヤモンドの平坦化はどのようにするのですか?ダイヤモンドの硬さを変えることはできますか?
A.ダイヤモンドの朋削りでできます。熱線射方式もありますが、当社は朋削りでやっています。朋削りは圧力をかければ、5分位でできます。
ダイヤモンドの硬さを変えることはできません。

Q.本日の発表は成功事業が多く、内容がきらきらしているように感じます。私が20年位前
の現役の頃にダイヤモンドコーティングを扱っていて、ダイスに使えないかと考えて富士ダイスや旭ダイヤモンドと接触していましたが、そのような会社との付き合いはありますか?
風力発電をターゲットにされていますが、いくら位で作れば売れると思っていますか?
A.旭ダイヤモンドとはないです。富士ダイスは知っていますがこちらもないです。まだ合成ダイヤモンドは市場が小さいですし、着目している企業は少ないと思っています。風力発電の全体のコストは把握しきれていませんが、小型のものでも5〜6百万円するのに発電量が何百Wということで、市場に出ないと思っています。その理由は軸受けなどにコストが多くかかっているからで、特に風力発電は竪型設置なので回転力と遠心力をどのように抑えるかが課題で、全体の荷重を1か所で支える軸受けがネックです。余談ですが、今後は水力発電にもダイヤモンドがSiCの軸にコーティングする方法などで使えると考えています。

Q.2023年4圧3日の静岡新聞でADD社と東海大学工学部と清水銀行は駿河湾の海水を電気分解して水素を製造する。3者連携で3年間技術研究して2030年位に長時間稼働できるプラントとして実用化を目指すと書かれています。そのイメージは、駿河湾に水素生成ステーションを作って、風力発電した電気を使って、駿河湾の海水を直接電気分解して水素を製造して、それを提供するような感じでしょうか?
A. イメージはそうです。特徴として、設備が駿河湾の湾内だと塩素が出ても希釈され問題なくなる(他物質との反応による分解やその量的な影響を確認すれば?)という点が良いと東海大学の先生が指摘しています。
又、産学金という組み合わせが、とても強いとの指摘もあり、有望視しています。

Q.ダイヤモンド電極による海水の電気分解の課題は何ですか?価格的な問題ですか?効率の問題なのか?副生物である塩素などの処理ですか? 
A.ダイヤモンド電極の利点は寿命が長い、腐食がない、メンテナンスフリーですが、電気分解の効率をどれだけ上げられるかが課題です。 それにはホウ素ドープ量のコントロールが必要で、それによって電気を流れ易くすることで、そこをこれから我々はやっていくところです。それができれば、海水の電気分解を行っている場所は(風力発電の設置場所の関係で)海岸から100m行ったところになれば、水深も相応にあるので、副生成物は希釈などで対応可能と考えています。
以上   
文責:浜田英外

講演資料:海水から直接水素製造する構想
 
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2024年03月28日

EVFセミナー報告:農業基本法改正の論点

演題:「農業基本法改正の論点」〜日本の食料自給率と安全保障、環境と調和のとれた産業への転換など〜
講師:石田一喜氏

株式会社農林中金総合研究所 主事研究員
聴講者数 : 45名

sem20240328a.jpg1.講師紹介
1984年福島県生まれ。
2013年3月東京大学農学生命科学研究科 食料・資源経済学研究科博士課程単位取得退学、
2013年4月株式会社農林中金総合研究所入社。現在:主事研究員 

2.講演概要
1999年に食料・農業・農村基本法が制定されて以降、最近は新型コロナウイルスの感染拡大やそれに続くウクライナ情勢や国際的な環境への関心の高まりなど、現行基本法の想定を超えた状況に直面しており、今の通常国会にて25年ぶりの改正が行われる予定。講演では現行基本法が目指してきたものを、自給率等を中心に振り返ったうえで、新基本法の目指す方向性が紹介された。

3.講演内容
 基本法とは基本理念や施策の方向性を示す理念法であり、内容の実現には別途必要な実体法の制定が必要。食料・農業・農村基本法の制定から約20年が経過した現在、新たに食料安全保障に関わる情勢の大きな変化や課題が顕在化してきた。このため、今回の改正では以下の3法案が国会に提出されている。 
*食料供給困難事態対策法案 
*スマート農業技術の活用促進に向けた法案  
*農地法関連法改正案

1)食料・農業・農村法改正法案の概要
改正法案は2024年2月に国会に上程され「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され国民一人一人がこれを入手できる状態にする」という食料安全保障の確保を目指す内容となっている。政府は少なくとも毎年1回、自給率などから食料安全保障の達成状況を調査し、結果を適切な方法で公表しなければならないこととなっている。また、「環境と調和のとれた食料システムの確立」が新たな条文として追記された。
2)従来の自給率・食料安全保障の関連施策と改正案の検討内容
現行法では危機管理対応としての規定が色濃く、一貫した政策体系が希薄だったのに対し、改正案では不測時に限らない平時からの食料安全保障を規定し、不測時対策についても拡充されたものとなっている。
また、食料安全保障の確保に向けて輸出促進と価格形成の内容が追加され、農業を海外市場も視野に入れた産業に転換しつつ、国内農業基盤の維持を図ることを目指している。
さらに、適正な価格形成に向けた食料システムの構築を目指して、高騰化した生産資材の価格を食料価格に適正に転嫁できることを目指し、合理的な費用を考慮した価格形成が図られるような施策を取り入れようとしている。
さらに、不測時における措置については「食料供給困難事態対策法案」を用意しており、平時→食料供給困難兆候→食料供給困難事態→最低限必要な食糧不足の恐れ、といった不測の事態の程度に応じて、政府全体での取り組みを図る内容となっている。
食料供給困難事態になった場合、「出荷・販売の調整」、「輸入の促進」、「生産・製造の促進」が要請され、食料供給困難事態になった場合には、各項目の計画を作成し、届け出ることの指示がある。この場合の各要請に応じた経営リスクについては政府が財政上の措置を講じることになっている。一方で、計画の届け出が無い場合は罰金が科せられ、正当な理由なく計画の沿った取り組みを行わない場合は社名等が公表される。なお、計画に基づく生産が行えなくても罰則対象にはならない。
今回の改正案では、食料安全保障の指標として従来の「食料自給率」だけではなく、その他の食料安全保障の確保に関する目標が定められる。以上をまとめると以下の様になる。
(1)改正基本法は、食料安全保障を一層重視し、不測時のみならず平時からの食料確保を明確化。
(2)その確保に向けては、国内生産の拡大と安定的な輸入の取組みに加えて輸出促進を通じた清算基盤の確保と持続的な供給に要する合理的な費用を考慮した価格形成を用意。
(3)食料安全保障の確保≒自給率の向上、という発想を脱却し、新たな他の指標を加味していく方針。

3)環境と調和のとれた食料システムの確立に向けた”みどりの戦略”と農業生産現場の対応
改正基本法では「環境と調和のとれた食料システムの確立」を明記し、農業生産活動における環境負荷低減の促進に関する基本的施策を以下の様に規定している。
(1)農薬及び肥料の適正な使用の確保
(2)家畜排せつ物等の有効利用による地力の増進
(3)環境への負荷低減に資する技術を活用した生産方式の導入の促進
欧米に並び、政府は2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定し、「持続可能な食料システムの構築」を課題として認識、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立を技術革新で実現することを目指している。同戦略ではEUを参考に2030年と2050年の目標を定めているが、現時点の状況からは非常に高い設定値となっている。
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みどり法では“みどり認定”のメリットとして、融資・税制の措置を用意しているが、農業生産現場では以下のような課題が生じている。
・みどり戦略に取り組むインセンティブはあるのか?
・高齢化や労働力不足により負荷の高い作業が出来なくなった。
・気候変動等の影響により新たな病虫害が発生。既存の防除方法の限界。

環境負荷低減の取組拡大のインセンティブの一つとしては、二酸化炭素等を減らした分をクレジット化して売却できる”クレジット”が制度化され、クレジット創出が活発になってきた。創出されたクレジットの購入を希望する企業も徐々に増えてくると見込まれる。クレジットの新たな方法論及び環境負荷低減の農法などが検討されており、まとめると以下のようになる。
(1)農業に由来する環境負荷低減の方向性は決まっており、今後は実践フェーズ。
(2)具体的な農法等は、現段階では可能な内容に着手するフェーズだが、今後の技術革新に対する期待度は高い。
(3)環境負荷低減の取組に対する補助等の議論はこれからであり、補助金、高付加価値化以外の選択肢として”クレジット”の仕組みへの関心は高い。
(4)基本法改正案の論点の一つは、みどり戦略およびカーボンニュートラルと食料安全保障の両立をいかに同時に進めて行くか。
(5)海外の動向を注視する必要もある。

4.質疑応答
  主な質疑は以下の通り。

Q.農家は自分が儲かるようにしか動けないと思うが、法律などは企業や大組織向けに出来ている。これをどのように展開するのかが見えない。
A.そこが基本法が出てきて話題になっている所。食料生産の増大と自給率を上げる方策との一体感が見えないまま、安保が大事という内容になっている。農業生産者の大半が家族経営であるが、その過半では後継者不足により持続性が失われており、かつ企業だけでは賄えないことが分かり切っている。また、減少分に比べて家族経営が増える見込みはない。半農半Xなどにも着目しなければ農業生産の維持ができないのではという意見もある。しかし、それに対する補助や施策は無い。武器が無い中で目標だけが示されている。2025年の基本計画で具体的にやることを示すまでは全貌はわからない。これまで通りでは、目標達成は難しいだろう。

Q.民間ストックの把握の仕方は?
A.民間企業でも自社でどれ位ストックがあるか、国の想定するような把握をしていないことが実態ではないか。また、情報出すのが面倒くさいとか、情報漏洩対策はできているのとか、なぜ出さなくてはならないのとか言う抵抗感もありそうな気がしている。

Q.生物多様性のクレジットは何故ないのか?
A.農業と環境の議論ではカーボンクレジットが先行した。2024年以降は生物多様性への着目が広まると思うが、その評価が難しい。生物多様性クレジットが大事だということは分かるが、ではどの生物が生き残ったかなど、優劣をつける評価基準や計測の在り方、価値基準の付け方などが課題になるだろう。

Q.食料の保全には漁業も大切だが、漁業に関しての議論は行われているのか?
A.別の所で議論されている模様。漁業の場合は資源管理的な観点からの議論が強い。ただし、漁船への外国人就業者が多いなど、漁業の担い手不足は農業以上に深刻。輸入の議論はしており、安定的な輸入が模索されるだろう。陸上養殖への関心が高まって来ているが、環境負荷への影響などが悩ましい点ではないかと思う。

Q.ソーラーシェアリングが簡単に進まない理由は何か?
A.ソーラーシェアリングへの関心を示す人は増えている。法律的にもやり易くなっており、手続きも楽になってきた。しかし実際にやろうという希望者が出にくいのが現状。また、ソーラーパネルの下で農業生産を本気で考えている人がどれだけいるか地元の人達が心配している。生物多様性等も見据えると、パネルの下で何を作るかは今後論点になっていくかもしれない。設置したのが企業だった場合の倒産した時のデメリットや、ソーラーパネルの回収などの問題もあり、今まで農地としていたところにソーラーシェアリングを入れた場合のデメリットなどを広く見ていく必要がある。アセスメントが大事。

Q.37枚目のスライドを見るといいところだらけだが、秋耕が進まない理由は?
A.単に農作業の繁忙期であるため、忙しくてやってられないというのが主な理由ではないか。ある程度お金になったり、地力保持に繋がれば広がると期待している。

以上   

文責:小栗武治


講演資料:農業基本法改正の論点
 
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2024年02月21日

EVF総会記念セミナー報告:カーボンニュートラルへの日本の取り組み

演題:「カーボンニュートラルへの日本の取り組み」
se20240221.jpg講師:橘川 武郎(きっかわ たけお)様

EVF顧問、国際大学 学長・国際経営学研究科教授
講師略歴: 1951年生まれ。和歌山県出身。東京大学経済学部卒業。 東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。 青山学院大学経営学部助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て、2020年より現職。 2023年、国際大学学長就任。 東京大学・一橋大学名誉教授。元経営史学会会長

聴講者数:53名

講演概要
1 2023年の注目すべき二つの動き:
〇現在の世界の動きのベースにある二つのキーワードは、「GX(グリーントランスフォーメーション):化石燃料をできるだけ使わず、クリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動」と「カーボンニュートラル:カーボン(二酸化炭素)排出量=吸収・回収量とすること」。
〇カーボンニュートラルの実現はコスト削減こそが最大の課題;日本の独自の解決策として、既存石炭火力の活用と既存ガス管の活用があり、それらを実現するには、アンモニアとメタネーションが鍵になる。またこれらは、アジア諸国、新興国、非OECD諸国への展開が可能であり、日本のリーダーシップの根拠となりうる。
〇GXにたいしては、今後10年間に総額150兆円が投資される。経産省の資料によれば、重点項目は1.徹底した省エネ、2.再エネの主力電化、3.原子力の活用、4.その他の重要事項(水素・アンモニアの生産供給網構築、他)とされている。ただし、実際の投資見通しでは、原子力関連は、わずか1兆円にとどまる。
〇新しい温室効果ガス(GHG)削減目標の設定 :2023年に開催された、G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合(2023.4)において、IPCCの「2035年GHG排出削減2019年比60%削減」目標(2023.3.20) が確認された。このIPCC目標は世界基準となり各国とも35年の目標を25年までに国連の会議(COP30)に提出することが求められている。
〇これらの大きな動きから、これらの国際公約からもはや日本は逃げられない。

2 再生可能エネルギー :
ウクライナ戦争がヨーロッパにもたらした大きな問題はロシアからの天然ガス供給停止である。これにより世界的な天然ガスの争奪戦と価格上昇が、これからの日本の天然ガス輸入に大きな影響を与えている。日本の輸入元である中近東等にEUや中国が目を向けだした。このような世界情勢から日本に求められることはエネルギー自給率の向上であり、それには究極の国産エネルギーである再生可能エネルギーの普及が鍵となり。またこれが脱炭素社会形成に直接結びつく。その為の当面の課題は、コスト低減、住民とのトラブル解決、実現を加速するための移行戦略の三点である。最近では太陽光、風力等でコスト低下が進んでおり、また住民とのトラブル解消のために事業主体への住民参加の動きを作るべきである。

3 原子力発電と石炭火力発電に関して:
岸田政権は「原発に関する政策転換」はしていない。既存炉の運転期間延長によってかえって次世代革新炉の建設は遠のき、各地の停止中の原発の再開も進展少なく、原子力には前向きではない。一方、ウクライナ戦争で、原発が軍事標的という新しいリスクが発生している。
石炭火力発電所は、電力危機対策の柱となる超々臨界圧(USC)の建設ラッシュ であるが、一方で、石炭火力はアンモニア混焼で進展がみられるので、2040年までにたたむことを宣言すべきである。たたむ時期を明確にしていないため、石炭を減らすためのアンモニア混焼はG7の中で孤立化している。「アンモニアは石炭延命の言い訳」というあらぬ誤解を受けている。

4 カーボンニュートラルの時代へ:
菅首相の「2050カーボンニュートラル」所信表明(2020.10)、さらに気候サミット(2022.4.22)での「2030GHG13年比46%削減」表明によって、日本は大きく動き出した。第6次エネルギー基本計画で掲げられた2050年の電源構成は、再生可能エネルギー:50〜60% 、水素・アンモニア火力:10%、水素・アンモニア以外のカーボンフリー(CCUS付き)火力+原子力 :30〜40%(実質は原子力10%(副次電源化))と設定された。。
CCUS(二酸化炭素回収利用・貯留)に関しても技術開発や適地開発の向けての方針が打ち出された。
カーボンニュートラル実現への具体策として、
〇発電分野では、ゼロエミッション電源として考えられるのは、再生可能エネルギー、原子力、カーボンフリー火力(水素、アンモニア、CCUS)等々である。
〇非電力分野(熱利用も含む)では、電化(EV[電気自動車])、水素(水素還元製鉄、FCV[燃料電池車]))、メタネーション(e-gas;CO2とH2からのメタン合成))、合成液体燃料(e-fuel;CO2とH2からの液体燃料合成)、バイオマス 等々。
〇発生したCO2は吸収除去し、発生分をオフセットする。方策としては、植林 、DACCS(空気中のCO2を回収し貯留、有効利用)等々。

5 コスト削減が最大の課題 :
〇RITE(Research Institute of Innovation Technology for the Earth )が、に2050年カーボンユートラル達成時の発電コストの試算を行った(2021.5)。それによると、電源構成を再エネ・原子力・水素/アンモニア・CCUS火力の組み合わせで想定し、それぞれの比率を変えた7つのシナリオについて発電コスト算出したが、いずれの場合でも現行の発電コスト(13円/kWh)を大きく上回るとしている。
〇カーボンニュートラルの実現はコスト削減こそが最大の課題である。日本の独自の解決策として、既存石炭火力の活用と既存ガス管の活用があり、それらを実現するには、アンモニアとメタネーションが鍵になる。またこれらは、アジア諸国、新興国、非OECD諸国への展開が可能であり、日本のリーダーシップの根拠となりうる。

6 カーボンニュートラルの切り札と目されるアンモニア・水素・メタネーションの壁:
〇アンモニアには、調達の壁、技術の壁がある。 現状で国内年間消費量(肥料中心)は100万d、これが発電だけで30年300万d、50年3000万dと予想される。技術的課題としては、NOX対策、合成法開発がある。グリーンアンモニアを合成するには、ハーバー・ボッシュ法に代わる技術が望まれる。
〇水素については、 現状では大口需要の水素発電にメドが立っていない。
〇メタネーションでは、技術の壁=需要の壁がある。 都市ガス業界では、都市ガス需要が維持されるという前提に立ってメタネーション(e-gas)志向であるが、メタネーションの技術開発が遅れ、その間に電化の影響で都市ガス需要が減少すると、メタネーションが間に合わなくなるおそれもある。 一方で、カーボンフットプリント(サプライチェーンのカーボンフリー化)の脅威にさらされている鉄鋼・セメント・部品メーカー等では、すぐにでもオンサイトメタネーションへを導入したいという要請が高まっている。

7 第7次エネルギー基本計画
〇今後の流れとして、世界的には2025年のCOP30に「2035年削減目標」を持ち寄る。 日本は、今年後半から第7次エネルギー基本計画を策定する。その中に盛り込まれるべき
3つの課題 ;再生可能エネルギーの抜本的拡充、バックアップ火力のカーボンフリー化の推進、省エネルギーの抜本的強化 。
〇あてにされていない原子力;計画を策定する基本政策分科会のメンバーの問題

8 3つの落とし穴
(1)需要からのアプローチに欠ける(供給側から見るだけではだめ) 、(2)セクターカップリングの視点に欠ける;「電力」と「非電力」の分離 →熱電併給の観点の欠落(電力部門と非電力部門との連携が重要)、(3)「地域」の重要性に目を向けていない:このままだと担い手は大企業に限定される、中小企業も「サプライチェーン全体の脱炭素化」に迫られる。

9 再生可能エネルギーのコストダウン
〇太陽光/風力+蓄電池/バックアップ火力は高コストになるが、これに CHP(熱電併給)+地域熱供給 を加えることで、再生可能エネルギーを発電用にも熱供給用にも使えるようになり、コストダウンを図ることができる(デンマークに成功例あり)。

10 需要サイドからのアプローチ
〇ゼロカーボンシティ;2023.3.31時点で934自治体が意思表明するも、大半は具体的施策を模索中
〇コミュニティベースのカーボンニュートラル挑戦のポイント;熱電併給とコミュニティによるエネルギー選択、創電+蓄電+節電のネットワークとアグリゲーター(多くの需要家が持つエネルギーリソースをたばね、需要家と電力会社の間に立って、電力の需要と供給のバランスコントロールや、各需要家のエネルギーリソースの活用に取り組む事業者「特定卸供給事業者」) によるVPP(仮想発電所)の実現。

11 カーボンニュートラル推進の両輪は、企業のイノベーションと地域の脱炭素化(地産地消) にある。

質疑応答:
Q1) 講演資料の中でご説明の無かったP.16(第7次エネルギー基本計画)の「あてにされていない原子力」のところで「計画を策定する基本政策分科会のメンバーの問題」とは、どのようなことをおっしゃりたかったのか、お伺いしたいと思います。
A1) 基本政策委員会のメンバーが、原子力推進派ばかりに偏っていること。しかも、その原子力推進派委員が勉強不足で、原子力に関する具体的な提案(リプレースによる美浜4号機の建設、敦賀3・4号機用地での高温ガス炉・大型水素専焼火力の建設、原子力発電で得た電力で水を電気分解し水素を作ることによるカーボンフリー水素の国産化など)を行えないでいること。
Q2) 太陽光は、地球にとってエネルギー源である一方、最近は地球温暖化の原因になってきていると考えるので、太陽光を多くエネルギー源に利用する(太陽光発電)ことによって、地球温暖化を下げ、結果、炭酸ガスも削減出来る。そう考えると温暖化防止の観点から、太陽光発電の効果は他のエネルギー源と比べると2倍あるといえるのではないか?
A2) 今日テーマとして取り上げたカーボンニュートラルの考え方から行くと2倍というようなことは言えない。また温暖化は、直接太陽光ではなく、地球上の炭酸ガス増加によると考えるのが自然ではないかと思うので、その点からも違うと思う。
Q3) 本日の講演の中に核融合が取り上げられなかったが、その理由は?
A3) 核融合は、カーボンニュートラル実現後のまだまだ先のことであるからだ。
Q4) 大型水素発電は何故難しいか?
A4) 今のプランでは、コストが安い海外で水素を製造し輸入するため、グリーン水素の運び方、大量輸送が難しいから。原子力からの水素をもっと考えるべき。また、電力業界は、石炭火力のアンモニア転換に力を集中しており、ガス火力の水素転換には目が向いていない。
Q5)地域での脱炭素化案はどのようなことか?
A5) 住民参加型VPP。地域ぐるみの節電、オンザルーフの太陽光発電の地域全体での活用、EVの電力ネットワークとしての利用等を組み合わせる。
Q6) 地方と都会とで同じ電力料金というのはおかしくないか。
A6) 日本の電力は国民に広く供給するという観点や、送電網を大電力会社が専有していることからも同一料金になっているためそのようになる。地産地消が徹底されると、コストも下がり電力料金に差が出てくる。
Q7) 再エネは地産地消がベースである。最近は温泉業者の理解のもとに、地熱利用も増えて地熱バイナリー発電なども増えているように思うが。
A7) その通り。ただし、バイナリーは規模が小さい。別府などでは温泉業者が中心になってバイナリー発電に取り組んでいるが、供給規模には限界がある。一方、大型地熱発電では、最近、秋田県湯沢市で地元自治体や温泉業者の理解を得て、2カ所の発電所が建設されており、その広がりが注目される。

以上 (文責:橋本)
講演資料:カーボンニュートラルへの日本の取り組み
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2024年01月26日

EVFセミナー報告:「DAC含むCO2分離回収・利用技術(CCU)及びCCSの動向と課題」

演題:「DAC含むCO2分離回収・利用技術(CCU)及びCCSの動向と課題」
se20240126.jpg講師:須山 千秋様

一般社団法人カーボンリサイクルファンド理事
聴講者数:50名


講演概要

1)一般社会法人カーボンリサイクルファンド(CRF)の概要 : 
・組織としては5年前に21社でスタートした。今は法人、自治体、個人、学術など191団体が加盟。
・ビジョンとしてはカーボンリサイクルの社会実装及び民間がビジネスとしてCRに取り組む支援。
・事業内容としては主に研究助成・広報・吸収源活動として任意の寄付金などをいただいて、企業、学校などの研究活動に助成。
・CRの社会実装ワーキングとしては自治体の協力を得て、CO2の分離、回収、貯蔵、吸収源の検討など幅広く支援。
2)CO2の分離・回収技術について
・液体アミンに吸収させて分離回収する技術はすでに確立しているが、CO2を取り出すのにはエネルギーが多く必要である。将来的(2050)には他の技術を含めて回収コストを1000円/t-CO2以下にすることが目標。
・排出源が多岐に亘ること、さらに回収したCO2の利用方法により、回収技術との適応を検討しなければならない。以下が回収方法;
・化学吸収法:(アミン吸収)各社がいろいろな形ですでに行っている。
・物理吸収法: CO2を温度、圧力をかけて物理的に液体に吸収させる。
・固体吸収法:アミンを液体ではなく、多孔質材料に担持させてエネルギーロスを低減。
・膜分離法:CO2だけをうまく膜を透過させて他のガスと分離する方法
・クローズドIGCC:蒸気タービンで発生したCO2をまた上流工程に戻して効率化を図る方法で、同様の他社技術は米国等でかなり実用化されている。
3)DAC 大気中からの直接CO2回収(DAC:Direct Air Capture)
・場所に影響されず、回収可能 、ネガティブエミッションが可能。
・技術ははまだ過渡期で、エネルギーコストは高い。
・アイスランドでは地熱発電のエネルギーを利用して世界最大のDACプラントを稼働させている。
・カナダ、米国などでもそれぞれ、プラントを稼働させており、日本の商社などが提携している。
・国内でも各企業、大学などが実証実験などを開始している。
4)カーボンニュートラルとカーボンリサイクル
・CO2排出ゼロを目指すことはハードルが相当高く、循環炭素社会が必要。
・CRロードマップとしては分離、回収したCO2を化学品、合成燃料、鉱物などに再利用するための技術開発が必要で、水素の値段が高いのでさらなる研究開発、コスト削減などが必要。
・CO2とH2を合成して製造される合成燃料(e-Fuel)は既存設備が使え、航空燃料、舶用燃料として使える。電動化、水素化に比べてエネルギー密度が高く、期待ができる。
5)CCS(Carbon Capture and Storage) ―ネガティブエミッションの方策−
・日本で動きが加速している。2030年までには民間ベースでCCSをやっていく。2050年までに1.2億トンから2.4億トンを目指す。
・先進的CCS事業として民間が主導してやっていくことを、国も期待している。
・CO2バリューチェーンの構築。
・経産省はカーボンマネージメント課が担当することになった。カーボンニュートラル実現に必要な要素として、社会実装には多面的アプローチは不可欠である。政策支援、社会受容性、市場創出・活性化、産業間連携、国際連携などなどが重要。
6)技術由来炭素除去法(ネガティブエミッション)技術
・世界においてはCO2削減方法の国際ルール化が進行。測定、報告、検証(MRV)の方法論
・具体例としては鉱物化、土壌への固定。
・炭素の削減と除去は区分けされる方向。除去のほうが価値を高く評価されるであろう。
7)まとめ(カーボンリサイクルの意義)
・炭素は貴重な資源であり、資源の少ない日本だからこそ技術開発が必要。
・量は少なくてもすぐに実行可能であり、課題先進国日本ならではのエネルギーミックスを目指す。
・CO2からのエネルギー製造は環境問題、資源問題の同時解決が可能であり、世界のリーダーシップを取っていく必要がある。
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Q & A セッション

Q1: 日本でDACをする場合にはどこでどんな技術、どのように処理するのがいいのか? 
A1:日本でやる場合に、可能であればCCSで埋めていくのが良いが、地元の理解が必要で、それが難しい場合には鉱物化。日本は深く掘れば玄武岩多いので、地中固定ができる。コンクリートと固めるのも半永久的で良いかもしれない。

Q2: 日揮にいた時代水素を作るプラントにいたが、出てきたCO2はコカ・コーラに渡していた。CO2を貯留した後、何かに使えるという事が見えてくるともっと利用をしようと考えるようになるのではないかと思うが、どのように考えるか。
A2:貯留(storage)といっているのは固定化のイメージが強く、簡単に取り出せないようにすべきで、使いやすい形は別の取り出し方がある。石油やガスのように永久的に地下に収まるイメージでストレージといっている。CO2利用するときにはそれに合わせた形態の貯蔵法があり、炭酸飲料として使う場合も、数か月は大気放出されずに固定されていると考える。

Q3: DACは何のためにあるのか?アミン吸収は昔からある。DACは熱力的に一番不利な形で、経済的にはペイしないのではないのか? 
A3:DACは最後の手段かもしれない。この技術は潜水艦や宇宙船内の二酸化炭素濃度を下げるために必要な技術として始まった。CO2が1,000ppmとなると思考能力が落ちてくる。少し簡単に効率よくやれば単純な回収方法ではあるが、数が増えれば効果があるかもしれない。だが大量にやるのは難しいかもしれない。

Q4: 人間は石油を掘って使い放題でCO2を放出した結果がバランスを崩した結果だが、そのCO2はカーボンクレジットとして取引されるというが、どのような形となるか。
A4:政府は飴と鞭を使い分けるが、カーボン削減に対して、欧州では排出権取引が始まっているが、いずれ日本もその方向で動く。すでに再エネで補助金などを政府が出しているが、これはCO2を国民がCO2に対して1トン当たり2〜3万円金を払っていると理解すべき。今後、他でもCO2に値段がついて、実質的には取引されている。
CO2に値段(価値)がついていく。

Q5:CO2は資源になるといわれるが、どのようなものがあるのか。
A5:元総理の安倍さんが、ダボス会議でこのような言い方をした。化学業界のトップは、「CO2はカーボン源、いずれ化石資源がなくなり、日本に入ってこなくなる。化石資源がないと化学メーカーは仕事ができない」と口をそろえていっている。そのための将来を考えるとバイオマス、ゴミ、空気からカーボンを取り出すしかないので、化学メーカーは今からそのことを考えている。
以上  (文責:八谷)

講演資料:DACを含むCO2分離回収・利用技術(CCU)
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2023年12月21日

EVFセミナー報告:東電1F処理水の海洋放出とトリチウム

演題 : 東電1F処理水の海洋放出とトリチウム
講師 : 沼田 守様

元日揮株式会社技術研究所所長
元原子力損害賠償・廃炉等支援機構 執行役員
聴講者数:51名

講師紹介
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・1978年:日揮株式会社入社
・1979年から2014年:原子力及びエネルギー領域の技術開発・技術導入、水素領域技術・水素経済の研究、プロシェクトの運営管理、日揮(株)の技術戦略立案、部門の管理・運営に従事 
・2014年: 原子力損害賠償・廃炉等支援機構に出向。執行役員として東電1F廃炉の技術戦略策定に従事
・2016年キュリオン社日本法人のプロジェクトダイレクター
・2017年:同社執行役社長代行を兼務
・2019年:同社退職
・2022年:株式会社テネックス・ジャパンのアドバイザー

講演概要

1.はじめに

東電福島第一原発(以下、1F)ALPS(放射性物質を取り除いて浄化する多核種除去設備)処理水の海洋放出について、様々な報道がある。しかし、国民一人一人が、ALPS処理水の海洋放出について自分で考ようにも科学的技術的な情報が容易に得られないのが現状である。ALPS処理水とALPSでは浄化することのできないトリチウム(以下、3H )について海洋放出する科学的根拠、技術的知見に基づいた情報をわかりやすく提示する。

2.同位体の表記と放射能・放射線の単位

同位体は元素記号の左上、もしくは右側に質量数を記載することで他の同位体と区別する。放射能の単位はBq、放射線の生体組織への被ばくの単位はSvである。

3. 1Fにおける汚染水

事故後の原子炉は廃炉することに決まったが、様々な課題がある。代表的な課題として溶けた燃料デプリと本講演の話題である汚染水の発生と処理処分がある。燃料デプリは水をかけ続けることで冷却された状態を維持しているが、この水が燃料デプリに触れることで、高濃度の放射性物質を含んだ汚染水が発生する。また、この高濃度の放射性物質を含んだ汚染水は原子炉の亀裂の入っている建屋内に流れ込んだ地下水や雨水と混ざることによって汚染水が増加している。理論上、核分裂生成物は247核種、規制対象となる腐食生成物は20核種である。実際に考慮する必要があるのは、核分裂・腐食生成物併せて7核種である。

4.汚染水に含まれる核種の分離

ALPSでの処理は前処理として、鉄共沈と炭酸塩処理を行い、凝集沈殿させ、さらに水に溶解している放射性核種を活性炭と選択的吸着材で吸着処理して多核種を除去する。ALPSにより3H以外の核種を排出基準値以下にすることが出来ている。

5.3Hについて

水素の同位体で中性子を2個持つ。水中の飛程が6μmのβ線を放出する。日本の湧水、地下水、河川水での濃度は0.4〜6.3 Bq/Lである。3Hは2次処理前の分析結果の一例として851,000 Bq/Lのデータがある。

6.ALPS処理水(3H含有水)の処分の方法

国内外の実績を考慮すると海洋放出が現実的である。ALPS処理水の海洋放出設備は地震対策として、海抜33.5mの台地にALPS、新設逆浸透膜設置、ALPS処理水タンク等か設置された。希釈用海水は港湾外から取水。放水は約1kmの放水トンネル損失に見合う下流水槽の水面高さと海面の高さの差を利用して自然流下させる。

7.ALPS処理水の海洋放出

3Hの放出濃度はWHO飲料水基準の1/7、規制基準の1/40の1,500 Bq/Lに設定。年間放出量は1F(事故前)と同じ22兆Bq/年に設定。3Hの海洋放出例として、仏国ラアーグ再処理施設11400兆Bq/年、中国の陽江原発107兆Bq/年、泰山第三原発124Bq/年であり、1Fと比較して高い。


Q&Ą

Q1:年間海洋放出のトリチウム放出量は国内外の多くの原子力発電所等からの放出量と比べて低いのに、放出量の多い韓国、中国から海洋放出はけしからんとのクレームが報道されているが、それに対する反論が聞こえてこない。反論すべきは誰か。
Ą1:外交問題で別の何かを期待してクレームをつけている。反論するとしたら当事者の東電であるが、ここは、学会か専門家が反論すべきである。話してはいると思うが、マスコミは取り上げていない。マスコミを通して聞こえてこない。

Q2:事故により溶けて固まった燃料デプリが残っている。燃料デプリは水をかけ続けることで冷却された状態を維持しているが、この水が燃料デプリに触れることで、高濃度の放射性物質を含んだ汚染水が発生するとのことだが、燃料デプリもだいぶ冷えてきていると思うので、空冷であれば3Hの生成も少なくなり、少量の海洋放出で済むのではないか。
Ą2:試験はしているが、実用化まではなかなか至らない。

Q3:セシウム吸着塔や ALPS処理で使用された使用済み吸着材など除去された二次廃棄物としての放射性物質はどう処分しているか。
Ą3:放射性物質は高性能容器に保管され、一時保管施設へ輸送後に貯蔵されている。ジオポリマー(セメントに似た新材料)でゼオライトを水ごと固める安全に保管する技術などが検討されている。

Q4:稼働中の原子力発電所の低レベル放射性廃棄物の処理・処分はどうなっているか
Ą4:気体廃棄物は、フィルタを通したり、減衰タンクやホールドアップ塔で放射能を十分減衰させたのち、安全を確認したうえで大気中に放出している。液体廃棄物は、種類に応じて蒸発装置、洗浄廃水処理装置などで処理する。濃縮廃液はアスファルトやセメントで固化し、または焼却し、ドラム缶に詰めて発電所内の貯蔵庫で厳重な管理のもと保管する。浄化水はできるだけ再利用する。放出するものは、安全を確認したうえで冷却用海水と共に海中へ放出する。固体廃棄物は、可燃性のものは、焼却してドラム缶に詰める。不燃性のもののうち、圧縮できるものは圧縮してドラム缶に詰め、圧縮できないものはそのままドラム缶に詰め、ドラム缶に入らないものは梱包体にする。ドラム缶や梱包体は、厳重な管理のもと、発電所構内の貯蔵庫に保管する。ドラム缶に詰めた廃棄物は、原子力発電所に保管した後、六ケ所村にある日本原燃の低レベル放射性廃棄物センターに運び埋設処分している。

Q5:トリチウムは濃縮して保管しておいて、核融合に使用することはできないか。
Ą5:核融合発電にとってトリチウムは重要だ。重水素とトリチウムの核融合発電を目指している。1F処理水からのトリチウムを濃縮しても量が少なく、半減期も短いので経済的に成り立たない。現実的でない。

Q6:用語の解説をお願いする。告示別表に定める線量限度等を定める告示。減衰補正後濃度が告示限度の1/100を上回る核種とは何か。
Ą6:燃料に由来する放射性物質、腐食生成物に由来する放射性物質共に、ALPS処理設備の稼働時期が原子炉停止後より1年後になると想定されたことから、半減期を考慮し原子炉停止365日後の滞留水中濃度を減衰補正により推定した。減衰補正により得られた原子炉停止後365日後の推定濃度が告示濃度限度に対し、1/100を超える核種を滞留水中に有意な濃度で存在するものとしてALPS処理設備の除去対象核種として選定した。なお、1/100以下となることから、除外した核種の推定濃度と告示濃度限度との比の総和は、最大で0.05程度であることから、除外した核種の濃度は十分低いものと考える。

Q7:トリチウム処理水海洋放出に関して多くの関係者の努力が国内に伝わらない一因として政府・東電に対する不信も相当含まれると感じている。その点でIAEAにその監視機能を置きまた発信することは国内・海外に対して有効なアイデアだと思うが、
Ą7:政府・東電に対する不信があるのは、自然かつ当然と考える。なぜならば、東電は事故を起こした当事者であり、避難指示を出し、避難者に苦痛を与えたのは国だからである。そして、過去に国及び東電が原子力は安全であると言って地元に説明して導入したわけだから。IAEAは与えられたタスクを報告する義務があるので公開する。ただ、それを広報的に使っているのは日本政府であり、東電である。東電や日本政府が自分たちの取り組みを直説説明するよりも、IAEAの評価は第三者による評価であるので、東電や国より信用されるものと思う。IAEAレビューのスコープは、日本政府からの要請やIAEAのタスクフォースの権限に基づき、東電1FにおけるALPS処理水の取り扱いに関する日本の基本方針の実施について、IAEAの国際安全基準に照らして安全面の評価を行うことに特化されている。監視機能があるわけでない。

Q8: IAEA がALPS処理水のモニタリング以外に対象を広げることは意味があるか
Ą8:廃炉の手順とか内容をIAEAにレビューしてもらったらよいのではないか、ということであれは、現段階では不要と考える。実施予定の内容は事前に戦略プラン(英文、和文)で公開され、規制庁にも説明され、規制庁で確実に反映されて作業が行われている。戦略プラン策定には複数の海外の専門家も加わっている。また、地元での定例会議においても説明がなされ、もらったコメントが廃炉作業に反映されている。

                               文責 立花賢一
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2023年11月22日

EVFセミナー報告:台風を脅威から恵みに変える〜台風科学技術研究センターの紹介〜

演題:「台風を脅威から恵みに変える 」 〜台風科学技術研究センターの紹介〜
講師:満行 泰河( みつゆき たいが) 様

横浜国立大学 大学院工学研究院 システムの創生部門 准教授
日時:2023年11月22日(木)14:30〜16:00
場所:新宿NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:48名

se20231122.jpg講師略歴:
2014年3月 東京大学 大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻 博士課程修了 博士(環境学)
2014年4月 東京大学 大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻 助教
2015年4月 東京大学 大学院工学研究院システム創成学専攻 助教
2018年3月 横浜国立大学 大学院工学研究院 システムの創生部門 准教授
2021年10月 横浜国立大学 台風科学技術研究センター 副センター長

概要報告:

・2050年には台風を脅威から恵みに変えるという、タイフーンショット計画の実現に向けて、横浜国立大学総合学術高等研究院では台風科学技術研究センターを立ち上げ、様々な角度から台風に関する研究を行っている。 本講演では、タイフーンショット計画の一つの柱である台風発電に関する研究を中心に、現状の成果と今後の展望について紹介いただいた。

・満行先生は、自称現代っ子というだけにまだ37歳の若さであるが、日本のみならず東南アジアの国々が今もそして今後も直面する超大型サイクロンの脅威を台風のエネルギーを削ぐ、さらにはそのエネルギーで発電し電力を得るという意義あるプロジェクトをポジティブかつスマートなキャラクターにより地球温暖化研究等の大家を短期に巻き込みながら、しかも楽しく進めていることがよく伝わる勢いのある講演であった。

・地球温暖化問題やエネルギー起因ともいえる国家間のエゴが渦巻く現状ではありながら2030年、2050年を生きていく次世代が軽やかに対処していく姿を目の当たりにして会場からのQAも 愉快だった、エールを送りたい、など気持ちがこもっていたのが印象的であった。

・元々の専門である船舶工学の知識を土台に洋上風力発電をテーマに研究をされていたが、最近になって大型化する風車のプロペラは風力が強すぎると破損の恐れがあり折角のエネルギーを利用できないというジレンマがあり、そこを突き詰めて台風の勢力を弱める、さらにはエネルギーを得て恵みにするという思いを抱いた。また、それを大学が支援する形で台風科学技術研究センターが設立された。センター設立式のテレビ報道を見るまではドッキリ番組のように感じていたので実感が湧かなかったそうである。先生からこれだけは覚えていてほしいというメッセージは以下2点

・一点目はタイフーンショット計画である。 タイフーンショット計画が提案する2050年の社会は、気候変動の激甚化、災害大国日本ではなく、台風エネルギーの恵みによって自然エネルギー大国、脱炭素社会日本となっている。そのターゲットは、@無人航空機による人工制御法の開発、A無人船舶による台風発電技術の開発。社会的意義は、@安心な生活への貢献、A脱炭素社会への貢献、B技術大国日本の復活、C人材育成である。その結果、天気予報と同様に台風予報がなされ発電量が報道されしかも被害はゼロ。そしてそのノウハウは東南アジア諸国にも伝わっている。

・二点目は、その母体としての台風科学技術研究センターの設立TRC(Typhoon Science and Technology Research Center、2021年10月立ち上げ)である。日本の台風に関する知見の下で、台風のメカニズムを解明するとともに防災減災を目指す。

・TRCの組織は次の6つのラボからなり最先端の知見が産・官・学、理学・工学・人文科学等多様なステークホルダーと協働する。その研究領域は@台風観測ラボA台風予測ラボB台風発電開発ラボC社会実装推進ラボD地域防災研究ラボE台風データサイエンスラボであり、センターの目指す台風発電のコンセプトは、そのメカニズムと高精度予測を活用した未来の海上移動式・発電・蓄電・送電システムの技術開発である。ラフな試算ではあるが、台風発電船100隻で日本の再エネ電源の約3.6%を賄える。

質疑応答

Q1希望に満ちた楽しい講演であった。太陽光発電は比較すれば構造が単純だが、洋上風力発電はメカニズムを開発し機械工学的に進めるということなので台風発電もその延長として日本の強みが生きるのでは?
A1洋上風力発電は着底式から浮体式かつ大型化(15MW級)に進化している。浮体については、日本は大変強いが残念なことにキーとなるブレードを作る会社が撤退したので悔しい思いがある。今後その技術を育てること、そして稼げる事業にしていく必要がある。つまり産業育成が必要だがそれは技術よりも難しくご支援をお願いしたい。

Q2ジェーン台風(昭和26年)を大阪で経験した。陶器食器が入った洗い桶が風で舞い上がったのを母親と見た。当時は風速46m/sと発表されたが個人的には90m/s位あったのでは思っている。
A2 確かに過去のデータは、計測手段や統計手法が今と違っているので(平均評価など)現在は、気象学の先生方によって必要な見直しがされている。宮崎県出身なので台風銀座ではあったが外で遊んだ記憶があり当時は(今と比べれば)弱い台風だったと思う。

Q3 2050年を生きる次世代からの明るい話題で楽しかった。温暖化により極端気象(風速 50m/s超)が増える一方で穏やかな気象も増えるという理解は正しいか。(正規分布の中央値はやや増えるがそれよりもすそ野が広がる影響が出ている)
A3 まだ不明な部分はあるが、個人的な推測としてはYes である。2019年に超大型台風が頻発したが今年はない。笑い話だが保存した非常食菓子パンを食べることが家庭でもあるようだが補充も忘れないように。防災関係の先生方ともこの話題はよく出る。なかなかむつかしいが台風に限らず本当に油断禁物である。

Q4 長年ヨットを趣味としている。横風を食らうとひとたまりもない。台風発電船はどう対処しているのか。また、台風は進路を変え乍ら移動するため追跡が難しいとあったが、行きつく先のオホーツク海で捉えるのもよいのではないか?
A4 横波について最近の研究で分かってきたこととして帆が1枚ではなく翼列として10枚あると風の迎え角が真横からずれてくる。また、発電船のプロペラは入港できる港がないほど大きいため重心も低く安定性に有利。一方で横転させた後で復原させる案もあるが、そこまで条件を広げると波力発電も視野に入る。現在実験中なのでいずれについても近いうちに定量的な議論が始められると思う。オホーツク海のアイデアはその通りで、国際状況も考慮すべき難しい課題であるがその準備は怠ってはいない。

Q5台風が多い高知で育ったが50年近く住む東京では直撃が少ない。温暖化の影響で台風の進路が西寄りに変わったように思う。メカニズムにもよるが、台風の進路の先で海面上での蒸気化を防ぐことで進路変更ができるのではないか?
A5 台風の発達メカニズムついてはほぼわかっていて、蒸発を止めるために海面をカーテンで覆うという技術的な解決案も考えられるが、台風が来なくなると水枯れを起こすダムや地域もあるため強すぎる勢力を削り取るのが妥当という方向で落ち着いた。倫理的な面/ELSIも含めた課題である。(Ethical, legal and social issues)

Q6 ウインドハンター船では発電電力により船内で海水の電気分解を行うとあった。海水の電気分解は電極の耐久性も課題であると聞く。もしそうなら 現在静岡でエイエイディ社(AAD社)、清水銀行、東海大学の研究開発中の内容に関するEVFセミナーを来年5月に行う予定でありまた情報提供もできる。
A6大変ありがたい。現在検討中の課題である。ぜひ事務局を通してその新聞記事を送ってもらいたい。本日の最大の収穫かもしない!

Q7 台風や地震など災害防止に関して国立大学に対する政府の援助は乏しいのではないか?
A7 正直そういう面もあるが、そのような状況でも研究進歩はある。気象関係では台風の進路予測は今年から予測半径が1/3になった。世界にない大きな進歩である。予算獲得は、結局は国民の後押しで決まると思う。
文責:寺本正彦

講演資料:台風を脅威から恵に変える
posted by EVF セミナー at 16:00| セミナー紹介

2023年10月27日

EVFセミナー報告:再生可能エネルギーの活用における蓄電技術の現状と課題

演題:「再生可能エネルギーの活用における蓄電技術の現状と課題」
講師:三田 裕一様
一般財団法人 電力中央研究所エネルギートランスフォーメーション研究本部 研究統括室 上席研究員
日時:2023年10月27日(金)14:30〜16:00
場所:新宿区NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:51名

講師紹介:
20231027.jpg
・1990年:早稲田大学大学院 理工学研究科修士修了
・同 年:財団法人電力中央研究所に入所、主にリチウムイオン電池の寿命評価試験、二次電池システムの性能評価試験等に従事.
・2021年7月より現職.


[講演概要]

1.カーボンニュートラル(以下CN)に向けて:
<世界的に再生可能エネルギーの導入が拡大し,需要と時間的・空間的なズレが増大。蓄電技術の効果的な導入がCN実現のキー>

・「第6次エネルギー基本計画(2021年10月)」で見直しされ、再エネ比率は2030年で36〜38%程度、火力発電所の構成比は石炭(19%程度)と天然ガス(20%程度)で低下(△26%)。系統安定化技術の高度化、太陽光発電・風力発電の供給力確保、既存エネルギーシステムの最大限の活用が必要。

・「CNの方向性」は、省エネ・電化・電源の脱酸素化・水素化等で進めるが、2050年段階で全部を非化石化することは難しく、CO₂を回収・貯留するネガティブエミッション技術も含めてトータルとして実現する方向性。

・「CNを実現する将来の電力系統」には、新たに送電線が必要。また需要地近郊の配電系統と基幹のメイン系統をマッチングさせて動かすこと、需要地での地産地消が必要。

・「太陽光発電の課題」は、発電効率や利用効率が高くないこと、エネルギー電源として発電予測が必要なこと、特性として、日没で急激な変動があり「ダックカーブの懸念」がある。

2.電力の安定供給:
<蓄電池(二次電池)は,電力の供給と需要の両サイドで活用>

・「電力広域系統のマスタープラン(ベースシナリオ)」(電力広域的運営機関OCCTO)で、試算が示されている。

・「安定した高品質な電力供給」は、電力会社が安定したポリシーで需給調整をすることで,電力の品質としての電圧・周波数を維持している。

・「需給調整市場の整備」について、2024年にフルオープン予定。ビジネスチャンスとして、蓄電池の大量設置計画が立てられている。

・「慣性力の維持:再エネに蓄電池とM-Gセット」は、電中研も提唱。回転発電機を介することで、系統から見ると同期発電機に見える。

3.電力貯蔵システム:
<多様な蓄電池を適材適所の利用>

・「電力貯蔵技術の役割」には、系統安定化、需要と供給の時間的シフト、調整火力の補助、負荷平準化、またバックアップ電源等が期待されている。

・「電力システムでの蓄電利用(例)」は、他のエネルギーシステムとの組合わせで便益が出る。

・「各種エネルギー貯蔵技術」で真っ先に挙げられるのは、蓄電池(二次電池)。他の貯蔵技術として、揚水発電、重力エネルギー貯蔵、海洋インバースダム、圧縮空気エネルギー貯蔵等がある。

4.定置用蓄電池:
<電気自動車は充電の集中が懸念されるが,V2Xの活用も期待>

・「2030年までの世界の蓄電システムの累積導入量予測」は、世界全体だと350GWが導入される予想。アメリカと中国が大量に導入する計画。

・「利用されている電力貯蔵技術」は、リチウムイオン電池の導入割合が大幅増加。

・「再生可能エネルギーの今後の推移(2023年度供給計画)」は、圧倒的に太陽光が多く巷で言われてるほど蓄電池は導入されていない状況。

・「定置用蓄電システムの設置場所とユースケース」では、組み合わせて多用途対応(マルチユース)の実現が重要になる。

5.リチウムイオン電池:
<現状、リチウムイオン電池の劣化診断、残存価値の評価技術を活用して最大限の活用が不可欠。全固体電池は課題が多いが、期待は大きい。>

・「リチウムイオン電池の特徴」は、様々な電池があり形も多様。弱点は使用する電解液が可燃性(消防法の危険物)で、大量の使用には離隔距離を取る必要がある。(日本での事故例はないが、韓国でMW級蓄電池の火災事故が頻発。安全基準の整備などの対策が取られている)

・「運用条件(電池の使い方)と電池劣化」については、安定して長期で運用するために、「寿命の見える化」が必要。

・「EV循環による低コスト化・資源確保」について、中古自動車の大半が国外流出していること、リサイクル技術がまだ確立できていなくて事業化が難しい問題がある。国内に市場がない一つの原因として、現状では,中古EVの残価が判断できなくて公正な評価ができない(技術,制度がない)課題がある。

・「全固体電池の特徴と課題」について、次世代蓄電池として全固体リチウムイオン蓄電池が期待されている。一番は可燃性のものではないということ。一方、本当に大電流で充電できるのか、寿命についても短いという課題がある。

【質疑応答】

Q1:蓄電池の単位がMWとMWhが出てくるが、MWhが正しいか?
A1:電池はアワー(MWh)で示される蓄電可能なエネルギー量で評価するのが基本。ただ電力設備がほとんどワットなので、使われ方の最適運用の評価となるとワットを明記しておく必要がある。

Q2:蓄電池は電気を貯めるだけなので、再エネに入れるのはどういう考え方か? 
A2:再エネの中に入っている場合は、個人的な捉え方だが、何かと組み合わせて使うので蓄電池も入れてもらっていると理解している。

Q3:電圧調整とかサイクル調整とか需給調整をどうやって調整しているのか?
A3:電力会社にそれぞれ中央給電指令所(中給)があり、各電力会社が自身のエリアをコントロールしているのが原則。中給から遠隔で操作し微調整をしている。電力広域的運営機関OCCTOが、決まり事とか常に協議をして連携を取りつつ対応している。

Q4:電中研さんが提唱されているM -Gセットで、その中のモーターは電気自動車もハイブリッドも100kWだが、そのうち1000万台になると思う。そのモーターは使用後全部使えないのか?
A4:システム的な規模感でいうと、系統屋さんは100メガとか1ギガの単位でオーダーを考えている。電気自動車のモーターを多数接続して運用することになり,統合的な制御技術が必要になるため容易ではない。一方,電池については,使用済みの電池は結構バラバラな特性なので、ばらつきがある電池を全部同期しながら一体として動かす制御技術が重要になってくると思う。
文責:井上 善雄


講演資料:再生可能エネルギーの活用における蓄電技術の現状と課題
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2023年09月29日

EVFセミナー報告:波力発電の現状と平塚市の取組み

演 題 :「波力発電の現状と平塚市の取組み」
講 師 :堂谷 拓 様
 平塚市産業振興部産業振興産業活性化担当 主査
日時:2023年9月29日(金)14:30〜16:00
場所:新宿
NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:48名

講師略歴:
• Stony Brook University卒 BS Biology
• 首都大学東京(現東京都立大学)社会科学研究科博士前期課程修了(経営学修士・MBA)
• 政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策・経営人材養成短期プログラム(修了)
• 平塚市産業振興部産業振興課産業活性化担当主査
• 平塚海洋エネルギー研究会を東京大学生産技術研究所林研究室と立ち上げ。波力発電の産業化、キャッシュレス決済サービスの実証実験などに従事
• 東海大学総合社会科学研究所研究員

概要報告:

・波力発電のポテンシャル:波力発電開発可能量は、砂浜海岸の距離の10%を開発した場合で見積もって3.6GWと見込んでいる。エネルギー基本計画の2030年度におけるエネルギー増加可能見込みの地熱0.9GW、水力0.7GWに比べても発電量は多い。
平均の波パワーは、日本海側は夏冬の変動が大きく、太平洋側は変動が少ない。波のエネルギーは沖合に行くほど高くなるが、沖合の波は振れ幅大きいこと、色々な方向から来るのに対し、沿岸では波のエネルギーが想定できること、一方向であることから、ウェーブ・ラダー型に適している。

・ウェーブ・ラダー型波力発電の開発経緯:船の操舵装置を逆利用したウェーブ・ラダー型波力発電の発電機構は、波によるラダーの揺動を油圧シリンダーの往復運動に変換し、オイルモーターを回し直結する発電機を回すシステムになっている。
ウェーブ・ラダー型波力発電は、文科省プロジェクトで岩手県久慈発電所が2016年に日本で初公開された。この初期型の発電所は発電効率が良くなかった。
第2世代として、2018年〜2021年環境省プロジェクトで平塚発電所では、発電効率を上げるために反射板を設け反射波を活用、ラダーを大きくし吸収できるエネルギーを大きくした等の改良、コスト削減を行った。国プロはプロジェクトが終わると撤去しなければならないので、現在は撤去されている。
第3世代では、国プロではなく資金調達して、発電所設置までの全体の低コスト化を図る。パワーテイクオフ装置(エネルギー変換装置)を小型化し量産可能なものにする。高回転可能なEVのモーターの活用。施工時は、起重機船をチャーターすると高額になるため、セルフエレベータープラットフォームを海底につけて船を浮かした状態で工事をする(洋上風力で利用しているものの小型版)等を検討しており、2023年度中に陸上試験が終了、2024年度以降資金が集まり次第、平塚海域で実証試験予定である。

・波力発電を取り巻く状況と平塚市の立ち位置(実績と政策論):波力発電は総合知の積み上げと人材育成の両立が課題。海洋土木、強電、機械等総合的に見れる人材が必要であるが、一方で、原子力強化にかじ取りされた時代に、大学の海洋エネルギーの専門家の多くが引退した。国プロは3年間で採択から撤去までを行わなければならず、実験期間が不足で知識の積み上げが難しい。平塚市は、環境省プロジェクトの前に3年間の内閣府の地方創生加速化交付金・地方創生推進交付金を活用し、波力発電の場所の確保、設計を終了させたため、実験実証の時間を確保した。実施体制は、東京大学を代表とし、14社が参加する平塚海洋エネルギー研究会を設立した。自治体も知識を作るところに入って、色々な分野の人たちとの議論から知的対流を起こすことにより、公共の課題解決にもつなげていく。
波力発電の商用化を目指すため、大学を中心とした開発実証から事業化を加速するために、
ベンチャーのコンサルティング企業e-ウェーブR&Dを設立。プロジェクト管理を東京大学からe-ウェーブR&Dに移行。3〜4年で技術移転する。
資金面では、内閣府が主催する「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」企業版ふるさと納税で、ヤフー株式会社が「地域カーボンニュートラル促進プロジェク」寄付先として選定したことで、注目が集まっている。今後は、寄附型のクラウドファンディング等の検討もしている。
また、国際エネルギー機関のオーシャンエナジーシステムズ年次報告(2020)に、平塚の取り組みがmajor successとして取り上げられ、波力発電は、プレコマーシャルの壁を超える段階に来ている。国産技術での再生可能エネルギー開発は、エネルギー安全保障上重要であり、第3世代の波力発電の実証に取り組んでいる。

Q1 波力発電のポテンシャルを理解したい。波が板に当たる圧力をエネルギーに変えるのか、位置エネルギーを変えるのか。発電効率はどのくらいか。効率を上げるポテンシャルはどのくらいあるか。
A1 波の運動エネルギーを油圧に変えて発電している。エネルギー変換効率は、油圧への変換効率 80%、電気に変換+電線で効率は50%くらいになる。
効率を向上させるためには、蓄圧器を外すことが油圧の効率を上げるのに重要。沿岸域は電線が短くて済むためコストが下がる。平塚では海中は通さず、発電所からアクセス桟橋を通って防潮堤沿いに電線をとおしたので、沖合よりも効率良くできた。

Q2 離岸流はエネルギーにならないのか。
A2 考え方は潮流発電に近い。波は上下運動はするが流れはない。
ウェーブラダータイプは離岸流を受けると傾いたままで発電が止まってしまう。プロペラタイプがよく、そのタイプを研究しているグループもある。平塚の発電所は防波堤の沖合20mくらいにあった。

Q3 ウェーブラダーではパルス状の電流しかでないと使いにくい電力ではないか。
A3 平塚のものは低圧接続でパワーコンディショナーを介したので電気のクオリティを担保できているが、大型化していくときに波の発電は正弦波になるので、正弦波同士を重ね合わせるように発電所を設置できないか考えている。1/4周期ずらして並べるアイデアを持っている。

Q4 気候変動が波力発電に将来影響でてくるのか。
A4 気候変動の影響は、波が強くなることについては、発電自体にはプラス方向。海面上昇が懸念される。潮位から何m上に発電所をおくことを最初に決めるので、水位が変わると効率も変わってしまうし、場合によっては、高波で機械が壊れる可能性もある。

Q5 発電された電力を送電線で送るのではなく、蓄電しておいて定期的に船が回収する方法は可能性あるか。
A5 現実的にはあり得ると思われる。台湾のコンサルから、沖合の洋上風力で潜水艦が電線を切ってしまうケースがあるとのこと。線を出しっぱなしも危険性があるので、蓄電して船で運ぶとか、人の目が定期的に入ることは今後重要になってくると思われる。

Q6 知的対流、発信の重要性について、欧州では論文発表をして課題を前に進めることがあると思うが、日本では発表の場がない。エネルギー学会では個々の部品は知らない、海洋学会は建物はしらない、日本の学会がこうなっているが、どうやって突破するのか、悩まれていることがあれば教えて欲しい。
A6 興味を持って考えてるところ。こうあったらいいなと具体的なものは描けていないが、東大の先生と話していると、学問の領域では細分化して精鋭化させていかないと生き残れない。大学に求めても難しいのではないかと言われた。総合知と書いたが、東大の先生は、電力中央研究所にいたが、専門は海洋土木で、役柄いろいろな発電に関わり、発電所を作ることはどういうことかの知識を網羅することができた方。仕事のキャリアで偶然出来上がったのが日本の実態。
偶然ではなく、意図してこのような人財が生まれるようなシステムを考えていかなければならないと思う。学際的なつながりをそれぞれ学会ごとで分科会を作って、発電所の学会を作って各学会を集めて提案していくしかないか。知識を作るときの方法で2種類提唱されている。
学会のように従来の知識に基づいて新しい知識を上積みしていくものと、創発みたいな形で、バックグランドが違う人が集まってその場で思いついた知識で、その場限りでその人にしか残されない知識。後者の知識を見える化し、誰でも使えるようにしていくことが今後重要と考える。
東海大で肩書をいただいているのは、行政の立場で研究会の中で公開できるものを公開していく。なかなか難しいですが。

Q7 日本の漁港は2800か所ある。港の近くの防波堤に波力発電を作ることはよいアイデアだと思う。6つの柱で計画している波力発電は何kWか。  
A7 70kW発電機2機で140kWを想定している。

Q8 波力発電の設置費用は他の発電に比べるとどの程度か。風力・太陽光発電のコストに比べるとどうか。
A8 風力発電の高かったことに比べて倍くらいのコストがかかる。インフラにそのままのせることが可能になれば、ジャケットの製作コストがいらなくなる。インドネシアの場合は、石油を掘っていた井戸があるので、そこに設置させればコストは抑えられる。

Q9 漁業の方から反対はないのか。
A9 平塚は漁業者がさばけていて、新し物好き。フレンドリー。最初心配していたが、もともと漁業をしていない場所であった。遊漁の方は、観光船的に、釣りに来たお客さんに発電所を話題にしてくれる。理解がある。
文責:白橋 良宏

講演資料:波力発電の現状と平塚市の取組み
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2023年08月25日

EVFセミナー報告:ウクライナ戦争と歴史の転換点

演題:「ウクライナ戦争と歴史の転換点」
講師:天江 喜七郎 様  元駐ウクライナ大使
    大塚 清一郎 様  元駐スゥエーデン大使
日時:2023年8月25日(金)14:30〜16:00
場所:新宿NPO協働推進センター501会議室
聴講者数:62名
講師略歴:
天江講師略歴:
・1943年 仙台市県生まれ 一橋大学卒
・1967年 外務省入省  在ソ連日本大使館勤務、冷戦時代のモスクワを経験
・在外ではイラン、英国、韓国、ソ連/ロシア、米国(ホノルル総領事)、シリア(大使)、ウクライナ/モルドバ(大使)
・国内では、北米局(沖縄返還)、調査部、欧亜局(ソ連関係)、国連局(課長)、情報文化局(審議官)、中近東アフリカ局(局長)、関西担当大使(大阪)
・2007年退官後は、同志社大学客員教授、国立京都国際会館館長、KDDI社外監査役等を歴任
・現在、茶道裏千家淡交会顧問、日本国連協会評議員、合気会理事、京都日韓親善協会会長、ウクライナハウスジャパン共同代表ほか

大塚講師略歴:
・1966年に一橋大学商学部を卒業し外務省に入省
・1991年初代エディンバラ総領事に就任
・1997年からニューヨーク総領事(大使)
・2004年から駐スウェーデン兼ラトビア特命全権大使
・2007年退官

概要報告:
ロシアによるウクライナへの侵攻が始まってから1年半以上が経過し、本講演の5日前には、民間軍事会社ワグネルの代表、プリゴジン氏の飛行機事故による死亡が伝えられるなど、ますます混迷化するウクライナ戦争。この戦争の背景と行方、国際社会に与える影響などについて、元ウクライナ駐在大使であり冷戦時代および崩壊時のソ連での駐在経験もある天江喜七郎氏にご講演いただき、また、元スウェーデン駐在大使の大塚清一郎氏にコメントをいただいた。

天江氏は、ウクライナ戦争の本質は、ロシアにとっては「大ロシア復興戦争」であり、ウクライナを歴史的にロシアの一部と看做すプーチン大統領にとって、ロシア帝国とはロシア、白ロシア、小ロシア(=ウクライナ)であり、ロシア帝国(ソ連)時代に戻る必要があると考えているとみる。ソ連崩壊を20世紀最大の地政学的カタストロフとみるプーチン大統領にとって、NATOの東進(旧東欧諸国の加盟により2022年現在30か国)、ロシアと中欧を結ぶ要衝という地政学的にも重要なウクライナのNATO加盟は受け入れることができないものであるとみる。一方、ソ連崩壊により形式的には史上初めてロシアからの独立を果たしたものの未だロシア依存から脱却できないウクライナにとって、ロシアから名実ともに決別し、歴史的、宗教的にも近いポーランド同様ヨーロッパの一員となることがウクライナが向かうべき道であり、ウクライナ、ゼレンスキー大統領にとって、これは「独立戦争」であるとみる。
ウクライナ戦争は決して「局所的な内戦」ではなく、歴史的な転換点である。「ヒト、モノ、カネ、サービス」の自由な流れが阻害され、国際機関の機能不全(国連における拒否権の存在)が改めて露呈し、超大国の武力による秩序破壊が行われたという点で、グローバリズムの終焉であり、国益第一主義による対立が鮮明化し、不安定化時代が到来したのである。
東アジア情勢においても、既に北朝鮮の核・ミサイルの実践配備が進み脅威が増し、米中の対立が激化するなかで、中ロ朝「同盟」と日米韓「同盟」の新冷戦の様相を呈しており、日本が中ロ朝のターゲットとなりつつある。
このような国際情勢、ウクライナ情勢のなかで、日本はどうするか。外交による局面打開しかない。相手国の善意のみで平和を保つことはできず、専制国家は武力行使を躊躇しないという現実的な認識のもとに、日本の安全保障(防衛力、国民意識、外交力)を強化することが重要である。

続いて、大塚元大使から、コメンテーターとして、全体的に天江元大使の視座に与しつつ、ジョークを交えた率直な語り口でウクライナ戦争について、お話いただいた。大塚氏のコメントは、以下の3点。
@ウクライナ戦争は、「邪悪な独裁者プーチンの戦争」であり、プーチン氏の「終わりの始まり」、プーチンが築いてきた「ロシア帝国」の没落の始まりでもあると見ている。
A一方、アメリカ、ロシア、ウクライナそれぞれで大統領選挙が行われる2024年までは、戦局が大きく動く可能性が低く、最近は一進一退の消耗戦の様相を呈している。西側・ウクライナの戦略においても、ロシアを「ジリ貧」(大塚氏の語)に追い込みつつも、決して「ドカ貧の壁」(同)に追い詰めない「匙加減」が重要ではないか。ロシアは、ウクライナが「クリミアを奪還するような事態」をロシアの国益を危うくする「ドカ貧の壁」とみなす可能性があり、そのような場合には、プーチンは戦術核のボタンに手を伸ばす誘惑に駆られる可能性があるので、そういう事態にさせない様な戦略上の舵取りが重要である。
Bウクライナ戦争は「対岸の火事」ではなく、日本の安全保障にも影響がある。北朝鮮、中国から、ロシアという専制主義国に対峙する日本としては、当面最も重要なことは、「抑止力の強化」である。これには、「日米同盟の強化」、「日米韓3国による安全保障協力の強化」が肝要だと思う。更には、ドイツが既に始めている「米国との核シェアリング」を日本も検討すべきではなかろうか。


Q&A
Q: ウクライナ戦争は中国にとって、どのような意味があるか。
A(天江): 中国にとっては、反面教師であろう。台湾進攻にも影響があるだろう。一方、専制主義と民主主義の対立が先鋭化するなかで、ロシアが弱体化することを「ほくそ笑んでいる」かもしれない。

Q:  極悪非道でならず者のプーチン大統領は残虐な行為を次々とやっているが、ロシアの一般国民はどうとらえているのか?次回の大統領選挙でプーチンが再選されたらこの残虐行為を国民が支持したということになるのか。
A(天江):  極悪非道というのは西側の評価であって、ロシアでの評価は全く違う。モンゴル帝国、ナポレオン、そしてヒトラーのドイツ等、ロシアは幾度か外敵に侵略されている。第二次大戦の時は、ドイツの犠牲者500万人に対してソ連は2,300万人もの国民が犠牲になっている。従って、ロシアでは民主的で物わかりの良い指導者よりも、権威的であっても外国の侵略から守ってくれる強い指導者を求める傾向が顕著。次に、ロシア国内では情報統制のため、我々が得ているウクライナ戦争の実態を知らされていない。従って、来春の大統領選挙では、プーチン大統領が圧倒的多数で再選を果たすと見られている。もし、ウクライナ戦争でロシアが占領地域を大きく喪失するとかロシア兵の犠牲者が多く出るような場合には、プーチン大統領の支持率は下がると見られます。他方、大統領選挙で対抗馬がいない以上、選挙民がプーチン大統領に不信任を突きつける可能性はほとんどない。
ロシア国民、特に中年以上は、ゴルバチョフからエリツィン大統領にかけての未曾有の経済破綻と、プーチン大統領就任後の経済回復を体験している。プーチン大統領の支持率が、ウクライナ戦争後でも70パーセント台で高止まりしているのは、上記の理由による。

Q: プーチン大統領の支持率が下がり、選挙で正当に選ばれた後継者が和平の道を進むというのは、「平和ボケ」したシナリオのようで、しかし、西側の支援を受けた軍部あるいは反政府組織が政権の転覆を図るというのも非現実的な感。本当に終結の見通しが見えない。選挙で「正当に」選ばれたトランプ大統領がウクライナを見捨てるほうが現実に近いのではないか。
A(大塚): プーチン氏は、間違いなく再選されるだろう(選挙プロセス、結果の操作は当然のことだが)。問題は、再選後のプーチン氏が国内の引き締め、総動員令などにより、戦力増強した上でやるに違いない、次の「大攻勢」が戦局全体にどう影響するか。この点が要注目。
ロシア脱出者の動向
ロシアによるウクライナ侵攻開始以来、1年半で既に970万人(西側の数字は過大評価だが)のロシア人(若者、実業家など)が国外に脱出して(東京都の人口に匹敵。ロシアの労働人口の約13%)、深刻な兵士不足などに陥りつつあること。これは中長期的に、ロシアの国力低下に繋がることなので、プーチンも苦慮しているに違いないだろう。
アメリカでの「トランプの再選」
実に嫌なシナリオだが、あり得るシナリオなので、要注意。ただし、仮にトランプが再選された場合、対ウクライナ軍事支援の削減はあり得ても、NATOとの亀裂覚悟で「ウクライナを見捨てる」ような拙劣な動き(それこそ拙劣の極み)は出来ないだろう。アメリカの良識は、そう易々と「振り子」の「馬鹿げたぶれ」を許さないと期待したいところである。

Q: プーチンがバカではないとしたら、プーチンも、ウクライナ、あるいは西側諸国に関して、相手の意見に同意はしないけれども、相手の意見も尊重すべきではないのでしょうか。現状ではプーチンは「ウクライナという国は存在しない」としているわけですから、相手の意見は無視していることになるでしょう。言い換えると、外交による局面打開を」のなかの「非合意の合意(agree to disagree)」という外交・対話の土俵に、まずはどうやって強硬なロシア、プーチン大統領に上がらせ、そのうえで「非合意の合意(agree to disagree)」を達成するのでしょうか。

A(天江): Agree to disagree に関する私個人の考察は以下のようなものです。
人間は誰でも、顔かたちも違えば、考え方も異なる。その中で、家族を作り、徒党をくみ、団体に所属し、国民を形作っている。それが国民国家を形成すると、そこに他の国民国家との違いが出てくる。国益と国益が対立し戦争になることは歴史の示すところである。
他方で、人間は他の動物と異なり理性を備えている存在である。感情的な諍いも理性でコントロールして、秩序を乱すことなく平穏に生活する知恵を備えている。
Agree to disagree は感情や利害に基づく対立を止揚する理性的な対応であり、話し合い(交渉)の第一歩。
例えば、北朝鮮。なぜ北朝鮮は日本政府の話し合いに応じようとしないのか?原因は拉致問題など様々だが、北朝鮮には北朝鮮の言い分がある。更に、民意とは関係のない独裁政権だから、金正恩が首をタテに振らない限り日朝両政府が正常化交渉に入ることは考えられない。
他方で、両国は国連加盟国である。NYの国連本部のみならず、ジュネーブやウィーン、ローマなど国際機関があるところでは、両国の外交官が会議の席で顔を合わせることは普通。もとより、平壌からは「日本政府とは一切接触するな」との指令が出ている可能性があり、会議の席で顔を合わせても一切握手もしない状況かも知れない。

私(天江)が講演で言及した一つの方法は、第三国の仲介を得て日朝両政府が正常化交渉に入れないかとの点である。残念ながら、今は、北朝鮮に一定の影響力を持っている中国やロシアに仲介の労を取ってもらう時期ではない。他方、金正恩が子供の時に滞在したスイスとか、北朝鮮と早い時期に外交関係を持った北欧諸国は、日本の長期に亘る友好国である。これら諸国と協力して突破口を模索する努力を探るべきだ。北朝鮮は核・ミサイル大国を目指し、あらゆる国際的な圧力にも動じない姿勢だが、これがいつかは行き詰まる時が来る。
日本は、その日のために日米韓同盟による抑止力を高めて、じっと時が来るのを待つほかない。

(大塚)「外交」は、国益と国益の狭間で展開されるもの。100%の勝利はあり得ない。「相手」とどこかで折り合いをつけて(出来れば真ん中あたりで)、お互い「我慢」するほか手がない。これが「外交の現実」。北朝鮮のような「独裁国」が相手となると、尚更厳しいものがある。

文責:高橋 直樹
講演資料:ウクライナ戦争と歴史の転換点
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