2022年09月22日

EVFセミナー報告:脱炭素社会実現に貢献する核融合エネルギーがいよいよ現実に!

演題:「脱炭素社会実現に貢献する核融合エネルギーがいよいよ現実に!ー実験炉イーターは運転開始まで77%、発電する原型炉は2040年代ー」
講師: 文部科学省技術参与(核融合研究開発担当) 工学博士 栗原研一様

聴講者数:60名

講師紹介:
・1979年 東京大学工学部原子力工学科卒業 
・同年  日本原子力研究所入所
・2012年 日本原子力研究開発機構核融合研究開発部門副部門長
・2016年 量子科学技術研究開発機構那珂核融合研究所長
・2020年 同核融合/量子エネルギー部門長
・2022年 文部科学省技術参与(核融合研究開発担当)
・2020〜2022年 文科省科学技術・学術審議会専門委員(核融合科学技術委員会委員)
 この間、北海道大学・名古屋大学・九州大学の各大学院非常勤講師、核融合の二国間・多国間協力における日本側委員等を兼任 

<講演概要>
・70年以上にわたる研究の成果により、核融合発電の見通しが得られてきた。設計段階を含めて、1990年代〜2040年代で実験炉、2030年代〜2050年代に発電実証のための原型炉、最終的にはこれ以降に商業炉で電力供給を目指している。
・核融合発電の特徴は、燃料である重水素と、三重水素(トリチウム)の元になるリチウムは海水からとれるため無尽蔵にあること、長期隔離が必要となる放射性廃棄物はないこと、原子炉のような臨界状態にならないため核融合反応は容易に停止でき安全性が確保できること等があげられる。
・最も起こりやすい核融合反応を探した結果、重水素と三重水素を反応させることがよいことがわかった。燃料1グラムが0.996グラムになるだけで、石油8トン分のエネルギーが発生する。また、重水素と三重水素の核融合反応で生成した中性子をリチウムにあてることで三重水素が生成され、燃料として再利用可能になる。
・重水素と三重水素はそれぞれ+の電荷を持っていて反発するので、核融合反応を起こさせるためには、1億度以上のプラズマ状態が必要となる。1億度でも密度が薄いので容器を溶かす熱量ではない。
・プラズマ状態を作り、原子核と電子を閉じ込める方法として、トカマク(ロシア発明)、ヘリカル、レーザー方式の研究を行ったが、トカマク型装置が最も発電実現に近い型式であることがわかった。
・現在は実用化に向けた実験炉の段階で、日・欧・米・露・中・印・韓が参加するプロジェクトで実験炉ITER(国際熱核融合実験炉)が、フランスで建設され、2025年に運転開始の予定である。
・並行して、日本では、実験炉JT-60SAを量研那珂研究所に建設し、ITERよりもプラズマ圧力を高くし、原型炉を小さくすることにより低コスト化の開発を行う。
・モノづくりの実力が性能を決めるため、日本の製造技術の高さが日本の成果に繋がっている。エネルギー増倍率、イオン温度、電子温度という主要性能で、日本が世界1位の性能を記録し、維持している。
・核融合の研究開発で培われた技術の波及効果は宣伝不足で知られていない。MRI、高精度加工技術、三重水素回収技術、海水からリチウム回収技術等、数々の技術が医療、環境関連産業、製造業の分野で極めて広く活用されている。
・世界は原型炉に向けての競争状態にある。米・英は、5万kW級の発電を2040年代に計画、中国は大型 原型炉を2030年代に計画。日本は原型炉の概念設計の基本設計は完了し、現在の国のロードマップでは2035年に原型炉の建設開始を判断する。また、高市大臣からGX戦略の一環として核融合国家戦略策定に向けた核融合戦略会合の設立がプレスリリースされた。


<講演内容>
1.核融合とは
・エネルギー源のルーツから見ると、以下のように、エネルギーの根源は核融合に行きつく。重い元素が軽い元素に変換されるときにエネルギーが出るが重い元素は超新星爆発等で原子核が融合してできる。太陽光・熱が絡むエネルギーは、太陽の中で原子核が融合してエネルギーを出す。
・電気エネルギーの発生方法としては、光エネルギー(太陽パネル)から太陽電池を通して電気に変換か、水力、風力は、運動エネルギーで発電機を回し電気に変換する。火力(化学的結合エネルギー)、原発(重原子核の結合エネルギー)、核融合(軽原子核の結合エネルギー)ではエネルギーを熱として取り出し、運動エネルギーに変更し、発電機を回転させる。但し、核融合は中性子をリチウムに当てることによって自分で自分の燃料である三重水素(トリチウム)も生産する。
・アインシュタインの質量とエネルギーの等価原理により、1グラムの質量で1000万人の1日分の摂取エネルギーを生むことができる。質量数(元素)で、鉄やニッケルに向かう核反応はすべてエネルギーを発生する。重い元素であるウラン等は核分裂で熱を出しながら軽い原子核に変わる。軽い元素は核融合で熱を出しながら重い原子核になる。その中で、ヘリウムに変わる反応で大量のエネルギーが発生するので、ヘリウムに変わる核融合を探すことになる。
・地球で最も起こりやすい核融合反応を探した結果、重水素と三重水素を反応させることがよいことがわかった。燃料1グラムが0.996グラムになるだけで、石油8トン分のエネルギーが発生する。
・重水素は海水中に約33g/t(60億年分に相当)入っていて、無尽蔵にある。三重水素は天然にはないが、海水中のリチウムから核融合炉の中で作ることができ、約0.2g/t(1600万年分)あるので、実質無尽蔵である。
・重水素と三重水素はそれぞれ+の電荷を持っていて反発するので、反応させるためにはぶつけるスピードが必要で、その障壁を越えるためには40億度が必要となる。しかし、実際はトンネル効果により1億度以上で核融合反応が実現できる。(原子核は、その存在が雲のような広がりを持ったものなので、裾野でのふれあいで一定の確率で反応が起きる)
・温度的には、1万度以上になると電子が剥がれ始め、10万度を超えると原子核と電子がバラバラになるプラズマ状態になる。プラズマ状態の事例として、蛍光灯の中は1万度になっているが、密度が薄いのでガラスを溶かす熱量にはならない。

2.核融合の開発小史:日本がトップランナーになった訳
・プラズマ状態の+の原子核とーの電子を、どうやって効率良く閉じ込めるのかを1950年代から研究してきた。日本で研究開発を先導した湯川秀樹博士は、1957年に原子力委員会に設置された「核融合反応懇談会」初代会長となった。博士は、原子力委員会に、2つの計画による研究開発体制を答申し、活動を開始した。A計画は、プラズマの基礎的な研究を名大にプラズマ研究所を設置し、各大学との協調するもので、現在土岐にある核融合科学研究所のヘリカル方式(螺旋状の磁力線を外部のヘリカルコイルで生成)につながっている。B計画は、実証研究を中心に、早期発電の実現に近いトカマクを研究開発し、実験炉ITER建設へつながっている。
・トカマクは、ロシア語で、電流、容器、磁気、コイルの最初の1-2文字をつなげた造語で、1951-1954年頃のロシアの大発明。ドーナツ型プラズマの中に電流を流すことにより、磁力が螺旋状になり、原子核と電子が混ざり合う。
・発電プラントの概念は、ドーナツ型容器中のプラズマで重水素、三重水素が核融合反応を起こすと、ヘリウムと中性子が反応の結果発生する。発生した高速中性子を炉心の周辺に置いたリチウムにあてると三重水素が生産出来る。この三重水素を燃料として再び使う。
・1985年から大型トカマクによる実験が開始されたが、1995年ぐらいまでは性能向上がなく苦しんだが、プラズマの形状を変更した1995年以降性能が上がり始め、一気に核融合実現への道筋ができてきた。この間で、エネルギー増倍率、イオン温度、電子温度で、日本が世界1位の性能を記録した(この成果はJT-60計画における超高温プラズマにより達成)。
・日本では、ヘリカル方式、慣性核融合方式(レーザー)も研究しているが、ヘリカル方式は、周りの道具立てが複雑で、性能がトカマクに桁違いに劣る。その結果プラズマの主半径が大きくなり、大きな炉(直径30m以上)が必要になる。慣性核融合方式は、1秒間に10回程度の爆縮が必要とされ、その都度レーザーを燃料ペレット一点に照射しなければならないが、レーザーは光学系の熱変形が戻るまでに数10分以上かかり、エネルギー生成システムとして成立していない。従って、核融合炉に向かっているのは、トカマクのみである。大型トカマクを保有した欧州JETと日本JT-60で、エネルギー増倍率1を超えるプラズマの生成に成功している。
・核融合炉の安全性は、@連鎖反応ではなく単独反応が起こる環境を維持しているので、スイッチ切でプラズマが生成出来る環境がなくなりすぐに反応停止できる。A燃料の三重水素は、金属間化合物に吸蔵させ閉じ込めるので通常漏れ出すことはない。もし、漏れても回収する技術も確立されている。B放射性物質として、中性子が金属に当り、金属の不純物でコバルト60が生成するが、半減期が約5年と短く、100年で100万分の1に減衰することから、多くはもとの一般物レベルに放射能が減衰する。 C炉心は真空なのでハザードの発生源にならない。燃料としての三重水素が大量に漏れないように貯蔵タンク管理が必要。D原子炉のような臨界状態はないので、安全性は高く社会的受容性も高い。実験炉ITERを日本に誘致していた時に、原子炉等規制法ではなく、RI規制法を基礎とする考え方が原子力安全委員会で示されたことがある。
・実用化に向けて、現在は実験炉の段階で、実験炉ITERは日・欧・米・露・中・印・韓による約2兆円のプロジェクトで、フランスで建設している。モノづくりの精度が性能を決めるため、日本の高精度製作の実力が発揮されている。ITERの実験を踏まえ、2035年に発電実証のための原型炉を建設するかどうかの判断を行う。最終的には今世紀中葉以降に商業炉の稼働を目指している。

3.国際協力と日本:技術や知財の安全保障
・実験炉ITERは南フランスに建設中、熱出力50万kW、エネルギー増倍率10、電気出力は1/3になるので17万kW相当で水力発電所規模。
・ITERの先端機器は日本企業が製作に大いに貢献。先端機器を作ることは日本企業の得意技。殆どの先端機器は日・欧・米が担当、露・中・印・韓は汎用電源、冷却系等のローテクを担当。
・ITER本体はほとんど金属で、ステンレスを中心とした鉄材で総重量は23000t(東京タワー6個分、エッフェル塔3−4個分)になる。金属が放射化すると人が入れないので、中のメインテナンスはロボットが行う。
・日本の実力発揮実例として、@トロイダル磁場コイル(三菱重工と東芝が担当)を日本9機、欧州が9機作成し、現地で組み立て。1mmの製作誤差で作らなければならない。 A100万ボルトの直流電源。世界で日立だけが製作できる。
・ITERは77%建設が進捗している。(2025年運転開始予定)
・並行して、JT-60SA プロジェクトでは、ITERよりも圧力が高いプラズマを生成出来る特徴を持っている。圧力が高いプラズマを安定に維持出来ると、原型炉を小さくでき、コストを抑えることができる。ただし、圧力を上げると螺旋状にプラズマが乱れるため、安定化機構が必要になる。那珂研究所に建設し2020年3月に本体組み立て完了。2022年中にプラズマ実験開始予定。
・核融合は、最初にプラズマを着火し高温にするためにかなりのパワー(原発一基分程度)が必要になる。系統から直接投入すると、系統に大きな電力変動を与えることから不可能なので、一旦電動発電機に運動エネルギーとして貯めることが必要でなる。
・ITERプロジェクトでは、知財に関しては、平和利用であり、核融合への利用を前提に共有することが協定になっている。核融合機器は、世界初唯一無二=FOAK(First of a Kind)機器であり、知的財産に留意すべきであるが、完成図面は共有が義務付けられている。しかし、図面共有程度だけでは、製作のプロセス、技術が伴わないと製作できない。
・核融合の研究開発で培われた技術の波及効果は宣伝不足で知られていない。@MRI―磁場・超電導技術 A高精度加工技術 Bトリチウム回収技術―原子力発電所の水素爆発を防ぐ(東日本大震災後に開発され、同様の原子炉には水素の酸化反応触媒が装備されている) Cリチウム回収技術―海水等からの採取により国内自給 等、数々の技術が医療、環境関連産業、製造業の分野で活用されている。

4.発電する原型炉に向けた戦略
・日本での核融合の施策は、第6次エネルギー基本計画(2021年10月閣議決定)において、2050年カーボンニュートラルの実現にむけた戦略的な技術開発・社会実装等の推進の項目に挙げられている。
・ロードマップでは、2050年以降に核融合発電炉の登場を想定し、原型炉の概念設計の基本設計は2019年11月に完了し、2035年に原型炉の建設に入るかどうかの判断を行うことが日本のロードマップである。オールJapan体制で原型炉の研究開発を進めており、117名が参加。
・日本の原型炉は、黒四ダムの発電所相当の約30万kW電気出力を計画している。
・主要国は、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、原型炉計画が加速している。
  米国は、2045年に5万kW級のパイロットプラント建設をバイデン政権になって計画した。
  英国は、グリーン産業革命に向けて、2040年までに原型炉を建設。早期実証として5万kWの原型炉建設候補地も決まりつつある。
  中国 ITER相当の大型原型炉を自力で作ろうとしている。 2030年代に安徽省に建設を計画。
・また、民間企業とのベンチャーの活動が活発になっている。米国では、1979年に米国核融合発電協会、2018年に核融合産業協会が設立され、Google他多くの投資家により、合計で5000億円を超える投資額となっている。
・世界は、すでに国際協力を進めながらも、同時に国際競争の時代になっている。9月12日政府はGX戦略の一環で核融合国家戦略策定に向け会合を立ち上げるとの高市大臣からプレスリリースがあり、9月21日読売新聞の社説で「核融合戦略」が取り上げられた。


5.主な質疑応答
Q1 2040年に発電ができるようになったのは何ができるようになったのか。発電エネルギーにするにはどうするのか。
A1 核融合の方式にトカマクとヘリカルの議論があるが、トカマクは世界中に多くの装置を作って確認されて、発電に必要と装置の規模がわかってきた。ヘリカルは多くの装置を作っていないので、スケーリングが明確ではないが、規模が同程度のトカマクと比べて2桁性能が劣る。また、構造が複雑であり、同じ性能を出すには、極めて大型の装置にならざるを得ない、発電のための装置は、交換が必要となるが、複雑なヘリカルコイルを巻いている装置で工学的にどのように置いてメンテを行うのか、等の問題がある。トカマクを原型炉にするという選択はこれまでの70年間に及ぶ世界の核融合実験の結論である。核融合発電の見通しが立ったのは、ITERの建設により、巨大なトロイダル磁場コイル、超電導導体等の高精度の装置が実際に作ることができた。プラズマ閉じ込める磁場の圧力は約50気圧であるので、2,3気圧のプラズマは抑えきれる筈だが、現実は局所的にプラズマの圧力が磁場の圧力を、磁力線を組み替える等で逃れことがあり、不安定性で消滅してしまうが、その不安定性抑制の方法が中型装置で実証されたことが挙げられる。発電方式は、炉心の周りに置いた中性子を熱化する装置で熱に変換する。日本の方式は、冷却水の熱に換えて蒸気タービンを回す通常の発電と同じ方法を採用している。

Q2 原型炉はどこに作るのか
A2 これからの議論になるが、原型炉はそれぞれの国で作ることが暗黙の了解になっている。安全保障もあり、国力、技術の蓄積になる。例えば、中性子を熱に換えるプランケットの設計は、国ごとに異なる。ITERは2兆円、原型炉はそれよりも低コストと考えられるが、現在のロードマップでは、2035年に日本は原型炉の建設判断をする。早ければ10年後に完成するので、2045年頃に完成することが期待される。

Q3 スイスのセルン研究所と核融合とのつながり
A3 セルン研究所は素粒子の研究になる。技術的には、粒子加速器は加速粒子の電流が低いがスピードは速い(エネルギーが高い)。核融合は1億度の環境を作るため、加熱装置の加速粒子の電流は数十Aオーダーで数桁も大きい。一方、そのエネルギーの大きさから、電源、ダメージを受けた電極の作り等が課題になる。セルンとの技術的課題が異なるため、殆ど研究協力はない。

Q4 核融合炉発電で、日本は化石燃料依存から脱却できますか。(後日、Web聴講者からの質問)
A4 核融合発電は、小規模プラントではエネルギー収支がプラスにならないため、ある程度の装置規模が必要となり、数十万kW程度の中規模以上の発電プラントとなります。従いまして、電力のベースロードを受け持つ発電方式を想定しています。一方、系統の負荷変動に対応するような、出力を急激に変化させる運転は、核融合の場合不可能ではありませんが、プラズマの制御上あまり得意ではないと思います。以上の核融合発電の特性から、化石燃料を使った火力発電の中で、基幹エネルギーを担うものに置き換わることは可能です。一方、再生可能エネルギーのように気象による発電パワーの急激な時間変動を補償する火力発電分は、火力以外の発電で置き換えるのが難しいと思います。従いまして、核融合、原子力、水力といった負荷変動が得意ではない発電方式は、どれもベースロードを担う電力を供給し、急激な負荷変動は、石油、石炭、LNG等の化石燃料を使った火力発電が一定規模必要となります。但し、少し未来に目を向けますと、(1)大容量蓄電池が系統に分散配置されて、再生可能エネルギーの変動を吸収出来るようになったり、(2)化石燃料を使わない火力発電、例えば、核融合電力を使った火力発電用の合成燃料製造や水素製造が出来れば、化石燃料依存から完全に脱却出来ます。化石燃料資源には、枯渇の問題も避けられませんので、このような究極の化石燃料依存脱却が、エネルギー開発の目指すところと思っています。

文責:白橋 良宏
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2022年08月25日

EVFセミナー報告:「メタバースとは何か ー 仮想空間の世界へのご招待」

演題:「メタバースとは何か ー 仮想空間の世界へのご招待」
〜メタバースを使いこなして子供、孫と遊ぼう〜
講師:NPO法人リライフ社会デザイン協会(レスダ) 副代表理事 小柳津 誠様
 
聴講者数:57名
講師紹介:
・1983年 名古屋大学工学部電気電子工学科卒
・1983年 (株)リクルート入社(経営企画 情報システム 営業)
・1992年 (株)コスモライフ(リクルート事業会社) 情報システム部長、コールセンター長
・2004年 伊藤忠アーバンコミュニティ(株) CIO兼教育事業本部長
・2014年 起承転結社 代表 (教育事業、新規事業コンサル)
・2017年 レスダ 副代表理事
・2020年 早稲田大学社会人教育事業室 Program Producer
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<講演概要>

1.本日の趣旨
・私は、元々はアニメオタクでメタバースの専門家ではない。素人なので専門性は抜きにして、自分がなるほどと思えたことを皆さんにお伝えしたい。
・「自問自答自習自得」は、九州大学サイバーセキュリティセンターが提供する教育プログラムにある言葉。バーチャルの世界は分からないことが多いので、自分でちゃんと考えるという意味でここにご紹介した。
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2.Web3って何?
・「ウェブの父」ティム・バーナーズ・リー氏は、インターネットやメールで使っているURL・WWW・HTTP・HTMLやブラウザ等ほとんど全て彼が生み出した。彼がアプローチしてきたシナリオを共有することで、何がメタバースなのか、DAOとは何か等全て一連のつながりであることが分かる。
・Web1:インターネット/「読み込む」の登場により、個人が自由に情報発信
・Web2:iPhone/「書き込み」登場から巨大なプラットフォーマーGAFAへ
・グローバルなプラットフォーマーへの集中と問題:皆が安心安全でそれに任せた結果、あらゆるリソースがプラットフォーマーに流れた。その結果、莫大な富と大量の貧しさが構造化している。そこに気付くがどうかが大事なところ。
・Web3:DAOという組織で「分散」と「自律」ということ。一人一人が自律してというのが発想のベースにある。

3.「仮想」って何?
・メタバースはコアな根っこでサーバー上に生まれた仮想空間。この「仮想空間」の中に「現実」を表現する方法がVR「仮想現実」・AR「拡張現実」・XR「複合現実」。
・メタバースとSF・アニメとは明らかに差がある。「現実との連動」があるのがメタバースで、だからこそビジネスが動く。
・広告宣伝は、テレビからネットへ。2021年末に北米全体の広告宣伝費の使用先は、テレビがここ30数年間で初めて2位になった。北米で起こったことは数年後に日本でも起きる。

4.Metaディスリ
・Twitterの最初の呟きはいくら?
・子供の落書きが3万ドル
・AIロボット「ソフィア」が描いたデジタルアートが75百万円

5.あなたは「DAO」できますか?
・DAOの一番大事なところは、分散ということではなく非集中ということ。
・アナログなDAOも私はあると考える。一人一人が自律してお互いに干渉せず全体を動かしていく組織

6.Moonshot計画について
・内閣府Moonshot計画:2030年に10体以上のアバターで身体、頭脳、空間、時間の制約から解放、2050年までに人が身体、頭脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現。

7.最期が変わる?
・自分が50年後の人に言いたいことを遺しておきたい。本当に遺したいのは意志。
・Somnium Spaceが開発中の「Life Forever」は、自分の容姿や声、さらに人格まで模倣したアバターに取組んでいる。

<講演内容>

1.本日の趣旨

・私は、元々はアニメオタクでメタバースの専門家ではなく、デジタルの世界について個人的な趣味でいろいろやってきたことで結果的にメタバースであるとか、バーチャルの世界について多少の経験がある。素人なので専門性は抜きにして、自分がなるほどと思えたことを皆さんにお伝えしたい。
・ここに書いた「自問自答自習自得」は、九州大学サイバーセキュリティセンターが提供する教育プログラムにある言葉で、ハッカーのウイルス攻撃から守るものは技術的なものだけではなく、彼らが一体何を狙っているのかという心の問題であるとか、哲学の問題を突き詰めていかないとウイルス対策はできないという趣旨で、私が気に入った言葉。バーチャルの世界は分からないことが多いので、自分でちゃんと考えるという意味でご紹介した。

2.Web3って何?

(「ウェブの父」ティム・バーナーズ・リー氏)
・キーワードとして覚えていただきたいのは、ティム・バーナーズ・リー氏のこと。皆さんがインターネットやメールで使っているURL・WWW・HTTP・HTMLやブラウザ等は、ほとんど全て彼が生み出したもので、「ウェブの父」と言われている。
・彼がアプローチしてきたシナリオを共有することで、何をしたかったのか、何がメタバースなのか、DAOというものがなぜ組織として生まれてきたのかが、全て一連のつながりであることが分かる。

(Web1:インターネット/「読み込む」の登場により、個人が自由に情報発信)
・Web1はHTMLによるインターネットで、軍用の網状ネットワークでどこかが切れても必ず届くというもの。彼が言い出した1990年当時は、情報発信は放送局・新聞社等の特定の権利者しかできないものであった(独占/既得権益)。特定の人しかできなかったことを、まずは皆が世界中どこにいても自由に発信できるようにつくったインターネットがWeb1である。

(Web2:iPhone/「書き込み」登場から巨大なプラットフォーマーGAFAへ)
・Web2は2007年のiPhoneで、「書き込める」ことが出来るようになった。テキストのみでなく、写真が送れて自由に書き込めるようになったことで劇的な変化をもたらした。

(グローバルなプラットフォーマーGAFAへの集中と問題)
・そこで起きてきたことが問題で、自分の情報を発信するとなると怖さがあり、悪用されるのではないかという思いがあった。そこで、自分の身を自分で守るのではなく、有名な看板を掲げているところに自分を守ってもらおうと、そこに皆が集中した。これがグローバルなプラットフォーマーで、GAFAである。安心安全で皆がそれに任せた結果、あらゆるリソースがプラットフォーマーに流れた。
・私はゲームオタクで、「うま娘/プリティダービー」のアプリケーションの話で例えると、そこは単にデータが流れていくという生やさしいものではない。2019年(コロナ直前)のオリエンタルランド(ディズニーランドとディズニーシー)の集客は年間2,500万人、売上5,256億円で、エンタメの頂点にある。これと比較してプリティダービーの一日平均はどれくらいと思われるか? 無料利用もできるが、一日の課金利用はどれくらいか? 利用者は150万人〜200万人程度。

【会場男性】:1日10百万円(1年36億5千万円)
【講師】:データに変動はあるが、一日約10億円。お金は儲からないし、キックバックもなくただ単に女の子のウマのキャラクターが走るのに課金しているだけ。但し、この10億円を売上げるために、キャラクターやその動きとか、作家やデザイナー等様々な人が関わっている。一日10億円が365日、ゲームはこれだけでなく日本だけでも何百本のアプリが有り、それが世界中、中国・台湾・アメリカ・イギリス等にある。
・実はGAFA、例えばアップルさんは当然一定の利益をとっている、これが驚くべき水準。通常、商売でお世話になった人に「利益」の何%かを返すのは普通にあるが、彼らは「売上」の30%のレベルで、これを毎日世界中で得ておりものすごい売上になっている。問題は、この状態でGAFAは大きな売上があがり素晴らしいということでいいのかということ。実はこれがWeb3に繋がっている。

(Web3:DAOへのつながり)
・Web3が考えようとしているのは、DAOという組織で「分散」と「自律」ということ。一人一人が自律してというのが発想のベースにある。
・創設者のティム氏が、このWeb3を提唱している。「新しいことを新しいエンジニア(それまでの技術に束縛されない若手)」が言っているのではなく、「一番新しいことを最初からやっていた人(その道を最初から究めた一番の経験者)」が言っていることが大事なポイント。
・そのティム氏が「Web3はまだ存在しないもの」と言っている。今の世の中でいわれているWeb3は一体何かということになるが、私が思うにキャッチーなキーワードを前にすると、皆が思考停止になる。冷静にデータを観察して論理的にものごとを考える訓練を受けた皆さんにもっと考えてほしい。ウマ娘のゲームの売上の30%を世界中で得ていることは、すごく儲かっているビッグビジネスということではなく、どうみてもおかしいということ。確かにプラットフォームを作ったが、その結果何が起こっているか。莫大な富と大量の貧しさが構造化している。GAFAだけのせいではないが、そこに気付くがどうかが大事。

(「ティム氏が考えていること」は何か?)
・いろいろな思いがあって1990年にインターネットを立ち上げ、そのために必要なHTMLやWWWを作り、その後世の中が変わり、今Web3を作らないといけないと考えている。どんなことがその動機にあると思うか? 彼は何をしたいのか?

【会場女性】:国境を取り払って、全部自由な空間を作りたいということ。
【会場男性】:いつでも自由に情報発信ができること。
【オンライン男性】:途中からGAFAの権力的志向が強くなったことから、世界の皆が平等で自由に情報の送信・受信をやろうということではないか。
【会場男性】:昨日Roblox(https://corp.roblox.com/ja/)という孫のゲームを見て思ったことだが、「バース」とは「ユニバース」で、「自由な宇宙で皆で創造ができる」ということではないか。
【講師】:国境をなくすとか自由な情報発信とかはWeb1からの流れで、世界の平等を宇宙レベルでというのもその延長線上で共感できる。リアルよりバーチャル世界が先に動いている。
・私が個人的に一番感じるのは、皆が便利なことにまき込まれ過ぎていること。便利なのはいいが、「便利かそうでないか」と「大切かそうでないか」ということを混在してしまっている。そういう状況に対して、彼が言うところの「自律」ということを皆が考える必要があると思う。

3.「仮想」って何?

(メタバースとVR・AR・XRの違い、後者は仮想空間に「現実」をつくる表現方法)
・メタバースとセットになっているVR・AR・XRという言葉がある。日本人の悪い癖で、漢字で書きたがりそのせいでわかりにくくなっている。
・メタバース「仮想空間」とVR「仮想現実」・AR「拡張現実」・XR「複合現実」を見分ける方法は「現実」という言葉。メタバースにはこの言葉が入っておらず、それ以外は全て入っている。メタバースはコアな根っこでサーバー上に生まれた仮想空間。そこに「現実」はない。この「仮想空間」の中に「現実」を表現する方法がVR・AR・XR。仮想の中に現実をつくるVR(仮想現実)、現実を仮想で拡げるAR(拡張現実)、両者を混在させるXR(複合現実)ということ。

(メタバースとSF・アニメとの違い、「現実との連動」)
・メタバースとSF・アニメとは明らかに差がある。「現実との連動」があるのがメタバースで、だからこそビジネスが動く。
・バーチャルシティの渋谷でゲームセンターに入り、クレーンゲームで商品を吊上げ落とすと次の日にアマゾンからその商品が届く、というように仮想と現実が繋がっている。商品や流通・販売が動くことが、アニメやSFと絶対的に違うところ。仮想空間ではお店を開く土地も売られている。仮想と現実のつながりをデザインしたものがこの図である。
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【会場男性】:クレーンゲームの話はよく分かったが、土地のケースはどういうことか?
【講師】:土地はSANDBOX(https://www.sandbox.game/jp/)というサイトで、SANDという通貨で土地(LAND)を買うと、その電子的空間を利用できる権利がもらえる。その占有した場所に仮想現実としてお店を開いたり商品を並べたりすることができ、その権利の売買がビジネスになっている。今から2年間くらい前に世に出て、最高価格が発売になった時の価格の40倍になり、今はまた元にもどった経緯がある。
・仮想空間がもてはやされて、なぜ何十億円も投資するのかは、夢物語ではなくあくまで現実が動いているからで、逆にお金が動いているということは、どこかで必ず現実と繋がっているとみていただくと、いろいろなことに気がつかれるのではないかと思う。

(メタバースの事例1:選挙、史上初の「メタバース街頭演説会」)
・先日の選挙で自民党が立会演説会を仮想空間で行い、結構反響があった。集まったアバターを通じて実際にリアルで参加者が聞いており、現実とつながった世界となっている。

(メタバースの事例2:SnapのARグラスを使ったNIKEの動画)
・AR(拡張現実)サングラスでランニングするシーン。現実の中に仮想で鳥が飛んだり、現実の中に仮想の新しいのもが拡張で入ってくる。特定のメガネを掛けた人のみが見ることができ(拡張現実)、その中でコマーシャルを映すことも可能。個人が自分の好きな人にメッセージを入れることも、できるようになると思う。

(広告宣伝は、テレビからネットへ)
・ここに掲載している企業は、広告宣伝費をテレビからネットに移している。2021年末に北米全体の広告費用の使用先で、テレビが第2位になった。30数年間テレビがずっと1位だったものが、昨年初めて2位になった。1位がネットで、多分この先変わらないのではないか。北米でおきたことは数年先に日本でおきる。テレビもあと5〜10年ではないか。

【会場男性】:今は民放が自分の番組宣伝を自分の局でやっていて、枠が埋まらないのか?
【講師】:民放もそうだが、TVerで無料で見られるように、今までは生でしか見られないということで広告宣伝費を高くとれていたものが、生で見ていなくてもインターネットやYouTubeで見られるようになってきた。放送法違反でもそれを全て摘発することはできない。テレビ局もそれが分かっているので、「独占だから権利を金に換えて儲ける」のではなく、「多くの人が見て楽しむ際に少しずつ金をもらう」ビジネスモデルに変えてきており、それしか方法が無くなってきたという厳しい状況にある。

4.Metaディスリ※
※報告者注記(ディスリスペクト)

(Twitterの最初の呟きはいくら?)
【講師】:Twitter最初のコメントはいくらで落札されたか?
【オンライン男性】:1億円
【会場男性】:2億円
【講師】:3億円です。NFT※やTwitterが巨大プラットフォームとして話題となっていた時期でもあるが、本当にこの金額で売れた。
※報告者注記:NFT Non Fungible Token 

【会場男性】:買ったというのはどういう権利を手に入れたということか?
【講師】:所有権を意味する。絵画と同じで公開して他の人も見ることはできるが、他の人は持っているとはいえず、所有権はNFTを買った人にある。デジタルで証明される仕組みがNFT。

【講師】:今年の5月、3億円で買った人が売りに出したがいくらで落札されたか? 購入時の価値の20倍(60億円)で、チャリティオークションで半額が寄付される仕組み。
【オンライン男性】:80億円
【講師】:実は値がついたのは440万円で、入札は最低価格に満たず成立しなかった。Twitterという巨大なプラットフォームの最初の一言に、価値はないわけではないと思うが、チューリップ相場やバブル等もそうだったがやはり本当の価値に戻るものと思う。

(子供の落書きが3万ドル)
・シボレーの例で、世界でただ一台の限定特殊デザイン車を高い価格で出したが、誰も買わなかった。
・ニューヨーク在住の一般市民の子供が描いた落書きが、NFT化して「Open Sea」サイト※で3万ドルで売れた。お金を出す人は、子供に凄い才能を感じて芸術作品として買ったということで買う人の自由であるが、それがOpen Seaを通じて売買されたことが面白い。
※報告者注記:Open SeaはNFT販売を行っている最大手マーケットプレイス(ネット記事より)

(AIロボット「ソフィア」が描いたデジタルアートが75百万円)
・AIロボット「ソフィア」が自らNFT資産を使って描いたデジタルアートが、75百万円で落札された。人間の指示や意図、技術等は一切介在していないが、どこに価値があるのか? 芸術家のように長い間に自分の感性や経験とか技量を尽くして描いた作品ではない。ソフィアは電源を入れたら描くわけで、芸術の価値とは何かを考えさせられる。ソフィアを否定するわけではなく、アートの価値とお金の交換がこれからどうなっていくのかと思う。

【会場男性】:Open Seaで子供の落書きを売るのと、メルカリで売るのとは何が違うのか?
【講師】:基本的には同じで、唯一違うのは、そこで使われているお金が「イーサリアム」という仮想通貨であること。メルカリも現金ではなく、メルペイでチャージして決済するのと同じ。仮想通貨では国境がなく、となると通貨とは何かという問題も提起される。

【会場男性】:買った人はどうなるのか?
【講師】:買った人が現物を貰うか、NFTというこの絵はあなたの持ち物という証明書だけを貰うのかは、当事者同士の決めごと。例えば巨大なアート作品であれば、モノはそのままでNFTを所有すれば、世界中でこれはあなたの持ち物ということを証明してくれる。NFTというブロックチェーンに基づいた証明書が有効ということ。

5.あなたは「DAO」できますか?

(DAO:Decentralized Autonomous Organization/自律分散型組織)
・Web3の世界は、国家とか組織とかのあり方に影響し、その一種の組織論がDAO。日本語では「自律分散型組織」と訳されているが、これは間違いで、Decentralizedは分散ではなく非集中とすべき。非集中を実現するためには前提として分散が必要だが、分散してるから非集中というわけではない。分散しても分散した人が思考停止していれば自律はしていない。DAOの一番大事なところは、分散ということではなく非集中ということ。
・自律分散型組織には、アナログなDAOもあると考える。一人一人が自律してお互いに干渉せず全体を動かしていく組織で、皆さんも経験していると思う。
・皆が共通の意識を持ち、その時々の状況に合わせて共通の目的に即した判断を支持するのがDAOで、以下に例をあげてみる。

(アナログなDAOの例:日本ラグビー南アに勝利)
・日本ラグビーが2015年ラグビーW杯初戦で優勝候補の南アフリカと対戦したとき、皆さんのご記憶にあると思うが、終盤に相手ゴール前で反則を獲得し、キック・スクラム・ラインアウトの選択肢があった際、エディ・ジョーンズ・ヘッドコーチのキックの指示に反し、リーチ・マイケル主将がスクラムを選んで結果トライで逆転勝利した。あのリーチの判断は独断ではなく、全員のスクラム選択の思いがあってこそで、予め決めていたことではなく、その時に必要なことを皆が認めてその人が判断するということ、これがDAO。

(アナログなDAOの例:ブラックジャック)
・カードゲームのブラックジャック(子/プレイヤー4〜5人+親/ディーラー)で、レベルが高くなってくると子は皆が残りの絵札を覚えており、親に1対1で勝つより親がドボンすると全員が勝てるので、どうすれば親がゲームオーバーになるかをお互い知らないプレイヤー同士が会話の出来ない暗黙の中で連携し、親をドボンさせたらgood job!ということで同様にDAOである。

(中高生のゲームシーン)
・マクドナルドで中高生がたむろってゲームをしているのは日常的に見られるが、あれはチームになって相手を倒している。どうするかは個人に任されており、相手の攻撃も早いので、お互いに合図を送ったりする時間もなく瞬時の判断で対応している。怪我した人を治すヒーラー役や魔法を使って相手を倒すマジシャン役等いろいろな役割と組合わせがあり、黙って皆がやっている。これもある種のDAOと思う。
・今の子供達はこういうことを皆経験しており、目配りだけで何をしようとしているのかを察し、協調して動くことを知っている。こういう子供達が社会人になり、リアル組織の中でリーダーに従うということが分かるかどうか、大人は少し違う目線で彼らを見る必要があるのではないかと思う。是非、土日の昼間にマクドナルドで観察してください。

6.Moonshot計画について

(内閣府Moonshot計画:10体以上のアバターで身体、頭脳、空間、時間の制約から解放)
・内閣府がMoonshot計画を策定している。2030年までに1つのタスクに対して、一人で10体以上のアバターを自由に操作して実際の社会活動に参加できるようにするもの。予算も47兆円と本気。まずは身障者とかシルバーの皆さんが利用できるようにすることで、少子高齢化を克服するもの。2050年までに人が身体、頭脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現する。それで全てのことが出来る訳ではないが、今まで出来なかったことの大きな部分が出来るようになる。
・2050年は先のことではあるが、日本政府の計画として公式に発表されており、英語版も用意されている。世界に対して発信しているもののその割には誰も知らないので、是非、皆さんにも関心を持っていただきたい。

7.最期が変わる?

(自分の意志をメタバースで遺す)
・私はもう60代だが、自分で動画を撮って遺言を残そうと思っている。去年取組んだが、プライベートな遺言で財産を分けるというより、今日の時点で自分が50年後の人に言いたいことを遺しておきたい。今の社会を見ていて、孫が大人になったときにお祖父さんの言うことが正しいと思ってもらえるようなもの、ノストラダムスの大予言ではないが、今の自分が考えている未来に対しての思いを遺しておきたい。私は、本当に遺したいのは意志と思う。津波の記憶もそうで50年前の記憶が残っていたらもう少し避けられたかもしれない。同じことを私たちも一人の人間として遺しておきたい。
・私は三国志が好きだが、実際に登場人物の声は聞いたことはない。今までは有名人でないと、そういうコンテンツは遺せなかったが、今は誰でも遺すことができる。

(安楽死について)
・安楽死について調べた。法律的に安楽死が認められている国はあるが、残念ながら日本では認められていない。死ぬときぐらいは自分で決めたいと思う。
・Somnium Spaceが開発中の「Life Forever」は、自分の容姿や声、さらに人格まで模倣したアバターに取組んでいる。自身の記憶や普段の行動等をAIが全てデータとして記録している。私は今日の自分を遺したいわけではなく、50年後の見通しを遺したいと思っているが、あたかも自分がAIロボットとして遺ることが面白いと思う人もいると思う。
・少し前まではあり得なかったことがいろいろできる時代なってきており、こういうこともあることをお伝えしたかった。経験と知恵が一番役に立つので、今日お話ししたことを将来に向けて皆さんの経験や知恵を活かせる助けに少しでもなればと思う。
ご清聴ありがとうございました。

<質疑応答>

Q1:【会場男性】
・今日はありがとうございました。メタバースを構成しているのは洗濯槽の泡の一つ一つではないかと思いました。泡はそれぞれ勝手なことを言うのでしょうが、最終的に寄り集まるところは、LINEの同好の士や、このEVF(環境ベテランズファーム)のように気持ちを一つにして集まるということになるのかと。それぞれがバラバラに言いたいことを言って、最期にまとまるモノは何もないというイメージを持った。今日のお話は最後で安楽死までいったが、ブツブツ言っている泡の一人として、一体どういう世界になるのかなと、いかがでしょうか?
【講師】
・おっしゃっていることは全く私と同じで、先は分からないが、自然に帰るということのように思う。好きな人と好きなことをするために好きなことを考える、ということがいろいろな意味で出来るようになる。DAOがそうだが、例えばこのEVFも同好の士がいるが、ここだけの世界ではない。私はアニメファンでもあり、ドラゴンズファンでもある。自分がたくさん存在して、たくさんいる自分がそれぞれ好きな人と好きなことをやっている、それでなおかつお金が稼げる世界。
・夢みたいなものかもしれないが、実は既に遊ぶだけでお金が貰える世界ができつつある。フィリピンの一部では、ゲームをすると一定のお金が貰える。ベーシックインカムの発想に近く、そのベーシックなものが戸籍ではなく、ゲームをやることにあるということ。ゲームをやればベーシックインカムが入ってくる。日本人の考えるベーシックインカムは戸籍の登録が必要だが、ルールが違うだけで同じこと。好きなことは皆違っており、違うということは、より得意な人と苦手な人が生まれ、その差分でエネルギーというかビジネスが動くはず。今までは誰が得意で誰が苦手で、どこにその差分があるかが分からなかったが、今は皆が繋がり簡単に分かるようになってきたので、そういうことが可能になるのではと個人的には思っている。
・組織や国境は本当に無くなる。警察や消防はないと困るが、多分AIで代替できる。そういうモノはルールに基づいており、ルールに基づくモノはAIロボットができる。これだけは必要というモノを、皆がお金を出して作っておけば、あとは皆が好きなことをやればいい。
・日本人は好きなことをやって生きることを怠け者といったりするが、好きなことをやっている人で怠けている人は誰もいない。死ぬ気で遊んでいる。皆がそうやって汗を流してというようになれば、ある意味面白いのではないかと思う。

Q2:【オンライン男性】
・DAOの場合は、その組織の目的が予め決まっているわけではなくて、何人か集まった中で、楽しむモノが出てくるのが理想。そのためには顔を付き合わす必要もなく、今ならいくらでもテレワークでできる環境は整っている。ここからは私個人の感じで皆さんと異なるかもしれないが、EVFもDAOだと思う。みな自主的に役割分担を決めており、嫌になったらやめて次の人が自然にその役割を担うというのがこの十数年の歴史。正に(DAOの)典型なんですが、欠点はなにか皆が真面目すぎて成果を出さねばならない、脱炭素社会の形成に向けて何かcontributionを創れという暗黙のプレッシャーを感じている。そういうことも勘案して楽しくやる秘訣はないか?
【講師】
・そのご質問は和田さんがお答えになると思うが・・・。おっしゃるとおりDAOと思うが、DAOには自律分散とか共通の目的があるが、はっきりしていない要素がまだある。それは「循環」ということ。固定的役割はなく、その時、誰かが皆が思うことでこれをやろうと言い出して皆でやるという、そういうプラットフォームになっていないと、この人が司会者、あなたが世話役、あなたが下働きということ等々、日本人は役割分担が大好きで役割を決めたがる。逆に役割分担はしているが、朝起きたらリシャッフルされて、今日の役割分担を決めていく、それが自然に言葉や動作で皆に共有されていく「循環」というか、皆がそれぞれいろいろなことが出来る仕掛けや考え方がもう少し揃ってこないと本当のDAOはなかなか難しいのかもしれない。
・根っこにあるのはこのEVFのようなもので、スタートはここから。皆が真面目というのがキーワードで、日本人は「辛いことを我慢することを真面目」といっているが、「好きなことを一生懸命やることが真面目」というように定義を変えると、多分皆さんの真面目さがもう少し違う形になると思う。嫌なら、それは嫌だと言うこと、皆はよくても自分だけはやりたくないということでよく、それを「それはそうだよな」ということでやっていければそれでいいのではないか。そうすることでイメージしているDAOにより近づくのではないかと思う。実験的にこういうところで、やっていただきたい。

<講演会終了後 番外編>

Q1.【会場男性】:メターバースは私でも作れるか?
【講師】:メタにお金を払ったり、ある一定の条件で契約してある空間を買うことができる。NFT取引きを提供しているのがOpen Seaであり、ある空間を土地として認識し売買しているのがSAND BOX。皆さんがメタバースに自分の空間を作るのは可能で、今は商業利用の最低価格3百万円程度。小さい空間ではあるがそれをどう使うかは皆さん次第。1回バズルと費用は回収できる。

Q2.【会場男性】:その空間はメタ社が独占ということか?
【講師】:メタバースはメタ社の商品で、仮想空間は他にもある。多くの人の目線や注目を浴びているのがメタバース。別の仮想空間で安く始めることもなくはないが、今はメタバースに人気が集中しており、メタバースで小さくてもやり始めるのがいいように思う。

Q3.【会場男性】ハード的にはどの程度の準備が必要か?
【講師】:パソコン1台、ひょっとしたら高性能のスマホでできる。メタバースを持っているというだけで、影響力を持てるかもしれない。アンテナショップや地方のお店が東京でお店を買ったら簡単に潰れてしまうので、メタバースに出店するのも選択肢ではないか。なお、お金のやりとりは全て仮想通貨で現金ではない。

Q4.【会場男性】:地方自治体はそういうことをやっているか?
【講師】:北九州とか鎌倉とかやっている。

Q5.【会場男性】:この間日産がやっていたが、あれでも3億円とかかかっていたようだ。
【講師】:もっといろいろ可能性が出てくるかもしれない。出品することがポイント。まず皆さんはクライアントとしてどこかにアカウント登録をする。皆さんが持っている知識を個々に集めるのは大変だが、集まっている人でどういう情報の形にするのか、ちょっと工夫するのがいいと思う。皆さんはエンジニアなので、新しい技術に対して何かテイストをつける、皆さんは変数で考えたがるが変数はいい点がつけば褒められるが悪い点がつけば攻撃されるのでよくない。例えば色をつけること、この技術はピンク色とかこの技術は別の色とか。なぜこれはクリームイエローでスカイブルーではないのかをEVFとして言えれば、それだけで価値になる。エンジニアが数値でなくて色でモノを語っているのが新しい価値になる。そんなことがあると面白いと思う。
文責:井上 善雄

講演資料:「メタバーストは何か-仮想空間の世界へのご招待」
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介

2022年07月23日

EVFセミナー報告:どうつくる?持続可能な社会〜新型コロナとSDGs〜

演題:「どうつくる?持続可能な社会〜新型コロナとSDGs〜」
講師:室山 哲也様
元NHK解説主幹、東京都市大学特別教授   
Web視聴開始日:2022年7月23日
聴講者数:49名

講師紹介

・1953年、岡山県倉敷市生まれ、1976年NHK入局。「ウルトラアイ」などの科学番組デイレクター、「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」「ロボコン」のチーフプロデューサ、解説主幹を経て、2018年に定年
・科学技術、生命・脳科学、環境、宇宙工学などの中心論説を行い、子供向け科学番組「科学大好き土曜塾」(Eテレ)の塾長として科学教育にも尽力した。
・モンテカルロ国際映像祭金獅子賞・放送文化基金賞・上海国際映像祭撮影賞・科学技術映像祭科学技術庁長官賞・橋田壽賀子賞ほか受賞多数。
・日本科学技術ジャーナリスト会議会長。東京都市大学特別教授。政府委員多数。

講演内容

いま、新型コロナが流行っている。いつまでこの状態が続いていくのか、果てしない状態がもう3年もつづいている。SDGs(持続可能な開発目標)のテーマから見ると一つの警告であるとも思われるので、それも含めて話をする。


1. 私たちの住んでいる地球は課題だらけ

1.1 「もし人類が滅亡するとしたら、どんなプロセスをたどるだろうか?」
・オックスフォード大学が、2015年に発表した「人類滅亡12のシナリオ」には、人類の未来を左右するさまざまな項目が並んでいる。
・「気候変動」から始まり、「核戦争」プーチンが始めたウクライナ戦争により、今まで核戦争がないと思っていたがリアルな感じになってきた。
・「生態系の崩壊」のリスク、現在地球上には3000万種の生物種がいるが環境汚染による生態系の破壊により、生物種が破壊する速さが増す。
・「グローバル経済での格差拡大による国際システムの崩壊」、「巨大隕石衝突」「大規模火山噴火」直近では6600年前に恐竜が全滅したようなことが、たびたび起こり、その都度生物種が絶滅し、また、新たにリセットされた生物種が生まれ進化してきた。これからもこのような事態が起こる。 
・「バイオハザード」「ナノテクによる小型核兵器開発」、「人工知能」これには光と影がある。
・「超汚染物質や宇宙人の襲来など未知の出来事」
・「政治の失敗による国際的影響」これが一番ありそうだが、これはいろいろな点とクロスしながら増幅していく。

1.2 人類滅亡12のシナリオには「パンデミック(新興感染症)」があがっている。
・私たちを悩ませている「新型コロナウイルス」は、この新興感染症の一つ。これで人類が滅亡するとは思えないが、社会的大きな影響を残していく。世界のショックは大きい。感染症には未知の新興感染症と既知のものが再び現れる再興感染症の2種類ある。今後新興感染症が増えてきて、これからも似たようなことが続く。何故そういうことが起こるかというと、ウイルスは人類が誕生する前から存在していて、遺伝子のかけらのようなものが入ったり出たりして進化のいちよういんになっている。
・もの凄くたくさんのウイルスが地球上にいて、ジャングルの中ではウイルスは共存共栄の状態にある。しかしジャングルの外にいる世界にとっては未知のもので、人間は免疫を持っていないので病気になったりする。
図1 20220723D1.jpg
・この図のようにジャングルがあって人の生活圏がある。ジャングルと人の生活圏は離れていたが、家畜経由で人間社会にウイルスが入ってくるようになった。(図1)

・人間の活動が活発化し、自然の奥深く侵入し、接触の機会が多くなり、免疫をもたない「未知のウイルス」に感染している。いいウイルスもいる。例えば赤ちゃんを育てる母体の胎盤はウイルスの遺伝子が入って形成され、母親の免疫が胎児を.異物として攻撃しないような仕組みにしている。
・人間側の社会構造が変化し、社会と自然のバランスが崩れる中で起こっている現象が今の新型ウイルスの問題であり、新興感染症の問題点である。
一旦取り付いたウイルスは、現代社会の交通網に乗って世界中にあっという間に拡大する。ゆっくりゆっくり感染していけば、我々は免疫を創ることが出来るが、そのスピードがあまりにも早いので大騒動になっていく。
・先進国では、お金があるのでワクチン接種などで感染を収束させることが出来るが、途上国は感染が拡大し、ウイルスの変異、強毒化して、そのウイルスが先進国に感染して被害の深刻化をもたらす。
・このため、先進国だけが対策しても、開発途上国などの対応が遅れれば、変異が繰り返され、タチの悪いウイルスが現れ、先進国に再流入し、イタチごっこは終わらない。この構図は、人類全体で取り組まなければ根本的には解決しない点で、SDGs(持続可能な開発目標)のテーマそのものだと言える。
・SDGsは、15年の国連サミットで、193カ国によって採択された。「環境問題」「貧困」「紛争」「格差」「健康問題」など、30年までに解決すべき17の目標が掲げられ、その下に169のターゲットが並んでいる。一見ばらばらの目標に見えるが、実はこれらは、根底で関連し合い、影響し合っている。
・SDGs3の目標「すべての人に健康と福祉を」に該当する。コロナはSDGsを考える一つの断面である。
解決すべき17の目標のどこから入っていても持続的な発展につながっていく。

1.3 SDGsの根底にある状況とは?
・なぜ今SDGsが必要なのかと考えるとき、人口急増があるのではないか
ヨーロッパでペストが大流行したときは人口が減少している。感染症は社会構造に大きく影響する。コロナも何らかの爪痕を残していくだろう。新型コロナにより、今から10年先に来ると思われた情報通信技術社会が一気に来てしまい未来に飛んだ状態で、社会構造も大きく変わってきている。
・人口急増は産業革命から始まった。2006年で67億人だったものが、2100年で109億人とピークアウトするのではないかと推計されている。もう少し早くアウトするのではないかとの研究も出ている。今はその途上の状況にある。人類増加と地球とのバランスが崩れることになり、地球規模の大きなリスクが生じている。おいおい2200年、2300年になったら人口減少について考えなければならないかもしれないが、私たちは人口急増の時代に生きている。
・我々が取り組まなければならないのはSDGsテーマである。
エコロジカルフットプリントという言葉があり、これは、人類が地球環境に与えている様々な負荷の大きさを、世界のいろいろなデータを基に計算し、数値で示し「負荷」の大きさを測る指標である。
・2014年度段階で、地球環境負荷の1.7個分で生活している。1個分で生活すれば、持続可能であるが、0.7個分余分に資源を食いつぶしていることになっている。
人類全員が日本人の生活をすると地球2.8個、アメリカ人のレベルの生活をすると地球5個必要になるというデータもある。貯金に例えれば、現在人類は元本まで使っている状態。
しかし途上国の人たちは電気がなく夜、本を読むことすらできない、彼らは豊かになる権利がある。今の格差社会の中で環境問題を考えていかなければならない。これからは地球1個分の文明、生活とか社会を創らなければならないことは明らかである。
・けれども、我慢してではなくもっと豊かになって、もっと素晴らしい人生を送りながら持続可能な地球1個分の生活をする。科学の力によってそれができないか。
・SDGs17枚のカードを組み替えたSDGsウェディングケーキモデルがある。一番底辺に自然環境、その上に社会、経済、文化と乗っている。社会、経済を回すことは良いが、回すことによって自然環境にひびがはいたら元も子ともない。うまく連鎖して同時に連動しながら回っていくシステムが求められている。
・大元の自然環境の面から、ことさら気候変動についての問題と、これらを解決するためにエネルギーはどうあるべきか。
気候変動とは全体の平均気温の上昇する現象をいう。暖かくなる地域と寒くなる地域が生じ、水循環が活発になり気候変動が起こる。これからの夏は暑いこともあり寒くなるところもあるが、全体的に底上げしていく現象は確かで、暑い夏が増えていく。
・ダボス会議のグローバルリスク報告書によると、最も発生可能性が高いリスクと、最も負のインパクトの大きいリスクに異常気象、自然災害、気候変動緩和・適応への失敗がある。なかなか対策が難しいのは、国益と地域益がバッティングすることである。これをクリアしながら、リスクを減らしていかなければならない。故にこれからの政治家には、イマジネーションと構想力、空想力が必要になる。
・世界の主な異常気象を気象庁のデータから、3年間(2015〜18)まとめたものがあるが、高温の地域、低温、多雨、少雨の地域と異常災害など多種多様なリスクが生じている。最近は高温の地域が増えている。地域ごとに課題が違う。
・さらに複雑にしているのは、地球温暖化で洪水、干ばつ・森林火災、水不足の被害があるいっぽう、一部の国では、ある時期だけ利益がある。
1990年度比で2.3℃上昇まで、中〜高緯度の人々は穀物生産性が向上するが2.3℃をこえると穀物生産性が低下していく。
日本でも同様なことが起こり、温暖化と品種改良の相乗効果で米の収量が増えてきている。
・また、北極海の夏場だけ氷が融けて海が現れるようになっている。これは、北極航路を運航することにより、日本から欧州や米国西海岸に燃料も少なく、時間短縮で運航できるようになる。さらに、北極海には採掘可能な石油資源が世界の25%位ある。
オープンシーになると北極海は文明国から見ると内海である。船が運航でき、資源があり、一大経済圏になる。近隣の国にとってはビジネスチャンスになる。
・一方で他の国から見たら、南極の氷が融けるということは、何が起こるかわからないリスクになる。地球温暖化対策はこのような矛盾したことにどのように対処していくかが問われていく。

1.4 解決のための根本的視点とは?
・日本や中国などでは人口減少にあるが、地球全体から見ると人口急増の途上にある。
人口爆発により人口の半数が都市に集中し、環境汚染をもたらし、森林が消滅し、生物種が絶滅に向かい、エネルギー不足に陥り、食料も不足し、地球温暖化が起きている。これら繋がっている諸々の症状をいろいろな施策によって同時に解決する必要がある。

1.5 どう解決?
・近江商人の経営理念を表すものに、売り手良し、買い手よし、世間よしがあるが、これに地球よし、未来よしを追加したい。こうすると現代的な三方よしができるのかなと思う。このような結果を導くような施策を探す。
・昨年のCOP26では、気温上昇を産業革命以前の温度から1.5℃以内に抑えることが合意された。。それには温暖化ガスを2050年までに実質ゼロにしなければならない。そのためには、農業からのメタン排出削減、電力の石炭火力削減、森林破壊防止、エコカーの導入などを推進しなければならない。今の目標では足らないので、毎年削減目標の上乗せを図っていくことを世界全体が合意した。
・日本も菅首相の時、2050年温室効果ガス排出実施セロを推進する法改正をした。そして2030年の電源構成の目標を設定した。再生可能エネルギーを36〜38%にすると計画しているが、問題があり、原発20〜22%にすることは関係者に聞いても難しいと言っている。石炭火力も19%としているが、世界の国々(先進国)から非難されている。
・政府は石炭火力のインフラを利用してアンモニアと混焼して、2050年には石炭火力を100%のアンモニア火力発電にすると説明している。だがアンモニアをどう製造するのかなとの課題が残っている。
・再エネをいかに増やすかが重要である。

1.6 解決の切り札?自然力×科学技術
・日本は世界で61位の小さな島国である。
海の面積は6位で水の量は世界4位の海洋大国である。そこに巨大なパワーを持つ黒潮が流れている。この海の存在を活かした洋上風力、潮流、温度差、波力の利用をする。地熱のポテンシャルではインドネシア、アメリカに次ぎ世界3位である。バイオマスの森林率は先進国3位で、さらに各地に太陽が降り注いでいる。こう見ると日本は自然エネルギー大国である。採算の取れる事業だけをやっても、現在の電力使用量の1から2倍のポテンシャルがある。巨大なものである。こういう視点から展開できないか。
・グリーン成長戦略で、次世代太陽光がある。
地球上に降り注ぐ太陽光エネルギーの1時間分は、人類消費の1年分である。
ゴビ砂漠の面積130万Kuの23%に太陽光パネルを敷き詰めると、計算上ではあるが、世界のエネルギー供給量に匹敵する。
・2021年経産省試算であるが太陽光は原発より安くなる。太陽光パネルの設置場所は公共建築物の屋根、貯水池、農地・耕作放棄地、最終処分場などに展開していこうというのが今の政府の考え方である。また、都市全体に、変換効率の高い、曲がるペロブスカイト型太陽電池の設置などが考えられる。
・洋上風力発電である。
海洋大国である日本は排他的経済水域をどう使うかが問われている。
九州大学の研究者が、効率的な風力発電であるレンズ風車を開発した。(図2)
図2 20220723D2.jpg

通常の風力発電に輪を付けると通常の3倍弱の能力の発電機になる。モジュールの上にレンズ風車を複数配置し、それらを組み合わせ構築物にし、モジュール天盤には、太陽パネルを敷き詰め、潮流、波力発電も付加し、真ん中のところは魚が寄ってくる構造を作り、海洋牧場にする。福岡で設置に向けて、地産地消型の発電システムとして最初から漁協と一緒に取り組んで地域の活性化を目指している。大規模発電には向かないが、中規模程度までならば凄く有効である。
・大規模洋上風力発電ならば日本の得意技の造船技術を活用することで成長戦略になるのではないか。プロデュースしていく発想の仕方が重要である。
・カーボンリサイクルこれは、二酸化炭素を有効利用しようということで、森林からのバイオマスも良いが、CO2吸収が熱帯雨林3倍のミドリムシとか海藻は大量に増えるのでうまく利用する。火力発電所から排出されたCO2はそのまま海底とか陸の中に貯留することが考えられているが、もったいないので海藻を増やして、バイオ燃料や食料にしていければ、CO2の有効利用になる。
・琉球大学の研究者が海洋バイオマス利用によるCO2削減およびバイオ燃料化に関する研究を行っている。海水と排ガスを溶かして2%くらいのCO2濃度にするとホソエダアオノリの成長が2倍になる。この海藻の糖類からの発酵液でエタノールを造るバイオエタノールの試作に成功した。また、この海藻を使って美味しいゼリーも製造している。
ミドリムシの事業などは大成功でミドリムシをジェット燃料に混ぜて利用する計画。西東京市ではミドリムシバスが走行していた。
・いろいろな知恵があるので、その中から政府が後押ししてブレークするようにしていく施策が必要である。
・つぎに、グリーン水素の話になるが
電気は蓄積できない。大規模発電所からの一次エネルギーは利用されない排熱、送電ロスなどが63%もある。実際に利用している一次エネルギーは37%しかない。
再生可能エネルギーは風力も地熱も偏在している。では電力をどう運ぶか、送電網の強化にはお金がかかる。送電網を使用しない解決法としてはバッテリーがある。ナス電池などあるけれども限界がある。
・水素をコアにしたエネルギー社会ができないのかということで実証実験を見に行った。東芝の川崎では太陽光発電で水を電気分解して、水素を作り、燃料電池に充填する。その電力を公園のカメラや照明、事業所でも使用し効率を調べている。
・長崎五島市でも浮体式洋上風力発電でつくられた電気を島に運び、そこで水を電気分解して水素を作っている。ここでは水素を圧縮してタンクに充填して、燃料電池船とか燃料電池車に使用している。またこの企業は常温に近い状態でメチルシクロヘキサンの液体に水素を混ぜて他の島に運びそれから水素を取り出して、燃料電池に充電し発電して効率を調べている。
・アルゼンチンのパタゴニアは一年を通じて一方向に強い偏西風がアンデスから吹き降りている。巨大な風力発電の基地を作って、水の電気分解で水素を生産したらどうなるか。これを世界の大規模水素サプライチェーンで回していけば水素国際社会ができる。今は、中東が石油を生産して世界を回しているが、これからはパタゴニアが世界の中心になるかもしれない。日本の北の地域にも吹いている場所があり、世界でも何か所か風の強い場所がある。そういう場所で水素を生産すれば、今は中東が石油を生産して世界を回しているがこれからはパタゴニアが回していくことになるかもしれない。
・そうなると、エネルギー問題だけでなく、安全保障とか、国際政治の構造が変わるだけのインパクトがある。その上に水素社会が乗っかっていく。水素は大きな政治的な意味を持っている背景がある。EV対燃料電池車みたいな話があるが、それぞれ違う未来を切り開くパワーがあるので、こういうことを含めて考えていった方が良い。
・このような、あの手、この手の知恵を使いながらどういう文明を進めていけばよいのか、SDGs社会でやらなければならない。

1.7 持続可能社会の思想とは
・被災地に行ったら夜は真っ暗闇だったが、小水力発電のあったじいちゃんの家だけが電気が灯っていた。冷蔵庫も使うことが出来た。近隣の人たちが集まって生き延び、救援が来るまで持ちこたえることが出来たエピソードがある。自然エネルギーは地べたにあるので災害の時にしぶとい社会をつくる糸口になる。これはSDGs社会に向いている。
・日本には、里山という文化がある。里山は大自然と町の間にある。
西洋は自然を支配し生物種が減少する。東洋は自然と共存し生物種が増加する。里山では木こりが木を切るときは少し残す。すると長年萌芽更新を繰り返し、その結果できた木の空洞の中で新たな生物種が生活し、生態系が豊かになる。このような里山エコシティのようなものができないだろうか

1.8 どうやって直すかわからないものを壊すのはやめて。
・ブラジル・リオデジャネイロで開催された環境保全と持続可能な開発に焦点を当てた国連会議で、子供環境運動代表のセバン・スズキさんが子供たちの声に耳を傾けてという演説をした。その後の大人たちに影響与えた。
・セバンさんからの演説から、私たちは12歳から13歳の子供たちの集まりで、今の世界を変えるために頑張っている。自分たちでお金をためてカナダからブラジルにやってきた。未来をかけて話す。ここに立って話すのは未来の子供たちのためである。世界中で飢え苦しむ子供たちのため、今にも死に絶えようとしている無数の動物達のためである。
・もし戦争のために使われるお金を貧しさと環境問題のために使えば、この地球は素晴らしい星になる。私はまだ子供だがこのことを知っている。
争いをしないこと、話し合いで解決すること、人を救うこと、自分のごみは自分で片づけること、傷付けないこと、分かち合うこと、欲張らないこと。
・ならばなぜ、大人たちは、私たちにするなということをしているのか。私たち子供たちの未来を本当に真剣に考えているのか。大人たちのやっていることのせいで私たちは泣いている。大人はいつも私たちを愛しているという。もしその言葉が本当なら行動で示して。
・ウクライナ戦争で子供たちを悲惨な目に合わせているプーチンにこの講説を聞かせてやりたい。

1.9 地球と共に生きる
NASAから地球を撮った3つの写真がある。地球を回りながら撮った写真、アポロ8号が月から撮った写真、ボイジャーが太陽系の海王星の外から撮った写真。地球の周りは真っ暗である。この地球上に3000万種の生物と、80億の人が住んでいる。80億の人はこの星と運命を共にするしかない。この地球で持続可能に地球と共に生きていくのにどうすればよいか、いま問われている。

2. 主な質疑応答

Q:セバン・スズキさんの話が感動的で、地球温暖化の被害者は次世代、次々世代の人たちが本当の被害者になると思っている。我々高齢者が、その人たちに正しく情報を伝達していかなければならないが、何かいい方法があるか。
A:温暖化は息の長い話で、想像力が必要になる。倫理観とか生き方とかありとあらゆるものがためされ、変わっていかなければならないもので、脱化石燃料が正しいものとすれば、それに代わるものがいかに素晴らしいものになっていくかを見つけ、楽しい温暖化対策について伝わるようにする。

Q:電気自動車の蓄電池を利用すると電力網が生かされると電力も助かるけれど、一例としてセクター間カップリング、例えば交通部門と発電部門あるいは水素を通じての鉄鋼部門など内外でポジティブにつなぐアイデアがないか。
A: 自動車については、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の方向性に従って、自動車のありようは大きな影響を及ぼし、車に人工知能が搭載されて、今後の社会を大きく変えることについて、大いに興味を持っている。気が付いたら車は生活を変え、地方も救うことになっているかもしれない。
また、DXも産業構造や社会構造を、根本から変えていく要素を含んでいる。

Q: SDGsにある思想は全人類をどう救うかという思想で国連がまとめた発想で、だれも反対できないが、ウクライナ戦争から地球は滅亡していくしかないにように思える。事実、ウクライナ戦争後、ドイツは原子力、石炭も使用する政策を進めているが、今後どう考えればよいのか。
A:安全保障上のリスクは、国内で使用するエネルギーを自らがハンドリングできるエネルギーがあればあるほど安定することになる。わが国は、日本の周りに天然ガス100年くらい利用できるメタンハイドレードとか、海に結構あるレアメタル、自然エネルギーとしての太陽光、風力、地熱、バイオマス、海流利用の波力などを生かして自立していくことが大切である。
バイオマスを造っている岡山県に行ってみると、森を育ててバイオマスチップでエネルギーを作ってやっている。森を育てないと再生可能にならないので、雇用を創ることになる。雇用が生まれてお年寄りとか、若者が来て森を管理することによって、人が集まり、村が街になり、地域の自立につながるサイクルが出来ている。その地では地域通貨などを使って、大手企業がお金を吸い上げるのではなく、エネルギーを含めて地域が回るような仕組みがある。文化が育つ、その街は凄く安定している。日本で優れた首長のいるところと、そうでないところでは差がものすごく出ると思う。優れた首長のところは浮上して素晴らしい街になるけれども、考えが古い首長のところは、沈没してどんどん劣化してやばいことになる。地域のリーダーシップが問われる時代になってきている。そこに再生エネルギーとかが噛んでくる。それらが総体として日本の安全保障に寄与していく。三菱総研の小宮山さんがプラチナ社会を提案している。高齢化が、人類の末路となるか、進化となるか。高齢者は足腰立てばすごいことだが、足腰立たずとも知恵を持っている。お年寄りが納税者としての可能性を持っている人がどんどん社会に参加する。再生医療やパワースーツもそうだし、老人のための娯楽の開発などで、輝く老人が生きる色々なコンテンツを創れば、内需拡大になり、課題解決先進国として、そのコンテンツを少子高齢化に悩む国に輸出できるだろう。そのような社会の設計、旗印があれば希望を持てるのではないか。

Q:日本は自然エネルギーの宝庫と考えるが、農業用地に太陽光発電機を設置すると農地法に引っかかるとか、水力発電をしようとするも治水用、農地用と発電用ダムで管轄が違いプロジェクトの障害になる。メディアの力で、省庁の既存権益を取り払うことが出来ないだろうか
A:記者クラブの記者は文部省付きとかがあって張り付いている。私はデイレクターなのでどこの省庁にも出入りできるが行政の縦割りが出来ていて、垣根を超えたデスカッッションがあまりできていない。マスコミの情報は、ある意味それと呼応して縦割りの傾向がある。
それに風穴をあけているのがネット社会であるがニュースの真偽の問題がある。マスコミでいうと記者クラブを廃止すれば記者は大変で自らネタを探さなければならなくなる。その時金太郎あめのような記事はなくなるが、生き残れる記者は一握りになる。

講師から受講者への質問

Q: EVが世界を変えているのは確かだが、トヨタは水素燃料を使用しエンジンを残すということは雇用を守るということか
A:個人的な意見だが、水素を使用するとの振り上げたこぶしをおろせなくなってしまい、雇用を守ることに持っていたように感じられる。
Q:燃料電池車は長距離走行にEVは短距離が有利とされているが
A:一般の乗用車は電気自動車が主となる可能性があると思う。そして、大型で走行ルートが決まっている場合は水素、というようにユーザニーズから棲み分けが進んでいくのではないか。
文責:立花賢一

講演資料:どうつくる持続可能な社会
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2022年06月23日

EVFセミナー報告:カーボンニュートラルへの日本の道

演題:「カーボンニュートラルへの日本の道」
講師:橘川 武郎様
国際大学副学長・国際経営学研究科教授、東京大学・一橋大学名誉教授、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員、EVF顧問   
Web視聴開始日:2022年6月23日
聴講者数:56名

講師紹介

・1951年 和歌山県生まれ
・東京大学経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士 
・青山学院大学経営学部助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て、2020年より国際大学国際経営学研究科教授(現職)
・2021年より国際大学副学長(現職)。東京大学・一橋大学名誉教授
・元経営史学会会長。総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員(現職)。EVF顧問(現職)
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講演概要

・ウクライナ危機によりロシア産化石燃料の調達に支障をきたしているが、危機の本質は、日本のエネルギー自給率が低いことにあり、エネルギー自給率を高めていくこと、即ち再生可能エネルギーである太陽光発電や洋上風力発電により、ロシア産化石燃料に代替していくことが重要。温暖化対策が後退したのではとの見方もあるが、化石燃料の依存度を下げ、再生可能エネルギーへのシフトを急いでやらなければならないことが明らかになったととらえるべき。
・COP26で日本は、石炭火力発電の廃止時期を明示しなかったため評価されなかったが、2024年までに運転開始となる超々臨界圧石炭火力発電の経済耐用年数(15年)を考えると「2040年には石炭火力発電を停止」あるいは「2025年以降の石炭火力発電新設はない」と表明しても問題はなかったのではないか。
・2020.10.26菅首相所信表明演説「2050カーボンニュートラル」行われるまでは、CO2排出80%削減が目標で、カーボンニュートラル達成は難しいと考えられてきた。それを可能としたのは、2020.10.13JERAの「ゼロエミッション」宣言で公表されたカーボンフリー火力発電のコンセプト。具体的には石炭をアンモニアに、LNGを水素に置き換えることで、CO2排出ゼロの火力発電を実現するというもので、これにより2050年のカーボンニュートラル達成は、理論上可能となった。
・第6次エネルギー基本計画参考値として示された2050年の電源構成は、再生可能エネルギー50%〜60%、水素・アンモニア火力10%、水素・アンモニア以外のカーボンフリー(CCUS付)火力+原子力30〜40%。CCUS付き火力と原子力の内数は具体的に示されていないが、政治的な問題で原子力発電のリプレースが難しく2050年時点で稼働が見通せるのは18基。EVの普及により、2050年の電力総需要量は、現在の1兆kwから1.3〜1.5兆kwに増加すると見込まれており、それを踏まえて推計すると、原子力発電の割合は実質10%と考えられる。したがって、参考値として示された電源構成を再整理すると、再エネ50%〜60%、カーボンフリー火力30%〜40%(うち水素・アンモニア10%)、原子力10%となると考えられる。
・第6次計画において示された2030年度の電源ミックスの問題点は4つ。一点目は「再エネ36〜38%の実現可能性」。二点目は「原子力20〜22%の実現可能性」。三点目は「火力発電の縮小に伴うコストと原料安定調達の問題」。四点目は「総需要抑制で日本の産業の未来は大丈夫か」との問題。再エネと原子力で15%未達、火力発電で補わざるを得ないと思われ、未達部分の排出権購入で大変な国費流出を招くおそれがある。
・「2030GHG46%削減」や「2050カーボンニュートラル」が間違った目標ととらえるべきではなく、むしろグローバルスタンダードに近づいたと高く評価すべき。根本的な問題は第5次エネルギー基本計画(2018年)において、原子力・石炭の構成比が高すぎ、再エネ・LNGの比率が低すぎたことで、再エネシフトの取組みが遅れたことによるもの。
・「2050カーボンニュートラル」へ向けて、最大の課題は発電コストで、2021.5.13にRITEで、2050年の発電コスト(限界費用)を電源構成を変えて7通りシミュレーションしたところ、限界発電コストは22.4円/kWh〜53.4円/kWhとなり、いずれのシナリオも現行の13円/kWhを大きく上回る結果となった。
・解決策としては、イノベーションに加えて既存インフラの徹底的活用が鍵になると考えている。具体的には、日本が技術開発においてリードしているアンモニア火力発電やメタネーションを、既存の石炭火力発電やガス管を活用することで開発コストを抑えていく方策が考えられる。
・気候変動対策の主舞台は非OECD諸国で、石炭火力発電やガス管といったインフラも普及しているので、日本の技術をアジア諸国、新興国に展開し、日本のリーダーシップを発揮していくことにフィージビリティがあるものと考えている。
・カーボンニュートラルに向けた取組みメニューについては、次の三つの落とし穴(課題)がある。一つ目は、いずれもエネルギー供給サイドの取組みで、需要サイドでは何をすればよいかといったアプローチが欠けていること。二つ目は、メニューが電力と非電力に分けられており、セクターカップリング(熱電供給)の観点が欠落していること。三つ目は、このままのメニューだと、カーボンニュートラルの担い手は大企業に限定されることになる。大企業のサプライチェーンとして中小企業もカーボンニュートラルの重要な担い手となってくるが、中小企業や消費者の個々の取組みには限界があり、それを束ねる地域(コミュニティ)の重要性に目を向けていないこと。
・セクターカップリングについては、デンマークに先進事例があり、日本においても、温水道管は2050年までには整備可能なインフラと考えられるので、有望な取組みメニューとして可能性ありと考えられる。
・コミュニティベースのカーボンニュートラル挑戦のポイントとしては、VPP(Virtual Power Plant,仮想発電所)があげられる。地域に設置されている太陽光発電(創電)、EV(蓄電)や節電行動を、DX、AIによりビックデータ化し、ブロックチェーン技術によりプライバシーを保護する形で発電ネットワークを構築していくもの。カーボンニュートラルは、トップダウンで大企業がイノベーションにより取り組んでいくアプローチと、コミュニティ全体がボトムアップで作りこんでいくアプローチの両面がマッチしないと実現しない。
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T.  講演内容

1.ウクライナ危機と日本のエネルギー

・コロナ禍による需要の落込みにより化石燃料の国際価格は下落したが、コロナ感染の収束による需要の回復と、エネルギーの脱炭素化シフトによる化石燃料生産投資の縮退で、2020年度の後半から化石燃料の国際価格が上昇傾向にあったところ、ウクライナ危機によるロシア産の石炭・石油・天然ガスの供給縮減で、国際価格の上昇傾向に拍車がかかっている。
・日本のロシア依存度は、2021年で石炭11%、原油4%、天然ガス9%。欧州と比較すると依存度は低いが、エネルギー自給率も低いため、代替調達先を国外に求めなければならない。
・最も影響が大きいのは天然ガス。ロシアのサハリン2から、LNGを長期契約で、足下の国際相場よりも低い価格で安定的に調達できているが、代替調達はスポット調達となるため、調達価格が数倍に跳ね上がってしまう。したがってエネルギー安定調達の観点からは、サハリン2の権益は死守する必要があり、国が契約主体となっている原油輸入先のサハリン1についても、サハリン2に与える影響を考慮すると、サハリン2と同様にその権益を死守する必要がある。
・ウクライナ危機の本質は、エネルギー自給率が低いことにあり、エネルギー自給率を高めていくこと、即ち再生可能エネルギーである太陽光発電や洋上風力発電により、ロシア産化石燃料に代替していくことが本質であろうが、洋上風力については運転開始までのリードタイムはは8年で、足下の電力不足対策には間に合わない。
・したがって、既設の発電施設で代替していくしかなく、脱化石燃料の観点からは停止中の原子力発電の再稼働が望ましいが、政府の動きをみる限り、再稼働の時期を具体的に見通すことは難しく、現実的には石炭火力発電により当面つないでいくしかない。
・2024年までに5基の超々臨界圧石炭火力発電が運転開始となる予定で、石炭火力発電で当面の電力不足は凌いでいけると考えられるが、その場合でも、カーボンニュートラルの目標達成の観点から、石炭火力発電をいつまで継続していくのか、具体的には石炭からアンモニアへの燃料転換へのロードマップを明確に示していく必要がある。
・ウクライナ危機の最中である2022年4月4日に、人的被害の影響や対応策に関するIPCCの第6次評価報告書第3部会報告書が出された。マスコミではウクライナ危機の影響で地球温暖化対策への取組みが後退したとの報道も一部にあるが、本質的には、化石燃料の依存度を下げ、再生可能エネルギーへのシフトを急いでやらなければならないことが明らかになったととらえるべき。

2.COP26

・コロナ禍により2020年の開催は見送られたため、ホスト国であるイギリスは2年間かけて準備することができた。イギリスは、製造業主体の経済から金融・サービス主体の経済へ移行しているため、CO2排出権取引など炭素市場規制やカーボンニュートラルへの資金負担が重要テーマとなった。
・このような文脈から、石炭火力発電の将来像が一つの焦点となった。アンモニア混焼によるカーボンフリー火力へのシフトといった具体的な石炭火力の手仕舞いの仕方を提示したのは日本だけであるが、石炭火力の廃止時期を明示しなかったため、日本の対策はあまり評価されなかった。
・JERAによると、2030年にはアンモニア混焼率20%、2035年までには混焼率60%まで達成できるとされており、それ以上の混焼はNox発生の問題がありガスタービンしか使えなくなる。また2024年までに運転開始となる5基の超々臨界圧石炭火力発電の経済耐用年数を15年と考えると稼働は2039年まで。したがって「2040年には石炭火力発電を停止」あるいは「2025年以降の石炭火力発電新設はない」と表明しても問題はなかったのではと考えている。

3.第6次エネルギー基本計画

・2020.10.26菅首相所信表明演説「2050カーボンニュートラル」を受け、2021.10.22岸田内閣において、第6次エネルギー基本計画(以下「第6次計画」)が閣議決定された。
・菅首相の所信表明演説が行われるまでは、「2050CO2排出80%削減」が目標であった。水力発電は開発余力がなく、地熱発電は温泉業界との調整問題、バイオマスは林業の弱体化により原料調達が覚束ないといった課題があり、再生可能エネルギーの主体は、太陽光発電と風力発電とならざるを得ない。
・太陽光・風力は発電量が変動するため、余剰電力を蓄電しカバーする体制を構築しなければならないが、蓄電池のコストが高いことと原料となるレアアース・レアメタル資源を中国におさえられているため、蓄電体制の構築は難しく、再エネのバックアップを石炭・ガス火力発電に頼らざるを得ず、カーボンニュートラル達成は難しいと考えられてきた。
・それを可能としたのは、2020.10.13JERAの「ゼロエミッション」宣言で公表されたカーボンフリー火力発電のコンセプト。具体的には石炭をアンモニアに、LNGを水素に置き換えることで、CO2排出ゼロの火力発電を実現するというもので、これにより2050年のカーボンニュートラル達成は、理論上可能となった。
・第6次計画において、参考値として示された2050年の電源構成は、再生可能エネルギー50%〜60%、水素・アンモニア火力10%、水素・アンモニア以外のカーボンフリー(CCUS付)火力+原子力30〜40%。
・CCUS付き火力と原子力の内数は具体的に示されていないが、政治的な問題で原子力発電のリプレースが難しく2050年時点で稼働が見通せるのは18基。EVの普及により、2050年の電力総需要量は、現在の1兆kwから1.3〜1.5兆kwに増加すると見込まれており、それを踏まえて推計すると、原子力発電の割合は実質10%と考えられる。
・したがって、参考値として示された2050年の電源構成を再整理すると、再エネ50%〜60%、カーボンフリー火力30%〜40%(うち水素・アンモニア10%)、原子力10%となると考えられる。

4.新しい2030年の電源ミックスと問題点

・第6次計画において示された2030年度の電源ミックスは、@ゼロエミッション電源 59%(従来比+15%)、A火力発電 41%(同比▲15%)としている。@の内訳は、再生可能エネルギー 36〜38%(同比+14%)、原子力 20〜22%(同比±0)、水素・アンモニア 1%(新設)。Aの内訳は、LNG火力 20%(同比▲7%)、石炭火力 19%(同比▲7%)、石油火力 2%(同比▲1%)。また、熱源も含めた一次エネルギー総供給量(原油換算)は、4億3000万kl(同比▲12%)としている。
・上記のシナリオには4つの問題点がある、一点目は「再エネ36〜38%の実現可能性」。伸びしろがあるのは洋上風力だが、上述の通り運転開始までのリードタイムが8年あり、今年取り掛かっても2030年には間に合わないという計算になる。太陽光は、日本は既にG7の中で、国土面積あたりの設置率がトップといった状況で伸びしろに乏しい。そのように考えると現実的には30%程度が限界で、6〜8%未達になると思われる。
・二点目は「原子力20〜22%の実現可能性」。資源エネルギー庁は、原子力発電27基・稼働率80%との前提で試算している。東北大震災発生時(2011.3.11)の原子力発電は、既設54基・建設中3基(計57基)で、現状は、稼働中10基、許可獲得済みだが未稼働7基、申請中だが許可未獲得10基、未申請9基で、廃炉決定が21基。前提となる試算を踏まえると、許可未獲得のものも含めて申請した全てを稼働させることが必要との計算になるが、未稼働・許可未獲得の中には既に暗礁に乗り上げているものもあり、現実的には2030年時点での稼働は20基程度と考えられ、5〜7%未達になると思われる。
・再エネと原子力の未達部分15%は火力発電で補うことになるが、そうなると2030年のCO2排出46%削減目標も未達となり、足らない分は排出権購入を迫られることになる。現在、ヨーロッパのCO2価格は5000円/トン。京都議定書と異なりパリ協定では目標未達分の排出権購入の義務はなく購入単価は交渉次第であるが、少なくとも3000円/トンは求められるものと考えられ、大変な国費流出を招くことになる。
・三点目は「火力発電の縮小に伴うコストと原料安定調達の問題」。再エネは石炭火力よりも発電コストが高く、石炭火力を減らしすぎるとコスト負担に耐えきれなくなるといった問題がある。LNGについては、一次エネルギーミックスの割合で計算すると、2030年の必要量は5500万トン未満と計算されるが、昨年のLNG輸入量は7400万トン。こうした縮小シナリオを閣議決定し公表したことで、既に他国との間で買い負けが生じており、足下のエネルギー不足の状況下、安定調達に支障をきたしている。
・四点目は「総需要抑制で日本の産業の未来は大丈夫か」との問題。上述の通り2050年の総発電量は30〜50%増と見込まれている中で、2030年は逆に12%減としている。背景には、再エネ比率を高くしたことに加えて、従来の電源ミックスにおいて原子力発電30基稼働を前提としていたところ、新電源ミックスにおいては27基稼働と1割減らした中で電源構成割合は据え置いたため、分母となる総発電量を減らして帳尻を合わせたもの。省エネの深堀りだけでは発電量の抑制に限界があり、粗鋼生産量25%減、紙パ生産量19%減といった産業縮小のシナリオも盛り込まれている。
・「2030GHG46%削減」や「2050カーボンニュートラル」が間違った目標ととらえるべきではなく、むしろグローバルスタンダードに近づいたと高く評価すべき。根本的な問題は第5次エネルギー基本計画(2018年)において、原子力・石炭の構成比が高すぎ、再エネ・LNGの比率が低すぎたことで、再エネシフトの取組みが遅れたことによるもの。
・第5次計画の2030年の電源ミックスを、再エネ30%、原子力15%、LNG火力33%、石炭火力20%、石油火力2%、とすべきであったと考えている。そうしておけば、洋上風力発電の着工も前倒しで進められており、2030年には、3GW・4GWクラスの洋上風力の運転開始することも可能であり、再エネ36%の目標達成も十分見通せ、再エネ・原子力の15%未達は生じなかったのではと考えられる。

5.カーボンニュートラルへの道

・「2050カーボンニュートラル」へ向けて、電力分野においては、ゼロエミッション電源、具体的には、再生可能エネルギー・原子力に加え、新たな技術として、カーボンフリー火力(水素・アンモニア・CCUS)。非電力・熱利用分野においては、モビリティーの電化(EV)、燃料の脱炭素化、具体的には、FCV、水素還元製鉄、メタネーション(e-gas)、合成液体燃料(e-fuel)、バイオマス。炭素除去やCO2発生分のオフセットメニューとして、植林や空気中のCO2直接除去(DACCS)の取組みが進められている。
・最大の課題は発電コストで、2021.5.13にRITEで、2050年の発電コスト(限界費用)を電源構成を変えて7通りシミュレーションしたところ、限界発電コストは22.4円/kWh〜53.4円/kWhとなり、いずれのシナリオも現行の13円/kWhを大きく上回る結果となった。
・解決策としては、イノベーションに加えて既存インフラの徹底的活用が鍵になると考えている。具体的には、日本が技術開発においてリードしているアンモニア火力発電やメタネーションを、既存の石炭火力発電やガス管を活用することで開発コストを抑えていく方策が考えられる。
・気候変動対策の主舞台は非OECD諸国で、石炭火力発電やガス管といったインフラも普及しているので、日本の技術をアジア諸国、新興国に展開し、日本のリーダーシップを発揮していくことにフィージビリティがあるものと考えている。その他、Sorghum、ブラックペレットといったバイオマスの新技術にも注目している。

6.3つの落とし穴(課題)

・上記5.で掲げたメニューについては、次の三つの落とし穴(課題)がある。一つ目は、いずれもエネルギー供給サイドの取組みで、需要サイドでは何をすればよいかといったアプローチが欠けていること。二つ目は、メニューが電力と非電力に分けられており、セクターカップリング(熱電供給)の観点が欠落していること。三つ目は、このままのメニューだと、カーボンニュートラルの担い手は大企業に限定されることになる。大企業のサプライチェーンとして中小企業もカーボンニュートラルの重要な担い手となってくるが、中小企業や消費者の個々の取組みには限界があり、それを束ねる地域(コミュニティ)の重要性に目を向けていないこと。
・セクターカップリングの先進事例として、デンマークにおいては、風力やバイオマスによる再エネ発電に余剰が生じたとき、余剰電力で温水を作り貯蔵し、温水パイプラインで熱源として供給している。課題は、エネルギー供給の主要な担い手であるガス事業者との調整と、温水パイプラインのインフラ整備であるが、デンマークにおいては、ガス会社が洋上風力発電メーカーに業態転換をすることなどで調整。温水パイプラインは水道管と同等の設備で、日本においても、2050年までには整備可能なインフラと考えられるので、有望な取組みメニューとして可能性ありと考えられる。
・コミュニティベースのカーボンニュートラル挑戦のポイントとしては、VPP(Virtual Power Plant,仮想発電所)があげられる。地域に設置されている太陽光発電(創電)、EV(蓄電)や、節電行動を、DX、AIによりビックデータ化し、ブロックチェーン技術によりプライバシーを保護する形で発電ネットワークを構築していくもの。カーボンニュートラルは、トップダウンで大企業がイノベーションにより取り組んでいくアプローチと、コミュニティ全体がボトムアップで作りこんでいくアプローチの両面がマッチしないと実現しない。

7. 主な質疑応答

Q:グレーアンモニアではカーボンフリー火力とならないので、グリーンもしくはブルーアンモニアが必要だが調達は可能か?
A:現在、日本ではアンモニアを、肥料原料として100万トン使用。石炭火力発電に20%混焼開始で300万トン、100%使用だと3000万トン必要と試算されている。セメント業界や石油化学業界もアンモニア活用の計画があり、それを加えると4000万トン以上必要と計算される。世界では2億トン生産されており量的には充足しているが、現状ほとんどがグレーアンモニア。グリーンアンモニア、CCS付きブルーアンモニアの主要な調達先は、オーストラリア、北米、中東になると考えられるが、いずれにしてもそんなに簡単ではない。

Q:イノベーションのアイデアは、どこに繋いでいくと実現可能性が高まるか?
A:政府のクリーンエネルギー戦略は、20兆円の資金を国費で造成し、130兆円の民間投資を呼び込み、合わせて150兆円の投資でカーボンニュートラルを実現していこうとするもの。課題は、政府の資金が民間投資の呼び水として有効に機能する仕掛けをどのように構築していくかということ。過去の同様の仕組みをみると、結果として散発的でバラ播きに終わってしまったものもあり、様々な投資・事業計画の有効性を見極める目利きが必要であり、目利きを担える技術屋の人材を揃えられるかどうかが大きなポイントとなる。

Q:需要サイドのアプローチについて、種々の取組みを普及・実行、次世代につなげていくためのポイントは?
A:いくつかあると思うが、一つはEVで、モビリティーというよりは電気ネットワークの要と位置付けられる。そのためにはある程度の台数を普及させることが必要。二つ目はスマートメーターから集まってくる様々なデータをDX、AIでビックデータ化し地域最適化を図っていくことだが、現状は、電力メーカーやガス会社がデータを囲い込んでいるため、自治体が関与し仕組みを構築していく必要がある。
その場合、GAFAのシステムを中心に据えると、個人データの囲い込みの問題が生ずるので、自治体自身がブロックチェーンによるシステムを構築する必要がある。

Q:電力ゼロエミッションについて、カーボンフリー燃料となるアンモニア・水素は自然界に存在しないので製造しなければならないが、その製造についてもゼロエミッションが前提との理解でよいか?
A:アンモニア・水素の利点は燃焼によるCO2排出ゼロという点にあるが、その製造に手間ひまがかかるため高コスト燃料となる。したがって製造コストを下げる技術革新が必要。アンモニアは、百年来ハーバーボッシュ法で製造しているがCO2を多量に排出するため、製造法の革新が待たれる。水素は、水を電気分解し製造しているが、製造時に使用する電気を再エネ余剰電力でということになると電解稼働率が低下しコスト高となってしまう。水素製造イノベーションの事例として、富士吉田市のハイドロジェンテクノロジーという会社で、テラヘルツ鉱石を触媒としてアルミニュウムと水を反応させることで水素を発生させる技術が確立し、実際に同社製造の水素100%専焼発電が運転開始している。この技術は、水素の発生量を柔軟に調整することが可能で、工場オンサイトのメタネーションに有効活用できる。いずれにしても更なる技術革新、イノベーションが必要。

Q:原子力発電をどのように位置付けるかが大きなポイントと考えるが、原子力発電が無いと電力確保が大変な状況になるとの理解促進をどのように図っていけばよいか?
A:国民全てが原子力発電反対という訳ではなく、高齢者と女性の反対割合は高いが、若い世代は原子力発電が必要と考えている人も多い。広く国民と議論をしていけば必要性の理解も進むと思うが、現下の政治状況の中で国民との議論が進んでいないのが実情。

Q:原子力発電の安全性について、福島の事故以降、安全基準を見直し安全性が向上していると思うが、これらの安全基準と個々の原発の安全性のレベルについて公開していけば、再稼働について理解が得られるのではないか?
A:原発は基本的に危険なものであり、知見されている危険性が最小化できていれば稼働許可を出してよいと考える。日本においては、原発に対する最大のリスクは地震・津波・火山と考えているが、ウクライナ戦争で原発が軍事標的となるといった、世界中で誰も想定していなかった新たなリスクが生じた。しかも原発本体ではなく送電線が攻撃対象となるとの事象が発生しており防ぎようがない。このような新たなリスクが知見された場合、原発の安全基準をゼロベースに戻して見直す必要があると考えられるし、戦時下においては攻撃対象となると考えると、長期的に安定電源として位置付けるのは困難ではないかといった本質的な問題に関わってくる。

Q:LNGについては、水素、アンモニアへの原料向けニーズも考慮すると、わが国の潜在的な必要量は2050年においても減らないと考えてよいか?
A:減らないし、場合によっては増えることも考えられる。

Q:日本の反原発感情を和らげ、世論変化の可能性が見えてくるタイミングはいつ頃と見通せるか?
A:政治家の覚悟が固まらない限り(実際には覚悟は固まらないので)、そのようなタイミングは来ないと思う。
文責:伊藤博通


講演資料:カーボンニュートラルへの日本の道
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2022年05月26日

EVFセミナー報告:コロナ・ウクライナ危機と金融政策

演 題 :コロナ・ウクライナ危機と金融政策−中央銀行は何と闘おうとしているのか
講 師 :田中 隆之先生 専修大学経済学部教授
    
Web視聴開始日:2022年5月26日
聴講者数:58名

講師紹介:
1981年 東京大学経済学部卒業
日本長期信用銀行入行。産業調査部、調査部(ニューヨーク市駐在エコノミスト)、市場企画部マーケットエコノミストを経て、長銀総合研究所主任研究員、長銀証券投資戦略室長チーフエコノミスト等歴任
2001年 専修大学経済学部教授(現職)
2012〜13年ロンドン大学(SOAS)客員研究員。専攻は金融政策、日本経済論
著書
『現代日本経済 バブルとポスト・バブルの軌跡』(日本評論社、2002年)
『「失われた十五年」と金融政策』(日本経済新聞出版社、2008年)
『金融危機にどう立ち向かうか』(ちくま新書、2009年)
『総合商社の研究』(東洋経済新報社、2012年)
『アメリカ連保準備制度(FRS)の金融政策』(金融財政事情研究会、2014年)
『総合商社』(祥伝社新書、2017年)など。


講演内容
はじめに 基本的なこと
・現在の日本では物価上昇が見られる。米国では30年ぶりのインフレ。そして20年ぶりの円安水準だが、背景には日米の金融政策の相違から来る金利差の拡大がある。
・金融政策には総需要調整策と金融システム安定化策の二つがある。今日の話題は前者。

1.非伝統的金融施策とは何か?
・通常の金融政策は、政策金利(短期)を公開市場操作で誘導して引き下げ、中長期の金利を低下させることで、設備投資増などを通じて景気拡大を図ろうとする。
・だが、政策金利がゼロに到達するとそれ以上の金融緩和ができないので、それ以外の手段で緩和効果を得ようとするのが非伝統的金融政策である。2008年の世界金融危機以降に米欧の主要国で登場した(ただし日本では一足早く1999年に導入された)。
・非伝統的金融政策手段のメニューは5つある
A 大量資金供給  〜闇雲に資金供給
B 大量資産購入  〜国債・その他の金融資産を買う
C フォワードガイダンス  〜期待に働きかける
D 相対的貸出資金供給  〜銀行の貸出増加を誘導する
E マイナス金利政策   〜強引に政策金利をマイナスにする
中心に位置するのは、BとCである。

2.変わりつつある中央銀行のマンデート(使命)
・2008年の世界金融危機までは物価の安定、完全雇用、および国際収支の均衡の三つが目的だったが、それ以降は「物価の安定」の意味がインフレ抑制からデフレ阻止に180度転換した。金融緩和で物価の安定も完全雇用もともに達成できる状況だが、それを追求しすぎると金融システムの安定と財政の規律付けが脅かされるようになってきている。

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・中央銀行のマンデート(使命)についても、気候変動への対応や格差問題への対応といった新しい役割を与えるべきと言う議論が出てきた。気候変動への対応とは具体的には気候変動対策を行う企業への民間金融機関・金融市場からの資金供給を、中央銀行が後押し。日銀による気候変動対応支援の資金供給をグリーンオペと呼んでいるが、問題点も多い。

3.泥沼から抜け出せない日銀の金融緩和政策
・2013年4月アベノミクスの一環として、2%の物価目標を2年で達成するとして、長期金利の低下による景気刺激を狙った量的・質的金融緩和を実施。
・目標を達成できず2016年1月にマイナス金利付き、さらに9月に長短金利操作付きの量的・質的金融緩和に変更。
・資産購入からの「正常化」に踏み出せないままコロナ危機を迎え、2020年3月「上限を設けない」資産購入へ。
・この結果、日銀のバランスシートでは極端な長期国債増。そして政府の債務残高増加。どちらも主要国では対GDP比で随一の規模。

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・株高・円安は引き起こせたが、家計・企業の期待は動かず、2%物価目標は未達。
・問題点は、2% 物価目標を降ろせないために大量資産購入の「出口」が見えないこと。このまま政府債務残高が増えると、市場が政府はインフレで債務削減を行うと読んだ時点で、長期金利上昇(国債暴落)、政府債務残高拡大、為替円安、インフレ進行の可能性がある。
・根本的な問題として、人口減少傾向が続く日本経済では将来、需要が増えないので投資意欲が沸かないという背景がある。新規需要を生むイノベーション、生産性の上昇が重要。
このまま政府債務残高が増えると、市場が政府はインフレで債務削減を行うと読んだ時点で、長期金利上昇(国債暴落)、政府債務残高拡大、為替円安、インフレが進行の可能性がある。
・根本的な問題として、人口減少傾向が続く日本経済では将来、需要が増えないので投資意欲が沸かないという背景がある。新規需要を生むイノベーション、生産性の上昇が重要。
・物価上昇により生産性向上・実質成長率上昇が実現するはずはなく、そもそも実質的な成長の結果として、賃金、物価が上昇するというのがノーマルな姿。

W.コロナ、ウクライナ危機とインフレ抑制
・今回の米欧のインフレは供給制約の側面が強いので、金融引き締めでは対処できない。とはいえ、予想インフレ率が高いところにアンカー(つなぎ留め)されないよう強い引き締め姿勢を見せる必要。
・FRBはインフレ率23%台に下げるため、本年、翌23年と利上げの予定。強い円安圧力は続く。
・政府・日銀はデフレ脱却を宣言し、2%物価目標を曖昧化(長期的な目標に棚上げ)して、資産購入からの撤退による財政ファンアンス懸念払拭が重要。
・だが、黒田総裁在任中には政策の変化はないというのが大方の見方。来年3月の新総裁誕生後、政策枠組みの変更があるかもしれない。

Q&A
Q1:銀行の業績が悪いのは低金利であるにもかかわらず借りるところがないからなのか?また金利に関しては期待にかけるという方法もあるとのことだが心理戦争なのか?
A1:1つには、低金利下で貸出金利と預金金利の利ザヤが縮小して、銀行がもうからない。つまり、預金金利はまさかマイナスにする(預金者から金をとる)わけにはいかないのでゼロ寸前までしか低下しないが、貸出金利はそれに迫るぐらい下がっている。また、低金利政策で企業に投資を促そうにも、日本市場は少子高齢化で先細り。投資の意欲がわかないというのが根本問題。
心理戦争といえるかどうかわからないが、金融市場参加者の期待に働きかけて長期金利の低下を促すという方法は「金利の期間構造に関する期待仮説」に沿ったもので、実際に作用して成功している面がある。ただし、家計や市場の期待に働きかけてインフレ期待を引き上げることには、成功していないといえる。

Q2:地銀が国債の低金利で苦しんで外債に資金をシフトしたが危険な資産のうまい処分方法は?また現代貨幣理論(MMT理論)とは?
A2:これと言ってうまい解決方法はなく、リスク管理を総合的にきちっとうまく対処していくしかない。MMTは自国通貨を発行できる国がデフォルトを起こすはずがないので、インフレが到来するまで財政拡張すべきだ、というもの。だが、これは普通の経済学でも言える当たり前の話。通常の経済学と違うのは、貨幣は納税手段として政府が認めているから貨幣たりえている、という彼らの貨幣観であり、それゆえ課税は通貨価値安定のためのものであって、インフレが来たら課税すればよい、という。だが、増税は速やかに決定できないのでインフレ対策として現実的でない。また、インフレが来るまで大丈夫、ではそもそも政策論にならない。なお、政府債務残高を対GDP比どこまで増やせるかは経済理論からは決まらず、市場参加者がどう判断するか、市場がどこで国債を売るかにかかっている。MMTよりもう少しまともな財政赤字容認論もあり、例えばO・ブランシャールは長期金利が名目成長率を下回る現状では、必ずしも基礎的財政収支を均衡させなくても政府債務残高対GDP比は発散しない、と述べる。確かにそうだが、日本の場合、計算してみると基礎的財政赤字は対GDP比2%程度までしか容認できず、今年は6.2%。相当な歳出削減または増税を本気でやらないと、政府債務残高は発散してしまう。

Q3:過去にFRBが金利を上げても円安にはならなかったが、今回円安になっているのは何故か?根本的になにが異なるのか?またこの基調が続くとするとドルが140円、150円になっていくのか?
A3:確かに日米の金利差が今回のように開いたことは過去にもあって、そのときにはこれほど円安にはなっていない。やや違ってきているのは、貿易収支が赤字になったり、少し前までは「有事の円買い」があったがその要素が薄れていることなど。怖いのは、「日本売り」で、円安、長期金利上昇という形になり、日銀も長期金利上昇を抑えられないということになった時で、そのときは140円、150円に進む。ただ、現段階では、為替市場参加者がそこまで行くと見ている、とは思えない。

Q4:金融政策で雇用は維持改善したが一人当たりの賃金は低下とあり。結局全体がより等しく貧しくなったということ。このような事を回避する闘いを金融政策及び中央銀行に望むのは的外れか。
A4:1 基本的には、金融政策(総需要調整策としての狭義の金融政策)にできるのは、景気循環を均すこと、つまり景気が悪い時に底上げし、良すぎるとインフレが来るので冷やしてやる、ということだけ。金融政策によって、経済成長率のトレンド(潜在成長率)を引き上げることはできない。
2 質問の中にある「雇用は維持改善したが一人当たり賃金は低下」というのは、図表20を指して言っておられるのかと推察。このグラフが示すのは、日銀が異次元緩和を行った2013年以降「雇用者数は増加したが、一人当たり賃金は横ばいに過ぎない」という事実。雇用者数が増加したのは、女性・高齢者が労働力化するという社会・雇用環境の大きな変化があったから(金融政策は緩和的な金融環境を整えて、それを下支えしたにすぎない)。ただし、女性・高齢者は非正規労働者として低賃金での雇用が多かったため、全体(一人当たり)の賃金は大きくは伸びず。加えて、正規雇用でも賃金の上昇が抑えられたことも、賃金が上がらない原因の一つ。
3 最近よく言われるのは、賃金が上がらないのが日本の低成長の原因であり、賃金を上げればそれが消費に回り、景気が良くなって低成長から脱却できる、という議論。安倍政権以来、政府は経団連に再三賃上げを要求してきた。しかし、賃金は、経済社会全体で生産した付加価値(GDP)の中から、その一部分として家計(労働者)に分配される。したがって、成長率が低いから賃金の上昇率が低いのであって、賃金を上げるだけで成長率が上がる、というロジックは成り立たない。
要は、イノベーションによって生産性を向上させ、同時に新規需要の開拓が進まないと、成長率は上がらない。そこで、ここ20年来、イノベーションの促進が必要だと言われ、最近は、その要は企業や政府の人的投資だ、ということが言われているが、なかなか進んでいない。
イノベーション促進策の一環として、最低賃金引上げによって中小企業に効率的な経営や技術開発を迫るべきだ、という議論も行われており、これはそれなりにロジカルな側面を持っている。つまり、生産性が向上すれば、賃上げができるわけで、それができない企業には退出を迫ることで、日本経済全体の生産性を上げて行こうという議論。賃上げをしてもやっていけるような生産性の向上、そのための研究開発投資、人的投資の促進が必要、ということになる。もっとも、言うは易しで、なかなか進まないのが実情。

Q5:日本経済がパッとしない或は悪い円安になりかねない原因は、貿易立国の後に来るエネルギーの地産地消による国富の流出を止めエネルギーセキュリティを高めるという明確な工程を金融も政治も技術も学術もが示せていない為ではないか?
A5:1 国産エネルギーの開発が必要で、そのための明確な工程を示すべきだ、というのは全くその通り。それによりエネルギー輸入が減れば国際収支の黒字が膨らみGDP需要構成項目の純輸出が伸びるので、日本経済の成長率を押し上げるのも確か。
2 ただ、それだけがGDP成長率の低さの原因ではないし(質問1への回答参照)、増してここへ来ての円安の原因とはいえないと思われる。今次の円安は、やはり日米金利差(両国中銀の金融政策の相違に起因)を市場が材料にしたところが大きく、また長期的な円安の傾向は、日本企業が円高でもやっていける国際競争力のある財・サービスを(バブル期以降)開発できていない証左といえる。過度の円高恐怖症の下、日本企業は円安になると手を抜いてイノベーションの努力を怠ってきたように見える。高度成長期・安定成長期の日本企業は、果敢にこれに挑戦していた、というイメージがあるにもかかわらず。
3 蛇足だが、日本の低成長(したがって1人あたり賃金上昇率の低さ)は、先に質問1への回答にも書いた通り、イノベーション不足によるところも大きいが、基本的には少子高齢化による人口減少のスピードが速いことがもっと大きな要因。@将来人口が増えない(需要が増えない)ことがわかっているので、企業が設備投資を手控えるという需要面と、A高齢化で生産年齢人口が(総人口以上に)減っているので、労働の投入が減るという供給面の双方から、成長率が低くなる度合いが他の先進国よりも大きく出てしまう。したがって、少子化対策が必要である、ということになるが、これも思うに任せないのが実情。

Q6:財政法第5条では「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。」とあるが、現在の政府の手法はこの精神に反すると言うことか。
A6:1 そのように言ってよいと思う。現在日銀が国債をどんどん買っているのは、市場(すでに国債を持っている銀行や証券会社)から。財政法5条は、「引き受け」すなわち、政府の発行した国債を直接日銀が買うことを禁じているが、市場から買うことを禁じてはいない。そこでこれをどんどんやっているわけだが、これは合法だが、財政法5条の精神に全く反する。
2 安倍首相は、先日(2022.5.9)「日銀は政府の子会社なので満期が来たら、返さないで何回借り換えてもかまわない。心配する必要はない」と発言したと伝えられているが、日銀が抱えた国債は日銀のバランスシート(B/S)を通じて、日銀の準備預金に変換されこれが市中銀行に保有されている(日銀B/Sの資産サイドに国債が、負債サイドに同額の準備預金が記帳される)。
現在は、この準備預金の多くの部分に支払う金利は0.1%の金利で済んでいるが、将来金利を引き上げなければならない局面になると(たとえばインフレ抑制のため)、この金利も上げなければならなくなる。すると、日銀は国債から得る金利よりも準備預金への利払いの方が多くなり、欠損が出る。これは結局国庫の負担になるので、政府債務残高は雪だるま式に増えていく。国債が売られ金利はさらに上昇する、というスパイラルに陥れば政府は容易に資金調達できなくなる(この状態を「財政破綻」と呼ぶ)。「心配する必要はない」というわけには、とてもいかない。

Q7:ロシア中央銀行のパフォーマンスの評価と今後の見通しをお伺いしたい。
A7:1 私はロシア中銀について専門に研究したことがないので、新興国の中銀として、他との比較におけるこれまでのパフォーマンスがどうか、という評価をすることはできないが、ロシア中銀も多くの新興国の中銀同様に、市場指向型の金融政策の枠組みを徐々に整えてきていたことは間違いない。
2 ウクライナ侵攻後のロシア中銀の状況をお尋ねならば、インフレ率が急上昇(2021年初の5%程度→22年初8%→侵攻後4月18%。ロシア中銀のインフレ目標は4%)しルーブルも急落(対ドルで侵攻前の約4割強下落)したので、これに対する措置を講じている。第1に、政策金利を侵攻直前の9.5%から20.0%に引き上げた。第2に、@ロシア企業に外貨で得た収益の8割をルーブルに両替させる、A外貨預金に引き出しの上限を設ける、などの規制を行った。
その結果、4月の時点でルーブルはほぼ侵攻前の水準に戻り、インフレ率もやや頭打ちになったので、政策金利を17.0%に引き下げた。さらに5/26には11.0%まで引き下げており、ルーブル防衛はとりあえず成功しているように見える。
今後も、上記のような規制を中心にルーブルの下落とインフレ高進を抑えていくものと思われ、市場指向型の金融政策枠組みに戻ることは難しくなった。

以上
報告担当(文責):桑原 敏行

講演資料:コロナ・ウクライナ危機と金融政策
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2022年04月28日

EVFセミナー報告:日本の品質管理と取組んだ課題(統計的方法の適用(TC69)等)

演題:日本の品質管理と取組んだ課題(統計的方法の適用(TC69)等)
講師:尾島 善一先生
 東京理科大名誉教授  
Web視聴開始日:2022年4月28日(木) 

講師略歴 
1976年3月 東京大学工学部 卒業
1983年3月 東京大学工学博士
1984年4月 東京大学工学部 助手 (1987年3月まで)
1987年4月 東京理科大学 専任講師 (理工学部経営工学科) 助教授、教授
2017年3月 定年退職、名誉教授 現在に至る

要約:

日本の品質管理の父と言われる石川馨東京大学名誉教授の東大における最後の学部卒業生で、東大で工学博士になられた尾島善一東京理科大名誉教授より、日本の品質管理に関する話題から先生が品質管理に関連して取り組まれた課題である「統計的方法の適用(TC69)」等に関して、講演を頂いた。 
日本の品質管理に関しては、先生の個人的な経験に基づいて感じられている品質管理関連の一般用語に関して感想を交えて、主として問題点を取り上げ、解説して下さった。統計的方法の適用に関しては、先生がISOとの関係で担当を始められた経緯からTC69という専門委員会での活動の状況などに関してご説明を頂いた。両者とも内容が豊富で話題が多岐に渡り、聴講者にとって難解な箇所もあったが、通常はなかなか知ることが難しい日本の品質管理の現状と問題点を知る機会となり、有用な講演であった。

講演概要:

品質管理は、若い方でご存じのない方もいるかと思いますが、昔流行ったQC、IE、OR等の一つと考えて下さい。これらは1970年頃から大学でも始まり、経営工学科とか管理工学科とかの学科ができた一分野となります。
先ず、IE(Industrial Engineering)について説明しますと、自動車のT型フォード製造で利用されたような工程を分割して専門業務でなくし、あまり技能のない工員でも組み立てられるような単純作業に分割し、スピードを上げて簡単に作れるようにしたというものです。作業研究、時間研究というような項目に分けて検討し、非常に効率を上げてコストダウンに貢献したものです。IEに関しては生産性本部や日本能率協会が活動していて、ムリ、ムダ、ムラを無くそうとしていました。
次にOR(Operations Research)とは軍事研究的な、戦略研究と言って、問題を数学モデルで表現して最適化するということが中心で、いまとなっては、これが世界をダメにしているのではと考えています。最適化するという発想に無理があり、目的評価関数を最大(又は最小)にするという考えですが、実際にはかなりな問題と思っている。
そして品質管理はQC(Quality Control)として日本に入って来まして、QCは第2次大戦中は軍事機密であった経緯がありますが、中身は抜取検査と管理図に整理されます。抜取検査ではDodge, Romingの二人が有名で、彼らの抜取検査表が今でも残っています。管理図のShewhartはもっとすごく有名でウィキペディアで引いてもすぐに出てくると言う感じです。これらの人達はBell研究所(ATT(American Telephone &Telegraph; 電信電話会社)の研究所)の所属で、ATTの製造担当子会社のWestern Electronic社で作る製品品質を如何に上げるかということで考えられたものです。Shewhartは管理図を作り、製品は電話機とかで、抜取検査は調達先をどこかと定めなくても、納品先のロットの品質を保証するというアイデアです。戦後、占領軍がこの考えを導入したという経緯があり、通信網の確保のため電話の必要性が高かったので、凄い勢いで日本で訓練され広まった。電電公社やNTTが抜き取り検査の技術を持っていて、Western Electronic社の子会社であるNECが電話を製造していたという歴史がある。
これらの抜取検査、管理図ともに統計学を利用しているので、SQC(Statical Quality Control) と呼ばれており、データ収集、データ解析なども品質管理に含まれている。
品質管理では抜取検査が重要で、ロットの良・不良を判定するもので、不良(不適合)率を与えて評価している。日本の昔なりの細かな管理手法に対してそれを打破していく転換点になったと思う。
管理図(control chart)は、特性値を縦軸に、時間(時刻)を横軸にして打点し、それを結んだ折れ線グラフだけのものですが、ここで革命的に凄いのは管理限界線を入れて、中心線の上下3シグマにしたということです。これによって特性値は平均μ、分散(σの2乗)の正規分布に従うとする時、この中心線の上下3シグマに入る確率は99.7%ということで「ほとんどすべて」がカバーされるということです。この時、特性値が厳密に正規分布かどうかは全然問題にしておらず、良く使われるのが正規分布で、正規分布については色々な確率計算がされているというのがポイントです。又、3シグマという限界線が特性値のばらつきだけに依存していて、それ以外を考えていないというのが結構重要なところです。
日本的な品質管理を紹介しますと、PDCAがあります。これは日本で改変されたものです。元はIEで広く使われたplan-do-seeですが、それをとある日本の品質管理関係者が「see(見てる)だけでだめだ、それよりチェック、アクションしないといけない、更にぐるぐる回すPDCAサークルにした方が良い」と言ったことに発しています。国際化の中では、ActionがActに、サークルがcycleに変わりました。
国内ではQCサークルという活動が非常に受けてヒットしたという経緯があります。又、(優れた品質管理の実行者に授与する)デミング賞も品質管理普及に効果がありました。これは日科技連の役員の方の思い付きでした。(これはアメリカに逆輸入されてマルコム・ボルドリッジ賞となりましたが、日本が先んじたものです。) 後は、品質月間という活動も効果がありました。これは日本では毎年10月に工場全体で品質向上に努めることを行い成果を収めていて、今でも続いています。
そして国際的に残っているのは石川ダイアグラムで、これは特性要因図として確かに残っています。(これも日本から逆輸入) 又、QC七つ道具という整理(特性要因図、管理図、ヒストグラム等を7つ挙げて)をされた方もいましたが、これはこじつけのように思われて個人的には好きではありませんでした。
コマツ製作所で新製品開発が上手く行ったのはⒶ(マルエー)という名前でやったのが良くて、他の会社でもⒶと名前を付けてやると上手く行く。ところがⒷ(マルビー)と付けるとダメで大抵失敗する。その理由は(開発に)言われていること・期待されている以上に頑張って色々違うことを盛り込んで製品開発をしていると言う事情があって、Ⓑになると余計なエネルギーをかけて開発に取り組めるかとなって、大抵こけると言うことがありました。
次に取り組んだ課題についてお話しますと、
国際標準化機構(ISO;International Organization for Standardization)があって、これに日本国内で対応していたのが日本規格協会の国際委員会で、その初代委員長が石川馨先生で、2代目の奥野忠一先生の後、1990年頃に尾島が引き継いだ。TC69はISOの69番目の専門委員会(Technical committee)で、「統計的方法の適用」をテーマとして、ISOの世界では統計の主担当委員会となっています。これを引き継いだのは、その昔石川先生から久米均先生(尾島先生の指導教官)に「尾島にその分科委員会の議事録担当の委員をさせよ」と話があったことから始まって今に至っている。
TC69には全体委員会の他に6つのSC(Sub Committee分科委員会)があって、それぞれを色々な国が幹事国を担当し、色々な経緯があった。SC6「測定方法と結果」は西ドイツ→ドイツが担当で当初順調であったが、トラブルがあって辞退することになり、日本が幹事国を、尾島がChairmanを引き受けた。
この頃ISOの中ではTC176「品質」が設立され、久米先生のグループは全員そちらの支援に入って、尾島だけがTC69に残ったという経緯もあります。
そして、日本は上手く行かなかったが、世界では認証・認定がビジネスとして広がって、イギリスやアメリカ、ドイツ等はビルを建てたり、増築をしていた時期があります。
又、1995年にJIS規格の国際整合化が行われ、JIS Z 8101「品質管理用語」をISO3534「統計―用語および記号」に合わせて統計用語にした経緯もあります。これは色々と反感を買った面がありました。
最近のTC69では色々な動きが出て、SCからワーキンググループ(WG)への変更が行われたり、解散したりやCombiner(主査)の変更もあったり、任期の勝手な変更で、活動の低下が起こっている。 一方、中国が意欲を見せていて、シックスシグマのWGをSCにするのに中国が手を挙げてSC7になったということもあります。日本は田口メソッドと赤尾先生の品質機能展開を繋いで、SC8を作りました。
この他に、関心時として、「ロシアの侵攻」、「COVID19」,「地球温暖化」、「AI信仰の蔓延」、「数値化の信仰」、「ORにおける最適化」、「最適解に頑健性はあるか」等についてもご講演頂きました。気になさっておられることは、「最近の日本の品質はどんどん悪くなっていると思う。」ということでした。

質疑応答

(1)質問: 尾島先生、講義内容がてんこ盛りで、色々なところまで及んでご講演頂きありがとうございます。2点ばかり教えて下さい。一つは「日科技連という団体がご説明の中で出てきましたが、この日科技連が、日本の中で品質管理を扱っている学会・団体というに当たるのか、どういうように活動されているのかを教えて頂きたい」と、もう一つが「コマツ製作所の話の中で、ⒶとⒷがあって、Ⓐが上手く行って、Ⓑが上手く行かなかったというお話でしたが、それが皆さんが品質管理を使えた所に当たるのではないかと思いましたので、ⒶとⒷの違いを教えて頂きたい」ということです。
回答: 日科技連というのは日本科学技術連盟と言って、会員というのが特になくて(私も入っていません)セミナーをやったり、デミング賞委員会を運営したりイベントをしたりする団体で、セミナー団体(品質管理ベーシックコース、部課長セミナーとか)でもあります。日産自動車に行ったのは、日科技連経由ではなく、久米先生に行けと言われて行きました。
コマツ製作所の件は、新製品開発を品質管理を使ってやろうということで、Ⓐと呼ばれていた新製品を開発するということでした。それは不良も少なくて順調に伸びて成功したものです。それはトップクオリティのものという意味ではなく、単なる特定の名称(車で言うなら特定の車名とか車番号)です。(成功しそうな車ということではなく)「(これから)さあ頑張ってやるぞ」、「一つ目だからⒶと呼ぶ」と言うニュアンスと理解下さい。そして、その同じ手を使って次の車をやろうとする時、Ⓑと呼んで取り組むと、大抵こけるということでした(ので、このように表現していると言うことです)。

(2)質問: 今日は非常に面白い話を楽しく聞かせて頂き、ありがとうございました。私は技術者の端くれで、メーカーにいたものですから、品質管理に関してはお客様から色々言われ、図面の管理からその他で苦労したという記憶があり、今日の講演では懐かしい言葉が沢山ありました。ここから質問なのですが、お話の後半で、地球温暖化の話がありましたが、この地球温暖化は品質管理の最たる問題ではないだろうかと思っています。色々な品質管理手法があって地球温暖化の問題に関してどのデータがどう悪さしているかは大体見えている訳ですから、それをこうすれば処理できる・抑えることができるとか、又そういう風に捉えれば、品質管理そのものをもっと地球温暖化問題の解決に応用できるのじゃないかと感じますが、そういう観点で論じられたことはないように今日の先生の話を聞いて初めてそうじゃないかと思ったのですが、その辺りは如何でしょうか?
回答: 難しいですね。そもそも世の中で出回っている技術は結構その場凌ぎ的なものが多いじゃないですか?排出されるCO2を海の中に閉じ込めちゃおうとか、何か発想が貧弱なように感じます。仕様を減らさないとだめじゃないかと思います。そういう意味で、人間の文明が終わりを迎える時期が少し早くなるのか、遅くなるのかの違いなのかと、ちょっと思ったりしています。

(3)質問:品質管理の対象となるのは、ベクトル量か、スカラー量かというお話があったのですが、色々なところの生産工程においても、品質管理は感覚的には扱えず、何か定量化された尺度・数字がないと品質管理は成り立たないと思いますが、これはあらゆる分野においてそういう意味で定量化された尺度をもって管理されているのかどうか?気持ちだけで品質管理をやれやれと言っている会社も多いような気もするのですが?
回答: 尺度が良い値か悪い値か(大きい、小さい)という時はそれってスカラー化されていますから、必ずどこか足りないです。本来ベクトル量なのに、何でもスカラー化する時にどんな情報が落ちているかを考えないといけないということです。

(4)質問:それは、こういう風に考えると欠点(ベクトル量がスカラー化される時に主張されてしまう要素)が別の観点で定量化できるとかあるのでしょうか?
回答: 定量化というのはスカラー化するということを含んでいることが多いので、それはないと思う。ただ、世の中色んなものはみんなベクトル量なのに、すぐスカラー化する・スカラー化してどうこう言うことが多いから、そこを気を付けて問題を探すというだけでも随分良いと思う。

(5)質問:これは、品質管理の基本的な教育の中に、ベクトル量を縮小してスカラー量化するけれどこういう問題があると言うのは、周知徹底するような方法は確立していますか?
回答: 力不足で、ちゃんとやっていないので、私のアイデア留まりです。

(6)質問:私は自動車屋のOBです。先生が、セミナーの最初の部分や、「コスト最小化が本当に良いのだろうか?」というところで、「最近の日本の品質が信用できない」と仰ったのですが、具体的にはどんな点でしょうか?
回答:やはり、良く壊れるようになりました。 昔は製品のコストダウンがそこまで行かなかったのか、いいものを作るという所が「コストを安く」という所より重視されていたので、故障が少なかったし、それ(その製品)がアメリカに売れた時はそうだったのですが、今はアメリカ並み(の故障度合い)になってしまっています。それから、海外からの調達が増えたこともあって、それもスペックを与えてそのスペックで調達するのですが、そもそもそのスペックが本当に必要十分か?十分吟味されているのか?というような技術的な問題があって、悪くなる一方だなあと思っています。

(7)質問:仕様提示をして物を作るものの、その意味が分かってしてるかと言うと、分かっていないケースも結構あると聞いています。
回答:ある化学材料会社が海外から材料調達した時に、スペックに合ったものをサプライヤーが出して、それを使ったらトラブルが出たケースがあります。 この時にひどいと思ったのは買う側がこれを何に使うかを言わないということでした。

(8)質問:品質は積み上げの結果と思うので、ちゃんと後輩に伝承されているかはとても不安です。
回答:私も不安です。標準書等に書けない部分をどうやって伝えるかが大事で、量り易いものだけを量って、量れない大事なものを見落としているのと同じです。(「書けない部分に実は大事なものが入っているのですね?」という追加質問に対して)ええ、そう思います。
データの使い方で、もの凄い発明と思うのは、お医者さんの検査で使うCTです。見えなかったものが、さも輪切りにして見たかのように見えるようにするということは、もの凄いアイデアで、そういう所に転化するような技術は大事だと思う。そういう意識は大事だと思う。

(9)質問:田口メソッド、QFDの話が出まして懐かしく思いました。が、ついぞ最近聞かないように思います。 これらは産業界では結構広く使われているのでしょうか?
回答:会社に拠ります。リコーとかは、田口メソッドに社員を派遣して勉強させたりして普及しました。けど、社員単位の技術でそれを上手く使えるようになるかというのは難しいと思います。それも技術が消えないようにするためにそういう規格(国際)を作るというので、SC8を立ち上げたという経緯があります。QFDは、ドイツとかアメリカに赤尾先生の弟子がいて、そういう人たちが結構頑張っています。田口メソッドは田口伸(しん)さんという田口さんの息子さんが委員をやっていて努めてやっています。これらも上手く伝承されていく技術になり切らないのかもしれません。

(10)質問:日本人の名前の付いたメソッドですから使って行きたいと思いますが。
回答:日本人なら誰でも良いと言う訳ではないですが。

文責:浜田英外

講演資料:日本の品質管理と取り組んだ課題
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2022年03月24日

EVFセミナー報告:「コロナ禍の英国事情」〜Brexitの動向、政治、経済、社会、スポーツの現状〜

演題:「コロナ禍の英国事情」〜Brexitの動向、政治、経済、社会、スポーツの現状〜 
講師:伊藤庸夫様

Web視聴開始日:2022年3月24日
講師略歴:
・サッカーの名門浦和高校卒業、当時関西サッカーの三強であった京都大学に進学、法学部にて国際法を習得。
・1966年 三菱重工業入社。社長室企画部、社長室開発部、化学プラント部、社長室海外部を歴任。同社サッカー部(日本リーグ)に所属。1980年 同社ロンドン事務所。日本サッカー協会(JFA)国際委員。1985年 東芝 International UK。1989年 TMITO Ltd.UK M.Dとして、ロンドンにてプラントコンサルタント・スポーツマネジメント事業を開始。・サッカー界においては、JFA国際委員(欧州代表)、Jリーグ発足準備委員会員、Jリーグサンフレッチェ広島海外担当強化部長・W杯用スタジアム設計建設コンペ審査員(1994年)、京都大学蹴球部 Technical Adviserdviser(2004年)、JFLチーム SAGAWA SHIGA FCのGM・JFL評議員議長(2007年)、JFAマッチコミッショナー(2010年)を歴任。新聞・雑誌記者として、各国サッカーリーグ・W杯・EURO杯や、ラグビーW杯、ウインブルドンテニス等を取材。テレビ東京・日テレ・NHK等に解説者として出演。
・英国のBath Univ、Essex Univ、London City Univ非常勤講師。筑波大学大学院 英国のスポーツと文化 非常勤講師(2003年)、びわこ成蹊スポーツ大学 スポーツマネジメント教授、淑徳大学 非常勤講師(2004年)
・東京生まれ(本籍滋賀県)で、ロンドンには1980年から延べ40年在住。訪問国は86か国にのぼる。

講演概要:
「コロナ禍の英国事情」Brexitの動向、政治、経済、社会、スポーツの現状」について伊藤庸夫様にご講演を頂きました。まず「英国の概要」に始まり、英国の一般的な国情に触れ、議会制度、国民性、教育制度、そして移民政策の外郭的な説明がありました。日本の制度とは表面的に似てはいますが本質的には全く異なることを強調しておられました。
そして演題のBrexitについてはすでに過去形となっていると指摘しておられましたが5年半にわたる議会での批准経過説明とその趣旨の解析を行い、今後の課題として以下の点につき解説いただきました。
1.北アイルランドとアイルランドの国境問題、輸出入手続き等がまだ不透明であること
2.移民難民制限を主としていた点も逆に労働者不足を招く結果であること
3.EU以外の諸外国との貿易協定の経過等

その後2020年3月から世界パンデミックになったコロナ対策について英国政府の対応、そして英国医療制度についての解説をして頂きました。特に保健省NHSと政府の働きによって、治療、ワクチン接種促進、一般国民への隔離対策(Lockdown)、罰金制度、そして休業補償制度が適時的確に行われ今年2月には全面解除した点を強調されました。
感染者数、死者数とも日本より多いが、制度設定には官民一体となった趣旨徹底がなされ、取り敢えずは収束化させたことを強調しておられました。
そして現在の問題点となっているのがウクライナ紛争ですが、この点については経済面で石油ガス価格の高騰が起こりインフレ傾向にあり国民生活を圧迫しつつある点を強調されました。
講師はスポーツ特にフットボールの専門家として活躍されており、この点にも見識を展開して頂くようにと思っておりましたが時間も少なく触れられなかったのは残念でした。
英国は往年のゆりかごから墓場の政策モットーはまだ残っており、教育、医療、老齢層の交通は無料の政策を続けており、それが因でBrexitにも拘らず難民、違法移民が移入している現実があることにも触れておられました。
小栗武治

講演資料:コロナ禍の英国事情
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2022年03月15日

EVFセミナー報告:COP26を踏まえた日本のエネルギー政策の課題

演題:COP26を踏まえた日本のエネルギー政策の課題
講師:高村ゆかり様

東京大学未来ビジョン研究センター教授、環境省中央環境審議会会長
Web視聴開始日:2022年2月24日
聴講者数:60名

講師紹介
・1989年3月 - 京都大学法学部卒業
・1992年3月 - 一橋大学大学院法学研究科修士課程修了
・1993年 - 1995年 パリ第2大学第三(大学院)課程及び国際高等問題研究所留学
・2000年 - 2001年 ロンドン大学客員研究員
・2006年4月 - 龍谷大学法学部教授
・2011年4月 - 名古屋大学大学院環境学研究科教授
・2018年10月 - 東京大学国際高等研究所サステイナビリティ学連携研究機構教授
・2019年4月 - 東京大学未来ビジョン研究センター教授
・2020年10月 - 第25期日本学術会議副会長
・2021年2月 - 環境省中央環境審議会会長

講演概要:
20世紀後半から世界規模での顕著な気候変動が生じている。IPCC第6次評価報告書(2021年8月)で、人間活動が大気、海洋、陸域の温暖化を引き起こしていることに疑いはない(unequivocal)と報告され、この数十年で(in the coming decades)温室効果ガスの大幅な排出削減がなければ、今世紀中に1.5℃、2℃を超える気温上昇となることが指摘された。
1994年以降、国連を中心とした世界における温暖化交渉が展開されてきた。COP26(グラスゴー会議2021年11月)で、2021年8月のIPCC第6次評価報告書を受け、世界の平均気温上昇を産業革命以前から1.5℃程度に抑えるにとする目標が表舞台にあがった。この会議で「石炭火力の削減」、「化石燃料補助金の廃止」という文言が初めてCOPの合意文書に入った。
これを受け世界各国がそれぞれカーボンニュートラル達成に向けて、技術、経済等の多方面から複合的政策を打ち出してきている。
講演では幅広いデータに基づきカーボンニュートラルへの世界の取り組みと展望について、お話をいただき、さらに わが国としてはこの世界的な大きな潮流を産業構造の大改革の好機ととらえ、官民挙げて新たな産業社会の構築に向けて取り組むべきと示唆された。


講演内容:

1.世界規模での顕著な気候変動
気候変動に伴い世界的に自然災害が増加。日本だけを見ても、2018,19年の台風・豪雨被害の経済損失額は5兆円を超える。世界的に保険金の支払額が急激に増加した。世界の気象関連経済損失額推移を見ても、2021年は3290億米ドル(約36兆円:史上3番目の経済損失額)に達している。

2.IPCC報告
IPCCの第5次評価報告書(2014年)で、「人間の影響が20世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的な(dominant)要因であった可能性が極めて高い(95%以上)、 気候変動を抑制するには、温室効果ガス排出量の抜本的かつ持続的な削減が必要である」と明言された。そして、IPCC第6次評価報告書(2021年8月)では、人間活動が大気、海洋、陸域の温暖化を引き起こしていることに疑いはない(unequivocal)と報告され、この数十年で(in the coming decades)温室効果ガスの大幅な排出削減がなければ、今世紀中に1.5℃、2℃を超える気温上昇となることが指摘された。

3.世界における温暖化交渉の展開
1992年 地球サミット(リオサミット):国連気候変動枠組条約採択(1994年発効)を嚆矢とし、現在に至るまで地球温暖化抑制の世界的な交渉の場としてCOPが毎年開催されてきた。
IPCCの第5次報告を受けた形で、2020年以降の地球温暖化対策の国際的な枠組みとして、COP21(2015年)でパリ協定が採択され、「世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して、2℃より充分低く抑え、1.5℃に抑える努力を追求すること」が掲げられた。2022年1月31日時点でパリ協定は 192カ国+EUが批准し、これは世界の排出量の約98.6%を占める。
引き続いてCOP26(グラスゴー会議2021年11月)で、2021年8月のIPCC第6次評価報告書を受け、「世界目標:1.5℃」が表舞台にあがった。この会議で「石炭火力の削減」、「化石燃料補助金の廃止」という文言が初めてCOPの合意文書に入った。
COP26では、また、世界各国が、自国の事情を反映させたそれぞれ以下のような目標達成時期を発表した。
• バイデン新政権誕生により米国もこれに加わる。G7先進主要国すべてが目標を共有
• 中国も遅くとも2060年までにカーボンニュートラルを実現(2020年9月)
• ブラジル、韓国、ベトナムなどが2050年までに、ロシア、サウジアラビアなどが2060年までに、インドは2070年までに排出実質ゼロ
の2050年カーボンニュートラル)
• 日本は、2050年に、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す(目標表明2020年10月26日)
• 現在までに、140カ国以上+EUがカーボンニュートラル(温室効果ガス/CO2排出実質ゼロ)を表明。

このように、世界各国において「カーボンニュートラル」、「ネットゼロ」を目指すことが表明された。が、この課題の目標達成には相当の困難を超えなければならない。今すぐやるべきことを明確にして行動に移さないと、1,5℃は単なるスローガンに終わってしまう。
これからの気温上昇の程度で、異常気象の発生頻度や強度が表−1に示すように変わる。

Table1.gif

現在までに各国がパリ協定の下で提出している目標だけでは1.5℃に気温上昇を抑制できない。IPCCの第6次報告書によれば、将来の影響リスクを低減させるには、2030年には世界のCO2排出量が減少し始めることが求められている。
IPCCはこれからの世界の炭酸ガス排出量の5つのシナリオに基づいた「炭酸ガス排出量と気温上昇の関係」について報告している(図−1参照)。これによると、すべての誓約+目標が達成されないと世界の気温上昇を1.5℃(以下)に押さえることが難しくなる。

fig1.jpg


4.再生可能エネルギーの現状
2018年の世界の最終エネルギー消費(熱、交通・輸送、電力)に占める再生可能エネルギーの比率を表−2に示す。

Table2.gif

熱と輸送燃料への再エネへの転換はまだ比率が低く、今後の課題である。輸送燃料の中では、特に航空機燃料への再エネの転換が今後の課題となる。

5.世界が目指すカーボンニュートラル達成方法
5−1.技術: 再生可能エネルギーの確立と導入普及
・ エネルギーの脱炭素化/COP26で初めて「石炭火力の削減」「化石燃料補助金の廃止」という文言がCOPの合意文書に入った。

5−2.経済: 欧米では、日本に比して、金融界のカーボンニュートラルに向けての動きが素早い。以下に最近の動向を例示する
・ Net-Zero Asset Owner Alliance(2019年9月立ち上げ)– 国連主導のアライアンス。2050年までにGHG排出量ネット・ゼロのポートフォリオへの移行をめざす– 66の機関投資家が参加、運用資産総額10兆米ドル
・ Net Zero Asset Managers Initiative(2020年12月立ち上げ)– 2050年GHG排出量ネット・ゼロに向けた投資を支援– 220の資産運用会社が参加、資産総額57.4兆ドル、世界の管理資産の60%近くを占める
・ Net-Zero Banking Alliance(2021年4月立ち上げ)– 98の銀行が参加、資産総額66兆米ドル、世界の銀行資産の43%を占める– 2050年までにポートフォリオをネット・ゼロにし、科学的根拠に基づいた2030年目標を設定
・エネルギー転換投資は、2021年、初めて7550億米ドル(83兆円)を超えた。2015年の2倍超。2004年の20倍超。再エネ投資は、2014年以降、年投資額は約3000億米ドル(33兆円)で推移している。交通・輸送の電化への投資がここ数年急激に増えて降り、2021年度には約2800億米ドルに達している。

5−3.政策;世界的に、政府のリーダーシップ、政策と実施の『総合化』が強く求められている。
・ EU:2019年12月に持続可能な社会への変革(transformation)の戦略、成長の戦略として「European Green Deal」を発表。炭素国境調整メカニズム(CBAM)の議論
・ 英国;2021年、G7議長国、COP26議長国。気候変動法(2019年6月改正)で、2050年排出実質ゼロを規定。2030年の排出削減目標(NDC)として1990年比53%削減から68%削減へと引き上げ。2035年目標を1990年比78%に。一部の上場企業に対して、TCFDにそったComply or Explainでの情報開示を2020年までに義務づけ。
・ 米国;2021年1月20日、パリ協定を再締結(30日後の2021年2月に効力発生)。2030年目標として、2005年比50-52%。 バイデン新政権の気候変動対策:遅くとも2050年までに排出実質ゼロ。2035年電力脱炭素化、グリーンエネルギー等へのインフラ投資に4年間で2兆ドル投資する計画
・中国;遅くとも2060年までにカーボンニュートラル。GDP単位当たりのCO2排出量を2030年までに05年比65%超削減。一次エネルギー消費に占める非化石燃料の割合も約25%に増やす。再生可能エネルギーの設備容量は世界一。水素・燃料電池産業も戦略的に育成。石炭火力を2020年までに1100GW未満にする(2016年13次五カ年計画)。14次五カ年計画は2021年発表予定。2030年ピークアウト計画作成中。
・日本;2050年カーボンニュートラル宣言(2020年10月。グリーン成長戦略(2020年12月)、グリーン成長戦略改定+実行計画(2021年6月)。2030年温暖化目標(2013年度比46%削減、50%削減の高みをめざす)の表明82021年4月)。 改正地球温暖化対策推進法成立(2021年5月)。 地域脱炭素ロードマップ(2021年6月)。 国土交通グリーンチャレンジ(2021年7月)。 第6次エネルギー基本計画(2021年10月)。地球温暖化対策計画(2021年10月。 脱炭素社会に向けた住宅・建築物における 省エネ対策等のあり方・進め方案(2021年8月。カーボンプライシング小委員会(環境省)、世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会(経産省)

6.日本が2030年・2035年にめざす目標と課題
• 2030年に電源構成の36-38%を再生可能エネルギーに。発電量で見ると、3,360~3,530億kWhを目指す。
• 2030 年までに1,000 万kW、2040 年までに浮体式も含 む3,000 万kW〜4,500 万kW の洋上風力の案件を形成
• 2030年に、新築される住宅・建築物についてはZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)。
• ZEB基準の水準の省エネ性能が確保されているととも に、新築戸建住宅の6割において太陽光発電設備が 導入 • 2030年に少なくとも100の脱炭素先行地域
• 2035 年までに、乗用車新車販売で電動車*100%を実現 (*電気自動車、燃料電池自動車、プラグインハイブリッド自動車、ハ イブリッド自動車)
•エネルギー起源のCO2排出量(単位:百万d-CO2)で見ると、2013年度で1,235を2030年度で677(2013年度比で▲45%)
• 2030年までの再エネの最大限導入と、2030年を超えてさらなる導入を実現するための仕込みを実現するための課題
– Feed-in Premium(FIP)など買取制度の適切な運用
– コスト低減(グリーン水素などのコスト低減にも資する)
– 再エネ最大限導入を可能にする土地利用、社会的受容性等の諸条件整備促進

7.世界的に見た電源ミックスの変化
世界的に過去約50年のトレンドを変える非化石電源(再エネ)への転換が起きている。再エネは2050年に69%に拡大。化石燃料は24%まで低減している。
2014年は化石燃料の発電所が一番安い国が多かったが、2020年前半には世界人口の少なくとも2/3を占める国にとっては,太陽光と風力が最も安い。これらの国は、世界のGDPの71%、エネルギー生産の85%を占める。日本では、まだまだ石炭火力の比率が高い。

8.発電コストの低減推移
日本の太陽光の発電コストは2010年から2019年の10年で63%低減(国際再生可能エネルギー機関、2020年)している。日本と世界の発電コスト低減の推移を図−2に示すが、日本のコストも低減するが、残念ながら高めで推移する。この原因は、固定価格買い取り制度(FIT)、機材費、人件費等々が世界標準から見て高値であることによる。

fig2.jpg

9.電力分野変革のイノベーション
再生可能エネルギーの発展に伴い、Decarbonization, Decentralization and Digitalization がセクターを超えたダイナミックな技術革新(イノベーション)の進行がもたらされる可能性が出てくる。
再生可能エネルギーの余剰電力を使って水素を作り、これを化学産業の熱源、あるいは交通・運輸部門の燃料とすることで、電力と他の産業分野と連携することが出来(セクターカップリング)、社会全体の脱炭素化、社会インフラの改革も可能となる。

10.日本企業のカーボンニュートラルへの取り組み
10−1.パリ協定の長期目標と整合的な目標(SBT)を掲げる日本企業
SBT(Science Based Targets:パリ協定(世界の気温上昇を産業革命前より2℃を十分に下回る水準(Well Below 2℃)に抑え、また1.5℃に抑えることを目指すもの)が求める水準と整合した、5年〜15年先を目標年として企業が設定する、温室効果ガス排出削減目標)の認定を受けた企業数、大企業のみならず中小企業も含めて155社、
10−2.RE100への参加企業
RE100(「Renewable Energy 100%」の略称で、事業活動で消費するエネルギーを100%再生可能エネルギーで調達することを目標とする国際的イニシアチブ)に加盟する企業数が64社を超えるなど、多くの民間企業がカーボンニュートラルへの積極的にかかわる意志を示している。
10−3.日本企業の2050年カーボンニュートラル目標・戦略
• 花王グループ、住友化学、東京ガスグループ、JER、大阪ガス、ENEOS、出光興産、JR東日本、JALグループやANAホールディングス等々の多くの企業が、再生可能エネルギーや水素を取り入れ、それぞれの企業(関連企業も含め)の原料調達、製品製造、各種オペレーション等から発生するCO2排出量削減(2030年)、排出実質ゼロ(2050年)を目指すことを宣言している。

11.Scope3排出量のネットゼロ(Scope3自社排出CO2以外の,原材料、調達、廃棄等々の段階から出るCO2排出量)への取り組み例
11−1.MicrosoftのClimate Moonshot (2020年1月)
• Carbon negative by 2030 (2030年 までに炭素排出マイナス)
• Remove our historical carbon emission by 2050 (2050年までに、 1975年の創業以来排出したすべ ての炭素を環境中から取り除く)
• $1 billion climate innovation fund (10億米ドルの気候イノベーション 基金)
• Scope 3 の排出量(サプライチェー ン、バリューチェーンからの排出 量)削減に焦点 – 2030年までにScope 3の排出量を半 分以下に削減 – サプライヤーにscope 1、2(自社事 業からの排出量)だけでなくscope 3 の排出量を提示を求め、それを基 に取引先を決定 61
11−2.Appleの2030年目標 (2020年7月)
• 2030年までに、そのすべての事業、製品のサ プライチェーン、製品のライフサイクルからの 排出量を正味ゼロにする目標と計画を発表
• すでに自社使用の電気はすべて再エネ100% を達成。2021年10月時点で、日本企業を含む 175のサプライヤーがApple製品製造を100% 再エネで行うことを約束
• 2020年目標:サプライヤーで、新規で4GWの クリーンエネルギーを増やす。すでに9GWの新規導入/導入誓約
• 日本企業(20社以上)による2030年再エネ100%の誓約:
11−3.日本においても、日立製作所、三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグルー プ(SMBCグループ)、等多くの企業がScope3排出量のネットゼロを宣言している。

12.日本の課題
12−1.エネルギーの脱炭素化のために
• 日本の温室効果ガス排出量の約85%がエネルギー起源のCO2
• エネルギー需要家から脱炭素意向が強くなっている。また、今の技術の最大限活用して最大限の脱炭素を行うことが金融から求められている。
•「再エネの最大限導入」+非電力分野の「電化」、そのための施策の加速
•「電化」が困難な非電力分野の対策
• 炭素の価値、コストをうまくプライシングしていかないと、石炭は残ってしまうかも知れない・・
• 将来のエネルギービジョン、移行の戦略、検証と見直し、省庁をこえて総力で積み上げる
• 脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会
• いかにエネルギー転換を促すか。他の電源との相対的競争性。社会的コストの統合と電源間の公正な競争• 地域主導の、地域共生型の再エネ導入、土地規制と社会的受容性
• これらを実施、現実のものにする政府内の横断的連携
• 原子力の位置づけ

12−2.電力分野での脱炭素化加速のための課題
• 系統の整備と運用(いかに自然変動電源を効率的に系統に統合するか)
• 直流送電といった新たな選択肢
• 伸ばしたい電源には意欲的で明確な国の目標を、明確な目標が投資とイノベーションをもたらす
• 洋上風力目標(2040年4500万kW)のインパクト
• コストの低減もちろん、系統、市場をはじめ既存の制度、ルールをあらためて見直し、再エネ主力電源化を可能にする電力システムの構築と、予見可能な魅力的な市場環境整備
• エネルギー貯蔵(揚水、蓄電池、蓄エネ技術、等々)
• 電力供給量を確保しつつ火力を如何に減らすか。火力政策、特に石炭火力の削減・廃止にむけた対策
• 石炭の抵抗力を減らすには、政策と実施の総合化が必要


質疑応答

Q1:液体バオ燃料として現在はパーム油だけがFITの中で認められているが、それ以外の液体バイオマスが認可される可能性は?
A1:現在の問題点は、食料との競合性等からの持続可能性に懸念が持たれており、パーム油以外のバイオマスについては、専門委員会で検討中であり、22年度中には結論が出るのでは。液体バイオ燃料は、買い取り制度の枠の外で航空燃料として注目されてきている。

Q2:日本の太陽光発電コストは低減傾向にあるが、世界と比べると倍近くコスト高であるが、初期のFITによる買い取り価格が高かった影響が未だに続いているのでは?
A2:FITでは太陽光は42円から始まったが、当時これが適切であったかどうかはわからなかったと思う。それ以外に、日本の太陽光発電に関しては、設置工事費、土地造成費、送電線へのアクセス等々がコストを押し上げている。工事費も含めて改善が必要。

Q3:日本で地熱が伸びないのは、温泉法や自然公園法等の法的規制が足をひっぱているためで、法規制緩和と、地産地消の考えが必要ではないか。
A3:同感である。各官庁の調整が重要。洋上風力では、政府が立地地域を設定・準備し、民間事業者は決められた地域内での建設行為からスタートできる。このモデルを地熱でも適用してはどうかと考える。講演の中でも述べたが、地熱に関しては、2030年に向けて地熱発電量として1.5GW(0.5GWの積み増し)が計画されている。

Q4:先月、EVFセミナーで「営農ソーラーシェアリング」の話の中で太陽光発電設備設置に対して農地法がネックになっていると聞いたが、如何なものか?
A4:最近「営農方ソーラーシェアリグ」の例も増えているが、そういうことが起こる可能性もある。今後、農業委員会の農地使用認可の時期とFIT認定時期との整合性(マッチング)も重要になる。日本の農地利用の仕組みを見直すことも必要。

Q5:日本の発電コストは高いとのお話があったが、日本の賃金は上がっていないのに、工事費等が何故高くなる?
A5:日本の土木建築工事の下請け制度もコストアップ要因の一つ。ドイツ等では工程管理手法によりコスト削減の改善が進んでいる。

文責:橋本 升
 
講演資料:COP26をふまえた日本のエネルギー政策の課題
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2022年01月24日

EVFセミナー報告:福島県二本松市におけるソーラーシェアリングと小型EVバギー導入レビュー

演題「福島県二本松市におけるソーラーシェアリングと小型EVバギー導入レビュー」
講師:近藤 恵様

合同会社 AgroKraft 代表社員
Web視聴開始日:2022年1月24日
聴講者数:48名

講師紹介

・株式会社 Sunshine(農業法人)、二本松営農ソーラー 株式会社(4MW営農型発電事業)、二本松ご当地をみんなで考える 株式会社(仮称「二本松電力」の準備会社)、各社の代表取締役。
・1979年 東京都生まれ。筑波大学、千葉県成田市、福島県二本松市、それぞれの地で有機農業の先達に師事。
・2006年より二本松市で専業有機農業経営。3.11原発事故に被災し農業を一時廃業。
・市民電力の立ち上げを支援しつつ、2021年よりソーラーシェアリングで営農法人として兼業農業復帰。


講演概要

震災時に食料には困らなかったが、エネルギーが全くなく、トラクターを1cmも動かせなかった。
その経験から水、食料だけでなくエネルギーを含めた自給自立が必要と考えた。エネルギーを作り出す方法として、ごみ発電、バイオマス発電など考えたが事業化が難しい。ソーラーパネルに対しても最初は抵抗があったが、農作業ができる高さと空間があれば農業とソーラー発電の両立ができると考えた。農作物に対する日照は6〜7割で十分であり、それ以上の日照は返ってよくないこともある。したがって農作業ができる空間の上にパネルを遮蔽率3割ぐらいの間隔でパネルを置いた営農型発電という形とした。2018年から始め面積も広げて2021年には畑でシャインマスカットや荏胡麻を栽培するようになった。これにより安定収入がある程度得られる。しかし耕作放棄地といえども農地にソーラーパネルを置くことに対する規制などが多くあり、これを役所に対して説明して認めてもらうために、ずいぶん時間を費した。ドイツでは垂直式のソーラーパネルが普及し始めており、これは午前と午後に発電ピークを迎えるために、社会の電力需要とマッチしており、またアニマルフェンスにもなり、普及が見込めるので検討しているが、日本には台風があるので、固定強度を大幅に上げる必要がある。 

Q & A

Q1:電力の買い取り価格がどんどん下がってきているが? 一方導入コストも下がってきているから、元は取れるという事か?
A1:2018年当時は27円/Kwhであったものが、現在19円まで落ちてきているが、スタート当初の価格が維持される仕組みのため、既存業者は大きな問題がないが、新規の参入は不利・困難になる。また大企業は巨大な設備を投入できるので、有利なシステムのように思う。

Q2:農地法の壁が高いと思うが? 耕作放棄地などを活用するのになぜ政府が認めようとしなかったのか、政府の考え方はいかに?
A2:一時、河野太郎の規制改革タスクフォースで論議された。中には農業といいつつも発電オンリーの所もある。 福島県は全国2番目に耕作放棄地が多くあるが、地方の農業委員会は認めたがらないが、利害調整をしなければならない。政治はやると決めた場合には必ずやると思う。営農型発電の建設ガイドラインができたが、「やってますよ」というなんとなくアリバイ作りのようなもので、本当にやる気ならば、韓国のように数値目標を作らなければだめだと思う。 

Q3:認可期間は自動更新となるのか、それとも再更新が必要か?
A3:3年と10年があるが、自動更新は認めてもらえない。壁の一つに金融機関があるが、この自動更新とはならないことが怖いため、お金を貸してもらえない。
 
Q4:農地法が障害となるというが、営農型発電は耕地面積を減らさないのに何故か? 
A4:農地法の本来の目的は、農業生産を守るためにあったものが、だんだん形骸化してきている。「農地法を守って農民守らず」と揶揄されるが、面積の広さに応じて管轄が、市、県、国と管轄が分かれており、末節な論議になってしまっている。悪用するような団体もないとは言わないが、全体からするとわずかなものと思う。どんな法律も抜け道を探す人はいる。

Q5:遮蔽率を下げて、空間を開けてパネルを置いているが、この発想はどこから?
A5:日本では2003年に千葉県で長島彬先生が始めたのが始まりだが、ドイツでは1981年に土地の有効活用として、このような立体的なものを始めた。

Q6:両面を使うということが良いアイデアだと思うが、垂直型のパネルの台風対策はどのようなものか?  
A6:現在、支柱を深く、太くするなど対策を進めており、最終段階にきている。最初のケースだから、失敗すると後続への影響が大きく大変なことになる。 

Q7:送電線の空き容量がないという事だったが、電力は地域の電力小売業者に売るので、送電線容量は問題ないのでは? 
A7:送電線の空き容量と電力の売却先は別の問題である。太陽光発電の予約量が一時期大量に出てきたので、ストップしてしまった。最大の発電を想定した安全率を取り過ぎのシステムを作ったのだが、その後それほど大量に太陽光発電しなかったので、送電線の容量は今ガラガラであり、問題はないはずである。 
売電先の問題は、一旦東北電力ネットワークに売り、そこから卸で個別配給会社を通して家庭に配給されるが、そこに制限がかかることはないが、売電価格があまりにも安くなってしまったので、直接売りたいという人が出てきた。 この場合には売電量の制限がかかるし、実際にそういうケースが出始めている。

文責:八谷道紀

講演資料:福島県二本松市におけるソーラーシェアリングと小型EVバギー導入レビュー
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2021年12月23日

EVFセミナー報告:COP26が示した国際潮流を読む

演題:「COP26が示した国際潮流を読む」 〜脱炭素の『実施』が求められる時代へ〜
講師:山岸 尚之様

WWFジャパン(公益財団法人 世界保護基金ジャパン) 気候エネルギー・海洋水産室長
Web視聴開始日:2021年12月23日
聴講者数:42名

講師紹介

・1997年に立命館大学国際関係学部に入学。同年にCOP3(国連気候変動枠組条約第3回締約国会議)が京都で開催されたことがきっかけで、気候変動問題をめぐる国際政治に関心をもつようになる。
・2001年に同大学を卒業後、9月より米ボストン大学大学院にて、国際関係論・環境政策の修士プログラムに入学。2003年に同修士号を取得。
・卒業後、WWFジャパンの気候変動担当オフィサーとして、政策提言・キャンペーン活動に携わる他、国連気候変動会議に毎年参加し、国際的な提言活動を担当。
・2020年より気候エネルギー・海洋水産室長(現職)。

講演概要

今回のCOP26で低炭素社会からエネルギーの大転換・脱炭素社会の「実施」が求められる時代になってきた。
2021年10月31日から英北部グラスゴーで開催されたCOP26(第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議)は、会期を1日延長し11月13日に、成果文書「グラスゴー気候合意」を採択して閉幕した。
焦点の一つだった石炭火力発電の利用については、当初の文書案の「段階的廃止」から中印など新興国の反発により、「段階的な削減」へ表現を弱めた。しかし、産業革命前からの気温上昇について1.5℃以内に抑える努力を追求する決意が、特に強調される形で明記された。
この話題になった「COP26」の現場の雰囲気や生の声、COP26での成果、合意を目指したパリ協定についての解説、世界的に強まってきた「脱炭素」路線について、今後の日本の課題、COP26以降のビジネス潮流などについて講演をいただいた。
最後に、脱炭素は何のために実施するかについて示唆に富むお話があった。

1. 話題になった「COP26」とは

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1.1 26回目の「締約国会議」 
1)開催期間と場所
・開催期間 2021年10月31日から11月13日
・開催場所 イギリス(スコットランド)・グラスゴー
2)約190カ国が参加
・コロナ禍での強行開催であったが、約4万人の参加者でパリ協定が選択されたcop21での約3万人強を超える過去最多の参加者であった。
・参加者は毎朝、ラテラルフローテスト(高速、低コストの新型コロナ検査)でテストを行い、ウエブサイト上で結果を報告してから会議場へ入場した。
・会期始まりの2日間、約120カ国の首脳が参加したワールドリーターズ・サミットが開催された。日本からは衆議員選挙直後であったが岸田首相、アメリカからはバイデン大統領が参加した。
・オンライとのハイブリッドで進行され、会場に直接いたとしても、実際の交渉が行われている会議室へのアクセスは限定的であった。
また、オンラインのプラットフォームを通じて傍聴する機会も多かった。このため、透明性がないとのかなりの混乱があった。「最も排他的なCOPダ!」という批判も一部にあった。
3)パリ協定の下で、温暖化(気候変動)対策の国際協力を話し合う
・最終日近辺は真夜中まで交渉は続けられていた。
COPが延期するのはいつものことであるが、会期を延長して決着した。
4)COP26の主な成果
(1)世界の平均気温上昇を1.5℃に抑える
・パリ協定での気温上昇に関する世界全体の目標である2℃未満から、1.5℃を目標として公式文書に明記された。
一年後までに、2030年度目標を再度見直すということに関しては、各国に対して必要に応じてという文言が入った。
・温暖化の最大要因として石炭火力削減方針が初めてCOP決定に明記された。
石炭火力の減少、化石燃料補助金廃止への言及などに加え、パリ協定の詳細なルールブック(実施指針)がすべて合意されてパリ協定が完成した。
(2)市場メカニズムに関するルールの完成
・他国での削減をクレジットとして購入し、自国での削減として使える仕組み。
・日本が実施しているJCM(2国間クレジット制度)のような「2国間型」と「国連主導型」の2種類がある。実際の運用化にはまだ少し時間はかかる。
・各国の排出量や取り組み状況を報告する仕組みの完成。
(3)透明性の枠組み
・全締約国に共通の項目・表で排出量の報告を行うこと、また比較可能な表形式で自国が決定する貢献(NDC)達成に向けた取り組みを行うことが決定された。
(4)NDC実施の共通の時間
・全締約国に対して、2025年に2035年目標、2030年に2040年目標を通報することを奨励する決定が採択された。
(5)損失と被害に関する「対話」の合意
・気候変動に伴う被害が、適応対策で対応できる範囲を超えて発生した場合の救済を行うための仕組みについて、話し合いを継続していくことが合意された。
(6)適応では
・気候変動の影響に適応する世界全体の議題を設定して、目標の議論を深める今後2年間の作業計画を開始することが決まった。
(7)気候資金の議論では
・1.5℃を目指すとなると途上国も排出量を減らしていかなくてはならない。そのためには先進国からの十分な支援が必要となる。
先進国やその他の国は、2020年に向けて、気候資金「1000億ドル」達成のため、さらなる努力を続けることになった。
また、2025年以降の資金数値目標に対する議論を開始し、本件に関する協議体を立ち上げ2022年から2024年にかけて議論することになった。

2. パリ協定について

2.1 パリ協定とは ?
・京都議定書の跡を継ぐ,2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組み
・気候変動(地球温暖化)に対して、従来の先進国・途上国という枠を超えて、どのように国際協力して対応するかを決めた国際条約

2.2 パリ協定の中身
(1)全体としての目的は
地球の平均気温の上昇(温暖化)を、産業革命前と比較して、2℃より充分低く、できれば1.5℃に抑えること。
(2)長期目標として
今世紀後半に、世界全体の温室効果ガス排出量を、生態系が吸収できる範囲に収めるという目標が掲げられた。これは、人間活動による温室効果ガスの排出量を実質ゼロにしていく目標である。
(3)年ごとの見直し
各国はすでに国連に提出している2025年/2030年に向けての排出削減量を含め、2020年以降、5年ごとの目標を見直し、提出していくことになったこと。
(4)より高い目標の設定 
5年ごとの目標の提出の際には、原則として、各国は、それまでの目標よりも高い目標を掲げること。
(6)資金支援
支援を必要とする国への資金支援については、先進国が原則的に先導しつつも、途上国も
他の途上国に対して自主的に行っていくこと。
(7)損失と被害への救済
気候変動の影響に、適応しきれずに実際、損失と被害が発生してしまった国々への救済を行うための国際的仕組みを整えていくこと。
(8)検証の仕組み
各国の削減目標に向けた取り組み、また、他国への支援について、定期的に計測・報告し、かつ国際的な検証をしていくための仕組みがつくられたこと。
これは、実質的に各国の排出削減の取り組みの遵守を促す仕掛けになる。

2.3 パリ協定後の流れ
・2016年 パリ協定の発効
・2017年 ルールブック策定に向けた交渉
・2018年 パリ協定の「実施指針(ルールブック)」策定
・2020年 パリ協定の実施へ
・世界全体と国別の2つのレベルで強化が検討されることになる。
・ほとんどの国は2030年目標を持っている。(一部2025年目標)

3. 世界的に強まってきた「脱炭素」路線

・2018年10月 IPCC1.5℃特別報告書
5℃目標の達成のためには、2050年ゼロを目指すことが必要であるとの知見
・2019年12月 欧州グリーンディール発表
EUの既存2030年目標(90年比40%削減)を引き上げるなどを含むパッケージ提案
・2019年12月 欧州連合理事会が2050年カーボン・ニュートラルに合意
・EUの政策決定機関である欧州連合理事会が、カーボン・ニュートラルについて合意
・2020年9月 中国が2060年までにカーボン・ニュートラルを発表
国連総会の一般討論におけるビデオ演説で、習近平首席が「我々はCO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにカーボン・ニュートラルを目指す」と宣言
・2020年10月 日本・菅首相が2050年までにカーボン・ニュートラルを宣言
所信表明演説において「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち二〇五〇年カーボン・ニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言」
・2021年1月 アメリカが2050年ネットゼロ方針
大統領令の中で、ネットゼロ排出量を、経済全体で遅くとも2050年までに達成する方向に、アメリカを向かわせることを打ちだした。
・2021年2月 アメリカがパリ協定に復帰した。2016年の離脱方針から転換

4.日本の課題

4.1 2030年目標の改定
(1)日本は従来の目標26%削減を2030年46%削減(さらに50%の高みを目指す)
・。2050年ゼロを実現するためには、今後9年の行動が最も重要となる。
(2)菅前首相の所信表明演説では
・積極的に温暖化対策を行うことが、経済成長の制約ではなく、産業構造や経済社会の変革をたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要である。鍵となるのは、次世代太陽電池、カーボンリサイクルをはじめとした、革新的なイノベーションである。
・省エネルギーを徹底し、再生可能エネルギーを最大限導入するとともに、安全最優先で原子力政策を進めることで、安定的なエネルギー供給を確立する。長年続けてきた石炭火力発電に政策を抜本的に転換する。
(3)日本は、目標は良くなってきたが、実施に課題
・排出量削減の「目標」については、「ほぼ十分」な水準まで評価があがってきているが、「政策」については、石炭火力の継続的活用など以前として「不十分」なまま。

4.2 2030年に向けた日本のエネルギー基本計画
(1)エネルギー需要
2013→2030 経済成長1.4%/年 人口0.6%減 旅客輸送量2%減を前提として
・2013年 363百万kl 内訳 電力91百万kl 熱燃料等272百万kl
・2030年 280百万kl 内訳 電力78百万kl 熱燃料等202百万kl
・省エネの野心的な深堀りで62百万kl程度削減すると計画している。
(2)一次エネルギー供給
2015年策定の2030年数値と今年度改定の2030年主な数値を比較
・2015年策定の2030年数値 480百万kのうち 再エネ・原子力の自給119百万kl
・今年度改定の2030年数値 430百万klのうち 再エネ・原子力の自給129百万kl
・なお水素・アンモニアは全体の1%弱の4百万kl程度である。
・石炭は122百万klから82百万klと約30%程度削減した数値を計上している。
(3)各電源を電力システムに受け入れる場合
・天候・時間帯による太陽光・風力の発電量変動等を吸収する際は、原則、LNG→石炭→揚水→太陽光・風力の順に出力調整することになる。
・石炭火力について、2030年の新設は高効率を想定しているため、他の効率の悪い石炭を停止する断面が増え、高効率の追加分は高い設備利用率で動かすことになる。・
・一方、調整力が高くない石炭の追加で、瞬発力が高いが費用も高いLNG火力を大きく伸び縮みさせて調整局面が増える。

5. COP26以降のビジネス潮流 

5.1 企業の動き
(1)企業の気候変動対策の大きな2つの流れとしてバリューチェーン全体での削減と長期ではゼロを目指す。
(2)主要10カ国における企業目標のタイムフレーム別の数は日本企業の数も多いが、新興国・途上国企業も多くなってきいている。
(3)代表的な企業の事例
・2010年にソニーは2050年までに環境負荷ゼロを目指すビジョンを発表している。
・2019年にマイクロソフトは2030までにはカーボンネガティブを目指すことを宣言した。
・石油大手BPが、2050年までにネットゼロ企業になるという戦略を発表した。
(4)ネットゼロを目指す企業
・10年以上前から存在するが、過去2〜3年で劇的に増えている。
・世界の企業の中で、ネットゼロを掲げる企業が2019年から2020年に2倍になっている。
(5) 企業に求められる「1.5℃と整合した」について、SBTi(パリ協定に沿った目標策定のグローバルスタンダード)の承認を世界全体では694社、日本では67社が受けている。
・日本では現在までに承認を受けた目標を持つ140社のうち、37社は中小企業による取得である。
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5.2 COP26で様々な宣言があった。
・インドは2070年、タイは2065年、ベトナムは2050年までにネットゼロ目標を発表した。
・様々な有志連合により2030年までに森林破壊をゼロにする宣言を発表した。
・石炭+αに関する宣言では、46カ国参加の国内石炭火力廃止や海外石炭支援停止、脱石炭連盟への参加国48カ国、また、ガス、石油からの脱却を訴える連盟が発足した。
・GFANZ(気候変動に焦点を合わせた金融企業連合体)に日本企業も多数参加
・IFRS財団が、国際サステナビリティ基準審議会を設立した。サステナビリティ開示基準の国際標準が設定されていく。

5.3 日本国内の動き
・大手企業ではサプライチェーンとも協業し、環境負荷の低減をさせる。
・派手さはないが、きわめて重要な住宅・建築分野では国交省・経産省・環境省による住宅・建築物の省エネに関するロードマップマップでは、2025年までに省エネ基準適合義務化、
2030年に新築される住宅・建築物についてZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能が確保され、新築戸建住宅の6割に太陽光発電設備が導入されていること。
・これらを提供できる住宅供給事業者・建築事業者が生き残る。
・脱炭素の波は金融に、そして、地域にも来ている。サステナビリティ・リンク・ローンの広がりがある。
・環境省・経産省も、排出量を算定することに対して、手厚い情報提供および企業事例の提供を行っている。
・日本のCOPの流れは社会の津々浦浦まできている。

6.まとめに代えて 何のためにやるのか

6.1 気候変動によるリスクに曝される子供たち
・UNICFFは、子供たちの気候変動に関するリスク、子供たちの脆弱性について、独自の指標(CCRI)を作成した。
・世界の22億人の子供の約半数にあたる約10億人の子供たちが、「極めてリスクが高い」と分類された33カ国のいずれかで暮らしていると指摘している。

6.2 ユースたちの声
・今回COPでも前回の会議から引きつづき大きな流れとして多くの若者が集まり、デモ行進が行われた。
・交渉中でも、このような若者たちの声に言及し、本会合で1.5℃が目標とされなければ、子供や孫たちの世代に対して取り返しがつかなくなるという発言が多く聞かれた。この問題を機に、多くの若者が声を上げていた。
・これから最も被害を受ける将来を支える若い人の声を国際社会がどう受け止めるか、それにどう応えるかが、今の国際社会の流れである。

<質疑応答>

Q:COP26への我が国からの参加者は従来と比べてどうだったでしょうか
A:政府代表者はいつも通りでしたが、企業系は若干少なかった。経団連の代表は送らないとしていましたし、企業の方は帰国しても2週間の隔離で動けない支障もありました。行く直前の現地での対策やホテル代が1泊5万円で1週間通して予約しななければ取れない状況などでハードルが高かった。

Q:日本は、目標は良くなってきたが、実施に課題があると世界から見られているが、政策は方策なので、問題ないと考えますが、世界は本当に目標を達成できるとみているのでしょうか。
A:目標を立ててはいるが、石炭火力の対応とか、電気自動車も進行していない、建物の断熱強化も速やかに実施するのか、世界は懐疑的に見ている。
Q:宣言したことで世界から見られていくということでしょうか。
A:その通りです。

Q:日本では、効率の悪い石炭火力は廃止し、高効率の石炭火力は稼働していくとしている。また、高効率石炭火力は途上国に設置していくとしている。原子力に頼れない中、電力の安定供給のためエネルギー政策を展開している。各国は具体的にどう進めているかメディアからの情報が入ってこないので教示してほしい。
A:メルケル首相の政策で、産炭国であるドイツでは、石炭は主要エネルギー源であり、今後、段階的に廃止し、2038年(今後、2035年への前倒しを検討予定)までには、全廃する方針である。石炭火力発電の完全廃止に向けた、段階的な廃止計画・代償措置など包括的な枠組みの脱炭素法の制定で発電事業者への廃止費用を補償、産炭地域への財政支援等が行われている。欧州ではこれまで20年以上かけ建築物の断熱強化を推進している。また、EVやPHEVに強制導入が行われているが、日本では強制導入はないため、EVの導入に大きな遅れがある。

Q:気候変動問題=脱炭素問題ですか。当初COPは生物多様性の損失問題から始まったように思いますが、脱炭素問題よりも地球の環境問題の根本原因は温暖化ではなく世界人口の異常の増加が地球のバランスの取れたシステムに急激な変化をもたらし森林伐採などの広範囲な環境破壊をさせているのではないでしょうか。
A:確かに人口増加は環境負荷を増大させますが、それだけが原因ではありません。
森林破壊は中南米や東南アジア、アフリカで発生しています。その原因は日本も消費に加担していますが、中国での大量消費があります。COPには今回のCOP26国連気候変動枠組条約締約国会議とCOP15の国連生物多様性条約締約国会議があり、この会議はコロナ禍の影響で2部構成になり、1部は今年10月にオンラインで、2部は2022年4月に中国の昆明で開催する予定です。

Q:12月14日のニュースでEVシフトに後ろ向き気だったトヨタの社長が、2030年にはEVを350万台生産すると発表表しましたがこの真意は何でしょうか。
A:トヨタがEVに力を入れるとのことですが、販売数量約1000万台のうちの350万台ですから、世界のトヨタがどうするのか期待がかかっています。世界の自動車業界はEVに向かっています。COP26でのゼロエミッションにはトヨタ、ドイツ、アメリカの主要自動車会社が入っていなかった。

Q:日本では石炭火力でアンモニアを石炭と混焼し、2040年にはアンモニア専焼火力にし、2050年にはネットゼロ火力にする方向で動いていますがどう思われますか。
A:水素、アンモニア否定しませんが、鉄の製造に水素還元製鉄などは必要だと思います。しかし、2040年まで石炭を燃やし続けるのかというと賛同できません。

Q:気候変動によるリスクに曝される子供たちというお話がありましたが、若者たちに石炭火力をどうすればよいか決着をつけさせれば良いと思いますが、WWFジャパンは若者たちとかかわる活動をしていますか。
A:我々の組織はどちらかといえば若者にあまりアピールできていない団体です。でも、いろいろなイベントで若者たちと話し合っています。COP26では日本主催のジャパン・パブリオンでイギリスの若者とCOP26の内容について何が大切かについて話し合いました。また、最近、高校生にエネルギー問題についてのワークショップを開催しました。

Q:ポール・ホーケン氏による「Drawdown The Most Conprehensive Plan Ever Proposed to Reverse Global Warming」
(日本名:地球温暖化を逆転させるために提案された最も包括的な計画)が、ニューヨークタイムズ社から出され、今年その日本語訳が書店に並ぶようになりました。WWFではこの本並びにホーケン氏の活動をどのように評価していますか。
A:解決策のリストを整備し、可視化するという活動自体は意義があと思いますが、それを世界的にどう実行していくかが課題なので、WWFとして特別にこの活動を支持しているわけではありません。

Q:ホーケン氏は「一般の人が何ができるか、そしてそれがどのような影響を与えるかについての検討結果を書いた本である」と言っています。事実、80種類の二酸化炭素の削減効果を取り上げ各々について削減量(トン)を算出しています。例えば廃棄食料を減らすことにより2050年までに705億トンの二酸化炭素を減らすことが出来ると試算しています。これをWWFではどのように評価していますか。
A:個別の施策の正確さを検討することをしていないので、その点は判断できませんが、一般論として、食品ロスを減らすことによる削減は大事だと考えています。

Q:WWF では民間レベルでのカーボン・ニュートラル活動をどのようにとらえていますか。私は「ゴミの分別回収」がいつの間にか当たり前になったように、民間レベルでの、全国民の意識改革が必要だと思っています。山岸さんのお考えとそのために私たちが取るべき行動についてご教授願います。
A:それぞれの人々が取り組むべきことは確かにあります。その点では、下記文献が参考になります。
https://www.iges.or.jp/en/pub/15-lifestyles/ja
ただ、私としては、それだけではなく、先の衆院選や、今年の参院選で、有権者としての投票行動にしっかり気候変動対策意識を反映させること、商品や企業の選択において気候変動対策を考慮することなどを通じて、自分の外側、社会を変えるような行動こそが大事だと感じています。

文責:立花健一

講演資料:COP26が示した国際潮流を読む
posted by EVF セミナー at 17:00| セミナー紹介